※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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委ねあう日々は
森の伝統衣装を着て紛れ込むか、今までと変わらぬ衣装で訪れるか。
『どちらを選んでも、君の望むままに……ね♪』
そう伝えておいたのも、支度を整えたのも僕で。どちらであっても君らしいと受け入れるつもりで待っていた。
ユメリア(ka7010)はあの日会場に居たのだから。
シャイネ・エルフハイム(kz0010)の贈った服が、簡易的とはいえ伝統的な花嫁衣裳であることは気付いている筈だ。
求めた気配が、マテリアルが近づいてくる程に浮き足立つ内心を抑えるつもりで、深呼吸をひとつ。
「お待たせしてしまいましたか?」
「楽しみにしていたからね」
待っていたことは否定しない。共に過ごす時間が増えることに何よりも安堵があって、無理をしていないかという心配が勝っていたことも口にはしない。
「荷物くらいは持たせてくれる?」
「これはそんなに重くはありませんよ……?」
「僕が持っていたいんだ」
そう微笑めば差し出してくれることはわかっている。
「……もっと持ち込むと思っていたんだけどな」
ユメリアの荷物は言葉通りに軽い。素直に預けてくれることに信頼を感じる。そう仕向けたのも自分だと言うのはわかっている。
「本当に大切なもの以外は、処分したんです」
少し後ろを歩くユメリアの声に、見えない位置で眉を顰める。
「運び込む手間は気にしなくてよかったんだよ?」
ごく自然に速度を緩めて隣へ並ぶ。
「いえ、私の我儘で……」
そのまま濁そうとするかのような、しりすぼみの声にはあえて相槌は挟まない。
「……売れるものはちゃんと、大切にしてくれる方の手に渡るよう、手配しました」
調香師としての腕は確かだと知っている。だから望ましい方法なら安心だ。けれど売れるもの、という響きが気にかかる。
「……その」
「うん」
言葉に迷って立ち止まったユメリアの手に、あの時と同じように触れる。
けれど口付けるのは指先と、手の甲までにしておこうか。
「っ」
「~♪」
うっすらとでも、頬を染めさせることができれば十分。今のユメリアの変化が自分によるものである事が確かな今、それだけでも貴重な時間だ。
「売れないものは……言葉通り、処分を」
「君が手掛けたものなら、どれだけでも場所を作るよ?」
「……いえ、その」
続きを急かすつもりはなかったけれど、話が途中なのは気になった。だからあえて手首に唇をよせる。
「ね?」
本心から望んでいることを示す手段。少なくとも、ここまでは許されていると信じてシャイネはユメリアの手に触れる。
共に吟遊詩人としての立場を持つからか、その意味合いはお互いに知っている。
「……壊して、しまったので」
そうする以外の選択肢がなかったのだと、どこか擦れた声。反応を楽しむ気持ちが吹き飛んだ。
「それは、もしかして」
ユメリアが自分からそうする筈はない。だとすれば、そうなった原因がある筈で。それはこの森に居を移す切欠でもあり、縁を繋いだ理由でもあり、何よりお互いのエルフという身から切り離せない事情。
「……少し、前に」
今ここにユメリアとして在るのは、奇跡なのかもしれない。
森に近づくほど、身体が軽くなるように感じていた。これまでだって足を運んだことのある場所で、確かに幾度もその清浄なマテリアル溢れる空気を知っていた。
それまではどこか他人事のように感じていた症状を己の身で体験した事により、この場所の必要性を骨の髄まで思い知った。感情よりも本能で森の価値を知った。
友人のおかげで取り戻した理性は一時的なものだと理解していた。けれどおかげで正気のまま、森の外での最後の拠点を去ることができた。別れの挨拶もできた。
