※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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2度目の夏に
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龍園近郊は、大地の大半を万年雪や永久凍土で覆われている。それは短い夏の今とて変わらない。
けれどこの時期にだけ現れる雪解け水の川が、氷の原を滔々と流れていた。遡っていくと、やがて切り立った山肌から融雪を集めて落ちる瀑布と、ささやかな滝壺に行き着く。
シャンカラ(kz0226)とダルマ(kz0251)は飛龍の幼獣達を連れ、滝壺へ水浴びをさせに来ていた。
「喧嘩はダメだよっ」
「こらッ、むやみに炎吐くな!」
パワフルでやんちゃな仔龍達に、さしもの龍騎士達も翻弄されっぱなし。疲れてうんと伸びをしたダルマは、遠くから1頭の飛龍がこちらへ飛んでくるのを見つけた。
「龍騎士隊の飛龍だ、手伝いを呼んだのか?」
「ううん。誰だろう?」
ふたりで首捻っていると、
「ダルマさーんっ、シャンカラさーん!」
飛龍の首の後ろからぴょこっと顔を出し、元気いっぱいに手を振るエルフの青年が。その特徴的な喋り方を聞くやダルマは破顔し、
「レナードか!」
両腕を掲げ大きく振り返した。すると手綱を握るレナードの背後から更に誰かが顔を覗かせ、控えめに手を振る。
「アークさんも! いらっしゃい!」
シャンカラも心底嬉しそうにふたりの訪いを歓迎し、飛龍の誘導を行う。
そうして、アーク・フォーサイス(ka6568)とレナード=クーク(ka6613)は、2度目の夏の氷原へ降り立った。
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「かわええ……! ワイバーンの子供やー!」
飛龍から降りたレナードは、滝壺に群れいて遊ぶ仔龍達に釘付けになる。ずんぐりした身体つきに大きな頭。よちよち歩きが何とも愛らしい。
水際に駆け寄ったレナードを、不思議そうに見つめ返す仔龍達。そこへダルマがやって来て、
「こいつらは春に生まれた幼獣でなァ。何かと未熟だから気をつけろよ?」
「気をつける?」
レナードがきょとんとすると、1頭が水をかき分け近付いてきた。
「レナードや、よろしくお願いするでー」
ひらり手を振ると、仔龍は目を輝かせ『ぴゃぁっ』と一鳴き。甲高い咆哮とともに口から炎が零れ、レナードは慌てて飛び退いた。
「僕、何かしたやろか?」
「いや、こいつらはまだ力の加減ができねぇンだよ。怪我はねェか?」
「大丈夫やで。よかった、気を悪くさせたんやなくて……」
危うく焼かれそうだったというのに、レナードは怒るどころかホッと安堵の息を吐く。それを見たダルマは苦笑して顎髭を撫でた。
「相変わらずお人好しだなァ、お前は」
一方アークはシャンカラと、乗せてきてくれた飛龍に水を飲ませ労っていた。
「よくここが分かりましたね」
「龍騎士隊の詰所で、きみとダルマさんの居場所を尋ねたんだ。そうしたら、遠いからって飛龍まで貸してくれて」
そこまで言うと、アークは人差し指を唇に当て悪戯っぽく微笑む。
「でも、北の方だって言われたのに、手綱をとってくれたレナードがいきなり東へ向かっちゃって……あやうく迷子になりかけたよ」
それを聞き吹き出したシャンカラも、
「ちゃんと着いて良かったです」
同じように口の前で人差し指を立てて見せる。と、レナードがふたりの仕草を見て頬を膨らせた。
「ナイショ話してるん? ……あっ。まさかアークさん、僕が方角間違えそうになったこと話したんー!? 言わんといてって言うたのにー」
「いえ、僕は何も聞いてません」
「俺は今聞いちまったがなァ!」
「はわっ!?」
墓穴を掘ってしまったレナード、思わず顔を覆った。アークはレナードを励まそうと、飛龍の背に積んできたものを取り出す。
それはネットに入れられた、緑と黒の縞模様をした球体。それを見てダルマは手を叩いた。
「それアレだよなアレ! す、す?」
「やだなダルマさん、物の名前が思い出せないなんて。歳? スイカ、でしたよね」
口を滑らせたシャンカラは即ダルマに頭を叩かれたが、
「スイカやー!」
レナードはたちまち笑顔になって飛び上がる。アークはホッとして1年前に思いを馳せた。
「去年もレナードと一緒に来たよね。こうしてスイカも持って、ちょうどこの時期で……」
「えへへ、この季節にまたアークさんと龍園に来られて嬉しいでー。あの時食べたスイカとーっても美味しかったから、今回も食べられるの……わくわくするで」
「あれは旨かったよなァ」
「ダルマさんは種まで食べてたよね」
