※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
偽りなき想いを、花に添えて


 初夏の空には雲ひとつ見当たらなかった。
 窓ガラス越しにそれを見上げるヴィルマ・レーヴェシュタインの瞳は、その空を嵌め込んだような透き通る水色。
 レースの白手袋、サテンの純白のドレス。膝に置いたブーケはスズラン。ティアラを飾ったから床いっぱいに、繊細なレースのヴェールが広がっている。
 全てが今日のための特別なもの。
 すっかり支度を整えた花嫁は、胸の高鳴りと共にこの部屋を出る瞬間を待っている。
 だが瞳の煌めきには、ほんのひとしずくの陰りが混じっているようにも見えた。
 ノックの音が響き、ヴィルマは我に返る。
「入ってもかまわぬぞえ」
 振り向いて促すと、開いたドアからヨルムガンド・D・Lが顔をのぞかせた。
「やあ。綺麗だ……!」
 目を細めながら漏らす声には、嘘のひとかけらもない。
 だがヴィルマはその言葉に、ふいと視線を逸らした。
「初めて見たというわけもあるまいに」
 手袋に覆われた指が、所在なげにドレスの裾に触れる。
「それでも、今日は特別綺麗だよ」
 部屋に入ってきたヨルムガンドもまた、白いフロックコートを纏っている。

 今日の主役ふたりは、控室でお互いの晴れ姿に対面した。
 僅かに頬を染め、花嫁はうつむく。やや瞼を伏せて尚、ヴィルマの瞳は美しい。
(ようやく俺の……俺だけの宝物になるんだな)
 ヨルムガンドは幸福だった。
 ただ客観的に考えると、自分の今の状況は信じがたいものだった。
(まさか、ここまで俺がせっかちな性格だったとは)
 付き合ってから今日まで一年足らず。結婚までに踏むべき段階を三段跳びぐらいで駆け上がったような自分の行動には、我ながら呆れるばかりだ。
 だがそれだけ必死だったのだ。
 逃したくない。傍に置きたい。その想いは、間違いようもなく真実だったから。

 ヴィルマが小さな笑い声を漏らした。
「それにしても、そなたには吃驚させられっぱなしじゃ。試着につきあわせたつもりが、まさか『いつになったら結婚してくれるの?』とはのぅ」
 互いの今日までの道のりを思い返すと、心は始まりの日に飛んでゆく。
「それは、君が嫁に行く準備は出来ている、なんて言うから」
 ヨルムガンドも釣られて笑う。
 もちろん、自分でもあの時のことははっきり覚えている。
 あれはミュゲの日だった。
 ミュゲは花嫁の花。伴侶との幸せを祈り、ミュゲを抱いて永久の愛を誓う。
 ヨルムガンドはスズランの花冠を作って、ヴィルマに手渡した。
『ヴィルマはいつ俺と結婚してくれるのかなぁ。一年後? 十年後? それとも……今日?』
 そのとき、片膝をついて言ったのだった。
「今しかないと思ったら、つい。指輪の準備を忘れていたことにも、気付いていなかったんだ」
「……それでも嬉しかったのじゃよ、ヨルガ」
 ヴィルマが顔を上げて、ヨルムガンドに微笑みかける。
 差し出されたのが、花冠を作った余りのスズランでできた即席の指輪でも。
 ヴィルマは偽りのない言葉と想いを、確かに受け取ったのだから。

 ヨルムガンドが軽く肩をすくめた。
「その後でちゃんとプロポーズしなおしたでしょ?」
「もちろん忘れてなどおらぬ。……我にとって大切な宝物じゃ」
 スズランの花で作った指輪を受け取ったときに、ヴィルマの心は決まっていた。
 だが、ヨルムガンドのほうがそのままで済ますつもりはなかったらしい。
 花の指輪を受け取った翌日、純白のリングケースを手にヨルムガンドが片膝をついた。
「改めてプロポーズをさせてほしいんだ」
 そのときの表情には覚悟のようなものが見えて、ヴィルマのほうも思わず姿勢を正したほどだ。
「お前の夫として、レーヴェシュタインの意志を受け継ぐものとして生きていく。これはその決意の証だ。受け取ってくれるな?」
 ヴィルマは差し出されたリングケースの中を覗き込み、思わず息を飲む。
 スズランに似た丸みのある輪郭のダイヤモンドを、スズランの葉のように淡い緑色を帯びた石留めが支える、美しい指輪が輝いていたのだ。
 震える手でかざして見た銀色のリング部分には、水滴のような青と緑の宝石が埋め込まれている。お互いの瞳の色だ。
 ヨルムガンドの手で、約束の指輪がそっと指に嵌められた。
 ヴィルマは嬉しかった。
 本物の指輪を用意してくれていたことはもちろんだが、全てを受け止めるという言葉をくれたことが何よりも嬉しかった。


