※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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夢の中の相容れぬ邂逅
――そこは、静かな空間だった。
夜の帳のおりた、広い草原。真円を描いた月の光が煌々と、世界を柔らかく照らす。
風がざわざわと吹く。草がそれにつられて揺れる。
リアルブルーからクリムゾンウェストに転移してきた少女、玉兎 小夜は、その草原のほぼ中心にいた。理由は分からない、ただ忽然とそこにいたのだ。朱い瞳を何度か瞬きして、周囲を見渡す。
見覚えない光景、しかし――向こうにだれかがいる。表情の乏しい瞳に、だれかの影がよぎる。
その人影を見た瞬間、小夜の心の中で警鐘が鳴った。
――あれは、斃さねばならない存在だと。
それは、腰ほどまである長い白銀の髪を揺らめかせた少女だった。小夜と年齢はさほど変わらないだろうか、赤いジャケットを纏った姿は不思議なくらい既視感をおぼえる。
一歩、一歩。
少女が近づいてくる。近くまで来てまじまじと見つめば、彼女もまた朱い瞳をしていた。
そして、持っている雰囲気も、また少女と小夜はよく似ていて。
いや――違う。真逆だからこそ、似ているような気がして。
大剣を担いだ少女は、小夜の数メートル手前まで来ると、足を止めた。
――その少女のことを、小夜は知らない。
橋場 アイリスという名前も、彼女が所属している久遠ヶ原学園という学校も、彼女が撃退士と呼ばれる存在であることも、そして彼女の貫きたい精神も。
きり、と眉をつり上げるアイリス。まるで鏡のように、小夜も眉を上げ、そして向かい合った。
しばらくの沈黙を破ったのは、アイリスだった。
「……私と同じ姿で、人の滅びを望むだなんて、……なんていう裏切り者。あなたのことを、私は許せない」
そして大剣を突きつけ、言い放つ。
「私自身の手で、殺す」
血を吐くようにそう告げるアイリス。一方の小夜も、アイリスを睨み付けて、
「……お前だけは、兎であることを捨ててでも、殺す」
そう、冷たい声で言い捨てた。
鏡写しのようによく似た二人。
けれど、それは信条もまったく異なる二人。
人を救う者、アイリス。
人を憎む者、小夜。
姿形はそっくりでも、お互い相容れないものを持っていることを二人は本能的に見抜き、そしてお互いに殺意を抱き――やがて、アイリスのまわりには黒と赤の混じった血の色をした霧状のオーラが渦を巻き、小夜の側頭部には柔らかな長い耳が垂れ下がった。
光纏と、覚醒。
お互いの持てる力を総動員して、相手を斃す――いま、彼女たちの頭の中は、本能的な殺意に支配されていた。
「【Sabie de ploaie】!」
先に動いたのは、アイリス。
アイリスは叫んだ。それは撃退士と呼ばれるものが用いる『スキル』。
アウル――そう呼ばれる力が複数の剣を作り出し、周囲へ剣の雨を降らせる。所持している無骨な大剣や双剣、刀などを模したその剣たちは、問答無用で小夜の皮膚を傷つけていく。
しかし、小夜とて経験を積んだ立派なハンターである。右腕を覆う魔腕のいましめを緩めながら、臨戦態勢に入っていた小夜は、大きな傷を負わない程度にきれいにすり抜け、そして己もまたアイリスと同様に大太刀を手に持ち、そしてかつての己と同調し――マテリアルで剣を召喚し、アイリスへそれを放つ。
その剣は、アイリスの持つソレと同一。
(お前への憎しみと皮肉を込めた一撃、食らっとけ!)
