※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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帰るべき、そして護るべき『日常』と共に
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遠く、思い起こされる光景がある。情動が、ある。
心に刻み込まれた、かつての別れ。
心を抉り罅入れた、あの日の死別。
どうしてだろう。それらが、重なってしまうのは。
どうしてだろう。遠き日が、薄れてしまうのは。
しかし、と逆説で結ぼう。
それでいいのだ。少年にとっては。
――それでも、いいのだ。
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少年は、冒険都市リゼリオを当てもなく歩いていた。
金もなく、ただ時間だけ余っている時は、こうしている。
飯のタネが転がっていればそれでよし。モノ好きな親切でも見つかればなおよし、だ。最低でも、気が晴れるような何かがあればよい。
もっとも、この日は不作であった。
「ちっ……」
小さな舌打ちを、拾うものはいない。東方の少年は西方では物珍しいが、この都市であれば気に留めるものも少なかった。
こういう日は、ダメだ。元々あてもない散策な上に、巡りあわせも悪いとなると、如何ともしがたい。
こんな時、チリ、と。脳裏を過る《モノ》がある。
――ああ、だめだ。
油断すると、ずるずると、引きずりだされてくる。
鈍く響く胸の痛みと共に。
《アイツ》の死にざまが、浮かんでくる。
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何の因縁もなく。ただ、拘りもなく受けた依頼だった。
しいて言えば、頼まれたことが切っ掛けだった。それは、少年にとってこの上ない理由になるものではあったのだが――それが、ケチのつき始めだったのだ。
かつて、少年は過失を犯した。喪失の感覚は、少年の生き方にとっても――大きな、もので。
失策の代償を他人に被せた事。身を震わすには十二分の痛みよりも、そのことが彼の心を貫いた。
茨の悲鳴。覚悟と共にそれを振るい――失敗した。
”厭亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞亞……ッ!!”
覚えてる。あの時の感触を。あの時の、耳朶を震わせた絶叫を。それらが無為だと知った時、怖気を。
さしもの少年をしても、それが癒えるには、時間が必要だった。
痛みも。傷も。失敗に震えた――心も。
ようやく立ち直った先で、再び、少年は喪ったのだ。
フォーリ・イノサンティ。男の事を、少年はよく知らない。
ただ、死んでしまった。少年達のかわりに。オーラン・クロスのかわりに。
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――ただ、なぁ……。
ぽーん、と。岸に座り込んで、小川に小石を投げながら、反芻する。
死を前にして、少年達に背を向けて、フォーリは気丈に振る舞い続けた。
それが透けて見えた理由は――浅い付き合いだ。少年には分からない。ただ、痛ましいと感じたことは、強く胸に残っている。
死を、択ぶ。
その事が、あの男にとってどんな意味を持っていたかなど、分かるはずもない。
ただ、少年は、死ぬわけにはいかない。喪うわけにも、いかない。生に齧りついて、ここまできたのだ。
今更どうして、それを捨てられるだろう。
ぽちゃり、と。
放った小石が、淡い音を弾かせ、飛沫を残して沈んでいく。気だるさを孕んだ余韻に、少年の目が細められた。
たとえば、自分はあの石を掬いあげたりはしない。
伸ばしたままだった手を引き戻しながら、不意にそんなことを思った。
――小銭だったら、違ってくるのかもしれねぇ。
引き出されるように浮かんだ思考に、苦笑がこぼれた。
事実に対して、その思う所は軽い。《ダチ》のそれに比して、あまりにも。
そのことを、彼自身は何とも思わないが。
「……結局、関われねえままに終わっちまったから、だろうなあ……」
自分が惜しんでいるのかも、今となっては判然としない。《ダチ》なんかは、思う所はあるかもしれない、が。
特別、自分が冷たいとは思わない。
ただ、そういうものだと――知っているから、だ。
遠く、あの日に喪ったこと。
死別ではない。ただ、消え去った母親の熱も、影も――思いすらも、風化してしまう。
少年は、その事を知っていたから。
「よっ、と」
ぐ、と身体に力を溜め、飛び跳ねるようにして立ち上がる。ハンター稼業を通して、身のこなしは日に日に軽くなっていくようだった。
それは、失ったものの変わりに、今の少年が得たもので。
それから、もうひとつ。
「……帰るか」
言葉と、想いの先には、別な少年の姿が、ある。日々の仕事を共に過ごし、快く過ごせる≪ダチ≫の姿が。
――これが、日常だ。
力を得て、少年が守りたいもの。
母、そして、フォーリ。次が誰の番かは、解らない。
それが、自分や、≪ダチ≫でない保障なんて、どこにもないのだ。
最後に手に取った小石を大きく放り投げると、対岸の壁に当たって、固い音と共に弾ける。
少年はそうして、小さく、こう呟いた。
「……アンタらの事は忘れねえよ」
喪うかもしれない、という事実が、自分自身を強くする。強く在れと、希求させる。
護るために。友の傍らに在り続ける為に。
そのために少年は今日を生き、明日を生きるのだろう。
彼にとってかけがえのない、日常の中で。
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4940/龍華 狼/男性/11歳/≪日常≫を歩むもの】
【kz0091/フォーリ・イノサンティ/男性/45歳/歩み止めしもの】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、ムジカ・トラスです。
久しぶりにお顔(?)を拝見出来て、嬉しく思います!
今回ご発注頂いた狼くんにとっての大事なものを狼くんらしい心情と日常を描いてみました。スれてるようでそうじゃない、でも素直というわけでもない愛らしい狼くんを書かせていただけるのはとても嬉しい限りでした!
――お楽しみいただけましたら、幸いです。それではまた、御縁がありましたら!