※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ひとやすみ
――「私」を示すなら、なんだろう?
ルナ・レンフィールド(ka1565)は音楽が好きだ。演奏は勿論、自身の身体を楽器とすることが好きだ。
部分的にとはいえ、それを避けるように、逃げるように、自分の内面から湧き上がる衝動から視線を逸らしていたことはあるけれど。
今はその過去も含めて、自分の、音楽に対する姿勢を自覚できている。
音楽は、選ばない。
空気に溶けるように風に乗って自然に溶け込むことができるから。
楽器を選ばない。演じ手を選ばない。観客を選ばない。
雰囲気を盛り上げたり助けたり、感情を伝えることができる。
場所を選ばない。言葉を選ばない。対象を選ばない。
音楽は、止まらない。
音が届く限り、広がり続ける。
遠くへ、空へ、水中でさえ。
ほんの一音であっても、誰かにとって意味がある。
調律でさえ、未完成でさえ、無音でさえも。
そこに言葉は必ずしも必要ではない。
ほんの少しだけだとしても、誰かの心に切欠を与えることができる。
ルナは、音楽に想いを籠める。
ありのままの自分自身を籠める。
長い間あたためた想いを込めたあの日は、特に強く、熱く、深く……籠めた。
ルナにとっての音楽は、自分を示すもの。伝えるもの。当たり前に共に在るもの。
――「私」と「あの人」を、繋ぐなら?
「この前は、相談に乗ってもらってありがとうございました」
数か月も前の事を持ち出している時点で、唐突だという自覚はある。けれど今日の相談を持ち掛けるのには必要な手順で、ルナは内心緊張を秘めていた。
そもそも、お礼を改めて言う必要なんてないのだ。助言をもらったその日に伝えているのだから。ただどう切り出していいのか迷っていたので、以前の相談事の延長線、という形をとったのだ。
「いえ、そんな。私にも得るものがありましたから」
控えめな返事に小さくため息が零れてしまう。このあとの話題も察してくれているのだろうと思えばこそ、この時間を設けたことに間違いはなかったと思えた。
「……別の方法も考えたいと、そう思ったんです」
ぽつりぽつり、用意していたはずの言葉をゆっくりと零すルナには迷いがまだあるのかもしれない。
「どうしてそう思ったのか、そこからお聞きしてもよいですか?」
彼女の中でもまだ整理がついていないのかもしれない。自分という他者が関わることで、手助けになるならそれに勝ることはない。
急かすつもりもないし、何より今日は時間がある。寛ぐ姿勢となるよう座りなおせば、ルナの吐息が漏れた。
「告白は、できました。私なりに、私のありったけは伝えられたと思います」
音楽を伴ったというのだから、それは納得だ。彼女の出来る表現を全て駆使して、言葉も添えたのなら。さぞや真直ぐに向かっていったのだろうから。
「返事の予想もしてました。その上で言いたい事も言えました」
心を落ち着かせるためのブレンドに、花の蜜を少し。常温のそれはゆっくりと身体の熱を抑えてくれるはずだ。ルナの呼吸がいつものリズムに戻っていくのを感じながら、言葉が途切れるのを待つ。
「諦めないということも、負けるつもりがないことも」
声に籠もる想いの強さを示すように、アメジストの輝きが増している。
「……でも、それだけでは足りないって、そう思ったんです」
少し、声のトーンが落ちる。
「けど……その何かが、うまく掴めない、ような」
風のようにフットワークの軽いあの人を追うように、音楽を乗せて、届くように願って。それは言葉でぶつけるよりも前から続けていたことだ。
妹のような家族の立場ではなく、恋人の可能性のある異性として意識を向けてもらおうと料理という手段もとってきている。それこそ毎年、チョコレートの出来を、成長を認めてもらえるくらいに。
「近づけているとは、思うんです。思い上がりでもなく、気のせいではないと思うんです」
どこかに出かける時、共に向かう候補にあがるくらいには。
「でも、ずるくて」
責めるのとは違う表情。仕方がないと、それでも好きなのだと想いが溢れ出している、小さな笑み。
「捕まえなくちゃと思うのに、捕まえさせてくれないんです」
知っているし、その上で好きで、難しいと分かっていても手を伸ばして。
「もっと、彼の深い所に届かせる……私の音楽を響かせるための、切欠、ううん、後押し?」
今までを変えるようなつもりは無い。それは悪手なのだと知っている。
何より違う事をすれば、無理をしているとでもとられかねない。
「その、色んな人に、相談はさせてもらっていて……」
これだと思う何かを見いだせていないと、感じてしまって。
「だから……」
私は、何を言いたいのだったっけ?
