※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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Black,Orange&Purples
●Black cat
(……少し、早く来すぎたか)
休日で賑わう広場にひとりやって来たクラン・クィールスは、秋の花々が揺れる花時計へ目をやった。まだ約束の時間まで20分ほどある。
この花時計は前にも見たことがあった。彼女と友人と一緒に、隠された卵を探していた時に見たものだ。
(前見た時は春の花だったが、すっかり様変わりしているな。……あの時には、まさかこうしてふたりで待ち合わせをするようになるとは、思ってもみなかったが……)
その頃には"彼女"もまだ友人のひとりだった。
移り変わる季節の中で、自分達の関係も自分自身も、随分変わったなとしみじみ思う。
(……気付けば姿が見えなくて、散々探し回ったっけな……卵より余程探すのが大変だった)
そうして懐かしい記憶に憩っている内に時は過ぎ――
「クランさーんっ」
遠くで呼ばわる可憐な声。振り向けば彼女――氷雨 柊が、とてとて小走りにやって来る。いや、恐らく本人は懸命に駆けているに違いないが、自分より40センチも小さな柊が走っていると、どうしても『とてとて』とか『ぽてぽて』走っているように見えてしまう。要は可愛い。
随分急いできたのか、頬がバラ色に上気して、うっすら開いた唇から息する様子はどこか艶っぽい。
「はぁ。すみませんー、お待たせしちゃいましたかぁ?」
弾んだ息の合間に言い、乱れた前髪をささっと手櫛直す仕草。女の子だなと改めて感じる。
傍らの花時計は約束の時間きっかりを示している。きっとぎりぎりまで着る服で悩んだり、丹念に身支度していたのだろうなと思うと何倍も可愛らしく見えて。
「いや……俺も今さっき来たばかりだ」
ありがちな台詞を口にする自分に少し可笑しくなったが、好いた相手が他でもない自分の所へ駆けてくる姿を見ると、こうとしか言えないものだなと妙に納得したり。
ホッとしたように頬を緩ませた柊は、伏せ目がちに手を伸べてくる。
「クランさん、おてて握りましょうー? 通りはとても混んでいるみたいですからぁ」
「……まぁ、迷子になられても困るしな。……ほら」
そう言うと柊はぷぅっと頬を膨らせむくれたものの、差し出された手をしっかり握るとはにかんだように顔を伏せ、繋いだ指に力を込めた。
商店街は間近に迫ったハロウィンに向け大変な賑わいを見せていた。
店々はどこも工夫を凝らした飾りつけがなされている。カボチャで作ったランタンを並べたり、軒先にオレンジと黒のフラッグガーランドを吊るしたり。
子供達は思い思いの仮装をし、やはり仮装している客引きの店員にびっくりしたり突撃したりしていた。
「どの店も気合入ってるな……」
思わずクランが呟くと、柊はそわそわきょろきょろしながらこっくり頷く。
「すごいですねぇ、こうして歩いているだけで楽しくなっちゃいますよぅ♪ ……あっ、見てくださいー!」
柊が指さした先、商店街の入口に特設ワゴンが出ていた。手軽に仮装できる帽子やマントなどを扱っているらしい。
「成程、どうりで仮装した人が多いわけだ」
「はにゃっ?」
柊はワゴン横の看板に気付いた。
『商店街全店、仮装して来店したお客様にお菓子をお配りしています。仮装したお客様限定セールも開催中★』
「あ、そういう……」
皆こぞって仮装するわけだと得心がいったクランの横で、柊はぐっと拳を握る。
「これは仮装せざるを得ませんねぇ。行きましょー!」
「俺もするのか……!?」
並々ならぬ気合を滾らせた柊に手を引かれ、ワゴンに集まる人々の中へ分け入っていく。
ポップなハロウィンカラーに塗装されたワゴンには、魔女の帽子や箒、蜘蛛やカボチャのピンバッジ、吸血鬼のマントなどが所狭しと吊るされていた。あまりの品揃えにクランが目を回しそうになっていると、柊がちょいちょいっと袖を引く。
「これどうですかぁ?」
振り返ると……耳。柊の頭に黒猫の耳がぴょこりと生えていた。猫耳カチューシャだ。おまけに手にはしっかり肉球までついた猫の手グローブを嵌めている。
「何で猫なんだ」
「魔女の使い魔と言えば黒猫ですからぁ。似合いますかー?」
覚醒時の柊には髪と同色の猫耳やしっぽが現れるが、今回は黒猫である。ちょっぴり小悪魔的な雰囲気がして、上目遣いに見られるとそわそわしてしまう。クランは赤くなりそうな顔を背け、
