※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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新たな始まり
窓を、ドアを全開に開けて風を引き入れる。
滞っていた何かが流れていくのを実感しながら、カイン・シュミートは手慣れた様子で掃除を開始した。
棚の上から、テーブル、椅子。高いところから低いところへ向かうように埃を拭い落して、最後に床掃除。
入れ替わった空気、艶を取り戻した木目にカインはふう、と息を吐いて。
成果に、納得はしているものの満足はしていないことを自覚した。
……カインの自室ではない。農業をしていた亡き祖母が、収穫時に雇ったものを宿泊させるための離れだ。
祖母は没する前から農業を廃業しており、以来使用されていない。
が、家屋というものは使わなくとも手入れをしなければ朽ちていくものだ。
故にこうして時折風を通し、軽く掃除くらいはしに来ているのだが。
……大変、というほどでもない。無人ゆえに物がないから。
ただ、やはりここをこのまま使わないで、こうしてただ自分が手入れをし続けていくというのは、色々と無駄があるという想いは、常々存在していた。
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「カインさん、丁度良かった」
声をかけられたのは、依頼を探しに来たハンターオフィスでだった。
振り向いた先に居たのは、このオフィスで依頼を受けるうちに顔なじみとなったと言ってもいい男性職員……と、もう一人。
一度、見知らぬ一人に視線を流してから、話しかけてきた職員の方に目を合わせる。
「下宿人を探されていると話していましたよね? あれ、その後どうですか?」
「……ああ」
確かに。カインは馴染みついでに、空いている祖母の離れを下宿提供することも考えていると彼に相談したことがあった。
声をかけられた理由、それから、もう一人いる、その要件を同時に理解してカインは答える。
「現状まだ、具体的な話は一つもない」
「なら、彼女を最初の一人にいかがですか? 故郷を出てきたばかりで、住居を探していると相談を受けまして」
言いながら、男が腕の動きで、一歩後ろに控える存在を示す。
丁度その動きに視線を合わせる形になったが、腕に促されたというより『彼女』という言葉に反応してだった。一瞥しただけの時は男と思いかけていたが、改めて見直すと、確かに、身体つきは疑いようもなく女性のものだ。
「リーベ・ヴァチン……です」
男に任せる形ではなく、彼女は自らそう名乗った。初対面に礼儀正しい様子は好印象だが、どこか慣れない口調にも感じられた。
「カイン・シュミートだ。……そういう事なら、まずリーベの人となりが知りたい。まずは自己紹介をしてもらえるか。……自然な口調でいい。歳も近そうだしな」
変に猫を被られて本質を見誤っても困るという意味でそう提案すると、リーベは「分かった」、と、素直に口調を変えた。それから、
「ちなみに、歳は20だ」
流れで、まずそう答えると、カインは少し面白そうに目を見開いた。
「何だ、本当に同い年か」
そう言って軽く笑った、思えばその時から打ち解け始めていたように思える。
気は合いそうだと、早くも感じ始めていた。
ある意味、それもそのはず、だったのかもしれない。同じだったのは、年齢だけではなかった。
「リーベも、龍人なのか」
しかも、自分と同じ隔世遺伝。祖先の経歴も似たような者で……流石に、驚いた。
偶然? いや、だからこそ職員が自分を紹介したのだとすれば、ある意味必然なのか。
「──私の隔世遺伝は、先祖からの何か思惑あっての贈り物と考えているんだ」
重なり合う境遇に、リーベもまた気を許し始めていたのだろう。ふと気付けば、そんな己の在り方にまで彼女はついでのように漏らしていて。
その瞬間の、どこか誇らしげな、凛とした気配。
人間の家族に在って短命を背負わされるという定めを、前向きにとらえるその心根に……カインは、心も奥の、大事にしまっていた部分がカタリと音を立てて震えたような、そんな心地がした──ああそうだ。思い出したとも。かつての最も大切な人を。
多分、友人にならすぐになれるのだろう。ただ、下宿人、となるとそれ以外に見なければならない部分も出てくる。
「ホテルみたいなサービスってわけじゃない。自分で管理して、その上で綺麗に使ってもらいたいんだが」
「家事は普通にできる。無論、掃除も自分でするつもりだ」
「あと、うちには動物がたくさんいてな。彼女たちと仲良くやれるか」
「努力はしよう。先方の感情はあるだろうが」
「経済感覚はどうだ。家賃の滞納は甘い顔はしない」
「無駄遣いは好きではない、つもりだ」
よどみなく答えてから、リーベはふむ、と一度考える。
「まあ、きちんと払えるのかはその、家賃がどれほどかにもよるが」
