※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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つかのまの楽園で
●ある日常
うっそうと茂る樹木が、太陽の光をさえぎっている。
まだ充分明るい時間のはずだが、森の中は見通しが悪かった。
月影 葵は静かに息を吐き、吸った。
クリムゾンウェストの深い森の空気は湿り気を帯び、どっしりと重く思える。
意識を集中する。
無数の鳥や動物、そして植物が息づく森の中でも、「敵」の気配はひと際異質だ。
――いる。
そう言葉にしようと思った瞬間、背中あわせに周囲を警戒していたHonor=Unschuldが先に動いた。
「逃がさないんだよっ!」
Honorの全身からは艶やかな薄桃色の光があふれ出し、暗い森の中に艶やかな桜吹雪の光跡を残す。
むき出しの肩が白く見え、桜模様の長い裳裾は翼のようにたなびく。
少女は目を細め、小さな舌で唇を湿した。
あどけなさの残る顔にはアンバランスな妖艶さが匂い立つが、本人はそのことを知らない。見る者がどう思うかも知らない。
Honorの知っていることはただひとつ。
――チカクニテキガイル。
桃色に輝く双剣が弧を描いて閃いた。
パッと散る木々の枝葉、そして輝く桜の花びら。
大きなサルのような姿の歪虚がHonor目がけて飛び降りてきたのだ。
歪虚は斬られた片腕をぶら下げたまま、鋭い叫び声を上げて少女を威嚇するように睨みつけた。
Honorはうしろに一歩だけ飛び退り、身構える。
その顔に恐怖はない。あるのは敵を見つけた喜びだけだ。
「悪いことしちゃったんだからね、逃げちゃだめだよ」
ぐっと身を屈め、足に力を籠める。
めり込みやすい土ではなく、木の根にかかとを当てて。
腿もあらわにHonorが裾を翻して飛び出したと同時に、歪虚も残る腕を振り回しながら近付く。
敵は素手とはいえ、リーチが長く、しかも想像を絶するパワーを持っていた。
「ふぇ!?」
拍子抜けするような声を上げてHonorが屈みこむと、勢い余ったサルの腕は空を切り、傍にあった木をなぎ倒す。
Honorの目に喜悦が宿る。
「隙だらけだねっ!」
桃色の光が閃き、サルの脇腹を切り裂いた。
サルが倒れるその先に、迎え入れる褥のように花びらがあふれ出す。
次の獲物を認めたHonorは、巨体の下をくぐり抜けて前へと突っ込んで行く。
葵は僅かに眉をひそめた。
切り倒されたサルは、まだ完全に動きを止めた訳ではなかったのだ。
トレードマークである、肩に羽織った地球連合軍の軍服が翻る。
目にもとまらぬスピードで白く輝く刀身が閃くと、ぱっと葵の花が咲く。
――まるで敵を看取るように。
たった一閃で落とされたサルの首は、重い音を立てて柔らかな土に落ちた。
「アナ、余りひとりで先へ行かないでください。危険です」
葵は先を行くHonorを一応呼び止めるが、諦めてもいる。
戯れるように剣を振るい、踊るように飛び跳ねる少女は、ただ「やるべきことをがんばるだけ」なのだ。
そして分かっている。
Honorのようなタイプの者を型に嵌めると、その長所がだめになってしまうことも。
だから葵は、敢えて後に続く。
思うがままに森の中を飛び跳ねる桃色の光。
その後を、涼しげな月光を思わせる燐光が追って行く。
まるで光の舞踏のように。
Honorが奔放に剣を、そして銃を操り、葵はまだ牙を剥く敵を確実に仕留めて行く。
どれぐらいそうして敵を追っていただろう。
Honorが振り向きざまに一体の歪虚の額を撃ち抜いた。
「お姉ちゃん、これでおわりだよっ!」
「……そのようですね」
長い刀身を振り払い、葵は崩れ落ちる敵の姿を見届ける。
辺りにはもう、歪虚の気配はなかった。
どちらかがどちらかにあわせた訳ではない。
葵が指を鳴らすのと、Honorが爪先を軽く地面に打ち付けるのはほぼ同時だった。
その瞬間に、葵の花びらは砕け散るように光をまき散らし、桜の花びらは別れを惜しむようにぱっと広がる。
そして数秒の後に、全ての光は消え失せた。
●いつか、どこかの日常
森の奥から光の中へ。
そして街へ戻ると、さっきまでの静寂が嘘のような賑わいがあった。
葵はハンターズソサエティの支部へ赴き、依頼完了の手続きを済ませる。
街道に現れては旅人を脅かす歪虚は片付いた。
これでこの辺りの人々も安心して暮らすことができる。
受付の職員は葵に礼を述べた。
「また何かあったら駆けつけますから。……何もないほうがいいのでしょうけれど」
葵は静かにそう言って、サインをすませた書類を相手に返した。
建物の外に出た葵は、辺りを見回した。
「……アナ?」
事務所は退屈だからと言って、そこで通りを眺めているはずのHonorの姿が見えないのだ。
「危ないことはないでしょうが……」
歪虚相手に一歩も怯まないHonorである、そこらの人間が脅威となるとは考えられない。
――だが一体どこへ?