 そして迎えた今日という日は、ヨルムガンドの言った通り、特別な日である。

 ヴィルマは十年前、大切な家族を全て失った。
 それからずっとひとりだった。
 飄々とした性格も、なんでも面白がるポジティブさも、深く刻まれた心の傷を少しでも癒す為のもの。
 そんなヴィルマに、ヨルムガンドは家族になろうと言ってくれた。
 自身が苦しみと共に封印していた家名を、共に受け継ごうと言ってくれた。
 抱きしめてくれる腕の力強さとあたたかさに、思わず涙が流れた。
 この腕に縋っていいんだ。ひとりぼっちで全てを背負わなくてもいいんだ。
 宝石のような瞳から宝石のような涙をこぼしながら、ヴィルマは幸せだった。
 ――例えヨルムガンドの言葉が、本当の意味で自分の心とは違っていたとしても。

 ヴィルマは知っていた。
 ヨルムガンドが心から愛し、求めているのは、ヴィルマの瞳そのものだ。
 愛する瞳を持つヴィルマを愛しているのだ。
 今、結婚の約束をして抱きあうふたりの心は、寄り添っているようでいて実はずれているのかもしれない。
 その疑念は、可憐なスズランの花が含む毒のように、ヴィルマの瞳に陰りを宿す。
 場合によっては命を落とすほどの毒。幸せの花はそんなものを抱いているのだ。
(だけれども、それでいい。私は自分なりにこの人を愛していくのだから)
 ヴィルマは大きく息を吸いこみ、続いて大きく息を吐く。濁ったもの全てを、今この場で出しつくそうとするかのように。
 互いを求め合う気持ちさえ本当なら、共に歩んでいけるはずだから。


 鐘が鳴り、式の時間が近いことを知らせる。
 ヨルムガンドは、椅子に掛けたヴィルマの前に片膝をついた。――プロポーズしたあの日をなぞるように。
「愛しているよ、ヴィルマ」
 真っ直ぐに、ヴィルマの水色の瞳を見つめる緑の瞳。そこには限りない憧れと、喜びがあふれていた。
「君は、暗闇に差し込む一筋の光、俺にとっての希望だった。この先もそれは変わらないだろう」
 自分の愛が他人と少し違っているという自覚はある。
 せっかちで、気持ちが先走りがちで、しかも執着心も人一倍強い。
 普通の愛し方を知らない自分は、歪んだ愛でヴィルマにこの先苦労をかけてしまうかもしれない。
 それでも、いやだからこそ、この世に二つとない宝物を手放したくない。

 祭壇の前で誓おう。
 繋いだ手は決して離さないと。
 愛しい瞳と、愛しい器を命の限り守り抜こうと。
 その想いにひとかけらも嘘はないのだから。

 ヴィルマは頷いて手を差し伸べた。
「我にとっても、ヨルガは暗闇を照らす光なのじゃ。もう恐れるものはないと思えるほどにのぅ」
 ヨルムガンドはその手を大事そうに受け止め、手の甲にそっと唇を寄せる。
 それを優しく見守るヴィルマの瞳から、陰りは完全に消え去っていた。
 本当は、恐れているものもある。だがそれを恐れて立ち止まっていてどうなるというのだ。
 今はただ未来を信じよう。
 繋いだ手、抱きしめる腕のぬくもりは、もう二度と手離さない。もう二度と諦めない。


 そこで突然、ヴィルマがふっと笑った。
「ところでヨルガ、そなたいつまでここに居るつもりじゃ?」
「え?」
 廊下を複数の足音が近づいてくる。
 控えめな、だがせわしないノックに続いて、なだれ込んでくる人々。
「ああっやっと見つかった!!」
「お式の最終チェックのために、早めに来てくださいってお願いしましたよね!?」
 ヨルムガンドは半ば抱えられる様にして、連れ去られていく。
「ええと……じゃあヴィルマ、またあとで」
 手を振る新郎を、花嫁は手を振って見送った。
「……あとでのぅ」
 せわしなくて、気持ちが先走りがちで、でも自分の想いに正直な……。
(これからはずっと一緒だ。私の……ヨルガ)
 私も自分の想いを偽らずに、欲しいものを手に入れる。
 ヴィルマはスズランの花束に顔をうずめるようにして、目を閉じた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2549/ヴィルマ・レーヴェシュタイン/女性/22歳/人間(クリムゾンウェスト)/魔術師】
【ka5168/ヨルムガンド・D・L/男性/22歳/人間(クリムゾンウェスト)/猟撃士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしました、ミュゲの香りに包まれた結婚式のワンシーンをお届けいたします。
一緒に積み重ねた思い出と共に、新たな一歩を踏み出されるおふたりの未来に、たくさんの幸せがありますように。
大事なエピソードをお任せいただきまして、ありがとうございました。お気に召しましたら幸いです。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)
副発注者(最大10名)
ヨルムガンド(ka5168)
クリエイター:樹シロカ
商品:イベントノベル(パーティ)

納品日:2017/08/15 17:51