「……そりゃそうだな。まあ、互いに無理のない範囲で話し合ってこう」
カインの提案にリーベは頷き……かけて。
「待て。そこで話し合いを提案してくれるというのは、つまり」
「ああ、話を聞く限りでは合格だ。……こちらからはな。今度はそっちが部屋を気に入るかだが……見に来るか?」
カインの言葉に、今度はリーベが、今からで良いのか、と少し驚きの顔を見せた。
先日丁度掃除したばかりだから、見せても恥ずかしい状態ではない、筈だ。
──そんなタイミングで声をかけられた時点で、もう、巡り合わせ、だったのだろうか。
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「あれだ」
カインに案内されて見えてきた家屋を、リーベはしっかりと見つめる。
「広いな」
「ああ。複数人でも宿泊可能だからな」
そんなことを話し合いながら近づいてくる……と、カサコソと周囲の植え込みが音を立てて、幾つかの気配が生まれた。
姿を現した猫たちに、なるほどこれが『彼女』たちか、とリーベが納得していると、しかし、リーベが離れに近づいていくほどに、落ち着いている場合でもないというほどに剣呑な空気が生まれ始める。
「ん? なんだ、ご機嫌斜めか?」
カインはと言えばまだ呑気な様子で、最も近くにいた一匹の近くにかがみ込むと、そっと手を伸ばし背を撫でてやる。
目線を合わせ、話しかけるその声、優しく触る手つきは、愛猫というよりはどこか淑女に対するような恭しさすら感じられて。
毛を逆立てるようにして警戒しリーベに視線を向けていた猫たちが、それを契機に一斉にカインへと群がっていく。
「ああ、分かった順番な……すまん。ちょっと待っててくれ」
カインはそう言って、一匹一匹、丁寧に抱き上げては撫でていく。
猫はそれに、甘えるように喉を鳴らし、胸に顔を摺り寄せて──そして、その状態で、不遜な視線をリーベへと向けた。
(アッ)
猫たちの態度、そして自分へ向けられる視線。その瞬間、女性としてリーベは察するものがあった。
それに、カイン自身は悲しいほどに何も気がついていないようで、いっそ哀れみすら感じるが。
……カインに確認された、下宿人に求められる条件を思い出す。すべて、たぶん何とかなるだろうと思っていた、あれらの条件のうち。
(『彼女』たちと仲良くやれるか、というのは、思ったより前途多難かもしれんな……)
理解しながら、しかし、考え直そうという気が全く起きないことにリーベは気がつく。
そのことで、リーベは逆に自覚していた。
ようやく猫たちを宥め終えたのだろう、再び先を行きはじめる彼の背中を追いながら。
──自分はもう、新生活が楽しいものになると予感しているのだ、と。
離れと言いつつ、キッチン、風呂、トイレは母屋と別に存在しており、むしろ同じ敷地内の別の家という感覚で使ってもらえる。そんな説明を受けて、実際に中を見せてもらうと、もう、ここ以上の場所など無いだろうと彼女は確信する。
そうして、無事住居が見つかったことに、彼女はほっと安堵するのだった。
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話はまとまったとばかりに、引っ越しも後日すぐに行われた。
彼女の荷物が、離れへと運び込まれていく。
手伝いながら、カインは、どれほど窓を開けても、風が吹いても吹き込むことが出来なかったものが、この場所に満たされていくのを確かに感じていた。
「それじゃあ、これからよろしく頼む」
一段落したタイミングで、ごく自然にカインはリーベに握手を求める。
リーベも疑問に思うことなくそれに応じてきて。
指先から触れ合う。
掌を合わせていく。
肌の感触。暖かな温度。
ちり、と、電流のような感覚が触れ合わせた場所から腕を通じて駆けあがっていき、心臓をドクンと刺激したのをカインは感じていた。
彼にとって、この感覚は既知の物だった。
かつて、大切な人がいた彼にとって。
それは、まだ予感に過ぎなくて……だから、自覚しつつも彼は表に出さない。
ただ、彼女の入居は、自分にとっても何か新しい始まりになるのだろうと、今はその事だけを。
思いながら、再び彼はリーベに離れを案内するのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6967/カイン・シュミート/男性/20/機導師】
【ka7144/リーベ・ヴァチン/女性/20/闘狩人】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注有難うございました。
お二人の新たなる始まり、その第一歩を私めに、という事で、
これはなかなかの大役を仰せつかったぞと中々に気負って挑ませていただきましたが、いかがでしょうか。
副発注者(最大10名)
- リーベ・ヴァチン(ka7144)