※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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立ちはだかる者
『そちらに走竜達が向かったぞ!』
通信機から仲間の声が響く。
(来たか……ついてきて良かった)
アーク・フォーサイス(ka6568)は唇の内で呟いた。
竜どもの頭目が強力な双頭竜だったことから、仲間の多くはそちらの対応に重きを置いており、走竜達による防衛線への特攻を懸念していたのは唯一彼だけだった。
「追いつかれるのは時間の問題だね」
言って手綱を引く。そして、負傷した仲間を乗せ並走する龍騎士・ダルマを振り返った。
「ふたりを頼んだよ」
「おい、敵はいくら手負いっつっても……!」
言いかけ、ダルマは口を閉ざす。重傷者達はすぐにでも手当てしなければ危険な状態だ。
ダルマは奥歯を噛むと、
「ふたりを預けたらすぐ戻る、無茶すンなよ!」
そう言い残し飛び去った。
遠ざかる羽音を聞きながら、アークは四肢にマテリアルを巡らせる。
北方の凍てつく風に弄られ、黒髪が額を撫でる。その下で、北風よりもなお冷たく光る金の獣眼が、静かに敵を見据えた。
「無茶、か。相手は五頭、確かに無茶かもしれない……でも、」
独白は白い吐息となって散る。竜達との間合いを図り、斬魔刀「祢々切丸」の鯉口を切った。鬨の声とばかりに響く硬質な音が、彼の闘志を高めていく。
竜達の中に片腕のない者を見出すと、口の端を不敵に歪めた。
「多少の無茶は承知だよ。――来い、今度は腕だけで済むと思うな!」
アークが気を吐くと、彼の飛龍は真っ向から竜達に突っ込んでいく!
精神を極限まで研ぎ澄ませ、漆黒の刃を幾度も振り下ろす。己が背よりも長大な刀身を、腕の一部であるかの如く自在に繰り、堅い鱗ごと肉を裂く。すでに深手を負っていた一頭が地に伏した。
しかし敵は走竜、高い機動力と体力とを併せ持つ。他は巧みに致命傷を避け、一旦アークから距離を取ると、ぐるりと取り囲んだ。
四方からの獰猛な唸り声。一対四。竜達は同胞の死を目の当たりにしてなお、己の優位を疑っていない。
その時だ。
遥か後方がにわかに騒がしくなる。ダルマが防衛線に着いたらしい。
「間に合ったみたいだね」
この窮地にあって、アークはほうっと安堵の息をついた。
彼の背後には今、守るべき――否、守りたいと願う者達がいる。
手負いの仲間は勿論、龍園に住まう人々――数えきれない命がそこにある。
アークは龍園の民である龍人達を、新たな仲間だと感じている。
これまで長らく、龍人達は外界と交わることなく、むしろ拒絶するように生きていた。しかし先達て、初めて催された交流会に参加したアークは、龍人達と手を取り合って行けるものと確信していた。
最初はよそよそしかった龍人達。他ならぬダルマだってそうだった。
けれど。
同じ料理を食べ酌み交わし、同じ楽の音に酔うことができた。
そして友人の奏でる曲に合わせ、剣舞を披露した時などは、万雷の拍手を贈られた。
賑やかな時間を共有し、鱗持つ彼らと確かに解り合えたのだ。
だから。
「……尚の事守りたい。今この命は、その為にあるのだから――!」
不退転の覚悟を口にし己を鼓舞する。
それを聞いた飛龍は、彼の魂に共鳴したように鋭く吼えた。そして左右から同時に突進してきた竜達を素早く躱す。正面から襲い来た爪は、アークが刀で受け流した。
一人と一頭は、即席とは思えぬ見事な連携で敵をいなしていく。
飛龍は彼に牙が届かぬよう高く飛翔し、彼が技を振るう際には効果的な位置へ舞い降りる。人龍一体となった感覚を心地よく感じながら、アークは無心で黒刃を振るった。
しかし、直に走竜達も気付いた。
飛龍の翼を奪いさえすれば、空へ逃げる事は叶わなくなると。
集中的に翼を狙い出す竜達。アークも懸命に応戦したが、数の不利は如何ともし難い。何とかもう一頭仕留めたものの、やがて傷ついた翼は羽ばたきを失い、滑るように着地した。
このままでは翼ばかりか命まで危うい。
アークは鞍から飛び降り、
「ありがとう。もう充分だよ、あとは後ろへ下がっていて」
しかし飛龍は彼を見つめたまま動かない。
「終わったらきちんと手当しよう。おまえも、俺もね」
血の滲む頬で微笑むと、目の前でポーションを取り出し封切った。頬の傷がスッと薄らぐ。少しでも飛龍を安心させたかったのだ。
あとはもう振り向かず地を蹴った。少しでも離れるべく、痛む脚を叱咤し駆ける。ここまでの戦いで、彼自身も相応の傷を負っていた。
(残りの体力はそう多くない……早く決着をつけてしまわないとな)
長引けば長引くだけ不利になる。
走竜達に向かっていた彼は、途中でくるりと方向転換。あえて背を見せ走る。機動力で勝る竜達は、せせら笑うように追ってきた。
けれど次の瞬間、アークは振り向き最後の縦横無尽を放つ! 一塊になって追ってきた竜達は、三頭まともにこれを喰らった!