「……私の経験が、少しでも役に立つのなら」
言葉に詰まって、せっかくのハーブティーが喉を通らなくなったというのに。ユメリア(ka7010)の微笑みが大丈夫だと伝えてくれている。
「おねがい、します」
「メッセージカードに、香水を使っていましたよね……何を使ったのか、聞いてもいいでしょうか?」
それこそあの準備の日に相談した内容そのものだから、ルナも素直に頷く。
「はい。包み紙には爽やかな風をイメージしてみたんですけど」
彼のイメージを籠めたつもりだった。香りは随分と迷ったのだけれど、自分の好きなものを選んだ。
「普段使いのものを……本当に、少しだけ」
当日は香りが紛れないようにと、自分自身には香りを纏わせないようにしていた。
「とてもいい方法だったと思いますよ。むしろ、私の言葉なんて要らないかもしれません」
「そうですか?」
彼が好む香りが分からないからこその苦肉の策のつもりだった。自分が好むものを知ってほしいという気持ちも少しあって、彼がそれを好ましいと思ってくれたらという小さな打算もあったように思う。そう伝えれば、ユメリアが一度瞬きをはさんで、納得したように頷いた。
「なるほど……無自覚で正解を選び取ったと……」
一口、グラスを傾けたユメリアの瞳がルナを正面から見つめる。
「……相手のイメージに、貴女のイメージを添えたのですから。情熱的な演出だったと思います」
「ッ!?」
脳裏に過るのは、紫色のリボン。思いきりがつかなくて避けた筈のそれと、同じことをしていた……と?
「えっ……あ、そそそんな、つもりは」
しかし否定しきれないと理解してしまっている。普段使いの香水は、つまり自分の香りと言ってもいいものなのだから。
「ならばこそ、次にすべきことは……そうですね、2つ……いえ、3つでしょうか」
既に案を挙げようと指折り数えるユメリアを止める術を、ルナは持っていない。
「1つ目は一番簡単です。同じ香りを、より印象付けること」
ただ、効果は薄いかもしれないと続く。既にルナの香りとして認識されていた場合、結果をもたらさない可能性がある。
思い出すのは懇談会。香りの案を出した彼の言葉。それは普段から気にかけているからこその発案ではないだろうか?
「……かわり映えがしない、という気がしてきました」
「では、2つめに移りますね。今度は逆です。ルナ様が相手の香りを纏いましょう」
全く同じものでなく、似た香りでも構わない。好む香りが分かるならばそれでも同じ筈だ。
「嗅覚を通して、本能に訴える方法ですね。ルナ様の傍が好む場所だと、無意識下に認識していただくのです」
丁寧な解説に声が出ない。けれどユメリアの提案は続いている。
「3つ目は、2つ目の応用になりますが。ルナ様の香りと、かの方の香り。両者を混ぜて纏う方法です」
それは。続きを聞きたいような、耳を塞ぎたいような。けれど手が動くことはなくて。
「傍に居ることが当たり前。戻ってくるのが当たり前。落ち着ける香りだと、気を惹きましょう」
――「私」が出来ることは、なんだろう?
