※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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そう遠くない未来で……
二人が出会ってから――どのぐらいの時間が経ったのだろう。
思い返してみても、すぐには分からない。
ただ、二人が出会った多くの場所は、戦場だった。
あの人は、軽口を叩きながら強がってみせる。
その裏で人一倍責任を感じているのに。
放っておけば一人で勝手に戦って、いなくなってしまいそう。
男は誰しも心の中に『孤独』を飼っている。
もし、あの人に惚れた理由を挙げるとするなら――そんな孤独を隠しながら、必死で誰かを守ろうとする後ろ姿だ。
「ああ、悪いな」
対異世界支援部隊『スワローテイル』が月面基地『崑崙』を出発してから数日。
カミア・シャングリラの休憩室でマリィア・バルデス(ka5848)は、ジェイミー・ドリスキル(kz0231)にコーヒーを差し出した。
火星に向けて進路を取るカミア・シャングリラの航行は順調。火星での調査を終えた後には木星に向かって航行する事になっている。乗組員は日常業務を遂行しながら、平穏な日常を過ごしていた。
「一人分を淹れるのも、二人分を淹れるのも同じだから」
マリィアはドリスキルの前の椅子に腰掛ける。
邪神ファナティックブラッドが倒れたとはいえ、歪虚が完全に消失した訳ではない。カミア・シャングリラ周辺で歪虚が確認されればマリィアは出撃しなければならない。
一方、ドリスキルはカミア・シャングリラに乗艦する新兵を対象としたブートキャンプを開催。厳しい訓練を通じて明日の指揮官を育てる大切な役目だ。
二人の仕事は全く異なる。
されど、二人の間に離れている感覚はなかった。
「歪虚も出現しないから退屈か?」
「いいえ。退屈なんかしてないわ。退屈しているようなら、ジェイミーが楽しませてくれるのでしょう?」
マリィアはカップを持っていない手に、自らの手をそっと重ねた。
戦場で戦っているマリィアは厳しい軍人としての顔を見せるが、勤務外の時間ではドリスキルに対して女性の顔を覗かせる。マリィアを知っている人間ならば意外に思いそうだが、ドリスキル自身もそんなマリィアが嫌いではなかった。
「そうだな」
ドリスキルは、ただ一言そう呟いた。
下手な言葉を重ねても嘘っぽく聞こえてしまう。
だからこそ、ドリスキルは敢えて沈黙を守った。
言葉を交わさなくても気持ちは通じている。そういう実感は二人にはあった。
「ジェイミー、体は大丈夫?」
マリィアは少しだけ首を傾けながら問いかけた。
ドリスキルは元強化人間だった。強化人間と称しているが、その実は歪虚側が仕掛けた契約者量産計画の犠牲者である。契約者は自らの寿命と引き換えに高い身体能力を得られる。多くの強化人間が子供であった中、ドリスキルは大人だ。契約者を覚醒者へ上書きする事で寿命が削られる状況は食い止めたが、削られた寿命は戻らない。ドリスキルの命がいつ消えるかも分からないのだ。
だからこそ、マリィアはドリスキルの身を案じている。
「ああ、今の所はな。そう簡単にくたばらない。お前だってそれを知っているだろう」
ドリスキルは笑みを浮かべる。
ここに来るまで様々な出来事があった。奪われたニダヴェリールの突破口を開く為に自爆した際も、ドリスキルはマリィアに発見されて無事生還した。それを考えればドリスキルには『女神』の加護があるのかもしれない。
「……そうだったわね」
マリィアは、そっと席を立ち上がる。
そして回り込むようにドリスキルの背後へ立つと、後ろから抱きしめるように肩口から両腕をドリスキルの前へと伸ばす。
「お、おい。こんな所を誰かに見られたら……」
「いいじゃない。見せつけてやればいいわ」
ドリスキルの言葉を遮るようにマリィアは言い放った。
ドリスキルの命がどこまで持つかは分からない。だから二人は身内だけの結婚式をカミア・シャングリラ内で挙げる事を決めていた。
――ドリスキルが生きているうちに、死が二人を分かつ前に、少しでも多くの思い出を残しておきたいから。
「まったく。まるでウサギだな」
「そう。構ってくれないと寂しさで死んでしまうのだから」
マリィアの腕にそっと触れるドリスキル。
二人の体温がお互いに伝わり、呼吸する音が間近に聞こえる。
マリィアは、実感する。
大切な人は、今も腕の中で生きていると。
「広いようで狭いこの船だ。少し離れていてもどこにいるか分かるだろ」
「いや。分かっていても傍にいたい。ジェイミーが生きている事を感じていたいの」
我が侭な小娘のような発言。
マリィア自身も自分で良く分かる。このような一面が自分にあった事にも驚きだ。誰かに見られれば顔を真っ赤にしてしまいそうだが、言わずにはいられない。
――沈黙の中で伝わる感情もあれば、言葉にしなければ伝わらない感情もある。
マリィアはこの航海の中でその事を悟った。
「仕方ないお姫様だ」
ドリスキルは椅子から立ち上がるとマリィアを抱え上げた。
お姫様抱っこと呼ばれるその体勢は、マリィアの腕をドリスキルの首元へ寄せれば二人の顔は向かい合わせになる。
「知らなかった? 女は誰でもお姫様なの。寂しさ心の底へ押し込めながら、王子様が来るのをずっと待っているの」
「そうらしいな。だが、男は最初から王子じゃない。レディに見初められるような王子に自分を磨き上げなきゃならない」
ドリスキルはゆっくりと歩き出す。
行き先は――言うだけ野暮というものだ。
「俺は、お前の王子になれているか?」
ドリスキルは、敢えて答えにくい質問をマリィアに投げかけた。
少し答えに詰まらせようとでもしたのだろう。
だが、マリィアは即答する。
まるでそう聞かれる事が分かっていたのように。
「ええ。私の王子はあなたしかいないわ、ジェイミー」
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
近藤豊です。
この度は発注ありがとうございました。
本編は終わりましたが、OMCではまだまだ世界は続いております。
また機会がございましたら、宜しくお願い致します。