※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ハートノッカー
大きなコンテナを板張りの床に置くと、ミア(ka7035)は額に浮かんだ汗を拭った。
「すみません。本当に助かりました」
開いたままのドアを押さえていたエヴァルド・ブラマンデ(kz0076)が、和やかな笑みと共に扉を閉める。
彼を振り返ったミアは、にっぱりと表情を綻ばせた。
「ううん。文字通りお安い御用ニャス」
「その『返し』はなかなかにキレがありますね」
「ああっ、別に責めるわけじゃ」
「大丈夫。分かっています」
慌てるミアを、エヴァルドがやんわりと宥める。
このところ、ミアは時間さえあれば彼の仕事を手伝いに足を運んでいた。
時には以来としてオフィスに張り出されるものもあるが、大半はそうでないもの。
もっと細々とした、言うなれば秘書みたいな、そういうお手伝い。
いや、来客対応やスケジュール管理なんかはエヴァルド本人の方が上手だし、実際手伝っているのは今回のような力仕事とか、文字通り猫の手も借りたい作業が多いので、どちらかと言えば日雇いアルバイトに近い。
「でも、これだけよくしていただいたら待遇改善を考えなければいけませんね」
「そんニャこと……それこそお駄賃だっていらないのに」
「それは駄目です。労働には対価を。私が目指す社会の基本ですから」
キッパリと言い切られると、ミアも何も言い返すことはできない。
ミアが単に親切心や片手間のお手伝いで行ったことでも、エヴァルドは必ず報酬を支払った。
それは決して大きな額ではないし、かと言って色を付けるようなこともしない。
食事に連れて行ってもらったりとか現物支給みたいなこともあるが、支給自体を欠かしたことはない。
だけど、そのたびにこの関係が事務的なものに思える時があって、ミアはちょっと嫌だった。
コンテナの蓋を開けて、中から大量の布の切れ端を取り出す。
なんでも今度のファッションショーで使われるもののサンプルらしい。
「……そう言えば、この間のお祭り。ミアの出し物見に来てくれたニャス?」
「お祭り――ええ、道すがらですが拝見させていただきました。風船の芸はすごかったですね」
「やっぱり! そうかニャーって思ってたニャスけど……」
――声を掛けてくれればよかったのに。
口にしようとして、気持ちが裏腹にそれを飲み込んだ。
すると、突然言い淀んだ心中を察したように、エヴァルドが生地を仕分ける手を止めて彼女を見上げる。
「とても盛況のようでしたので、邪魔になってしまってはと思い……すみません」
「あう……」
ミアはまた何も言えずに、しおらしく口をすぼめてみせた。
いつもそうだ。
彼の真っすぐな物言いは正論で、非の打ちどころがなくって、何も言い返すことができない。
別に適当なことを言って欲しいわけでも、言い返したいわけでもないけれど。
なんだかギリギリのところで先に壁を作られてしまうような気分。
踏み込む前に、立ち入り禁止。
背伸びした向こうに街は見えているのに。
「エヴァルドちゃんの好きなものって……野菜ニャスよね。好きなことは……劇を見ることって言ってたニャス。えーっと、えーっと……」
せめてもの抵抗で壁を叩いてみる。
だけど、どれも答えの出ているもので、自分でも空回りしているのが分かって辛かった。
これまで彼をたくさん知って来たのに、何も知らないような気さえする。
それもきっと、この壁のせい。
「えーっと、好きな――ううん、じゃなくって、気になるお人とか――」
言葉にして、はっと口元を押さえる。
声はしりすぼみで、最後の方は何を言っているのか自分でも分からないくらい。
ミアはいたたまれなくなって、ぎゅっと目を瞑って恥ずかしさに耐えた。
そんな下世話なこと聞くつもりはないのに。
だけども口を突いて出てしまうのは、不安と焦りのせいかもしれない。
もともと駆け引きみたいなことはできない性分だし、考えていることが口をついて出てしまうことも今に始まったことじゃない。