余計なことを言ってまた叩かれそうになったシャンカラ、今度は避けた。ムキになって追い回そうとするダルマを止めるべく、レナードは急いでベルトポーチを探り、
「せや、実は僕もお土産を持ってきたんやで」
「お?」
動きを止めたダルマの鼻先へぱっと差し出した。
爽やかな色味の硝子のドームから、短冊のような紙が紐で吊り下がっている。見慣れぬそれに龍騎士達が見入っていると、折よく吹いてきた風が紙を揺らし、チリリと澄んだ音色が響いた。
「何とも良い音だなァ」
「見た目も音も綺麗ですね」
「フーリン……っちゅう名前の飾りなんやけど。鈴の音が涼しげでええなぁって」
ふたりが喜ぶ顔に、レナードは糸目を更に細めて風鈴を振る。アークはその音色を懐かしんだ。
「風鈴、いいね。師匠も夏になると提げてたなあ」
「夏になると聞きたくなる音やもんねぇ。龍園でも綺麗な音を響かせてくれたら、僕も嬉しいやんね……!」
「いつも悪ィな。戻ったら隊の詰所に飾らせてもらうぜェ」
風鈴を受け取ったダルマは、硝子の手触りを楽しんでからふと辺りを見渡した。何せ今は屋外なので吊るせる場所がない。ちょっと考え、ふたりが乗ってきた飛龍の角に結いて吊るした。飛龍が首を傾げると、揺すられた風鈴が大きく鳴った。
「ふふ。これはこれで可愛いやんなー」
飛龍は楽しくなってきたのか、頭を振って風鈴を鳴らす。その音を聞きつけた仔龍達、興味津々で水から上がり集まってきて、『頂戴!』とばかりに飛びついた。
「危ないでー、割れて目に入ったら大変や」
レナードはやんわり止めようとしたが、仔龍達は止まらない。飛龍が嗜めるように唸ったがお構いなしだ。
「綺麗な音が気に入ったんやろか……せや!」
それならと、携えてきた木製のフルート「ホライズン」を取り出した。
「ちょっとでも興味持ってくれたらええんやけど」
願うように言い唇へあてがう。一呼吸ののち、軽やかに夏の曲を奏で始めた。
『ぴゃ?』
レナードの紡ぐ笛の音は、風鈴の音を包み込み、滝の音さえベースに変えて、滝壺中に響き渡る。最初は目を瞬いていた仔龍達だったが、1頭がリズムに合わせ尾を振りだすと、他の仔らも足踏みしたり跳ねてみたりと、初めての音楽を自由に楽しみ始めた。
「前はリュート弾いてたが、笛の腕前も大したモンだなァ! よォし今のうちにっ」
仔龍達が曲に夢中になっている隙に、ダルマは濡れっぱなしの仔龍達を1頭ずつ拭いて回る。遊びたい盛りの仔龍達は、何かに気を取られてでもいないと身体を拭うことすら容易でないのだ。
「ダルマさんも仔龍達も気に入ってくれたみたいだ……良かった」
曲の合間にふっと微笑み、レナードはますます華やかな旋律を編んでいく。
自分も演奏している気になって得意げに風鈴を鳴らす飛龍に、はしゃいで踊る仔龍達。
その様子を見守っていたアークとシャンカラは、スイカを冷やすためそっとその場を後にした。
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アークは水際の岩の隙間にスイカを沈めると、水面から手を引き上げた。
「やっぱり雪解け水、冷たいね」
色白のアークの指先は、あまりの冷たさで赤くなってしまっている。シャンカラはすかさずタオルで包み、
「また無理をして」
僕を頼ってくれれば良いのにと拗ねたように言う。
「この冷たさも、回数重ねたら慣れるかなって」
苦笑いするアークに、彼は意味ありげな視線を寄越した。
「雪解け水は夏だけのものです。西方に住むアークさんが、慣れるほど触れられるまで何年かかるでしょうね?」
何が言いたいのか分からず首を傾げるアーク。シャンカラは少し屈んでアークに顔を近寄せると、
「それでもいつか慣れてしまえるくらい、訪ねて来てくれますか?」
耳朶へ吹き込むように囁く。その耳には、碧い花弁を模したピアスが揺れる。アークは思わぬ不意打ちにぐっと言葉を詰まらせると、レナード達の方を気にしながらピアスに触れ、
「……何で今、そういうこと聞くかな」
「つい」
「『つい』って……。もう……」
上気した顔を背けて滝へ向き直る。滝が舞い上げる細かな飛沫が降りかかり、火照った頬を冷ましてくれるようだった。
改めて景色に目を向け、アークはここが見知った場所だと気付く。近くに小屋があるはずで、前に来た時はこの山肌も一面厚い氷を纏っていた。
変わったのは景色ばかりではない。2度目の夏の今、龍騎士ふたりはスイカの甘さを知っているし、レナードはいきなり雪解け水に足を浸したりしない。そして、アークの耳にはピアスがある。
様々な変化を感慨深く噛みしめ、ぽつりと零す。
「……あの時から変わったこと、変わらないことがあるけれど、これからもこの景色を見ていけたら、いいな」
「アークさん……」