ユメリアが目指す詩の形は、未だ定まっていない。少なくとも自身ではそう考えているし、最期のその時まで研鑽を続けるつもりでいる。
魅入られてからの年月は決して短くない。過去を、今を、未来を語り伝え、時に誰かの助けになることは尊い事だと信じている。
誰かの笑顔を前にすることで、自身を奮い立たせている。
言葉は、褪せない。
伝え続け時を超える手段が多く、困らない。
書き起こせば文字になる。節をつければ詩になる。曲に乗せれば歌になる。
記憶から消えてしまっても、振り返ることができる。
もう一度覚えればいい。記録を利用すればいい。研究し解き明かせばいい。
はじめて望んだその時の感動を裏切られた時は、立ち止まることも考えたけれど。
費やした時間が、経験が、縁が今も、詩の力を広げていく、自身の活力になっている。
香りは、誤魔化せない。
様々に変化を教えてくれる。
嫌悪感は不具合を。違和感は不調を。好む香りならば想いの向かう先を。
どれほど巧妙に隠されていても、真実の欠片を見せてくれる。
習慣は香りに現れる。体温に伴って香りは変わる。咄嗟の香りは遮れない。
ユメリアが望むのは、幸せな最期。
自分にとっての最大の幸せを見つけたのだから。
長い時間よりも、見つけ出した、宝石の様に大切な幸せの中で過ごしたいと思えばこそ。
ユメリアにとっては詩も、言葉も、香りも……その時の為に、利用する。
――「私」と「あの人」の絆を、遺すなら?
慌てたように腕をばたつかせるルナの様子を眩しく感じて。ユメリアはゆっくりと目を細める。
(互いの香りが寄り添い混じり合うほどの関係……)
とても素敵な幸せの形だ。そう信じているからこそユメリアは提案という形をとった。
様々な悩み事を見聞きし、出来る限りの手を差し伸べてきた。そこで感じた恋の香りはどれも常に瑞々しいもの。熟すほどに深みを増すのに、けれど常にはじめと同じ香りを含んで。
恥ずかしいという感情は理解できるし、むしろ共鳴さえしていると思う。けれど今のルナにはそれをおして、踏み込んでいくことが必要なのだろうと思ったから。
「大丈夫ですよ」
落ち着かず彷徨っていた視線がこちらに向いたタイミング。そう声をかければすがるような視線にぶつかる。
「あくまでも、提案のひとつですから。勿論、実行する場合は誠心誠意、お手伝いをさせていただきますけれど」
選ぶのはルナ自身。伝えた選択肢を選ばないにしても、気持ちという面で見れば背中は押せているはずだと信じている。
(私はどうでしょうか)
大切にしまい込んである香水瓶を想う。自身で纏う事はないそれは、ルナへ提案した三つ目に非常に近い。愛しすぎて、大切過ぎて。だからこそユメリアの想いを慰めてくれる香り。
今、無性にあの瓶を愛でたいと思うのは、それだけルナの持つ恋情に共鳴している証拠だろうか。
目の前の彼女と違い、明確な言葉にはしていない想いだけれど。
(けれど不思議と、羨ましいと、妬ましいとは思いません)
日頃伝えているように、満たされているからなのだろう。
(私は、本当に幸せですね)
グラスの中身が空になっている。どうにかして思考を別のところに向けようと、無駄な抵抗をする時間は終わってしまったらしい。
「すぐには……踏ん切りが、つきませんけど」
無意識下とはいえ既にやっていたこと、その延長線上にある提案ばかりだというのに。
音楽の邪魔をしない、むしろ非常に相性のいい方法ばかりだと思うのに。
「とりあえずは、1つ目。意識してやってみることは、しようと思ってます」
結果に繋がらないとしても。自覚した上での行動はきっと、ルナ自身の中で意味を持つはずだから。
「……急がなくてもいい筈なのに、焦ってしまっている自分が居る気がしてました」
また、急にどこかに行ってしまうのではないか。
知らない土地で立ち止まってしまったら、届かなくなってしまう。
二度目も戻ってくるなんて自信はないのに、その時も待つだろう自分への確信はあって。
ほのかな縁を手繰り寄せて抱きしめて……捉まえて、いたくて。
もう、堂々と向かい合ってもいいのだと、分かっているのだ。
言葉にしていくほどに、感情が胸の内で居場所を見つけている、ようで。
「今は、相談して、すっきりしてます」
「それが一番、大事なことだと思います」
晴れやかな気持ちで笑顔を向けるルナに、ユメリアも似た微笑みを返した。
――奏でる音の先に見据えるのは、何色香?
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ka1565/ルナ・レンフィールド/女/20歳/奏魔術師/con vivace】
【ka7010/ユメリア/女/??歳/聖奏導士/sottovoce】
恋する乙女の武器のひとつ……おまじない。
充分な休息を終えれば、熱は再び先へ進もうとするのです。
副発注者(最大10名)
- ユメリア(ka7010)