※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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ミッシングリンク
その日のエヴァルドの執務室はいつになく華やいでいた。
商工会の本部、その一角に構えられた彼の部屋は第二の家と言っても差支えがないほど1日の多くを費やす場所だ。
「すみません、本当なら私の方がお礼をしなければならないところだというのに」
「いいのニャ。こっちこそ忙しいのに時間を割いてくれたお礼ニャス」
どっさり山積みになった書類を抱えて、ミアが元気いっぱいほほ笑んだ。
「これはどこに運んだらいいかニャ?」
「では、1階の振興課までお願いします」
「わかったニャス!」
ぴゅーっと猫まっしぐらに部屋を飛び出したミア。
今日は先日テーマパークに付き合ってもらったお礼ということで、エヴァルドの仕事を手伝いに来ていた。
何かと事業に関わって外出することのある彼だが、基本的にはヴァリオスにおける商売組織のトップに座す人間。
その仕事の大半は商人からの相談・指導、融資の精査、権利関係や商人ギルドごとの市場価格の状況把握などのデスクワークである。
「あっちこっち大変ニャス……秘書とか雇わないニャスか?」
ミアは執務室に戻ると、大きくうんと背伸びをした。
身体を張った仕事には自信がある。
疲れたというわけではないが、これを普段エヴァルドがこなしているのかと思うとトップに立つ人間の大変さというのが嫌でも感じ取れた。
「商工会は私の私組織ではありませんので、抑えられる経費は抑えていかなければなりません。普段なら部下に手伝って貰いもするのですが、今はジェオルジのお祭りを控えた時期ですからね」
思えば商売の台所だというのに、今日の商工会はいまいち活気に欠ける。
それが単純に人数の不足によるものだと知れば、なおさらミアがここに来た意味もあるというものである。
「今日はたっぷりこき使ってくれていいニャスよ。報酬は……ま、晩御飯でも奢ってくれたらそれで十分ニャス」
「ははは。では贔屓のお店の席を押さえておいてもらいましょう」
仕事に追われながらも余裕を残した様子なのは、流石は商売の申し子と言えるだろう。
目の前の書類にサインを記したエヴァルドは、小さくひとつ息を吐きながらすくりと立ち上がる。
「少しお茶にしましょうか。適度な休憩も作業効率のうちです」
「だったらミアも手伝うニャ」
「いえいえ、ここはやらせてください。それに給湯スペースもご存じないでしょうしね」
確かに言われてみれば。
仕方なく彼女は部屋を出ていく彼の背中を見送る。
とはいえ、人の部屋で1人きりというのはそれはそれで落ち着かないもの。
「そうニャ! お茶をするならテーブルの上を片付けておかニャいと――」
部屋のど真ん中に鎮座するふかふかソファーとセットの応接テーブルは、送る部署ごとに分けられた書類の山でいっぱいだ。
万が一お茶を溢して汚しても大変だと、混ざらないよう注意しながら部屋の隅へと運んでいく。
そんな時、書類の山の下敷きになっていた大きな封書がぽとりとテーブルから落ちる。
二つ折りの厚手の紙で作られたそれは他の書類とは明らかに異彩を放っていて、ミアは落としたままにするわけにもいかず拾い上げる。
そして本当に何の気なしに、内容と部署を確認するつもりで中身を開いてしまう。
「これって……」
中にあったのは2枚の写真だった。
1枚は、かわいらしい椅子に腰かけ、若草色のドレスに身を包んだ十代後半くらいの女の子。
ふわりとしたウェーブの深紅の髪に翡翠色の瞳。
あどけなさを残しながらも自信に満ち溢れた美しい顔立ちでほほ笑んでいる。
もう1枚は、同じポーズでその子のバストアップを写したもの。
はじめはアイドルか何かのポートレイトかと思った。
リゼリオやリアルブルーのショップで見たことがあったから。
だがスナップショットというにはかっちりした様式の写真たちに、ミアはそれがなんであるのか理解してしまった。
「そう言えば、縁談は多々ある――って言ってたニャスな……」
写真の少女の瞳がどこか挑戦的にミアを見つめ、彼女はそっと封書を閉じる。
それをテーブルの上に丁寧に置くと、静かに執務室を後にした。
賑やかな街をとぼとぼ歩きながら、ミアはぼーっと空を眺めていた。
茜色の空を灰色の雲が次々と流れて、まるで自分の心の中を写しているかのようだった。
「ミア……迷惑になってないかニャ」
答えの出ない自問がチクリと胸を刺す。
彼のことを支えられたらと思った。
だが、はたして彼はそれを望んでいるのだろうか?
支えていくのは未来のお嫁さんの役目。
だったら、今の自分は何なのだろう。
彼にとっての何になりたいのだろう。
「今のままじゃ、ミアの希望を押し付けてるだけかもしれないニャ……」
そんな時、ドンと肩に何か大きなものがぶつかった。
不意に意識が引き戻されると、ガタイの良い男が自分のことを見下ろしているのが見えた。
「いてぇじゃねえかよ、姉ちゃん」
「ごめんニャス」
手身近に誤って立ち去ろうとするミア。
「おう、ちょっと待てよ。ぼーっとしてぶつかってきておいてそれて終わりか?」
ぼーっとしているのに気づているなら避けてくれればいいのに。
ふつふつと湧き上がる煩わしさに、彼女は振り返ることなく歩み出す。
「今は遊んでる気分じゃないニャス。ばいばいニャスよ」
「おい、待てって……!」
男の武骨な手が華奢な肩を掴んだ。
煩わしさが一気にピークへ達したミアは、肩越しに乱暴にその手を振り払おうとする。
しかしそれより先に、別の手が男の手首を掴んでミアの肩から引きはがしていた。
「あっ……」
驚きでミアの目が見開かれる。
エヴァルドが涼やかな笑みでそこに立っていたからだ。
「すみません、私の連れがご迷惑を」
「ああん、なんだお前――」
凄みをきかせようとした男だったが、エヴァルドの人と成りを見て態度を一変する。
逃げるように2人から離れると、そのまま仏頂面で頭を浅く下げて足早に去って行ってしまった。
ミアは闘争心むき出しの眼でエヴァルドの前に歩み出て、フーっと鋭く喉を鳴らす。
その背中をなだめるようにエヴァルドが優しく叩くと、彼女は戸惑いを含んだ視線で振り返った。
「その……ありがとうニャス」
「こちらこそ、私の息がかかった街で不快な思いをさせてしまって申し訳ありません」
そう語る彼は本当に申し訳なさそうで、それが余計にミアの胸に深く突き刺さる。
「どうして、追ってきたニャスか」
「え?」
「ミアは、ミアの望んでいたことをただ押し付けていただけニャス。なのに……」
思いつめたようにしゅんとしてしまった彼女に、エヴァルドは困ったように息を呑む。
だがすぐにあの余裕のある笑みを浮かべると、一言一句諭すように口を開いた。
「約束をしたから――ではいけませんか?」
「あ……」
口にして、彼は通りの先にあるダイニングカフェを指し示す。
彼の表情と約束のレストランを見比べて、ふっとわだかまりがほどけていくのを感じていた。
「ううん、そんなことないニャス」
「では、参りましょう」
約束は双方の願いが重なってこそ果たされる。
エスコートされるようにしてヴァリオスの街を歩くミアの背は、写真の少女に劣らず凛と自信に満ちている。
――了。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka7035/ミア/女性/20歳/格闘士】
【kz0076/エヴァルド・ブラマンデ/男性/28歳/一般人】