と、シャンカラが感極まったように腕を伸ばしてきた。アークは、今の呟きが彼の問いに対する返答と取られかねない内容だったと、今更気付いてハッとなる。大慌てで彼の腕を掻い潜ると、レナード達の元へ全力で駆け戻った。
「あのっ、水冷たいから、すぐスイカ冷えると思うからっ。飛龍達も食べられるようなら皆で食べよう?」
「わあっ、やったでー♪」
『ぴゃぁ♪』
「チビどもは一口ずつだぞ!」
『ぴぎゃあ!?』
ぽつんと残されたシャンカラだったが、皆の楽しげな姿に眦を下げると、すっかり冷えたスイカを取り出し戻っていった。
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人間もエルフも龍人も龍も、別け隔てなく車座になる。その輪の真ん中に鎮座するのは勿論スイカだ。レナードの喉がコクリと鳴る。
アークはスイカを前に、長大な太刀を抜いた。レナードとは別の意味でダルマの喉がゴクリと鳴る。
「去年も聞いたかもしれんが、それ歪虚斬った刀じゃねェよな?」
「あ、いや、この刀もまだ実戦で使ってないから」
「にしたって、ナイフや包丁使うって選択肢はねェのか?」
尋ねられ、アークはもじもじと青い柄を弄る。
「その、刀以外の刃物ってどうにも慣れなくて……包丁、使えるようになったほうがいいかな。指切っちゃいそうだから、練習しないとだけど……」
「指どころか首斬り飛ばしそうなブツ持って何言ってンだ」
真顔でツッコむダルマ。けれどレナードはうんうん頷き、、
「舞刀士さんやもんねぇ。刀は身体の一部みたいなもんなんやろなー」
なんて何の疑問もなく感心しきっているし、シャンカラは何故か蒼白になり、
「アークさんが包丁を? 怪我したらどうするんです、刀で充分ですよ!」
「いやお前も何言ってンだ、お前ら気にするトコおかしくねェか!?」
ダルマ、ツッコミが追いつかない。
追いつかないので、去年同様刀で切り分けることにした。「蒼水月」の名の大太刀が三日月のような軌跡を描くや、盆の上に綺麗に切り揃えられたスイカが並んだ。
レナードは自分が食べるのは後回しに、仔龍達へスイカを配る。
「ちゃんと噛んで食べるんやでー? あ、ダルマさんは種食べたらあかんで?」
「わァってるよ! ……ん、旨ェな!」
アークも、飛龍とシャンカラにそれぞれ手渡し、
「飛龍もスイカ、食べられるんだね」
「雑食なので。ほら、喜んで食べてますよ。今年のスイカもとても甘いですね」
並んで頬張り笑い合うと、アークははにかんで顔を伏せ、こっそり耳許のピアスに触れた。
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賑やかな時は瞬く間に過ぎ、西の空に朱が混じりだした頃。
アークとレナードは来た時と同じように飛龍に跨がり、暇を告げる。
「今日は楽しかったでー!」
「うん。そのうちに、また」
「スイカご馳走様でした」
「またいつでも遊びに来いよ!」
言い交わして手を振り合うと、レナードは龍首を夕陽の方へ向けようとし、慌てたアークに正された。
「レナードの方向音痴は変わらないもののほう、かな……?」
「何の話ー? おかしいなぁ。僕やってちゃんと、迷子にならへん様になった……と思ったんやけど」
しんなり肩を落としたレナード、手綱を捌き今度こそ南の龍園へ向け飛龍を飛び立たせる。
遠ざかり、ふたりと1頭の影が夕暮れの空に溶けてしまうまで、龍騎士達は手を振り続けていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6568 / アーク・フォーサイス / 男性 / 17歳 / 誰が為に花は咲く】
【ka6613 / レナード=クーク / 男性 / 17歳 / 常空を奏でる唯一の灰葉】
ゲストNPC
【kz0226 / シャンカラ / 男性 / 25歳 / 龍騎士隊隊長】
【kz0251 / ダルマ / 男性 / 36歳 / 年長龍騎士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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再び夏の北方へお越しくださった、アークさんとレナードさんのお話をお届けします。
涼しくなってからのお届けとなり申し訳ありません!
同じ季節に同じメンバーで集い、楽しい時間を共有できるということは、危険職であるハンターさんや
龍騎士達にとってとても幸せなことだよなぁ……と思いつつ書かせていただきました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました!
副発注者(最大10名)
- レナード=クーク(ka6613)