小夜の方が技を繰り出すのが僅かに遅い。それは彼女の方が力量としてアイリスに劣るという事実であり、けれどそれで諦める彼女ではない。
アイリスはその隙に小夜に接敵し、大剣を振るう。小夜も負けじと大太刀を振るい、反撃をするが、実力不足はやや否めない。それでも見たところは互角にも見える。それはきっと、お互いの負けられないという強い意志がそうさせているのだ。
たとえ初撃に油断をし、スキルによって加速したアイリスに強烈な斬撃――【Regina a moatea】――を食らわされたとしても、――小夜はその攻撃をぎりぎりのところで受け止める。
そう、たとえ彼女の口から
「滅びろ」
という言葉が漏れたとしても、
むろん、そのダメージは決して小さいとは言えない。小さく息を詰めた小夜は、口の中に、血の味を感じる。しかしそれでも退くわけにはいかない。自分とよく似た、しかし自分とまったく異なる眼前の少女は、小夜にとって不倶戴天の敵といえる存在なのだから。
それでも小夜は反撃とばかりに低い姿勢からの斬撃を繰り出す。その刀の軌道によどみはなく、地面を擦り上げるようにした大太刀からは赤い軌道が残って、眼に焼き付く。
【盈月】。
まるで満ちゆく月のように鮮やかに上る強烈な一撃は、アイリスも一瞬眼を見開いて慌ててそれを受ける。そして繰り返し、息をつかせぬ間も与えぬように、重い斬撃を何度も繰り出すアイリス。
それに反撃を与えながら、鍔迫り合いになる小夜とアイリス。ギギギ、と鋼の擦れる嫌な音が二人の耳に届くが、そんなことは問題ではなかった。
お互いを突き動かすのは、殺意の衝動。いや、本能に限りなく近いそれ。
鏡写しの如き存在であるからこそ、その想いの違いが決定的に許せないのだ。
そんな二人の戦いを、だれが止めることが出来ようか!
――と。鍔迫り合いの均衡が僅かに崩れた瞬間を、アイリスは見逃すはずがなかった。
「滅びろ!」
そう言いながら放つ彼女の一撃はそれまでと違い、あまりにも強烈で重い。
【Lumina Lunii】。
彼女のアウルによって発生した暗赤色のオーラと漆黒の影を剣と腕に纏わせ、持てる力の全てをたたき込む攻撃。
「……! ぐううう!!」
その攻撃は小夜の許容を遙かに超える。それでも、彼女はそのまま倒れ伏せるのをよしとしなかった。
「……私が、ただで死ぬと思うな! 似て非なる者め!」
小夜は防御を捨て、アイリスの放った攻撃の僅かな隙を見つけ、そこに妖しく紅い鈍い輝きを、彼女の内包する悪意を纏った刃を斬りつけたのだ。
刃鳴りが、妖しい怨嗟のうなり声を上げる。
アイリスもここで反撃が来るとは思わなかったのだろう、一瞬眼を大きく見開いて、そしてその刃を直接身体に受けた。
血しぶきが二人の少女の胸から迸り、そしてそれぞれゆっくりと倒れゆく。呼吸こそしてはいるが、その息づかいは荒く、嫌な音を立ててもいた。
いずれも致命傷。
その瞬間、僅かに雲が月の光を隠し――次に月が草原を照らした時、少女達は消えていた。
戦いの痕跡も含めて、なにもかも。
夢か、現か、幻か。
それはわからない。
しかし、少女達が相まみえることはおそらくもうないだろう。
異なる世界線を生きる、鏡写しの少女達。彼女たちの生きる道は、本来交わることはないのだから――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6009 / 玉兎 小夜 / 女性 / 十七歳 / 舞刀士】
【ja1078 / 橋場 アイリス / 女性 / 久遠ヶ原学園大学部二年 / 阿修羅】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびは発注ありがとうございました。
拙い文章ではありますが、喜んで頂けるなら嬉しいです。
世界線の異なるふたりが出逢っての死闘、という興味深い発注文に、楽しく執筆させて頂きました。
撃退士の戦いはもう終わりを迎えようとしていますが、それでも胸の中には、彼ら彼女らの生き様が染みこんでいるでしょう。
その一方でハンターの戦いはまだこれから。この先も多くの思い出が生まれるのでしょう。
そんなふたりの戦いを描くことのできるのは、如何なる幸せでありましょうか。
改めて、発注下さいましてありがとうございました。