※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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夜にも紛れる菫
――今でも、あの日を思い出す。
いや、忘れられる訳がないし、忘れるべきでもない。
俺はあの日を背負って生きて行くしかない。
その事を、思い出すんだ。
夜にも紛れる菫を見る度に、な。
ハンターズソサエティからの帰り。
カイン・シュミート(ka6967)の帰りはすっかり遅くなってしまった。
既に夕暮れ時から夜へと移行。周囲はすっかり暗くなっている。
「……たくっ。手続きばかり多くしやがって。こっちも暇じゃねぇんだよ」
愚痴りたくなるのも無理はない。
責任の回避を目的としているのか、とにかく書類仕事が多すぎる。書類作成に手間取って予想外に時間を浪費されられたのだ。
「あれは……?」
道すがら、ふと視線の先にあったのは一輪の菫。
夜風に吹かれながら、静かに揺れている。
(なんで、こんな所に……)
先程まで愚痴を繰り返していたカインは、菫に視線を奪われてその口を止めた。
カインには、菫に纏わる過去がある。
それは自分の無力さと、現実が不条理である事を思い知らされた出来事――。
●
カインには、幼馴染みがいた。
リザ。それがその娘の名前だ。
生まれた時から隣にいた身近な存在。
小さくてふわふわとした外見だが、気の強さだけは誰にも負けない。
苛烈――性格を端的に表現するなら、その言葉がぴったりだ。
だが、隣に居続けたからこそ、リザの魅力的な面を知っている。
それを知った時から、リザは単なる幼馴染みから一人の女性としてカインは見ていた。
「なーんか、世界を旅してみたいな。いろいろな人と出会って、世界の広さを感じてみたい」
リザは時折、そんな言葉を口にする。
「世界を旅する? それでどうするんだ?」
「えー。知らない事を知るって、気持ち良くない? 綺麗な風景を見るにしても、同じ風景を昔の人も見たって考えたら、ちょっとワクワクしない?」
勝ち気で負けず嫌いなリザだが、説明はあまり上手ではない。
熱意はあるのだが、それをうまく伝えられないのだ。
「実感ねぇ」
「考えてみたことない? 山の上に大きな城が築かれていて、そこから見渡す壮大な光景。その背後には商人が行き交って商売に活気溢れているの。その人達は出身や人種も様々。だから、もういろいろな物が店頭に並んでいるのよ。中には綺麗な宝石もあって……」
「そんな場所あるのか?」
「もう、浪漫がないなぁ」
そう言いながら、リザはむくれたように顔を背けた。
だが、カインでもリザの機嫌を損ねた事だけは直ぐに分かった。
「すまない。機嫌を悪くしたのなら……」
「別に怒ってないわよ。仕事の時間だから、もう行くわね」
そう言いながら、足早にその場を去ったリザ。
話がうまく噛み合わない。
そんな心配がカインの中へ沸き上がる。
だが、無情にも――それがカインにとってリザの元気な姿を見た最後の光景となった。
●
数時間後。
カインは――憤っていた。別れた直後のリザ以上に。
リザの仕事は屋敷の警備だったのだが、最近巷を騒がせている夜盗に屋敷が襲撃されたのだ。
リザの剣の腕前はカインも熟知している。この程度で遅れを取るはずはない。
しかし、夜盗は屋敷の執事に手駒を送り込んでいた。警備に薬を飲ませた上で、動けない警備員の体にナイフを突き立てたのだ。
そして、怒りはリザにこのような目に遭わせた夜盗へと向かって行く。
気付けば、リザのベッドを離れて夜盗を捜索しに行こうとしている自分がいる。
「……待って」
カインは上着の袖を掴まれた。
振り返れば、リザがカインの袖を手で握っている。
「目が、醒めたのか。良かった」
「良くない。何処へ行くつもり?」
カインは、これでも幼馴染みだ。
リザの表情から怒っているのが分かる。
それも、本気の怒り方だ。
「ちょっと飯に……」
「嘘。夜盗に復讐するつもりでしょ。それも夜盗を殺しに行くつもり」
図星だった。
思わず、カインは気圧される。
何かを言わなければ。
