※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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秘め事は騒動の合図
記憶は去年まで遡る。
ヴィルマが厨房に立って、俺のためのチョコを作ってくれていた。
一緒に作る? と誘われたから自分もエプロンをつけて手伝った。
お菓子作りに感慨はないけれど、ヴィルマが楽しそうだから自分もそういう気分になる。
でも固まるのを待つ時間はとても退屈だから、する事がなくなると、ヴィルマに抱きついて、頭の上に顎を載せた。
こら、と叱られるけど、本気で怒ってる訳じゃないからそのままひっつく。
だってチョコの様子を見るヴィルマは俺を構ってくれない、これくらいは許して欲しいと思う。
固まったチョコを型から外すのを手伝って、ヴィルマが飾り付けるのを待つ、出来た、と胸を張るから、ひょいと一つを取って口に入れた。
「ちょ……まだ早いのじゃ!!」
出来たのに何が早いんだろう、それにとても美味しい。
素直にそれを伝えたら、ぐぬぬ、とヴィルマが黙りこむので頭をなでた。
違うのじゃー! と叫ばれてもよくわからない、わからないけどヴィルマが可愛いからいいかと思った。
少し困らせると、ヴィルマはその綺麗な青い瞳で俺をじっと見つめてくれる、俺への言葉をくれる、それがたまらなく嬉しい。
今年もバレンタインはそういう一日になると、疑いもしなかったのだけれど――。
…………。
したい事がある、そう言ってヴィルマは俺の言葉を振り払う事が多くなった。
ヴィルマの望みなら、そう思って強くは言わなかった。だって強い意志を秘めた彼女の瞳は美しくて、……違う、その方が、彼女は喜んで、笑いかけてくれるのだ。
でも、彼女が依頼で大怪我をして戻ってきた時、焦燥と疑問が首をもたげた。
俺の考えは本当に正しい? 彼女を閉じ込めてしまわなくて大丈夫?
一時の気の迷いだと、そう思っている、でもヴィルマが態度以上に危なっかしいのも確かだった。
その強すぎる行動力でいつか破滅に落っこちたりしない?
俺が傍にいればいつでもこの躯を盾にしてあげられるけど、俺のいない時は?
ぐるぐるした思考を押し込めながら、今年もまた、恋人のための日が来た。
この日なら……この日なら、ヴィルマも俺の傍にいてくれるだろう、安心すれば、この考えもきっと変わるはず。
でも2月に入っても、ヴィルマはお菓子作りの素振りを見せなかった。
それどころか、俺から隠れるようにして行動している、地下室にこもればそのまま出て来なくなるのはざらだったし、呼びかけても、態度から何かを隠しているのは確かだった。
チョコは? って聞けなかったのは、いくらかの甘えと思い上がりがあったからだ。
ヴィルマが示してくれる愛情に安心していた、だからヴィルマがチョコをくれる事を信じたかったし、ヴィルマの前でみっともない姿を見せたくなくて、がっつくような真似をしたくなかったのだ。
なんで? どうしてヴィルマは俺から逃げるの?
+
バレンタインである。
女子にとっての勝負日である、そう力説されれば箱入りだったヴィルマは鵜呑みにして頷いてしまう。好きな人が出来てからはその認識も馴染み、この日のために特別な贈り物をしたいと思うようになっていた。
そう、特別な贈り物である。
以前一緒に作った結果、作った端からチョコをつまみ食いされてしまい、全く特別と言った感じにならなかった、これではいつもの日常と変わらない。
ヴィルマの愛情がただのチョコだけで示し足りるはずもない。
ヨルガに渡すチョコは当然ながら大本命、ヴィルマにとっての一番であり、それをヨルガにわかってもらうためには、妥協したくないものだと思っていた。
ならば、今年は直前まで秘密にするしかないだろう。
愛する恋人に相応しい特別な仕上がりにして、それを見せて喜んでもらうのである。
勝負日なのだから手落ちは許されない。
試行錯誤する姿は……ヨルガには余り見せたくなかった、女子として料理上手だと思われたい見栄があったし、愛情を示すのだから、渡すのは一番綺麗な、成功したものにしたい。
ヨルガが相手なのだから目を模ったチョコは外せない、作り方は幾つか思いついているが、実際上手く行くかどうかはやってみないとわからないだろう。
あれを作りたい、これも贈りたい……。
結果、ヴィルマは試行錯誤のため、暫くの間地下室にこもる事になった。
…………。
頑張ったと思う。味を整えたり、パターンを揃えたり、綺麗なチョコボールを成形するのに手間取ったが、なんとか上手く行った。
バレンタイン前日。ラッピングには二人の目の色である青と緑のリボンを使って、たまにしか言わない恥ずかしい言葉も覚悟と心構えは万全だ。
日付が変わったら渡しに行こう、そう思って地下室で少し時間を潰そうとする。
……が、ドアの留め具がへし折られる嫌な音がして、ヨルガが地下室に押し入ってきた。
+
前日になって、いよいよヴィルマからチョコがもらえないのではという不安が膨れ上がってきた。
だって、キッチンがあるのに使われていない。
隠れて準備している事を考えなくはなかったが、ヨルガにはヴィルマに秘密にされる心情が理解出来なかったから、不安の方が押し勝っていた。
だって。
ヴィルマはあれだけの愛情を示してくれたのに、自分が彼女の望むものを返せていない。
ヴィルマが許してくれたからそのまま甘えてたけど、自分は何も出来てないから、いつか見捨てられたとしておかしくない事はわかっていた。
自分は無力で、身勝手ですらある。愛想を尽かされる心当たりはいくらでもあって、それがもし本当になったらと思うと、たまらなく不安になっていた。
ヴィルマ……ヴィルマ、俺の前から消えてしまうの?