だけど、エヴァルドはそういうのは得意そうだから、自分の考えなんか見透かされてしまっているような気がして。
でもそれならそれで、彼が作る壁の理由が分からなくって。
もっと、素直になってくれていいのに。
どんな言葉でも受け止めるのに。
壁に隔たれた今の方が、拒絶されるよりも残酷だ。
恐る恐る目をあけてエヴァルドを見た。
彼は困ったような笑みを浮かべながら、何かを考えるように唸っていた。
「気になる人……ですか。優秀な人材に出会えたのですが、振られてしまいましたね」
ドキリとする。
いや、お仕事の話だということはミアも分かっている。
それでも、彼の口から別の人の話が出るとついつい心が揺らいでしまう。
そういうことじゃないのに。
「じ……じゃあ一番欲しい、我儘は……なに?」
予想外の質問だったのか、エヴァルドはキョトンとしてミアを見た。
「我儘……ですか」
質問を反芻するように唱えて、明後日の方向を見上げる。
それからぽつりと、思い出したように呟いた。
「我儘というと違うかもしれませんが、家族の団欒――でしょうか」
「団欒……?」
「ありきたりかもしれませんが、家庭の食卓というものには一定の憧れがあります。それ自体、おこがましいことかもしれませんが。たまの機会でも一同に会すことはそうありませんし……妹ももうお嫁に行く年頃ですしね」
「それは……その、どうやっても叶えられないニャスか?」
「父も含め、それぞれが忙しい身ですから。それこそ冠婚葬祭でもなければ」
それからエヴァルドは手にした生地をそっとコンテナに戻した。
「家族を選ぶことはできません。このご時世、生きているだけでも喜ばしいことでしょう。だからこそ、私にとっての我儘と言えるのかもしれません」
そこまで言って、彼はそっとコンテナの蓋を閉じた。
「さ、今日はここまでにしましょう。ちょっと待ってくださいね。今日の報酬を――」
「あっ、待ってニャス」
縫い付けられたような身体を無理やり動かして、ミアはエヴァルドの背に声を掛ける。
「ご褒美、ミアが決めても良いニャスか?」
「ええ、それは構いませんが……」
壁を壊して欲しいのは、きっとミアの我儘。
だったら、駆け引きもなにも得意じゃないから、まっすぐドアを叩きに行きたい。
まずは報酬という名のお仕事の壁を。
「エヴァルドちゃんの髪、ヨレちゃってるから綺麗に結わせて欲しいニャス。それが今日のご褒美」
「しかし、それでは……」
「いいの!」
半ば強引に後ろを向かせて、するりと彼の髪の結びを解く。
はらりと手の中に落ちたプレゼントのリボンを見て、きゅっと胸が苦しくなった。
また困らせちゃったかな。
ううん、でも。
滑らかな髪を櫛ですきながら、手の中で房を整える。
このまま後ろから抱き着いたら、冗談で済ましてくれるだろうか?
芽生えた悪戯心を両親がそっとせき止める。
きっとその行為自体を、冗談にはしたくないから。
――了。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
おはようございます、のどかです。
いつもご発注ありがとうございます。
書式が変わって初のOMCなのですが、この部分どうしよう。
迷った末に、素直に後書きを書かせていただきます。。。
ミアさんとエヴァルドのノベルはこれで何度目かになりますが、いつもいつも書いている方がじれったく、むず痒く筆を執らせていただいております。
エヴァルドは設定としても史実としてもミアさんほど関わってくださる方はこれまでおらず、同時に、おそらくミアさんとしても「家族」と呼べる方々以外に対して初めての心の動き。
お互いに正解が見えない、ゆえに臆病にもなる。
そんなじれったさを描いていたのですが……書き手も結構限界ギリギリで、身もだえしながらなんとか書き進んでいます。
正直なところ、私としても何が正解なのか分からない初恋のような心境です。
初恋……遠い昔の思い出です。
限られた字数の中で、できうる限りお望みの関係が表現できていればと心から願っております。