「ああ」
短く首肯した。それだけでも柊には充分な返答だったようで。にぱーっと顔を輝かすと、別のカチューシャを手に取り、背伸びしてクランの頭に着けた。
「これは?」
手を伸ばして触ってみると、柊の猫耳よりも大きく、ふさふさした三角耳が。
「ふふふ、狼さんのおみみですってー。狼男さんですよぅ♪」
「男の俺に狼って……意味分かってるか?」
「はいー? とってもお似合いですよぅ♪ 折角ですからクランさんも狼さんグローブしましょー?」
乗り気の柊に乗せられて、あれよあれよと言う間に狼男と黒猫娘のカップルが爆誕した。
「……俺、もういい歳なのに」
狼グローブで顔を覆うクランに、柊はピンクの肉球がついた手をひらひらさせる。
「ふふ、何でも楽しんだもの勝ち、ですよぅ♪」
そのまま顔の横で手を握り、無邪気に「にゃあ♪」と一鳴き。
可愛いはあらゆる理屈を凌駕する。
クランは(まあいいか)と諦めにも似た悟りを開き、改めて柊の手を握ろうとした。が、ここで問題発生。
「うう。グローブ可愛いですがー、おてて繋ぎ辛いですねぇ……」
しょぼんとグローブを外そうとする柊の横顔に、クランの胸がズキリと痛む。慌てて押し留め、グローブ越しの手を無理やり握った。
「……まあ、繋げないことはない。お互い離れないように気をつけていれば、問題はないだろう」
その言葉に、柊はそれはそれは嬉しそうに頬を上気させて頷くと、ゴキゲンで繋いだ手をぶんぶん。
――大方の予想通り、これが盛大なフラグであるとは知らずに。
「とりっくおあとりーと、ですよぅ♪」
「と、トリックオアトリート……」
照れない柊と照れるクラン、可愛らしくディスプレイされた店々を愛でつつお菓子をもらって歩く。そして子供に同じように声をかけられると、もらったお菓子を配ったり、ハイタッチをして笑い合ったり、ハロウィンをめいっぱい満喫する。
「わわ、見てください! あのお店のカボチャタワー、可愛いですねぇ……! あ、あっちのお化けさんも!」
「そうだな……だが何せ人が多い。はぐれないように気をつ、け……」
子供にお菓子を渡し振り向いたクラン、目が点になる。
柊の手を繋いでいたとばかり思っていた左手が握っていたのは、片っぽになった猫の手グローブのみ。その中身である柊は忽然と姿を消していた。すっぽ抜けてしまったようだ。
「……こう来たか」
クランは残りのお菓子を子供に渡してしまうと、急ぎ人混みの中へ飛び込んでいった。
●Orange lower lip
「はにゃぁ、可愛いですー♪」
巨大なオバケ風船に惹かれてバルーンショップを訪れた黒猫娘は、購入した黒猫型の風船を抱きしめご満悦。
「狼さんの風船もありますよぅ、クランさんもお供にどうですかぁ?」
振り返り、やっぱりびっくり。クランがいない。気付けば右手のグローブもない。
「は、はにゃ? クランさーん、どこですかぁ?」
クランの姿を探しぴょんぴょん。けれど小柄な柊では、人混みを見渡すことはできなくて。涼しくなった右手から胸へ、じわりと寂しさが滲んでくる。
「折角一緒にお出かけなのに、ひとりぽっちは嫌ですよぅ……」
涙目になり、ともかく通りへ飛び出そうとしたその時、
「――迷子になったのは、誰だ……?」
背後から脅かすような低い声がして、慌てて振り向くと同時にぺちんとデコピンが見舞われた。
「はにゃあ!? あぁっ、クランさんー!」
「クランさんー、じゃない。本当に迷子になるやつがあるか。まったく……」
「……ごめんなさいー……」
しょぼくれる黒猫娘を保護した狼男は、甲斐甲斐しくグローブを嵌めてくれ、再びしっかり手を繋ぎ直し苦笑する。
「……ま、迷子を探すのも歩調を合わせるのも、すっかり慣れたものだ。さて……そろそろどこかに入って休憩するか?」
「そうしましょうー。期間限定のカフェメニューなんかもあるみたいですよぅ♪ 楽しみですねぇ」
そうしてふたり、柊が調べてきたカフェへ足を向けた。
スイーツに定評があるというそのカフェは、沢山の女性客やカップルで賑わっていた。評判のいい店だけあって、ハロウィン限定メニューも当然のように凝っているわけで。
テーブルに向かい合って着席すると、柊は早速メニューとにらめっこ。
「んー……んん。パンプキンプリン、可愛いですー。チョコのコウモリさんが乗ってますよぅ♪ ……はにゃぁ、でもこっちの仮装者限定のシューロールもぉ……カボチャスコーンもおいしそうですねぇ」