そこでふと思いついた。
「一応辺りを探しながら行ってみましょうか」
念のために当たりに気を配りながら、しかし葵はある確信を持って、さっき来た道を戻っていく。
街をとり囲む外壁は、街道に面している。
旅人や荷物を乗せた馬車が行き交う街道は、やがて大きな森にそって曲がって行く。
葵は街道を歩いていき、やがて森に向かう細い道に向かう。
それは今朝、依頼を受けて辿った道だった。
高くなった太陽が森を照らしている。
街道のざわめきが遠くなると、鳥の声、木々の枝が風に揺れる音だけが聞こえてくる。
いや、耳を澄ますと、それとは異なる音も。
「……やはりここでしたか」
葵は思わず苦笑を浮かべた。彼女の耳に届いたのは、微かな歌声だったのだ。
道はやがて細くなり、獣道のような具合になる。
ここまで来ると木々の葉は厚く重なり、光も届きにくい。
だが森の中には、ときおり光の広場が現れる。古い大木が倒れた場合など、そこにぽっかりと空が開けるのだ。
そんな光の広場に、Honorがいた。
戦いのときとは別人のように穏やかな笑顔を浮かべ、肩には歌声に誘われた小鳥がとまってさえずる。
手の届きそうな場所では、親子の鹿が静かに草を食んでいる。
小さなリスが枝から飛び降り、不思議そうな顔で辺りを見回し、また駆け抜ける。
――平和そのものの光景だった。
葵は暫く木陰に佇み、その光景を眺める。
飛び出してはいけないと言っても勝手に突き進む。
待っていると言ったのにすぐにいなくなる。
自由奔放なHonorを、心配することはあっても、何故か怒る気にはなれなかった。
本当の姉妹のようにいつも一緒にいて、お互いに支え合って。
自分を「お姉ちゃん」と呼んで笑顔を向ける少女に、葵が救われている。
「お姉ちゃん!」
葵はその声で我に返る。Honorが嬉しそうに駆け寄ってくるのが見えた。
「アナ……ここにいたんですね。探してたんですよ」
「あっ、そうか! ごめんなさい」
Honorがやっと思い出したというような顔をする。
「さっきね、森の中に素敵な場所を見つけたの。どうしてもボク、もう一度戻って来たかったんだ」
葵は自分の予想が当たっていたことに、かすかな笑みを浮かべた。
このような表情自体、葵が他人に見せることは稀だ。
「無事だったのならいいんですよ。ただ次からは、私にも教えてくださいね」
「えへへ。今から教えてあげる! こっちだよ!」
「えっ、あの……!」
Honorは葵の腕を引いて、光の広場へと引っ張り出す。
動物達はぴくりと顔を上げたが、逃げ出したりはしなかった。
「どう? 素敵だよね!」
「……そうですね」
見上げると、抜けるような青空。
湿り気を帯びて重く感じた森の空気が、ここでは涼やかに心地よく胸を満たしていく。
葵はそっと目を閉じた。
日の光を受けていると、全てが光に許されるようだ。
しばらくの間そうしていた葵だったが、Honorに元気よく腕を引っ張られた。
「ね、お姉ちゃん、踊って! ボク、ここで、お姉ちゃんの踊りが見たいんだ!」
「え?」
葵は唐突な申し出に、ほんの一瞬困惑した。
だがHonorのまっすぐな瞳は、そんな迷いをあっさりと打ち壊す。
「ボクも一生懸命歌うから! ね、おねがい!」
――この「お願い」を断れるはずなどない。
葵はHonorの頭を軽く撫でて、了承した。
緩やかに腕を中に漂わせる。
と思うと、ピンと伸びた指先が空を撫でるように滑って行く。
柔らかく響く歌声が、葵の身体を通して天空に上って行くようだ。
しなやかにそり返る身体は、今はただ躍動する生命のひとつとして存在するのみ。
ついさっきまで、死の舞踏を演じた森の中。
ふたりは平和を歌い、生命を踊り、穏やかに笑みをかわす。
鳥は歌い、獣は寝そべる。
その中で姉妹は、無心に光と、そして風と遊ぶ。
瞳にはただ優しい色だけを映して。
もしも「敵」がいない世界に姉妹が生まれていたのなら。
日常はこんな風に、優しく穏やかに過ぎていくのかもしれない。
けれど今は、つかの間の楽園があればそれでいい。
世界が平和を取り戻すまでは――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6275 / 月影 葵 / 女性 / 19 / 人間(RB)/ 舞刀士 / お姉ちゃん】
【ka6274 / Honor=Unschuld / 女性 / 12 / 人間(CW)/ 疾影士 /アナ】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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動と静、冷酷かつ非情な戦いと背中合わせの、優しく穏やかな世界。
今はその間を行き来するおふたり、というイメージで執筆致しました。
ご希望の内容から大きく逸れていないようでしたら幸いです。
このたびのご依頼、誠に有難うございました。