※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ヒメゴト。
――ちゃんと、わかってる。
シエル・ユークレース(ka6648)は扉へ伸ばした手をひっこめ、胸へ当てがう。
服越しに感じる鼓動。手のひらへ微かに伝わるそれは、いつもより少しだけ、早い。
気を落ち着かせるため瞼を閉ざすと、浮かんできたのは蒼界の風景だった。
住民が退避したからっぽの街。
硝煙の匂い。
見慣れないコンクリートの通りはどこか無機質で、銃声と怒声が響いていた。
そんな物騒な物音の根底に絶えず流れ続けていたのは、悲痛な子供達の詩。
『痛い、死にたくないよ。でも悪いヤツらをやっつけなくちゃあ――』
歪虚に操られ暴走した子供達を、無慈悲に蹴散らしていく軍人達。
地獄のような街での記憶を順に辿っていくうち、シエルは2人目に出会った『彼』へ行き着いた。
ショートカットの黒い髪と、黒い瞳をした少年。
――わかってる。『彼』はほんの少し、玲くんに似てただけ。
髪と目の色、それに蒼界の人ってことが同じなだけで、関係のない他人だってことは。
けれどいくら思い出そうとしてみても、『彼』の顔は霞がかっていて、ハッキリ思い出すことができない。
それが不安を掻き立てて、酷く落ち着かない気にさせる。
別人だと理解しているのに、曖昧な記憶は"そう"だと肯定してくれなくて。
何とか思い出そうとしていると……
「お嬢さん、入らないの?」
依頼を物色しに来たハンターに声をかけられ、飛び上がりそうになった。
「ごめんね、邪魔だったよねっ」
シエルは大きく扉を開き、ハンターを中へ通した。怪訝そうな顔をされたものの、にっこり笑顔でやり過ごし、後に続いてオフィスへ入る。『お嬢さん』と呼ばれたことを訂正しないのは、内心それどころではなかったし、もう慣れっこだったから。
後ろ手に扉を閉め、息を吐く。
――大丈夫。玲くん、居るよ。
自分に言い聞かせてから顔を上げた。
奥の方で、忙しそうに行き交う職員達。
カウンターの手前には、相談に来た依頼人の背が並んでいる。
そうしてシエルの碧眼は、依頼人の向こうにようやく目当ての"ともだち"を見出した。
黒い瞳に、ショートカットの黒い髪。辺境オフィスの『お手伝い』こと香藤 玲(kz0220)だ。
「……ッ! 玲く、」
思わず駆け出そうとした足を、シエルは必死に止めた。
「っとと。おとなしく待ってなきゃね」
辺りを見回し、空いていた待合用の椅子にちょこんと腰かける。
持ってきたクッキーの袋を膝に乗せ、服の裾を整えて、背筋を伸ばし行儀よく。
そうしていると、本当に可愛らしい『お嬢さん』にしか見えないシエルを、周囲の人々が振り返る。けれどシエルは気にせず、改めて玲を眺めた。
どうやら依頼内容のヒアリング中らしい。不安げな依頼人を宥めるよう小刻みに相槌を打っている。普段は何かとだらしない玲だが、依頼人と接している時だけは、ダラな気配すら見えないから不思議だ。
声はかけられないけれど。
こちらに気付いていないから、視線も交わらないけれど。
それでも、いつも通りそこに居る玲の姿に、シエルの頬は自然と綻んだ。
「へへー……頑張ってる姿って、すごく素敵だよね♪」
がんばれがんばれっ、と心の中で声援を送るシエルだったが、どうやら話はまだ始まったばかりのようで。その後依頼書に起すことを考えると、なかなか時間がかかりそうだ。
床から浮かせた足をゆらゆらさせながら、ぼんやりと待つことにした。
働く玲を見て安堵したはずなのに――いや、『彼』に似た玲を見ているせいだろうか。緩んだ気の隙間に入り込むよう、先程反芻した蒼界の出来事が蘇ってくる。
シエルがどうしても玲に、『いつも通りそこに居る玲』に会いたくて堪らなくなったのは、玲に似た『彼』を手にかけたからだった。
件の作戦は、ハンターの中でも対応が割れていた。
何とか子供達を救いたいと足掻く者。
街に平穏を取り戻すため、子供達を屠る決断をした者。
特に子供達に縁のないシエルだったが、大半を占めた前者の意に沿うべく、できるだけ拘束する方向で動こうと決めて臨んだ。
だから、最初に遭遇した1人目の子供には、様々な技を試みた。
負傷覚悟で組み付いて、腕の筋を断ち、足の関節を折り、物理的に動けなくなるように。
