※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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愛する男達へ
口腔内に広がるスモーキーなアロマ。
グラスの中の氷が溶け出し、モルトウイスキーの中と混ざる。
静かな空間。氷の中に閉じ込められていた空気が弾ける。
「……ふぅ」
マリィア・バルデス(ka5848)の吐息が漏れる。
邪神ファナティックブラッドとの決戦が近づき、地球統一連合宙軍は大きな戦いに向けて動き始めていた。崑崙宙域出撃準備を整えるニダヴェリールを始め、シャングリラ級戦艦の召集。おそらく、クリムゾンウェストのホープではラズモネ・シャングリラも最終調整中だろう。
マリィアも分かっている。
戦いを前に軍人としてはあるまじき思考だという事に。
「…………」
自分の脳内に浮かぶ言葉を飲み込むように、ウイスキーを多めに流し込む。
氷の音が崑崙のバーに鳴り響く。
マリィアを悩ませている事――それは、ジェイミー・ドリスキル(kz0231)との距離感にあった。
マリィアとしてはもう少し近い距離でジェイミーを感じていた。
だが、ジェイミーの性格を考えれば自分から率先して距離を詰めてくるタイプではない。そもそも、そんな軽い男ならマリィアもここまで悩むはずはなかった。
(カナッペと酒を持って遊びに行く? ……それはないわ。
いや、ジェイミーが死んだら戦闘中でも頭を吹き飛ばして死ぬから死なないで、と頼む? ……それはダメ。マスティマに乗ると決めた時の誓いに反するわ)
マリィアの脳裏に浮かぶ思考。
浮かんでは消え、消えては浮かぶ。
モルトウイスキーの中にある氷は、徐々に小さくなっていく。
それはマリィアの悩みと反比例するかのような関係。
「……どれも重すぎでしょう?」
思考を振り払うように、マリィアは呟いた。
今、浮かぶ考えはすべて『マリィアらしく』ない。
自分は本当にこんな性格だったか?
否――もっとクールで冷静で。戦場という特異空間の中で軍人の矜持と覚悟を持って挑んでいた。それが、ジェイミーに出会ってから変わった。……変わってしまった。
「誰のせいだと思っているのよ」
マリィアは再びモルトウイスキーに口を付ける。
自分の頭に浮かぶ言葉は、すべて世間の娘達が巷の喫茶店で女子トークに盛り上がる内容だ。
どうしたんだ? 自分自身へ自答自問を繰り返す。
人を好きになる。それがここまで狂わせるとは思っていなかった。
マリィアは視線をカウンターへ移す。そこには空になったボトル。
キープされていたボトルではあったが、既に一本目は空。新しいボトルを入れて飲み始めている。
酒に強い方だとは思うが、それでも小さな頭痛がマリィアを襲う。
これはアルコール頭痛なのか。それとも――。
「何とかしないとね」
マリィアもこの状況が良いとは考えていない。
お互い軍人だ。立場に課せられた相応の責務がある。その上、二人は最前線で戦わなければならない。そう、邪神との戦いに生還できる保証はないのだ。
「……これから、か」
マリィアは懐に収めていた一枚の写真を取り出した。
そこには鎌倉クラスタを陥落させ、歪虚の侵攻を食い止めた面々で撮った写真。
ラズモネ・シャングリラの面々とハンター達の思い出が詰まっていた。
写真の中にいるマリィア。その傍らでジェイミーがいつもと変わらない余裕の笑みを浮かべている。
マリィアはジェイミーが写る部分をそっと指で触れる。
「ジェイミー」
指から伝わるジェイミーの存在。
まるで傍らにでもいるかのような錯覚。
ジェイミーの息遣いが、ジェイミーの気配がマリィアを包むかのようだ。
――でも。
束縛したくない。束縛されたい。
でも、嫌われたくはない。
揺れ動く心。軋む音。
人類の存亡を賭けた戦いの前に、マリィアの心は葛藤し続ける。
「私達が、生き残ったら……」
そう言い放った瞬間、マリィアの脳裏に電撃が走る。
生き残る――そうだ、あの邪神との戦いで生き残る事。それがまずは第一だ。
ジェイミーにしてもそうだ。地球統一連合宙軍の軍人であるジェイミーに課せられる任務はおそらく過酷なものだ。敵もかなりの抵抗を試みるだろう。
その時にマリィアは何をするべきか。
何の為に大精霊リアルブルーからマスティマを受領したのか。
私が私である為に。自らの使命を果たす為に。
それは崇高な目的だ。だが、そこにほんの僅かでいい。自分の想いを乗せてもバチは当たらない。
「デート? 遊園地で綺麗な服を着た私をジェイミーが褒める?
……そうよね。らしくないわね。私達は軍人なんだから」
マリィアは残っていたモルトウイスキーを一気に飲み干した。
戦場に始めて立った日から、一般女性のような生き方ができない事は分かっていたはずだ。
平和の為に、人の為に盾となって生きる。
それはハンターになった今でも、大きくは変わっていない。
デート? 私とジェイミーがするなら、場所は決まっている。
――邪神ファナティックブラッド交戦宙域。
戦場の中で嫌でも味合わされる生と死の狭間。男の女が愛を育む場所ではないが、マリィアにはジェイミーとの繋がりを実感する場所でもある。それはジェイミーにとっても変わらない。
「私達は私達のやり方がある。
ジェイミー、あなたが軍人で在り続けるなら……私はそれに付き合ってあげる。その後の事は、邪神を倒してから考えるわ」
グラスをカウンターへ叩き付けるように置いた。
ジェイミーが死亡する可能性もある。いや、それ以上にマリィア自身が死亡する事も考えられる。
だが、それは戦場の中に身を置くが故の宿命だ。
血反吐を吐いて生き延びて。
死神の鎌を掻い潜った先にしか、二人の未来は存在し得ない。
なら、その道は自分達で切り拓く。
「ハンターと軍人。仕方ないわよね。
雰囲気がまるでないデートの場所だけど……あなたらしいわ、ジェイミー。不器用なのに格好付ける火と。私だから、あなたに付き合ってあげるのだから」
熾烈な戦場だ。今までの戦いとは比べ物にならない。
もし、死ぬような事があれば、せめてジェイミーの為に死を選びたい。
肉体が滅び、地に還る事が許されない漆黒の空間。
それでも、死ぬ最後の瞬間までジェイミーの為に生きてあげる。
重い? ――きっとあなたは、そう思わない。
だって。あなたはきっと、私の為に戦ってくれるのだろうから。
「でもね、ジェイミー。私はあなたが簡単に死ぬなんて許さないから。
死ぬなんて最後の手段だろうけど……私は、その因果律も変えてみせる」
マリィアは代金をカウンターへ置いて踵を返す。
間もなくラズモネ・シャングリラがホープを出発する。目標地点は崑崙から離れた作戦開始宙域。
それまでに愛機を最終調整しなければ――。
もうすぐ、あなたと再会するのだから。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
近藤豊でございます。
発注ありがとうございました。ある程度おまかせという事ですので、少々こちらで追記や修正させていただきましたのでご了承下さい。
間もなく大規模作戦が開始されます。短い時間の中で派生するハンターの皆様。その一端を描ければ幸いです。
またの機会がございましたら、宜しくお願い致します。