そう考えるカインだったが、リザは言葉を封じるように言葉を続けた。
「ここにいて。お願い」
懇願するリザ。
その言葉に、カインは怒りの炎が消えていくのが分かった。
●
リザの傷は、やはり良い状態ではない。
数ヶ月経過しても治りが遅い。
そして、その事がリザを死の淵へと追いやっていった。
「菫か」
カインは、目にした花の名前を口にした。
窓の外から見える菫は、既に夜の帳の中にあった。
暗闇で小さく揺れる菫。
それは風の中でも必死に生き続ける命を感じさせた。
だが、カインの目の前に横たわるリザの命は失われていた。
――余命数日。
それが昨晩医師に告げられた言葉だった。
あの小さくながらも、強く負けず嫌いのリザが数日しか生きられない。
カインはそう言われたのだが、実はまったく実感がなかった。
リザが死ぬと感じ取れなかったからだ。
絶望を感じさせる暇もなく、リザは逝ってしまった。
もう笑う事も、泣く事も、怒る事もできない。
生まれた時からいつも傍らにいたのに、今はもう話す事もできない。
「リザ」
カインは呼び掛けてみた。
だが、リザは答える素振りもない。
当然だ――命が失われてしまったのだから。
「……?」
ふいに、カインは枕元にあった本を手にした。
おそらくリザの日記だろう。
他愛の無い日常。時にカインへの愚痴も書かれていた。
様々な想いが、この本に詰まっている。
そして、最後のページにはカインへのメッセージがあった。
『この嬉しくも幸せな想いは、夜にも紛れる菫に隠す』
「菫……」
カインは、先程目にした菫に再び視線を移した。
花壇を掘り返すと、そこには一通の手紙があった。
手紙を開くカイン。
『人の日記を読んだでしょ? サイテー。
でも、しょうがないか。これを読んでいる時には、私は死んじゃっているだろうし……。
……ごめんなさい。指輪はやっぱり受け取れなかった』
指輪。
先日、カインが病床のリザに贈ろうとした物だ。
2人の瞳の色をした石をあしらった揃いの指輪。
黙って差し出したのだが、リザは頑なに指輪を受け取ろうとしたなかった。
『自分の体だから、分かっちゃうんだ。もう長く生きられないって。
でも、嬉しかった。最期まで気遣ってくれたんだって。
だからこそ、カインの荷物にはなりたくなかった。
カインには、カインの未来を進んで欲しい。
私は……時々思い出してくれればいい。
そして、できれば私の代わりに世界を見て回って欲しい。私は、カインの目を通して世界を知る事ができるから』
数日後。
カインは、リザの葬儀の後で覚醒の儀式を受けた。
「もしかしたら、リザの奴、精霊を脅して俺を覚醒者にさせたのかもな」
独り言のように呟いた冗談。
だが、リザの名を口にした途端、カインはその場に崩れ落ちた。
傍らにリザは、もういない。
自分の半身のような存在だったリザ。
それが失われた事実と、感情がカインの中で渦巻いた。
血を吐きださんばかりの絶叫と嗚咽。
あの涙は、心から出た悲しみの涙だ。
その横で菫は、風に揺れていた。
●
カインの足下に一匹の猫が鳴いた。
心配したのだろう。愛猫のフラウが声をかけてきたようだ。
「心配させちまったか。さぁ、帰ろうぜ」
フラウを抱き抱えるカイン。
そして、カインは振り返る。
そこには、あの菫が咲いていた。
「俺は、大丈夫だ」
カインの言葉に答えるように、菫の花が風になびいていた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6967/カイン・シュミート/男性/20/機導師(アルケミスト)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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近藤豊でございます。
この度は、依頼ありがとうございます。
私で良かったのでしょうか、とちょっと心配になりながら、書かせていただきました。OMCではハンターの皆様の個別な心情が書きやすく、依頼とは違うお仕事をさせていただいていると感じております。
機会がございましたら、是非再度のご依頼をご検討いただければ幸いです。