贈られた服を纏い、大切なタイミングにだけ使うと決めた、最期まで使い切らぬと決めた親友と揃いの、唯一の香りを纏って、揃いのブレスレットを身に着けて。
旦那様と呼びながら、花嫁衣裳を身に着けながら、荷を預け、手を預け、これから先の生を過ごす場所を時間を与えられながら、それでも貴方の心を試すように。
甘えている自覚がある。だけど同時に微かな怯えもあって、罪悪感はいつまでも拭えない。向けられる想いを知りながら仮初の立場に手を伸ばしたのはひとえに。
それさえも目の前のこの方は飲み込んだ上で手を伸ばしてくれたのだとわかっているから。結局は親友との未来の為にこの道を選んだ。傲慢で我儘で身に余る情。
「僕は気が長い方だと思っていたんだけどね」
与えられた部屋で親友と選んだ家具に囲まれながら体を休める。越してきたばかり、何より回復したばかりの身で無理はするなと半ば強引にラグに座らせられてしまった。
あると思い言葉選びも気を付けて準備していたはずの、シャイネの両親との顔合わせはなぜかなく。動揺のままに背を押され気付けば部屋に着いていたのだ。
「……?」
何を言い出すのかと首を傾げれば、カップの片方を差し出される。心を穏やかにするための香草茶だと気付きありがたく受け取った。
「僕の両親は君の倍以上生きているから、何も気にしなくていいよ」
話の繋がりがすぐに見出せない。移動の疲れと初めての場所という緊張のせいで、ユメリアの思考はゆっくりとしたものだ。一口、温かさが喉を通り過ぎて胸の内を温めてくれるような感覚に僅かな時間酔いしれてから、どうにか纏まった思考で言葉を返す。
「お世話になるのですから、ちゃんと」
「ふふ、ここの家長はもう僕だから大丈夫だよ?」
「ですけれど……っ」
常識として挨拶がないのはおかしい筈だ。仮初であり表向きとはいえ嫁いできた状況のこの身の上だ。
「うん、君が気にするのもわかっているのだけれど」
「だったら、なおの事ここでゆっくりしているわけにはいかないと思います」
立ち上がろうとして、慌てたせいかバランスを崩す。すぐにシャイネの手が支えてくることに、遅れてシャイネが座っていないことに気付いた。どうやら行動が予想されていたらしい。
「君が前の通りに過ごせるようになるまでは、ここで囲ってしまおうと思ってね♪」
すぐに、けれどゆっくりとラグに戻されて。その腕が離れていく。
「だいぶ意識改革は進んでいるけれど、まだ万全でもないからね」
「……それは」
年を重ねている森の民ほど、外からの刺激に、異物に敏感だということは聞いていた。
「ここは大丈夫だけどね?」
面倒を起こした身内が出たというのに、今の大長老直属の部下をやっているシャイネの家だ。だがそれは家の外での視線は厳しい可能性も示している。
まずはここで安静に過ごして、回復を優先するための方便も含んでいるとは思うのだけれど。
「でも、これだけは確実だ。……この土地は、もう君を害さない」
森の中で堕ちた者は居ないのだと教えられる。
「……君が安心して過ごせるようになってからと、思ってはいたんだけどね♪」
つけ込ませてもらおうか、と。微かに聞こえた気がした。
「君を奥深くに隠してしまいたいけれど、外を見続ける君の目に、存在に惹かれたから」
決定的な言葉はない。
その視線を正面から受け止めることはまだ、出来そうにない。
それでも構わないと繰り返し告げてくる唇から逃げるように顔を背けたけれど。
「君のことを、ユメリアと呼んでも?」
耳元で大事そうに囁いてくる唇は、触れていてもおかしくない程に近くて。
笑みを示す吐息と共に、甘く、聞こえた。
──それは蜜月の始まりと、なるか。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ユメリア/女/20歳/聖奏導士/静かに過ごせない可能性への不安は、別の理由で上書きされる】
【シャイネ・エルフハイム/男/18歳/猟撃士/戸惑いからくるものであっても、君が生に足掻くなら】