「痛い? ごめんね」
そう言った自分の顔は、少しも悪びれていなかったように思う。それどころか、もしかしたら――
やがて地に伏した子供を置いて、その場を立ち去った。
死なない程度に痛めつけたつもりだけれど、シエル自身は治癒術を持ち合わせていない。運良く回復手の誰かに発見されれば助かるだろうし、そうでなければ失血死するかもしれない。軍人に出くわせば、とどめを刺され苦痛から解放されることだろう。
子供達を憐れむ気持ちはある。けれど、それだけ。
その後その子がどうなったのか、シエルは知らない。
そうして2人目に出会ったのが『彼』だった。
一瞬、躊躇ってしまった。
銃を手にした『彼』へ、刃を向けることができなかった。
徐々に近付いてくる軍靴の音。
当惑した一瞬の内に、『彼』の手を引き逃げる算段を立て始めていた自分に気付き、乾いた笑みが漏れた。
「まさか」
即座に構えたシエルは、放たれた矢の如く『彼』へと駆け出した。
肩を掠める銃弾。見る間に迫る青ざめた顔。
真っ直ぐに繰り出す刃。貫いたのは、肩でも脚でもなく――左胸。
驚愕の表情を貼りつかせた『彼』を組み敷き、激しく痙攣する身体を地に縫い止める。
軍人なんかに殺らせて堪るもんかと、命が失われる瞬間まで、手を緩めず抉り続けた。
――"玲くん"に似てるキミだから、"ボク"が。
――"ボク"が苦しまないよう逝かせてあげる。
――"玲くん"は"ともだち"。だから"ボクを"刻みつけたりはしないけれど、キミには――
助けたい気持ちもあった。
連れて逃げたいと、一瞬だけど思ってしまった。
けれどそんな『彼』の熱い血を浴びたあの時、自分がどんな顔をしていたのか、やっぱりシエルには思い出すことができなかった。
うっすら感じたような気がする仄暗い恍惚は、胸の奥深くにしまい込む。『彼』を手にかけたことも何もかも、玲には秘密にしておこうと決め込んで。
「……ル。おーいシエルー?」
「ひゃっ!?」
眼の前で手を振られ、シエルは驚くあまり椅子から転げ落ちそうになる。その腕を玲が掴んで支えた。
「玲くん? 依頼人さんとお話ししてたんじゃ、」
「今終わったよ。で、シエルが居るのに気付いたから声かけたんだけど……大丈夫?」
玲の黒い瞳がシエルを覗き込む。屈み込んだはずみで、黒い前髪がはらりと揺れた。シエルはそれらから視線を逸らすことなく、にぱっと笑って立ち上がる。
「だいじょーぶ! ちょっと待ちくたびれちゃっただけ」
「誰か待ってるの?」
「やだなぁ、玲くんに決まってるじゃない!」
「僕?」
何か約束してたっけと首を傾げる玲に、シエルは今日一番華やかな笑みで頷く。
「玲くんに会いたかったから、来ちゃった♪」
言って、持参したクッキーを見せると、玲の顔がぱぁっと明るくなる。
「僕もう上がりなんだ、休憩室でお茶でもしない?」
「さーんせいっ♪」
"ともだち"のふたりははしゃいだ声をあげながら、休憩室へ消えていった。
表面上は今まで通り。
ただシエルの胸の奥には、甘くない秘め事を忍ばせて。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6648/シエル・ユークレース/男性/15/はじめての『ともだち』】
ゲストNPC
【kz0220/香藤 玲/男性/14/はじめての『ともだち』】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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蒼界での過酷な任務から帰ったシエルさんのお話、お届けします。
実は件のリプレイ、こちらのご依頼を受ける前に拝読しておりまして。
シエルさんが対峙した子供の風貌に「ん?」と思っておりました。それからこちらのご依頼を受け、「あ!」と(笑)
交流していただいているばかりか、何かと気にかけてくださって有り難いかぎりです。
ネガティヴというか思いがけずダークになってしまいました、
イメージと違う等ございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。
この度はご用命くださり誠にありがとうございました!