※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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生きたい、生きたい
それは今から十余年前。
東方のとある小さな村が戦火に包まれ、そして逃れた人々は集落を作り、さらに小さな村を作って細々と暮らしていた。
戦争自体はそれほど珍しいものではなく、よくある地方の小競り合いの延長でしかない、小さな戦争だった。
だがそれでも戦争は戦争。
多くが死に、多くが傷を負い、多くが蹂躙されていた。誰もがその理不尽に憤りを覚えながらも奪われた恐怖に怯え、日々を過ごしていた。
そんな小さな小さな村で、日々をギリギリ生きながらえていた少年のお話である。
「コガネ、またお前か!」
背中へ飛んでくる怒号と、石――そこには少年だからと言う遠慮など、皆無だった。肩に走る激痛も、後頭部でぬるりとした何かが滴る感触もすべて無視して、少年は走っていた。
貧しい村の外側で、それも廃屋しかないのではないかと言わんばかりの家々が立ち並ぶそこを、少年はその胸に大根を抱き、とぼとぼと歩いていた。
表情は暗く、今にも泣きそうだが決して、泣かない。
(惨めじゃ……じゃが疎まれ、惨めであっても、俺は生きてみせる)
「母のようにはならん」
戦争で父が帰らぬ人となったとの報を聞き、それを信じず、事実に抗い続けた母。一睡もせず待ち続け、貧しくてただでさえ満足に取れなかった食もどんどん細くなり、やがて何も口にしなくなった。
それでも待ち続けていたある日、とうとう倒れ、床に伏してなお一睡も食事もせず、待ち続け――母は亡くなった。倒れてから間もなくの事だった。
きっと母もわかっていたのだ、帰らぬという事を。
だから待つふりをして、緩やかに死を臨んだ。ガリガリに痩せこけ、あれほど美しかった金の髪をくすませて床に伏したまま、惨めな死を。
戦争と、貧しさと、乏しい生への執着が、母を殺した。
きつく噛んだ唇から血が滲むが、それもすぐに止まっていた。肩の痛みももうないし、後頭部にもたれ落ちる感触なんてない。その程度には少年も鬼であった。
とある家屋に入る少年は朽ちかけで何もない家の中をぐるりと見渡すが、この家の主である親友の姿はなかった。少年の家は母亡きあとにまた戦火に見舞われ、今はこうして一時は戦火で離ればなれになった親友の所で夜露を凌いでいるのであった。
(まだ帰っておらんようじゃの)
少年は光から逃れるように壁の隅へ座り込むと、服で大根を磨いて今日も生のままかじる。
辛い。
けっして美味いというわけではない。今の時期、これが一番多く店先に並び、盗みやすくて比較的腹に溜まりやすいからというだけである。調理でもすればまだ美味しいかもしれないが、生きる事を優先している少年に調理する余裕など、あるはずもない。
半分ほどまでかじった少年は手を止め、それを床に置く。
(残りはあ奴の分じゃ)
親友の顔を思い浮かべ、泣き言を上げる腹を叩いて黙らせて親友の帰りを待った。やがて不満足ではあっても多少は満たされた腹のおかげで、少年がうとうとし始めた頃――衝撃が少年を襲った。
少年が目を覚ました時そこに家屋の天井はなく、大泣きしている曇天が広がっていた。
何があったのか起き上がろうとしてやっと、ロクに動けない事を知った。倒壊した家屋の柱が身体中に突き刺さり、梁に足を挟まれ
ている。
今更ながらに痛みが少年を襲い、悲鳴を上げてもがく少年。
もがき、涙を流しながらも少年の目に飛び込んでくるのは倒壊し、うち滅ぼされていく村の様子。火の手は幸いにもこの大雨のおかげで無いようだが、この大雨をもってしても目の前の現実は隠されていなかった。
もがいているうちに身体の傷を増やしながらも、倒壊した家屋から這い出る事は出来た。出来たが、頭が痛く、血はいくらでも溢れ、雨が体温を奪い、そして潰れてはいなかったが動かせない足で、地面を這う事しかできない。
親友の顔が浮かんだが、あの理知的な親友がこんな所で殺されるわけがないとすぐに思い至り、自分の置かれた状況に意識を戻す。
