※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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舞華
両手で捧げ持ったまま、静かな一礼。
一振りと一人が互いに向き合う。
ゆっくりと柄に手を添わせていく。右の手のひらで握り込めば、吸い付くように馴染む。
純白の刃が纏う暖かな光は、今も少しずつその光を強くしている。
刃を支えていた左手が離れると同時に、刃が空へと向かう。腕が倍の長さになったように、高く、高く、天を衝く。
身体の芯を通るような振り下ろしは一瞬。
雷を思わせる光が伴っていたが、それもまた一瞬。
地を衝く直前でくるり、瞬きの合間に刃を翻し安定した形で手の中に戻る。
両手持ちとなり正眼。正面を見据えながらバックステップ。
安定した支えがより動きに鋭さを増やしていく。
相対する虚空を引き入れてからの右袈裟と左袈裟の連撃は、確実に弱点を斬り抜く為。
鮮やかな朱が刃を染めていく。
踏み込んだ一歩に乗せた横薙ぎと共に裾が広く翻り、僅かに視界を塞ぐ筈。
染み出すように淡い朱が強く濃度を増すが、見惚れる隙も無く。
加速した後ろ回し蹴りが襲う、息もつかせぬ波。
着足からのステップは架空の圧を避けて、空に飛び出せば一層強い光が目を焼く。
脳天からの突き下しが、最後の合図。
「……どう、だったかな?」
手の中の相棒に問いかける少女の名は狐中・小鳥(ka5484)、声音に混じる不安を淡い紫として刃に宿す存在の名は星神器「草薙剣」。
大精霊との契約をもって共に歩み始めた一対は、今も互いの存在を重ね合わせる訓練を繰り返している。
初めて共に舞ったのは契約の間でのことだ。たった一人、いや一柱の存在の為に捧げた舞は、確かにあの時の全力だった。
小鳥は自身が小柄だという自覚がある。身の丈の半分ほどに近い草薙剣は、その取り回しもそれまでとは勝手が違っている。
幸い重さそのものは変わらないおかげで、重心の調整はそう難しくなかった。
ただ、少しでも早く自身の身体の一部となるように。あの時の言葉、共に行くと決めたその初心を忘れないように。
稽古のはじめには必ずこの舞を繰り返す。
共に在る時間が経つにつれて練度は上がっている筈であるし、その自覚はある。
けれどだからこそ、甘いつくりの流れを、今では拙さを伴う舞を。より洗練されたものに昇華させるために繰り返す。
「もう少し、着足がはやくできないかな」
はやく動こうとすればするほど、着足の位置が定まらない。
相対する敵の存在がいつも同じとは限らない。毎度狙った通りに体の向きを調整できるようにするのが最善ではあるけれど、今はまだその前の段階だ。はやく体勢が整えられればそれだけ、戦場の見極めが早くなる。
どこまでも、自分の身体をしなやかに、求めるはやさに慣れさせるのが一番だと分かっている。
「今日はあと何回にしようかな」
刃の光が純白に、ゆっくりと戻っていく。目標に向き合うことへ集中するほどに、草薙剣も無へと戻っていく。
普段から両手其々に得物を持ち、其々を同等に扱えるように鍛えている小鳥。だからこそ草薙剣だけと向き合うこの時間は他の稽古に比べて特別なものだ。
(どんな時でも、万全に使いこなさなきゃ)
二刀での舞を基本にしているけれど。この相棒となった一振りは、常に共に過ごすようになっている、だから初心を思い出すだけではなくて、一振りでの舞も身体に馴染ませる必要がある。
右手で構えてからをあと二回。左手に持ち替えて、鏡合わせの舞を三回。合計六回が、今日の相棒との身合わせの予定数となった。
「完璧って、思っちゃうよりはいいのかな」
少しははやく舞えるようになったと思う。けれどもっと先があるとわかる。壁にぶつかって、何も目指せなくなるよりはいい事だ。
草薙剣の刃が鮮やかな黄色に輝く。なぜなら応援の色だと小鳥が思う色だから。
「すぐに応えてくれるから……もっと色んな場所を見せたくなるんだよね!」
場所とは言っているけれど、景色に限った話ではない。今は大きな戦いが備えているからこそ戦うための、実践的な舞を一番にしている。
なにより草薙剣は力を持つ武器で、振われるための存在だから。大きな戦いの為に、備えられた存在だから。
小鳥はより目標に近いアイドルになると告げて草薙剣へと手を伸ばした。草薙剣を単純な武器としてではなく、互いの存在を高めるための相棒として欲した。
「最近は、イベントで舞う機会が減っていて、少し物足りないかなあ?」
誰にともなく零れた小鳥の声は刃の色を変える。透き通った水の色。
「かわりのステージは、どうしても戦場になってしまうんだよね」
橙が混じる。
「うーん……それも悪くない、のかな?」
こう考えるのはどうだろう?