俺の見えないところで逃げる準備をしてるんじゃないだろうか?
このまま何もせずにいて、ヴィルマがいなくなってたらどうしよう。
もうあの綺麗な目を見つめる事が出来なくなる。
髪を撫でる事も、笑わせる事も、拗ねたように叱られる事だって出来なくなるのだ。
そんな事は許せない。許せなくて、でも止める方法を知らないから、ナイフを持ち出していた。
だって、これしか知らない。
足がなければヴィルマは俺の元から逃げ出す事はないし、危険な場所に行ったりもしないだろう。ああ、でもそれでもヴィルマは危なっかしいから、目玉をえぐり出して安全な場所に保管するべきだろうか。
こんな事はしたくない、したくないけど、仕方ないんだ。
…………。
所詮は木の扉に錠前をつけただけ、壊そうと思えば簡単に壊せた。
最後に不安を確かめたい気持ちが逸る、ヴィルマの前まで行って、俺から逃げるの? と問いただした。
は? とヴィルマが口を開けて聞き返す、もしかしたら、って心に希望が灯ったけど、じゃあどうしてと不安な気持ちは残っていた。
だって理解出来ない、俺から隠れる事も、俺に秘密にする事も、あんなに愛を示してくれたのに、いきなり、どうして。
俺に何かダメな所があるから、秘密にされるんだと思った。
俺じゃ何も出来ないから、俺を避けるんだと考えた。
ヴィルマが喜ぶからヴィルマが一人で外に出る事にも何も言わなかったけれど、本当は不安で仕方なかったし、依頼で大怪我された時は苦しかった。
何もできなかったし、頼ってもらえない、そんな自分が心底嫌で、だからヴィルマが逃げ出すのも仕方がないと不安になっていた。
ヴィルマにしてあげられる事が、思いつかない。
どうすれば好かれるかわからなかったけど、ヴィルマを失いたくなかったから、閉じ込めるしかないと思っていた。
だから、ヴィルマの次の言葉が決め手、それ次第で、俺は――。
「あ……うん、ええと、落ち着くのじゃヨルガ、とりあえずそなたが悪い訳ではない」
じゃあなんで、と即座に返すあたり堪え性のない子供だと思う。
ヴィルマの視線が時計に向けられる、少しの逡巡の後、観念したようにチョコレートを作っていたと口にした。
考えはしていた、でもなんで秘密にされるんだろう、それとも、俺じゃない相手に贈るから秘密にされていたの?
「断じてそれはない」
強い口調でヴィルマが否定する、少し怒っている様子もあって、それが嬉しいと思ってしまう。
説明を求める視線で見つめると、ヴィルマは言いづらそうに言葉を選びながら、特別だとわかってもらえるチョコを作ろうとしていた、と答えた。
「いやな……そなたの前でチョコを作ったら、つまみ食いされるじゃろ? それはいつもの事じゃが……」
バレンタインくらいはかしこまったものを用意したかった、そう言葉が続く。
「かしこまったもの……?」
「そなたを想った、特別なチョコじゃ」
言わなきゃ伝わらない、示さなければわからない。
つまみ食いされる前に、これがヨルガを想ったチョコで、特別なものだと伝えてから渡したかった。
……尤も、今回はその伝える事を怠った事によってヨルガが勘違いしたので、本末転倒もいいところだが。
少し反省している、そうヴィルマは口にする。
中身を隠すにしても、せめて自分が何をしているかくらいは伝えるべきだったと。
「ヴィルマ……俺から逃げたりしない?」
「ああ……いや、最初からその気はなかったのじゃが……」
ヴィルマがもう一度時計に目を向ける。日付が変わると同時に渡しに行くつもりだったと、机の上の包みが渡された。
「これは……」
「我の伴侶たるそなたを想って作ったものじゃ」
袋は薄い茶色、リボンは輝かんばかりの青と緑、小さな花飾りは千日紅を模っている。
中のチョコはハートから星型、熊さんと、そして目の形をした白と黒の二色チョコ。
「この花の花言葉は『色褪せぬ愛』、ヨルガ、我は今もそなたの事を想っているよ」
「……本当?」
ああ、とヴィルマが頷く。気が抜けたような、安心したような、だから俯いて、少し反省の意味を込めてうんと頷いて、有難うと小さな声で呟いた。
「今度から……秘密はなしだからね」
「……善処しよう。少なくとも、今回のような事はせぬ」
煮え切らない返事に拗ねた気分になる、少し八つ当たりしたくなったけど、口にしたチョコがとても美味しかったから、今回はいいかと思った。
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