このままでは確実に殺されてしまう――だが母の死に様を思い浮かべると、少年はこんな状況でも生きたい、死にたくないと強く願いながらも地面を這っていた。
そんな少年の身体が宙を浮かびあがる。
痛みに耐え、顔を上げた少年の目の前には鬼がいた。
大雨が血に濡れた彼の身体を流し、もうもうと湯気立っている少し長い楝色の髪をした、とてもとても大きな、鬼。その鬼は「持って帰って食うか……」と、恐ろしい事を平気で呟いた。
村では見た事のない、その大柄で横柄そうな鬼を目の前に少年は――殺されるのか――と、脳裏に浮かんだ言葉に頭を振って抵抗し、力なく弱々しい拳で鬼の胸を叩く。
「いやじゃ、俺はこんな所で死ぬ鬼ではないぞ!」
「まったく、気に入らねぇ」
楝色の髪と2本の角を持つ鬼・センダンはもう動く陰もない、すでに滅んだ村を見渡して独りごちた。敵も味方も目に付くもの片っ端から殺しておきながらも、センダンは「だから戦は好きじゃねぇ」とぼやく。
いや、争い事は嫌いではない。
ただ村のなんだの、面倒事と御託ばかりを並べたててきた村長に徴兵され、今回はしぶしぶ出てきただけに過ぎない。住みにくくはあっても、住まわせてもらっている恩がある以上、センダンといえども無碍にできなかったのだ。
だが戦と言いながらもコレはただの蹂躙でしかく、戦とすら呼べなかった。
いつの間にか、いつも邪険にするクセこういう時だけ声をかけてきた、いけ好かない村の連中までもいない。
「先に帰りやがったか……」
すでに戦も終わり、いつの間にか降りしきるこの大雨では仕方ない事かもしれないが、こういう部分もやはりいけ好かないものである。
返り血で濁った目を洗い流そうかと上を見上げようとして、視界の隅に何かが蠢いた。
咄嗟に手で掴み持ち上げてみると、とても軽い血で染まった襤褸切れ――ではなく、痩せこけ、今にも死にそうな少年だった。センダンからすればたとえ死にそうでなくても、殺し甲斐のないガキでしかない。
殺し甲斐はないが見つけてしまった以上、放置しておくのものちのち、鬱陶しい。かと言って殺すのもやはり面倒でしかない。
「持って帰って食うか…」
この状況に疲れて口走った冗談でしかないが、少年は燃える様な赤い瞳でセンダンを睨み付け、弱々しい拳で胸を叩いてくる。
「いやじゃ、俺はこんな所で死ぬ鬼ではないぞ!」
こんな状態でも見せる生への執着――村の連中よりもずっと好ましくはある気概にセンダンは薄ら笑いを浮かべ、「うぜぇ、殺すぞ」と言いながら、冷えた少年を背負うのであった。
「ほれ、センダン。食え」
「うるせぇ、殺すぞ」
そう言いながらも、センダンは食卓に並んだ大根の煮物を口に運ぶ。
「今日は珍しく、オヌシが留守番のようじゃからの。独りじゃ飯も食わぬオヌシのためにわざわざ俺が作ったのじゃ、ありがたく食うがいい」
そう言いながらも金哉は大根をひとつまみして、口に運ぶ。口の中でほどけるほど煮込まれた大根はとても美味く、あの頃の大根とは大違いである。
そしてそれが美味いのはしっかり煮込まれ、調理されたからだけではない。
センダンが「頼んでもねぇだろ、殺すぞ」と、言いながらも箸を止めないその背中に金哉は目を細め、楽しげにずっと眺めていた。
自分を連れ去ろうとした、恐ろしい鬼の背中を。
あの時、雨に冷えた少年にとって今まで感じた事のないくらい温かかったその背を、ずっと、ずっと――
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5666 / 帳 金哉 / 男 / 21 / その背中に伝えきれぬ感謝を 】
【ka5722 / センダン / 男 / 34 / 鬼は背中で語る 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせいたしまし楠原です。このような感じで完成いたしました。この時に金哉の角が1本折れたのかなとかも思いつつ、はっきりはしなかったのでとりあえず入れませんでしたが、そうなのかもしれないと言う部分は盛り込みましたので、そこはご想像にお任せをという事で。
この度のご発注、ありがとうございました。
副発注者(最大10名)
- センダン(ka5722)