共に戦う仲間達を舞いながら助けて、笑顔に導く。
対して戦う敵は舞いながら魅了して、引きつける。
私は舞える。草薙剣は振るわれる。
出来ることを精一杯、舞に籠めれば、皆で望んだ笑顔がきっと、増える。
「そうだよね!」
笑顔を浮かべれば、瑞々しい命の緑、鮮やかな花弁……鮮やかに刃が彩られた。
「そう考えるなら、戦うのだってアイドルのお仕事だよね」
刀身を見下ろして笑みを深める。
「草薙剣。わたしね。剣である貴方にだって、誰かを幸せにする瞬間を感じてもらいたいんだ」
契約する時に伝えた言葉は、ただ小鳥自身が目指すだけのものではなかった。
草薙剣にとっての表情でもあるかのように。刃の纏う光の華々は咲きほころび続けている。今もまだ、色彩の変化は留まるところを知らない。
「だって、それが共に行くってことでしょ?」
メインに構える一振りは勿論、草薙剣。もう一振りは迷いに迷って、禍炎剣「レーヴァテイン」を選んだ。
目指す笑顔のためには、力を切り捨てるなんてことは出来ないから。
ダンサーズショートソードを見つめていた小鳥は、どうにか割り切らなければならない。
長さが揃っているから、きっと舞は映えるだろうと思う。
使いやすくて、やはり手に馴染む感覚はどうしても手を伸ばしたくなる。
「でも、今、世界に必要なアイドルになるなら……」
しっかりと布を巻いたことで、しまい込むことに成功する。
「幸せな気分を皆に届ける為の舞のときに、笑顔だけが咲くステージの為に。その時に、また一緒に舞おうね」
戦場に向かう装備はもう、全て十全に整えてある。
「……そろそろ、新しいステージが始まっちゃうんだよ」
小鳥は携えた二振りをそっと撫でて立ち上がった。
共に行こう、たくさんの笑顔を見るために。
笑顔の花畑を、ステージの上から見る、なんて素敵な時間を過ごすために。
戦いだって、小鳥にとっては舞の中のひとつだから。
踊る事が好きだから、小鳥は戦いも楽しんで見せる。
「つまらないって気持ちじゃ、前に進むのも難しくなっちゃうからね!」
「行こう、時間だよ!」
赤く燃え上がる炎が、小鳥の向かう道を照らす。
「きっと、悲しい色も溢れてるんだろうけど。楽しいって色を皆に届けなくっちゃ」
ゆっくりと、望むままに色を変える刃は舞を演出する準備も万端だ。
「私も精一杯舞うから……よろしくね?」
軽やかに舞う小鳥の姿は、戦場でも鮮やかに咲き誇る筈。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ka5484/狐中・小鳥/女/12歳/歌舞刀士/駆け抜けろ☆アイドル道】
精神を感情ととるか、意思ととるか。
鏡のように望む心の色を返し、灯のように望む色で照らしてくれる、唯一の相棒。