むむっと眉を寄せた顔は真剣そのもの。対して、向かいに座るクランはさっとメニューに目を通すと、パタンと閉じてしまう。
「もう決めたんですかー?」
「あぁ、まぁ。そっちは……まだかかりそうだな?」
「このプリンとシューロールで悩んでるんですよぅ」
柊は広げたメニューを指さしながら、どっちが良いでしょうかぁと首をかくり。猫耳がぴょいっと揺れて、慌てて押さえた。向かいでクランが目を細める気配がしたけれど、気恥ずかしさに顔を上げることができない。メニューを見るフリで(内心本気で悩んではいるのだけれど)目線を落としていると、クスリと笑われてしまう。
「……今度また来た時に、別のを頼めばいいだろう。とりあえず、適当に選んだらどうだ」
「はにゃ!? また一緒にデ……お出かけしてくれるんですかぁ!?」
「何故そんなに驚くんだ……ああ。期間限定なら、今年中に間に合わなくても来年また来ればいい」
「来年……はにゃ」
さらりと口にされたその言葉に、柊はますます照れてしまって、顔を上げられなくなってしまう。
そこへ店員がやって来たので、取り急ぎ決めたプリンとケーキセットを注文した。……注文は、間際まで悩みに悩んだ柊に代わり、クランがしてくれたのは言うまでもない。
そうして運ばれてきたパンプキンプリンは、柊の頬を床まで落っことしてしまいそうなほどの美味しさで。もうゆるんゆるんに頬を緩ませ夢心地。
「おいひぃ……♪ これとってもおいしいですよぅクランさんー! カボチャの甘味に、苦味が強いカラメルが絶妙でー……はにゃー、これは是非今度シューロールもいただかないとぉ」
この幸せを少しでもクランに伝えたくて一生懸命話していると、ふいにクランの手が伸びてきた。口許を指の腹で拭ってくれると、そのまま自らの口へ運び、ぱくり。
「……ん。結構イケるな」
「……!! ……っ!!」
真っ赤になっておたおたしていると、それを見たクランも目許を赤らめ視線を逸らす。
「……悪い、つい」
「いっ、いえっ! 何も悪くは……!」
そうして真っ赤になって俯きあうふたりは、店員達に微笑ましげに見られていることなどまるで知らないまま過ごしたのだった。
●Purples
楽しい時間は瞬く間に過ぎ、賑やかな街が橙色の陽に染まる頃。
「今日のお出かけ、とっても楽しかったですよぅ」
そう言って微笑む柊の紫紺の瞳に、ほんのりと寂しさが滲む。もう帰らなければ――別々に暮らすふたりは、一緒に過ごしたあとは別れ別れ、それぞれの家に帰らなければいけない。
どちらからともなく、名残惜しげに解かれる手と手。
するとクランは何故か俯き、次に右を見て、左を見て……彷徨わせた視線を、最後にようやく柊に据えた。正面から見つめられ、柊は咄嗟に下を向く。想いが通じあってからと言うもの、すっかり真向かいからクランを見られなくなってしまった。
そんな柊に、
「ちょっと……目を閉じてくれないか」
躊躇いがちにクランが言う。
「こうですかぁ?」
不思議に思ったものの、瞼を閉じてしまえば彼の方を向くことができる。言われるまま目を閉じ、小首を傾げて顔を上げると――唇に、柔らかく温かな感触の何かが触れた。
驚き目を開けると、吐息が触れ合うほど間近に、久方ぶりに正視する切れ長の双眸が。
けれどクランはすぐにその瞳を逸してしまい、
「……じゃあ、な」
踵を返すと足早に去っていく。
「……!? ……!! ~~~~ッッ!?」
彼の背中が雑踏に消えた頃、ようやく我に返った柊の唇からは声にならない絶叫(?)があがった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6302/氷雨 柊/女性/20/チョコよりもっと甘い囁き】
【ka6605/クラン・クィールス/男性/19/チョコよりもなお甘い時間】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ハッピーハロウィン! な柊さんとクランさんのお話、お届けします。
……とても大事な場面を書かせて頂いてしまった……と内心どきどきでのお届けです。
おふたりにとって大切なワンシーンとなられるでしょう一幕を書かせて頂き、とても嬉しく光栄でした。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました!
副発注者(最大10名)
- クラン・クィールス(ka6605)