一頭は急所を裂かれ、一頭の首が宙を舞う。
血に染まった荒野で、アークと隻腕の竜の視線がぶつかり合った。
「おまえが最後まで残るとはね。執念深いな」
アークの挑発に、隻腕の竜は低く喉を鳴らす。
だが竜の身体には深い刀傷が幾筋も走っており、あと一太刀喰らわせればおそらく終いだろう。それでも眼には激しい殺意が燃え続けている。
一瞬の後、爪を振り上げ飛びかかって来た!
すかさず刀を掲げ受けの構えを取るアーク。しかし走竜はその動作を予想していた。柄を握る両の手へ思う様喰らいつく! 爪はフェイクだったのだ。
牙が手へ食い込む。竜の喉に蹴りを入れ、反動で飛び退くアーク。しかし竜も引かない。構えが甘くなった隙をつき、彼の左肩へ噛みついた!
ぶつっと響く嫌な音。たちまち鮮血が溢れ、左腕がだらりと下がる。
「このっ!」
間近な瞳に切っ先を突き立てようとしたが、走竜は後ろっ飛びに回避。
再び距離を開け睨み合う両者。
アークは左腕を動かそうと試みる。けれど指の一本さえ言うことを聞いてくれない。とめどなく溢れる血に、視界と意識が霞みだす。
(まだだ)
残された右手でしかと柄を握りしめる。
(ここで倒れるわけには、)
白み始めた視界に、ふと眩い金髪の少女が浮かんだ。
誰よりも果敢に先陣切って飛び込んでいくクセに、アークが少しでも無理をすると口酸っぱく怒る幼馴染。
彼女がこの傷を見たら何と言うだろう。
それを思うと、口の端に笑みが戻った。
この命は今この瞬間、背にした無数の命を守るためにある。だが。
「……ちゃんと戻らないとね」
共に師匠と慕った恩師はもういない。彼女を独りにするわけにはいかない。
アークが真に守りたいと願う、たったひとつの命は――
漆黒の切っ先を竜の目の高さに据える。長大な黒刀を片腕のみで支えるのは容易な事ではないが、満身創痍のアークは気力でそれを成し遂げた。
戻らなければ。
帰らなければ。
彼女を傍で守る為にも。
その強い願いがマテリアルを滾らせる。
「――だから、こんなところで折れるわけにはいかないんだ……この刃が折れるのは、今じゃない!」
アークの咆哮に、竜も雄叫びで応え突っ込んで来る。
顎が開かれ、血に濡れた牙が覗いた。けれどアークは避けない。むしろ踏み込み、その口腔へ真っ直ぐに刃を突き入れる!
全身の痛みを堪え、柄の頭を肩に宛がい更に踏み込む。刀を通し竜の激しい痙攣が伝わってくる。
圧し掛かられる重みに耐えること数秒。最期までアークを睨み続けていた竜は、黒塵と化し消えた。
「……っは……」
解放された途端力が抜ける。そのまま後ろに倒れ込んだ彼の背を、何かが支えた。見れば、置いてきたはずの飛龍が、彼と地面の間に身体を割り込ませていた。
「ありがとう」
飛龍は労わるように目を細める。その仕草に、『守りきれたのだ』という実感がようやく湧いてきた。
ゆっくりと息を吐き、吸う。
冷たい空気が肺に沁みた。勝者だけが感じ得る生の感覚だ。
「待ってな……彼が戻ってきたら、おまえの手当て、を……、」
そこまで言って、アークは意識を手放した。
支援する者も、見届ける者もない戦い。
けれど、彼が人知れず死闘を制したことによって、龍の園は確かに守られたのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6568/アーク・フォーサイス/男性/17歳/立ちはだかる者】
【ゲストNPC/ダルマ/男性/龍騎士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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以前、龍園北で行われた激戦。
その後方で密かに龍園を守り抜いた、ひとりの舞刀士の物語をお届けします。
リプレイ中では詳細に描く事ができなかった死闘の様を書ける機会を頂き、大変嬉しく、楽しく書かせて頂きました。
命を尊び、命を守るため刀を振るうアークさん。凛々しいです。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました!