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【幻視】これまでの経緯




これまでに起こったことを知りたいって?
なら、ここを確認するといい。
勇気の精霊:イクタサ
更新情報(11月6日更新)
【幻視】エピローグまでのストーリーノベルを掲載しました。
【幻視】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
コーリアスとアレクサンドル・バーンズ(kz0122)は、チュプ大神殿へ潜入していた。
地下神殿として地下に開けられた坑道から部族会議の面々は入っていたが、そもそも大精霊を祀る神殿ならば周辺の民が入る入り口があって然るべきだ。
そう、チュプ大神殿には別の入り口がある。
そう考えたコーリアスは、甲来 蛮蔵へ命じて大神殿への入り口を捜索していた。
トーチカ一味やネネ・グリジュに行動させたのも、すべてはこの捜索の陽動だった。
想定外なのは捜索を終えた後に蛮蔵が討たれた事だろう。
「蛮蔵が託してくれた機会だ。有効に使わせてもらうとしよう」
「どうでもいいが、さっさと終わらせてくれ。おっさん、一仕事終えて疲れてんだ」
大神殿の奥で、アレクサンドルはうんざり気味だ。
見張りの部族戦士を片づけはしたが、十数人を一人で片付けたとなれば疲れるのも無理はない。
「あまりその辺に座らないでくれるかな? ここにある物も見る者が見れば、大きな発見だ。僕が直接調べる時間がないのは、非常に残念だ」
「ふーん。で、このジメジメした墓場みたいな所には何をしにきたんだ?」
「これだよ」
コーリアスの前にあるのは、一つの小さな祭壇。
真ん中に丸い穴が空いており、中は暗くてよく見えない。
「なんだ? そこからもぐらでも出てくるのか?」
「ふふ、この祭壇こそが『ニュークロウス』を祀る祭壇だ。そして……」
コーリアスは徐に穴へ手を入れた。
真実の口、というのがリアルブルーにあったが、あれよりももっと思い切って穴に手入れている。
次の瞬間、穴の中で閃光。
穴からコーリアスの腕が引き抜かれる頃には蒼い腕輪が装着されていた。
「これがニュークロウス。風の大精霊が加護を与えた宝具というべきかな」
「ただの腕輪に見えるけどねぇ。それを手に入れる為に大騒ぎを?」
「まあ、そうなるかな。でも、この腕輪に秘められた力は興味をそそられる。本当はこんな使い方をすべきではないのだけどね」
『こんな使い方』。
それは今から計画最終段階での使い方を意味している。
もっと研究して量産する事もできた。
しかるべき存在に託す事もできた。
だが、コーリアスはそうしなかった。
肝心なのは、コーリアスという強大な歪虚が古代文明の兵器を使って与える試練だ。
そうでなければ、ハンターは『次のステージ』へ進めない。
「で、それを手に入れてどーするって? それで敵の城でも襲撃するのか?」
「ある意味正解だ。使うべき舞台で使う。ネネも呼んでいるから間もなく来ると思うが……そろそろ時間か」
コーリアスが呟いた瞬間、突然二人の前の空間が歪む。
まるで、陽炎のような揺らめき。
波立つ水面のように宙がぐらつく。
「これは……」
「きたか。私の魔導生物に妙な名前を付けたりしていたが、約束は守ってくれたようだ。
実は友人……いや、利害関係が一致した協力者が正しいな。その協力者がある場所へ我々を招待してくれる手筈になっている。
アレクサンドル、貴公もそこで戦って欲しい……すべてを賭けた最後の戦いを、ね」
「……いいだろう。だが、コーリアス。その前に一つ聞きたいことがある」
「何かな? 我が子孫であり同胞よ」
「何故、おっさんが頼んだ時点でマティリアを直さなかった? ……返答次第によっては順番が変わるんでね」
底冷えするような目線を向けるアレクサンドル。それにコーリアスは肩を竦めてみせる。
「君を怒らせるなんてそんな馬鹿な真似はしない。かなり前から大精霊と……その力について調べていてね。ちょっとそれに夢中になってしまっただけさ。悪かったと思っているよ」
「……その言葉が真実であることを願うばかりだ。……マティリアを調整する。少し時間をくれ」
それだけ言って、踵を返した白衣の歪虚。その背を見送って……コーリアスはくつりと笑う。
「――ああ、勿論真実だよ。嘘は一つもない。ただ……君にも『本気』になって貰いたかった。それだけの話さ」
●
「どうして……先生は、その技を使ったの……? あたしが……どんなに病に苦しんだか、知らない訳じゃないでしょう……? どうして――」
聞こえてくるのは忘れもしない、もう遥か昔に喪った少女の声。
「どうして――それを、広めようとしたの?」
――違う。違う。違う……!
あの子が命と引き換えにあの力を使っているというのに。
あの一族はそれを理解しようとはしなかった。
ただただ、得た力を持て囃し、歪虚を滅ぼすだけでは飽き足らず、人間同士の争いにまで利用しようとした。
それを止める為に、俺は……。
ただ、あの少女を守りたかった。それしか救う方法がなかった――。
「……マスター? やはりどこか具合が悪いのではありませんか? この間からおかしいようですが……」
「いや、何でもない」
聞こえてきた少女の声に顔を上げたアレクサンドル。マティリアの身体を見てため息をつく。
彼女は、先日の戦いで深刻なダメージを負った。
あったパーツで修理できるところはしたものの、復調には程遠い状態だった。
「マティリア。やはりお前は連れてはいけない。ここで待っていなさい」
「お断りします」
「……俺の命令がきけないのか?」
「それも事と次第によります。……聞けば今回の戦いは、コーリアス様も出られるとか。私が出ない訳にはいきません」
「この身体で戦うのは厳しいだろう」
「修理して戴きましたし問題ありません。お供します。諦めてください、マスター」
「強情だな……。一体誰に似たのやら」
ため息をつくアレクサンドル。しかし、この少女人形に救われた気持ちになるのも事実。
……あの少女を喪ったのは愚かな人間達のせい。
そしてマティリアもまた……。
浅ましい人間達。生かしておく価値などありはしない……!
瞳に怒りを灯す主を、マティリアは無機質な瞳で見つめていた。
――マスター。私の命にかえても、貴方をお守りします。
だから、どうか……。
プロローグノベル「はるかなる旅へ」(8月2日公開)
いつ頃からだっただろう。
――高見へと到達したのは。
見渡せば、周りに誰もいない。
過去にも未来にも、希望は無い。
それが、如何に残酷で無残な事か。
何が起きてもすべては些末な出来事。
問題を予知すれば、問題となる前に呼ぼうすればいい。
成長の終焉。
そう表現すれば、どんなに残酷な状況は分かるだろうか。
延々と続く絶望的な未来。
歪虚であろうと人であろうと関係ない。
すべては不毛――それが彼の心に渦巻く思考であった。
●
時は、しばし遡る。
ビックマーがトーチカ・J・ラロッカへ探索の指示を出した頃。
コーリアスのアジトでは、また別の暗躍が始まろうとしていた。
「ご主人。あの破廉恥な女と青木が何やら動き出したぞ」
甲鬼 蛮蔵の前で退屈そうに座っていたコーリアスは、手にしていたワイングラスを止めた。
コーリアスは戦いの中でハンターに対する評価を変えた。
強敵――当初はそれぐらいの存在だと認識していた。
だが、ハンター達の活躍を見ていて『ある推論』に到達する。
ハンターは、世界を変える『特異点』ではないか。
歪虚の攻勢は明らかにハンターの登場で激変した。
彼ら個々は弱くとも力を合わせれば、世界に変革をもたらす。
さらにハンターに苦難が降り掛かれば、一度踏み潰しても再び立ち上がる。
その様子にある可能性を見出した。
ハンターは――永久に成長し続ける。
だとするなら、上位歪虚であるコーリアスを遙かに超えた強さを備えたハンターは本当に『人』なのだろうか。
人でも歪虚でもない新たなる――化物。
成長に成長を重ねたハンターに、居場所は存在するのか。
コーリアスにとってハンターは、興味深い研究対象となった。
「きっと更なる試練を与えれば、ハンターはより高見へと登るだろう」
「……ご主人。前にもいったが、ハンターを侮れば必ずその身は降り掛かりますぞ」
蛮蔵は、言葉に怒気を込める。
蛮蔵はコーリアスがハンターに撃退された際、同じ事をコーリアスに言い放っていた。
ハンターは決して侮って良い相手ではない。
恐るべき力を秘めていると蛮蔵は戦いの中で感じ取っていた。
だが、それでもコーリアスは笑みを消す事は無い。
「それは結構。僕を倒すなら、ハンターは世界の『特異点』である証左だ。
分かるかい?
最初は片手で殺せるぐらいのか弱いハンターが、恐るべき成長速度で上位歪虚を倒すまでに成長する。
今までこんな速度で成長する生物を見た事がない。
そんな大精霊にも邪神にも生み出せなかった化物を、僕が生み出せるんだよ。
ああ、ハンターは僕の手を経てどんな生物へと変貌を遂げるのだろう……。想像するだけでわくわくしないか?」
饒舌に語りながら、子供のような笑みで喜ぶコーリアス。
己を滅ぼすかもしれない存在を前に、研究対象の成長を喜ぶ。
錬金に到達せしものが抱く狂気を他人が理解するのは難しい。
だが、主人の意図をくみ取るのが部下である。
「承知。それであれば俺はご主人に義をもって応えよう」
「そう言ってくれるとありがたいよ、蛮蔵」
このままコーリアスを放置すれば――歪虚に仇為す存在となるかもしれない。
蛮蔵の脳裏にその考えが浮かんだが、早々に打ち消した。
主人の考えに口出す事は許されない。
蛮蔵は己の義に忠を尽くすと、改めて誓った。
●
そして――現在。
「なんだい、なんだい! あたしらの地図をハンターの連中が盗んだと思ったら、早々に遺跡に入り込んじゃってさー!」
歪虚のトーチカ・J・ラロッカは、辺境の地下道で怒りを露わにしていた。
せっかくビックマー直々の命令で古代文明の遺跡を探していたというのに、苦労して作った地図をハンターに奪われた挙げ句、先に遺跡を調査されてしまったのだ。
なお、実際はハンターが地図を奪ったのではなく落ちていた地図を拾っただけである。
「まあまあ、姐さん。まだ負けと決まった訳じゃないでおます」
「そうそう。私たちの活躍を全国の女子中学生の皆さんが心待ちにしていますのよ」
ラロッカの部下であるモグラのコンビ、モルッキーとセルトポがラロッカを励ます。
そもそもこの地図も大型グランドワーム「ロックワン」に地下道を掘らせたまではいいが、好き勝手に走らせた結果、自分たちにも分からなくなった事から作成された代物。この時点で間抜けな一味である事は間違いない。
そして。
こうした一味に限って立ち直りは異常に早い。
「そうだねぇ。まだブツを取られた訳じゃないからねぇ。まだ挽回のしようはあるじゃないか。
さあ、お前たちっ! 戦いの準備だよ!」
「アイアイサッサー!」
ラロッカの号令が部下たちに伝わる。
だが、ラロッカは知らない。
このやりとりを目撃していた影がいた事を。
「……俺が出ていけばハンター達も動く。暫く見物を決め込んでいた方が良さそうだな。……精々、状況を掻き回してくれよ。無能共」
●
「ふーん、大神殿に行って来たんだ」
シンタチャシに訪れたファリフ・スコール(kz0009)とヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032) 。
チュプ大神殿調査の報告をするヴェルナーを前に、大精霊イクタサは退屈そうに呟いた。
「おや。随分と退屈そうですね」
「だって、ボクが教えたんだもの。行けて当たり前でしょ?」
「え? イクタサは喜んでくれないの?」
少し寂しそうにするファリフ。
残念そうな顔を目にしたイクタサは、慌ててフォローを入れる。
「そ、そんな事ないさ。ボクはとても嬉しいよ! 君たちならきっと行った先で何かを見つけられると信じていたから驚かなかっただけだよ」 「ほんと?」 「本当だよ。心の中では飛び跳ねて喜んでいるよ」
三秒前までは気怠そうに寝ころんでいたイクタサ。
慌てて起き出してファリフのご機嫌を取ろうとする理由が喜びでないのは明白だ。
「本当にファリフさんがお好きなんですね」
「そうだね。少なくとも君よりは好きだよ」
ヴェルナーから問いかけられて、突然不機嫌になるイクタサ。
分かりやすい切り替えで、最早ヴェルナーも慣れてしまった。
「神殿も調査しています。ですが、何せ失われた言語や壁画までありまして。なかなか大きな成果は出ていません」
ヴェルナーの話によれば大神殿にも調査は入っている。
しかし、何せ遺跡は失われた古代文明。
書かれた文字が分かる者はノアーラ・クンタウには居なかった。辛うじて部族の中で語り継がれた文字を判別できる者もいるようだが、対応できる人数は少ない。
このため、調査は難航していると言って良いだろう。
「あっそう。だけど、ボクは助けないよ」
「え? 助けてくれないの?」
再び曇るファリフの顔。
実はファリフをここへ同行させたのはヴェルナーの案だった。ファリフにはイクタサが冷たい態度を取る度に、悲しそうな顔をするように言われていた。
(それでボクが呼ばれたんだね。ごめんね、イクタサ)
心の中で詫びるファリフ。
さすがの大精霊も心の中までは読めないようだ。
「ごめん、ファリフ。みんながボクの力を当たり前に頼れば、それは敵の利するところなんだ。それにボクが力を使えば敵にも気付かれる。そうなれば敵はもっと強力な力を使ってくる。あまりボクの力を頼るべきじゃないんだ」
「力は使えなくても、アドバイスぐらいはできますよね?」
ファリフに対する言い訳に横から口を挟むヴェルナー。
絶妙な間によるツッコミから、イクタサはヴェルナーの計算通りの展開だと気付く。
「……やっぱり、君の事は嫌いだよ」
「お褒めの言葉と受け取っておきます」
笑顔のまま答えるヴェルナー。
食えない相手であると再認識したイクタサは、ファリフの元へ向き直る。
「いいかい、ファリフ。あの大神殿を歪虚に渡してはダメだよ。
あの大神殿には、幻獣へ力を与える技術が眠ってる。その技術自体は簡単には奪えない。だけど、あそこに眠る『ニュークロウス』は違う」
「ニュークロウス?」
「古代文明の兵器だよ。あれが敵の手に渡れば厄介な事になるよ」
ニュークロウス。
それが何なのかはファリフにも分からないが、イクタサの言葉を信じるなら敵に渡してはならない。
ファリフは自分に、そう言い聞かせた。
●
「おらおらおら! さっさと探索しやがれ! べらぼうめぇ!」
大幻獣テルル(kz0218)の怒声が大神殿に木霊する。
発見された中で最大の遺跡とあって、テルルの中では新発見を期待していた。愛機「カマキリ」と大神殿へ乗り込んだテルルは最初からハイテンションで探索に望む。
「もしかしたら、カマキリ二号機も出来ちまうか? それなら魔導エンジンと組み合わせれば起動実験もいけそうだな」
テルルの期待も膨らみ続けている。
今までと比較しても最大の古代文明パーツの発見。
先日の調査で、ほぼ完全体の「ピリカ」も見つかっている。
さらにそのパーツの製造方法らしき記述も発見されて解読作業が進んでおり、まだまだ未発見の情報も眠っていると分かれば興奮を隠す事はできない。
「こりゃ新たな発見も……」
「て、敵だ! 歪虚だ! こっちに向かってる!」
テルルの妄想は、部族の戦士の一言で現実に引き戻された。
敵。
おそらくこの大神殿が狙いだろうか。
大神殿内で戦いになれば遺跡が傷付く。それは絶対に回避しなければならない。
「くそっ! 歪虚の○○○○○○野郎っ! 邪魔すんじゃねぇ! 絶対に○○○やっからな!」
ハイテンションのまま、テルルはカマキリに乗り込んだ。
●
「ご主人、連中が動き出しましたぞ」
蛮蔵は、コーリアスへ報告する。
予想通りラロッカはチュプ大神殿へ侵攻を開始する。
連中の事だ。作戦も立てずに力押しで迫る事は間違いない。
「始まったか。この戦いでハンターがどう成長するのか楽しみだ」
「本気か? ご主人」
蛮蔵は何度もコーリアスへ問いかけていた。
しかし、コーリアスの決心は何も変わらない。
「クドいよ、蛮蔵。もう決めた事だ」
コーリアスの目にはハンターしか見えていない。
学術的興味を持った対象への執着。
それは偏執的であり、かつ哲学的な側面もあった。
相容れない相手に対して敵意以外の感情を抱く。歪虚でも異端と言えるだろう。
「では、準備を始めようか。彼も……ちょうど来たようだしね」
コーリアスのアジトを訪れた白衣の男。
災厄の十三魔の一人。
アレクサンドル・バーンズ(kz0122)である。
「おっさんを呼び出しとは……また疲れる話なんだろうな」
アレクサンドルは諦めるようにため息をついた。
コーリアスに頼んでいたアンドロイド型歪虚の『マティリア』の修復も済んでいない。
既に数ヶ月も待たされてクレームを入れようとしてた矢先に、緊急呼び出しだ。
新たに興味を抱いた物が現れたのだろうが、アレクサンドルにとっては厄介な話になりそうだ。
コーリアスは椅子に腰掛ける。
仮面の奥に光る瞳。
それは、怪しくも曇りのない物であった。
「そこまで分かっているなら、話は早い。
悪いけど、僕の研究の為に死んでくれるかな?」
――高見へと到達したのは。
見渡せば、周りに誰もいない。
過去にも未来にも、希望は無い。
それが、如何に残酷で無残な事か。
何が起きてもすべては些末な出来事。
問題を予知すれば、問題となる前に呼ぼうすればいい。
成長の終焉。
そう表現すれば、どんなに残酷な状況は分かるだろうか。
延々と続く絶望的な未来。
歪虚であろうと人であろうと関係ない。
すべては不毛――それが彼の心に渦巻く思考であった。
●

コーリアス
ビックマーがトーチカ・J・ラロッカへ探索の指示を出した頃。
コーリアスのアジトでは、また別の暗躍が始まろうとしていた。
「ご主人。あの破廉恥な女と青木が何やら動き出したぞ」
甲鬼 蛮蔵の前で退屈そうに座っていたコーリアスは、手にしていたワイングラスを止めた。
コーリアスは戦いの中でハンターに対する評価を変えた。
強敵――当初はそれぐらいの存在だと認識していた。
だが、ハンター達の活躍を見ていて『ある推論』に到達する。
ハンターは、世界を変える『特異点』ではないか。
歪虚の攻勢は明らかにハンターの登場で激変した。
彼ら個々は弱くとも力を合わせれば、世界に変革をもたらす。
さらにハンターに苦難が降り掛かれば、一度踏み潰しても再び立ち上がる。
その様子にある可能性を見出した。
ハンターは――永久に成長し続ける。
だとするなら、上位歪虚であるコーリアスを遙かに超えた強さを備えたハンターは本当に『人』なのだろうか。
人でも歪虚でもない新たなる――化物。
成長に成長を重ねたハンターに、居場所は存在するのか。
コーリアスにとってハンターは、興味深い研究対象となった。
「きっと更なる試練を与えれば、ハンターはより高見へと登るだろう」
「……ご主人。前にもいったが、ハンターを侮れば必ずその身は降り掛かりますぞ」
蛮蔵は、言葉に怒気を込める。
蛮蔵はコーリアスがハンターに撃退された際、同じ事をコーリアスに言い放っていた。
ハンターは決して侮って良い相手ではない。
恐るべき力を秘めていると蛮蔵は戦いの中で感じ取っていた。
だが、それでもコーリアスは笑みを消す事は無い。
「それは結構。僕を倒すなら、ハンターは世界の『特異点』である証左だ。
分かるかい?
最初は片手で殺せるぐらいのか弱いハンターが、恐るべき成長速度で上位歪虚を倒すまでに成長する。
今までこんな速度で成長する生物を見た事がない。
そんな大精霊にも邪神にも生み出せなかった化物を、僕が生み出せるんだよ。
ああ、ハンターは僕の手を経てどんな生物へと変貌を遂げるのだろう……。想像するだけでわくわくしないか?」
饒舌に語りながら、子供のような笑みで喜ぶコーリアス。
己を滅ぼすかもしれない存在を前に、研究対象の成長を喜ぶ。
錬金に到達せしものが抱く狂気を他人が理解するのは難しい。
だが、主人の意図をくみ取るのが部下である。
「承知。それであれば俺はご主人に義をもって応えよう」
「そう言ってくれるとありがたいよ、蛮蔵」
このままコーリアスを放置すれば――歪虚に仇為す存在となるかもしれない。
蛮蔵の脳裏にその考えが浮かんだが、早々に打ち消した。
主人の考えに口出す事は許されない。
蛮蔵は己の義に忠を尽くすと、改めて誓った。
●
そして――現在。

トーチカ・J・ラロッカ
歪虚のトーチカ・J・ラロッカは、辺境の地下道で怒りを露わにしていた。
せっかくビックマー直々の命令で古代文明の遺跡を探していたというのに、苦労して作った地図をハンターに奪われた挙げ句、先に遺跡を調査されてしまったのだ。
なお、実際はハンターが地図を奪ったのではなく落ちていた地図を拾っただけである。
「まあまあ、姐さん。まだ負けと決まった訳じゃないでおます」
「そうそう。私たちの活躍を全国の女子中学生の皆さんが心待ちにしていますのよ」
ラロッカの部下であるモグラのコンビ、モルッキーとセルトポがラロッカを励ます。
そもそもこの地図も大型グランドワーム「ロックワン」に地下道を掘らせたまではいいが、好き勝手に走らせた結果、自分たちにも分からなくなった事から作成された代物。この時点で間抜けな一味である事は間違いない。
そして。
こうした一味に限って立ち直りは異常に早い。
「そうだねぇ。まだブツを取られた訳じゃないからねぇ。まだ挽回のしようはあるじゃないか。
さあ、お前たちっ! 戦いの準備だよ!」
「アイアイサッサー!」
ラロッカの号令が部下たちに伝わる。
だが、ラロッカは知らない。
このやりとりを目撃していた影がいた事を。
「……俺が出ていけばハンター達も動く。暫く見物を決め込んでいた方が良さそうだな。……精々、状況を掻き回してくれよ。無能共」
●

ファリフ・スコール

ヴェルナー・ブロスフェルト

イクタサ
シンタチャシに訪れたファリフ・スコール(kz0009)とヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032) 。
チュプ大神殿調査の報告をするヴェルナーを前に、大精霊イクタサは退屈そうに呟いた。
「おや。随分と退屈そうですね」
「だって、ボクが教えたんだもの。行けて当たり前でしょ?」
「え? イクタサは喜んでくれないの?」
少し寂しそうにするファリフ。
残念そうな顔を目にしたイクタサは、慌ててフォローを入れる。
「そ、そんな事ないさ。ボクはとても嬉しいよ! 君たちならきっと行った先で何かを見つけられると信じていたから驚かなかっただけだよ」 「ほんと?」 「本当だよ。心の中では飛び跳ねて喜んでいるよ」
三秒前までは気怠そうに寝ころんでいたイクタサ。
慌てて起き出してファリフのご機嫌を取ろうとする理由が喜びでないのは明白だ。
「本当にファリフさんがお好きなんですね」
「そうだね。少なくとも君よりは好きだよ」
ヴェルナーから問いかけられて、突然不機嫌になるイクタサ。
分かりやすい切り替えで、最早ヴェルナーも慣れてしまった。
「神殿も調査しています。ですが、何せ失われた言語や壁画までありまして。なかなか大きな成果は出ていません」
ヴェルナーの話によれば大神殿にも調査は入っている。
しかし、何せ遺跡は失われた古代文明。
書かれた文字が分かる者はノアーラ・クンタウには居なかった。辛うじて部族の中で語り継がれた文字を判別できる者もいるようだが、対応できる人数は少ない。
このため、調査は難航していると言って良いだろう。
「あっそう。だけど、ボクは助けないよ」
「え? 助けてくれないの?」
再び曇るファリフの顔。
実はファリフをここへ同行させたのはヴェルナーの案だった。ファリフにはイクタサが冷たい態度を取る度に、悲しそうな顔をするように言われていた。
(それでボクが呼ばれたんだね。ごめんね、イクタサ)
心の中で詫びるファリフ。
さすがの大精霊も心の中までは読めないようだ。
「ごめん、ファリフ。みんながボクの力を当たり前に頼れば、それは敵の利するところなんだ。それにボクが力を使えば敵にも気付かれる。そうなれば敵はもっと強力な力を使ってくる。あまりボクの力を頼るべきじゃないんだ」
「力は使えなくても、アドバイスぐらいはできますよね?」
ファリフに対する言い訳に横から口を挟むヴェルナー。
絶妙な間によるツッコミから、イクタサはヴェルナーの計算通りの展開だと気付く。
「……やっぱり、君の事は嫌いだよ」
「お褒めの言葉と受け取っておきます」
笑顔のまま答えるヴェルナー。
食えない相手であると再認識したイクタサは、ファリフの元へ向き直る。
「いいかい、ファリフ。あの大神殿を歪虚に渡してはダメだよ。
あの大神殿には、幻獣へ力を与える技術が眠ってる。その技術自体は簡単には奪えない。だけど、あそこに眠る『ニュークロウス』は違う」
「ニュークロウス?」
「古代文明の兵器だよ。あれが敵の手に渡れば厄介な事になるよ」
ニュークロウス。
それが何なのかはファリフにも分からないが、イクタサの言葉を信じるなら敵に渡してはならない。
ファリフは自分に、そう言い聞かせた。
●
「おらおらおら! さっさと探索しやがれ! べらぼうめぇ!」

テルル
発見された中で最大の遺跡とあって、テルルの中では新発見を期待していた。愛機「カマキリ」と大神殿へ乗り込んだテルルは最初からハイテンションで探索に望む。
「もしかしたら、カマキリ二号機も出来ちまうか? それなら魔導エンジンと組み合わせれば起動実験もいけそうだな」
テルルの期待も膨らみ続けている。
今までと比較しても最大の古代文明パーツの発見。
先日の調査で、ほぼ完全体の「ピリカ」も見つかっている。
さらにそのパーツの製造方法らしき記述も発見されて解読作業が進んでおり、まだまだ未発見の情報も眠っていると分かれば興奮を隠す事はできない。
「こりゃ新たな発見も……」
「て、敵だ! 歪虚だ! こっちに向かってる!」
テルルの妄想は、部族の戦士の一言で現実に引き戻された。
敵。
おそらくこの大神殿が狙いだろうか。
大神殿内で戦いになれば遺跡が傷付く。それは絶対に回避しなければならない。
「くそっ! 歪虚の○○○○○○野郎っ! 邪魔すんじゃねぇ! 絶対に○○○やっからな!」
ハイテンションのまま、テルルはカマキリに乗り込んだ。
●
「ご主人、連中が動き出しましたぞ」
蛮蔵は、コーリアスへ報告する。
予想通りラロッカはチュプ大神殿へ侵攻を開始する。
連中の事だ。作戦も立てずに力押しで迫る事は間違いない。
「始まったか。この戦いでハンターがどう成長するのか楽しみだ」
「本気か? ご主人」
蛮蔵は何度もコーリアスへ問いかけていた。
しかし、コーリアスの決心は何も変わらない。
「クドいよ、蛮蔵。もう決めた事だ」
コーリアスの目にはハンターしか見えていない。
学術的興味を持った対象への執着。

アレクサンドル・バーンズ
相容れない相手に対して敵意以外の感情を抱く。歪虚でも異端と言えるだろう。
「では、準備を始めようか。彼も……ちょうど来たようだしね」
コーリアスのアジトを訪れた白衣の男。
災厄の十三魔の一人。
アレクサンドル・バーンズ(kz0122)である。
「おっさんを呼び出しとは……また疲れる話なんだろうな」
アレクサンドルは諦めるようにため息をついた。
コーリアスに頼んでいたアンドロイド型歪虚の『マティリア』の修復も済んでいない。
既に数ヶ月も待たされてクレームを入れようとしてた矢先に、緊急呼び出しだ。
新たに興味を抱いた物が現れたのだろうが、アレクサンドルにとっては厄介な話になりそうだ。
コーリアスは椅子に腰掛ける。
仮面の奥に光る瞳。
それは、怪しくも曇りのない物であった。
「そこまで分かっているなら、話は早い。
悪いけど、僕の研究の為に死んでくれるかな?」
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
「遥かなる走路」(9月8日公開)

コーリアス

アレクサンドル・バーンズ
地下神殿として地下に開けられた坑道から部族会議の面々は入っていたが、そもそも大精霊を祀る神殿ならば周辺の民が入る入り口があって然るべきだ。
そう、チュプ大神殿には別の入り口がある。
そう考えたコーリアスは、甲来 蛮蔵へ命じて大神殿への入り口を捜索していた。
トーチカ一味やネネ・グリジュに行動させたのも、すべてはこの捜索の陽動だった。
想定外なのは捜索を終えた後に蛮蔵が討たれた事だろう。
「蛮蔵が託してくれた機会だ。有効に使わせてもらうとしよう」
「どうでもいいが、さっさと終わらせてくれ。おっさん、一仕事終えて疲れてんだ」
大神殿の奥で、アレクサンドルはうんざり気味だ。
見張りの部族戦士を片づけはしたが、十数人を一人で片付けたとなれば疲れるのも無理はない。
「あまりその辺に座らないでくれるかな? ここにある物も見る者が見れば、大きな発見だ。僕が直接調べる時間がないのは、非常に残念だ」
「ふーん。で、このジメジメした墓場みたいな所には何をしにきたんだ?」
「これだよ」
コーリアスの前にあるのは、一つの小さな祭壇。
真ん中に丸い穴が空いており、中は暗くてよく見えない。
「なんだ? そこからもぐらでも出てくるのか?」
「ふふ、この祭壇こそが『ニュークロウス』を祀る祭壇だ。そして……」
コーリアスは徐に穴へ手を入れた。
真実の口、というのがリアルブルーにあったが、あれよりももっと思い切って穴に手入れている。
次の瞬間、穴の中で閃光。
穴からコーリアスの腕が引き抜かれる頃には蒼い腕輪が装着されていた。
「これがニュークロウス。風の大精霊が加護を与えた宝具というべきかな」
「ただの腕輪に見えるけどねぇ。それを手に入れる為に大騒ぎを?」
「まあ、そうなるかな。でも、この腕輪に秘められた力は興味をそそられる。本当はこんな使い方をすべきではないのだけどね」
『こんな使い方』。
それは今から計画最終段階での使い方を意味している。
もっと研究して量産する事もできた。
しかるべき存在に託す事もできた。
だが、コーリアスはそうしなかった。
肝心なのは、コーリアスという強大な歪虚が古代文明の兵器を使って与える試練だ。
そうでなければ、ハンターは『次のステージ』へ進めない。
「で、それを手に入れてどーするって? それで敵の城でも襲撃するのか?」
「ある意味正解だ。使うべき舞台で使う。ネネも呼んでいるから間もなく来ると思うが……そろそろ時間か」
コーリアスが呟いた瞬間、突然二人の前の空間が歪む。
まるで、陽炎のような揺らめき。
波立つ水面のように宙がぐらつく。
「これは……」
「きたか。私の魔導生物に妙な名前を付けたりしていたが、約束は守ってくれたようだ。
実は友人……いや、利害関係が一致した協力者が正しいな。その協力者がある場所へ我々を招待してくれる手筈になっている。
アレクサンドル、貴公もそこで戦って欲しい……すべてを賭けた最後の戦いを、ね」
「……いいだろう。だが、コーリアス。その前に一つ聞きたいことがある」
「何かな? 我が子孫であり同胞よ」
「何故、おっさんが頼んだ時点でマティリアを直さなかった? ……返答次第によっては順番が変わるんでね」
底冷えするような目線を向けるアレクサンドル。それにコーリアスは肩を竦めてみせる。
「君を怒らせるなんてそんな馬鹿な真似はしない。かなり前から大精霊と……その力について調べていてね。ちょっとそれに夢中になってしまっただけさ。悪かったと思っているよ」
「……その言葉が真実であることを願うばかりだ。……マティリアを調整する。少し時間をくれ」
それだけ言って、踵を返した白衣の歪虚。その背を見送って……コーリアスはくつりと笑う。
「――ああ、勿論真実だよ。嘘は一つもない。ただ……君にも『本気』になって貰いたかった。それだけの話さ」
●
「どうして……先生は、その技を使ったの……? あたしが……どんなに病に苦しんだか、知らない訳じゃないでしょう……? どうして――」
聞こえてくるのは忘れもしない、もう遥か昔に喪った少女の声。
「どうして――それを、広めようとしたの?」
――違う。違う。違う……!
あの子が命と引き換えにあの力を使っているというのに。
あの一族はそれを理解しようとはしなかった。
ただただ、得た力を持て囃し、歪虚を滅ぼすだけでは飽き足らず、人間同士の争いにまで利用しようとした。
それを止める為に、俺は……。
ただ、あの少女を守りたかった。それしか救う方法がなかった――。
「……マスター? やはりどこか具合が悪いのではありませんか? この間からおかしいようですが……」
「いや、何でもない」
聞こえてきた少女の声に顔を上げたアレクサンドル。マティリアの身体を見てため息をつく。
彼女は、先日の戦いで深刻なダメージを負った。
あったパーツで修理できるところはしたものの、復調には程遠い状態だった。
「マティリア。やはりお前は連れてはいけない。ここで待っていなさい」
「お断りします」
「……俺の命令がきけないのか?」
「それも事と次第によります。……聞けば今回の戦いは、コーリアス様も出られるとか。私が出ない訳にはいきません」
「この身体で戦うのは厳しいだろう」
「修理して戴きましたし問題ありません。お供します。諦めてください、マスター」
「強情だな……。一体誰に似たのやら」
ため息をつくアレクサンドル。しかし、この少女人形に救われた気持ちになるのも事実。
……あの少女を喪ったのは愚かな人間達のせい。
そしてマティリアもまた……。
浅ましい人間達。生かしておく価値などありはしない……!
瞳に怒りを灯す主を、マティリアは無機質な瞳で見つめていた。
――マスター。私の命にかえても、貴方をお守りします。
だから、どうか……。
「男たちの旅路」(9月13日公開)
『交信受信、認証完了……ハロー、AP-S。私はエンドレスです』
『やあ、エンドレス。この間はご苦労様。かなり戦闘データは集まったんじゃない?』
『戦闘データの収集は進んでいます。特に量産機の実用テストはハンターとの戦闘により課題が鮮明となりました』
『いいよいいよ。その調子。
彼から連絡があってね。間もなく準備が整うそうだよ』
『彼……検索終了。彼から借りたサトゥルヌスは残念でした』
『まあね。面白い奴だったけど、彼は気にしないと思うよ。彼の興味はハンターだから』
『そうですか。
しかし、サトゥルヌスのおかげで計画協力者の準備が完了間近。これに伴い、戦闘データ集積が予定通り完了します』
『彼はあくまでも利害の一致で協力したけど、実に面倒な奴だったね。いや、まあ最後まで好きに暴れてくれれば良いんだけどさ』
『彼の行動により実験対象が想定以上の結果を出す可能性があります』
『その時はその時でしょ。それも彼には本望でしょ。まあ、彼がそれを知れるかは分からないけどね』
『計画進行を承認……実験計画の最終フェーズへ移行します。
最終フェーズ……開始します』
●
「ニュークロウスが奪われた?」
シンタチャシを訪れたファリフ・スコール(kz0009) とヴェルナー・ブロスフェルト(kz0232) は、四大精霊の一人であるイクタサへ問いかけた。
二人が大巫女を伴い、大神殿調査の為に遺跡探索に訪れた際、部族戦士が多数倒れていた事に気付いた。
歪虚の襲撃と悟ったヴェルナー。
敵の狙いがイクタサの言っていたニュークロウスではないかと推理。そして、大神殿に敵が居なかった事を考えれば、ニュークロウスは敵に奪われたと考えるのが自然だ。
「おそらくは。敵の姿は消えていた事から、既に目的は達したと思われます」
「忠告はしたんだけどね。あの大神殿には幻獣の大型化にも繋がる装置もあったはずだけど、遺跡全体に及ぶ装置だからね。遺跡が破壊されていないなら、最初からニュークロウスが狙いだったんじゃないかな」
冷たい態度で呆れるイクタサ。
それに対してヴェルナーは何も言い返せない。トーチカ一味、そしてアレクサンドルの襲撃は陽動と考えるのが自然だ。そう考えて大神殿の警備を固めていたのだが、敵は想定よりも強い相手が登場したようだ。
イクタサの態度にファリフが思わず詫びる。
「ごめんね、イクタサ」
「ああ、大丈夫。まだ負けた訳じゃない。みんなで何とかすれば問題ないよ。だから、落ち込まないで。きっと良い方に物事は進むよ」
落ち込むファリフを前に、イクタサは励ましにかかる。
あまりにも分かりやすい餌に再び引っかかっている。
「イクタサ、あのニュークロウスってどういうものなの?」
「言ってみれば、風の鎧だ」
「風の鎧」
イクタサは、ニュークロウスについて解説した。
ニュークロウスはマテリアルを糧に周辺の岩や木材を風で操り、術者の周辺で展開する。言ってみれば鎧のように術者を守るようになっている。
問題は、このマテリアルだ。
「ニュークロウスは負のマテリアルでも反応する。言い換えれば、強大な歪虚が手にすれば、巨大な山となってこちらへ襲ってくる。単純な攻撃方法かもしれないが、これが厄介なんだ。つまり……」
「攻撃をしても所詮は岩と木材。マテリアルがある限り、瞬く間に鎧となって元に戻る……そんな所でしょうか」
イクタサの言葉をあっさり奪ったヴェルナー。
嫌そうな顔を浮かべるイクタサであったが、当のヴェルナーは必要な情報を入手できて満足そうだ。
「そうだよ。まったく、本当に良いタイミングで口を挟むね」
「お褒めいただきどうも」
「褒めてないよ」
「物のついでに教えて下さい。盗んだ者が何処へ行ったのかを。あれから我々も捜索しているのですが、一向に見つからないのです」
ヴェルナーはイクタサへ更なる問いかけをする。
ニュークロウスを盗んだ者が、忽然と姿を消したのだ。周辺の捜索は当然行っているが、大神殿の中を捜索しても立ち去った痕跡が全くない。足跡ぐらいは残りそうだが、大神殿内で消えてしまったかのような状況だ。
「ニュークロウスが盗まれたのはいつ頃?」
「そうですね。巡回から考えれば昨晩から今日の未明でしょうか」
「昨晩……」
イクタサには思い当たる事があった。
シンタチャシの北から奇妙な感覚が流れ込んできた。膨大なマテリアルが発生したと思った瞬間、突如掻き消えてしまったのだ。まるでこの世界からマテリアルが消失したような――。
そう考えた瞬間、イクタサはファリフの方へ向き直る。
イクタサにしては珍しく、ファリフに対してやや厳しい面持ちで。
「ファリフ。君のお友達はリアルブルーにいないかい?」
「え? オイマト族のイェルズが武者修行に行っているけど……なんで?」
「なるほど、そういう事でしたか。これは厄介ですね」
イクタサの質問で状況を察したヴェルナー。
だが、理解したとしても追いかけるには一苦労だ。
「二人だけ分かっているの? ボクにも教えてよ」
一人だけ理解できないファリフが困惑する。
そんなファリフに対してイクタサは肩に手を置いてゆっくりと話した。
「いいかい、ファリフ。今から君のお友達に連絡するんだ。なるべく急いで。
古代文明の兵器を持った歪虚がリアルブルーへ渡った、と」
●
ホープにある執務室。
オイマト族の族長であり、辺境部族の大首長でもあるバタルトゥ・オイマト(kz0023 )はその報せを聞くと、椅子から立ち上がり窓の外を見た。
そして、歪虚の襲撃を受けて命を落としたという部族の戦士たち、一人一人の名を呟いて……精霊の元に導かれるよう祈りを捧げる。
尊い犠牲。否、失ってはいけない、守れたはずの命。
それを忘れない為に、己に刻む為に――大首長に就任する以前からずっと行っている。
止まる呟き。顔を上げて、夕焼けに染まる空を見上げる。
――真っ赤な夕日。リアルブルーに渡った、同じ髪の色を持つ青年のことを思い出す。
補佐役は向こうで元気にやっていると、時々ハンター達から報告を受けていた。
武者修行に送り出したことは間違いだったとは思わない。
ただ……古代文明の兵器を奪われた上に、災厄の十三魔がリアルブルーに渡る事態を引き起こした。
イェルズの身に危機が迫っている事実に、バタルトゥの心がさざ波立つ。
……俺は何をやっていた。防げていたはずではないのか?
否。後悔は後からでも出来る。
今はここから、出来る支援を考えなくては――。
――誇り高き蛇の戦士よ。どうか、イェルズを守ってやってくれ。
もう一度頭を垂れたバタルトゥ。
再び顔を上げると、急ぎノアーラ・クンタウへと向かった。
●
リアルブルーの日本。鎌倉海浜公園のメタシャングリラ内。
森山恭子(kz0216)を始めとするクルー達は、鎌倉クラスタ殲滅の事後処理に追われていた。
「イェルズさん!」
「やあ、レギ! どうしたの? 宙軍の人に呼ばれてるんじゃなかった?」
「はい! もう話は済ませてきました!」
すごい速さで走って来たレギ(kz0229)にひらひらと手を振り返すイェルズ・オイマト(kz0143)。
元々の素養なのか、強化人間だからなのか分からないが、レギは豪脚の持ち主らしい。
息も切らさぬまま赤毛の青年を見上げる。
「僕、ドリスキルさんと一緒に引き続きメタ・シャングリラに同行するよう上部から指示が下りました。もう暫くこちらでお世話になります」
「そっか! 君が一緒なら心強いよ。よろしくね、レギ」
「こちらこそ! また紅の世界についてお話聞かせてください! あと背が高くなる方法も!」
「勿論いいけど……背は、気づいたらこうなってたからなあ……」
目をキラキラと輝かせるレギに言葉に詰まるイェルズ。
その姿を見て、恭子ははふぅ……とため息をつく。
「イェルズちゃんもレギちゃんも可愛いザマスねえ……。目の保養ザマス」
「ったく。お子様とばあさんは気楽でいいな」
「婆さんじゃないザマス。まだ還暦前ザマスよ!」
ジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉のボヤきに抗議する恭子。
八重樫 敦(kz0056)は書類から目を離さぬまま口を開く。
「お前もさっさとヨルズの整備に入れ。どうせすぐ次の任務に送り込まれるんだろうからな」
「へいへい。分かってるよ」
「森山艦長、失礼します。宙軍よりオードブルが届きました。鎌倉クラスタ戦の慰労とのことです」
「あら。珍しく気が利くザマス。じゃあ早速戴くザマスよ。皆も休憩すると良いザマス」
通信兵の報告ににこやかに答えた恭子。クルー達から歓声が上がって、イェルズが立ち上がる。
「じゃあ俺お茶淹れて来ますね」
「僕も手伝います!」
「あ、酒飲んでもいいかね」
「ドリスキル。お前昼間から飲む気なのか……」
イェルズに続くレギ。早速ポケットからスキットルを取り出したドリスキルに、八重樫が苦笑して――。
――束の間の休息。
ここに恐るべき敵が向かっていることなど、彼らは知る由もなかった。
『やあ、エンドレス。この間はご苦労様。かなり戦闘データは集まったんじゃない?』
『戦闘データの収集は進んでいます。特に量産機の実用テストはハンターとの戦闘により課題が鮮明となりました』
『いいよいいよ。その調子。
彼から連絡があってね。間もなく準備が整うそうだよ』
『彼……検索終了。彼から借りたサトゥルヌスは残念でした』
『まあね。面白い奴だったけど、彼は気にしないと思うよ。彼の興味はハンターだから』
『そうですか。
しかし、サトゥルヌスのおかげで計画協力者の準備が完了間近。これに伴い、戦闘データ集積が予定通り完了します』
『彼はあくまでも利害の一致で協力したけど、実に面倒な奴だったね。いや、まあ最後まで好きに暴れてくれれば良いんだけどさ』
『彼の行動により実験対象が想定以上の結果を出す可能性があります』
『その時はその時でしょ。それも彼には本望でしょ。まあ、彼がそれを知れるかは分からないけどね』
『計画進行を承認……実験計画の最終フェーズへ移行します。
最終フェーズ……開始します』
●

ファリフ・スコール

ヴェルナー・ブロスフェルト

イクタサ
シンタチャシを訪れたファリフ・スコール(kz0009) とヴェルナー・ブロスフェルト(kz0232) は、四大精霊の一人であるイクタサへ問いかけた。
二人が大巫女を伴い、大神殿調査の為に遺跡探索に訪れた際、部族戦士が多数倒れていた事に気付いた。
歪虚の襲撃と悟ったヴェルナー。
敵の狙いがイクタサの言っていたニュークロウスではないかと推理。そして、大神殿に敵が居なかった事を考えれば、ニュークロウスは敵に奪われたと考えるのが自然だ。
「おそらくは。敵の姿は消えていた事から、既に目的は達したと思われます」
「忠告はしたんだけどね。あの大神殿には幻獣の大型化にも繋がる装置もあったはずだけど、遺跡全体に及ぶ装置だからね。遺跡が破壊されていないなら、最初からニュークロウスが狙いだったんじゃないかな」
冷たい態度で呆れるイクタサ。
それに対してヴェルナーは何も言い返せない。トーチカ一味、そしてアレクサンドルの襲撃は陽動と考えるのが自然だ。そう考えて大神殿の警備を固めていたのだが、敵は想定よりも強い相手が登場したようだ。
イクタサの態度にファリフが思わず詫びる。
「ごめんね、イクタサ」
「ああ、大丈夫。まだ負けた訳じゃない。みんなで何とかすれば問題ないよ。だから、落ち込まないで。きっと良い方に物事は進むよ」
落ち込むファリフを前に、イクタサは励ましにかかる。
あまりにも分かりやすい餌に再び引っかかっている。
「イクタサ、あのニュークロウスってどういうものなの?」
「言ってみれば、風の鎧だ」
「風の鎧」
イクタサは、ニュークロウスについて解説した。
ニュークロウスはマテリアルを糧に周辺の岩や木材を風で操り、術者の周辺で展開する。言ってみれば鎧のように術者を守るようになっている。
問題は、このマテリアルだ。
「ニュークロウスは負のマテリアルでも反応する。言い換えれば、強大な歪虚が手にすれば、巨大な山となってこちらへ襲ってくる。単純な攻撃方法かもしれないが、これが厄介なんだ。つまり……」
「攻撃をしても所詮は岩と木材。マテリアルがある限り、瞬く間に鎧となって元に戻る……そんな所でしょうか」
イクタサの言葉をあっさり奪ったヴェルナー。
嫌そうな顔を浮かべるイクタサであったが、当のヴェルナーは必要な情報を入手できて満足そうだ。
「そうだよ。まったく、本当に良いタイミングで口を挟むね」
「お褒めいただきどうも」
「褒めてないよ」
「物のついでに教えて下さい。盗んだ者が何処へ行ったのかを。あれから我々も捜索しているのですが、一向に見つからないのです」
ヴェルナーはイクタサへ更なる問いかけをする。
ニュークロウスを盗んだ者が、忽然と姿を消したのだ。周辺の捜索は当然行っているが、大神殿の中を捜索しても立ち去った痕跡が全くない。足跡ぐらいは残りそうだが、大神殿内で消えてしまったかのような状況だ。
「ニュークロウスが盗まれたのはいつ頃?」
「そうですね。巡回から考えれば昨晩から今日の未明でしょうか」
「昨晩……」
イクタサには思い当たる事があった。
シンタチャシの北から奇妙な感覚が流れ込んできた。膨大なマテリアルが発生したと思った瞬間、突如掻き消えてしまったのだ。まるでこの世界からマテリアルが消失したような――。
そう考えた瞬間、イクタサはファリフの方へ向き直る。
イクタサにしては珍しく、ファリフに対してやや厳しい面持ちで。
「ファリフ。君のお友達はリアルブルーにいないかい?」
「え? オイマト族のイェルズが武者修行に行っているけど……なんで?」
「なるほど、そういう事でしたか。これは厄介ですね」
イクタサの質問で状況を察したヴェルナー。
だが、理解したとしても追いかけるには一苦労だ。
「二人だけ分かっているの? ボクにも教えてよ」
一人だけ理解できないファリフが困惑する。
そんなファリフに対してイクタサは肩に手を置いてゆっくりと話した。
「いいかい、ファリフ。今から君のお友達に連絡するんだ。なるべく急いで。
古代文明の兵器を持った歪虚がリアルブルーへ渡った、と」
●

バタルトゥ・オイマト

森山恭子

レギ

イェルズ・オイマト

ジェイミー・ドリスキル

八重樫 敦
オイマト族の族長であり、辺境部族の大首長でもあるバタルトゥ・オイマト(kz0023 )はその報せを聞くと、椅子から立ち上がり窓の外を見た。
そして、歪虚の襲撃を受けて命を落としたという部族の戦士たち、一人一人の名を呟いて……精霊の元に導かれるよう祈りを捧げる。
尊い犠牲。否、失ってはいけない、守れたはずの命。
それを忘れない為に、己に刻む為に――大首長に就任する以前からずっと行っている。
止まる呟き。顔を上げて、夕焼けに染まる空を見上げる。
――真っ赤な夕日。リアルブルーに渡った、同じ髪の色を持つ青年のことを思い出す。
補佐役は向こうで元気にやっていると、時々ハンター達から報告を受けていた。
武者修行に送り出したことは間違いだったとは思わない。
ただ……古代文明の兵器を奪われた上に、災厄の十三魔がリアルブルーに渡る事態を引き起こした。
イェルズの身に危機が迫っている事実に、バタルトゥの心がさざ波立つ。
……俺は何をやっていた。防げていたはずではないのか?
否。後悔は後からでも出来る。
今はここから、出来る支援を考えなくては――。
――誇り高き蛇の戦士よ。どうか、イェルズを守ってやってくれ。
もう一度頭を垂れたバタルトゥ。
再び顔を上げると、急ぎノアーラ・クンタウへと向かった。
●
リアルブルーの日本。鎌倉海浜公園のメタシャングリラ内。
森山恭子(kz0216)を始めとするクルー達は、鎌倉クラスタ殲滅の事後処理に追われていた。
「イェルズさん!」
「やあ、レギ! どうしたの? 宙軍の人に呼ばれてるんじゃなかった?」
「はい! もう話は済ませてきました!」
すごい速さで走って来たレギ(kz0229)にひらひらと手を振り返すイェルズ・オイマト(kz0143)。
元々の素養なのか、強化人間だからなのか分からないが、レギは豪脚の持ち主らしい。
息も切らさぬまま赤毛の青年を見上げる。
「僕、ドリスキルさんと一緒に引き続きメタ・シャングリラに同行するよう上部から指示が下りました。もう暫くこちらでお世話になります」
「そっか! 君が一緒なら心強いよ。よろしくね、レギ」
「こちらこそ! また紅の世界についてお話聞かせてください! あと背が高くなる方法も!」
「勿論いいけど……背は、気づいたらこうなってたからなあ……」
目をキラキラと輝かせるレギに言葉に詰まるイェルズ。
その姿を見て、恭子ははふぅ……とため息をつく。
「イェルズちゃんもレギちゃんも可愛いザマスねえ……。目の保養ザマス」
「ったく。お子様とばあさんは気楽でいいな」
「婆さんじゃないザマス。まだ還暦前ザマスよ!」
ジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉のボヤきに抗議する恭子。
八重樫 敦(kz0056)は書類から目を離さぬまま口を開く。
「お前もさっさとヨルズの整備に入れ。どうせすぐ次の任務に送り込まれるんだろうからな」
「へいへい。分かってるよ」
「森山艦長、失礼します。宙軍よりオードブルが届きました。鎌倉クラスタ戦の慰労とのことです」
「あら。珍しく気が利くザマス。じゃあ早速戴くザマスよ。皆も休憩すると良いザマス」
通信兵の報告ににこやかに答えた恭子。クルー達から歓声が上がって、イェルズが立ち上がる。
「じゃあ俺お茶淹れて来ますね」
「僕も手伝います!」
「あ、酒飲んでもいいかね」
「ドリスキル。お前昼間から飲む気なのか……」
イェルズに続くレギ。早速ポケットからスキットルを取り出したドリスキルに、八重樫が苦笑して――。
――束の間の休息。
ここに恐るべき敵が向かっていることなど、彼らは知る由もなかった。
エピローグ(10月13日公開)
●WHERE WE'LL GO FROM NOW
「うおおっ、イェルズちゃんがー……イェルズちゃんがーー……」
メタ・シャングリラ艦長の森山恭子(kz0216)は、艦長席に身を投げ出した。
鎌倉クラスタを攻略した後、突如現れた謎の恐竜。さらに災厄の十三魔が一人、アレクサンドル・バーンズ(kz0122)の到来。
それだけでも衝撃的だったのだが、アレクサンドルと交戦していたイェルズ・オイマト(kz0143)が瀕死の重傷を負わされた上に誘拐されたという事件まで引き起こされていた。
この為、先程から恭子はイケメンを一人失った事もあり悲しみに暮れている。
「ごめんなさい、僕のせいで……。僕にもっと力があれば……」
「悔やむ暇があったら取り戻す算段を考えろ。おそらくバタルトゥ辺りが既に動き出しているとは思うが……」
後悔するレギ(kz0229)の傍らで、山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)が冷静な判断を下す。
部族会議のバタルトゥ・オイマト(kz0023 )ならば、イェルズ奪還の為に情報収集を開始していてもおかしくはない。メタ・シャングリラの面々も今はやるべき事に集中するべきだ。
「今回の事件を考えても不自然な点が多い。
エンドレスもそうだが、コーリアスに世界を越える力があったとは思えん。この間の戦いも逃げるなら異世界へ逃げれば良かった。そうしなかったという事は……」
「第三者の力を借りて異世界を渡ったという事ザマスね。そして、この事象、その第三者を止めない限り続くとみるべきザマスね」
八重樫の分析に、恭子が鼻を啜りながら続けた。
もし、本当に第三者が関与していたとするならば、それは一体誰なのか。
現在姿見せている敵なのか。
はたまた、未だ見ぬ敵か。
それは――現時点でまったく掴めていない。
「他の奴に任せて本当にいいのか? イェルズを連れ去った奴を探してぶちのめした方がいいんじゃねぇか? 案外まだ近くにいるかもしれねぇぞ」
強化人間のジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉が、無理矢理話を遮ってきた。
ドリスキルとイェルズは面識は短い。鎌倉クラスタ攻略後だから無理もないが、ドリスキルから見れば新兵のような若いハンターだ。このまま捨て置けない気持ちがあるのだろう。
「ダメザマス」
ドリスキルの喚きに、恭子は一喝した。
突然の却下に、ドリスキルが怒りを露わにする。
「マジかよ! このまま見捨てる気かよ!」
「分かってるザマス! 可能ならあたくしもイェルズちゃん捜索をしたいザマス! でも、上から命令ザマス!」
恭子がドリスキルの声を掻き消すように叫んだ。
その言葉には怒気が含まれている。
「さっき本部から連絡が入ったザマス。
メタ・シャングリラは次なる作戦に向けて準備するよう命じられたらザマス。派遣先は追って連絡する、って言ってたザマス」
転戦。
それも行き先を告げない。
メタ・シャングリラのクルーやハンター達は懸命に戦った。
しかし、それに対して本部の冷たい対応。
本部は現場を機会のように扱っていくつもりなのか。
それとも、次の戦いが地球統一連合軍にとって重要機密扱いなのか――。
「あたくしだって、捜しに行けるならとっくに行ってるザマス」
周囲を気にせず、恭子は寂しそうに呟いた。
恭子の脳裏に、通信相手の上司の言葉が繰り返された。
『ハンター一人が行方不明?
それを捜索したいのはお前の勝手だが、軍部の命令を無視して捜索する意味を理解しているのか?
一人のハンターの為に自分勝手な行動を取って地球の市民を見捨てるというのなら……こちらにも考えがあるぞ』
●
「また来たの? 今度は一人みたいだね」
シンタチャシにいるイクタサを訪ねたヴェルナー・ブロスフェルト(kz0232)。
イクタサがあからさまに嫌そうな顔を浮かべているが、ヴェルナー自身はまったく気にしていない様子だ。
「言ってるよね? ボクは君が好きじゃないって」
「ええ、伺っています。ですが、私はイクタサさんの事が好きなんです」
「…………」
イクタサもヴェルナーにはあきれ気味であった。
しかし、シンタチャシから追い出さないところをみれば、イクタサの抱く感情も『嫌悪』ではないようだ。
「で、今日は何? これでも忙しいんだけど」
「実は、先日コーリアスのアジトが発見されまして。ハンターに調査を依頼したところ、こんな手紙が発見されました。興味があると思って持参しましたが……お読みになります、よね?」
ヴェルナーに差し出された手紙を手にしたイクタサ。
憮然としたままのイクタサは、そっと視線を手紙に落とす。
『この手紙を読んでいるという事は、僕は既に消滅しているだろう。
予定通りに、ね。
これから僕は協力者の助けを借りてリアルブルーへ渡る。
そこで僕は試練としてハンターの前に立ち塞がり、貴公らに倒される。
おそらく――貴公らは現れた試練を乗り越えたに過ぎないと考えるだろう。
だが、僕からすればハンターが更なる進化を促進させる為に必要な犠牲だ。
大きな犠牲だが、それだけの価値があると僕は考えている。
貴公らは、考えた事があるかね?
弱者たる市民をいつまで救えば良いか、と。
彼らを助けることは善意だろうが、助け続ければ弱者は思考を停止する。
何かあれば、ハンターを頼れるだけでいいからだ。
では、そうなった彼らは本当の弱者と言えるだろうか?
自らを守る術を捨て、金品でハンターを使役する彼らは本当の意味での弱者なのか?
貴公らは、考えた事があるかね?
邪神を倒したとして、大精霊は貴公らの契約を本当に終えるか?
強敵を屠り、次々と歪虚王を倒す。驚異的な短期間での成長は特筆に値する。
これほど便利な存在を簡単に手放すだろうか?
僕だったら手放さない。
理由を付けて契約を引き延ばし、手駒として使い続ける。
自分から動かない大精霊なら尚更だ。
そして、仮に契約を終えたとしよう。
貴公らは能力を失い、一般人として元の生活に戻れるだろうか。
それも否だ。戦闘から得られた経験は、その当人に蓄積される。
困難に直面すれば、きっと力を失って初めて心の底から求める。
あの力さえあれば――と。
渇望……否、飢餓と表現しても差し支えない強い願望は、様々な感情を生み出す。
いつの世も力ある者は、自分勝手だ。
傲慢なる力を盾に、不遜かつ我が侭を貫き通す。
貴公らは、死ぬ瞬間までハンターだ。僕が保証しよう。
そして、ここで予言しよう。
いずれハンターはその能力によって身を滅ぼす。弱者にすべてを奪われ、失意のうちに消えていく。
その為に僕はリアルブルーで巨大で恐ろしい恐竜という存在になった。
協力者が教えてくれたのだ。
その存在になって君達に倒されれば、リアルブルーの弱者は必ずハンターを英雄視する、と。
クリムゾンウェストでは歪虚王を倒し、リアルブルーでは謎の巨大生物を倒した。
最早、ハンターは二つの世界の救世主と言っても過言ではない。
だが、その英雄視も――歪虚がいなくなれば話は変わる。
弱者を騙る愚鈍な市民は、英雄視していたハンターへ抱いた畏敬の念を失い、未知なる存在として見る。
そして、未知なる存在から生まれる恐怖は、憎しみへと昇華する。
そうなれば、ハンターを迫害するのも時間の問題。
ついこの間まで共に戦った一般人が、すべて貴公らの敵となるのだ。
貴公らはハンターになった瞬間から、平穏だった日常の居場所を失っていた。
もう、元には戻れない。
分かるかね? 貴公らが強くなればなる程、貴公らは孤独の道を歩んでいくのだ。
――私と同じ道を。
僕を倒した事は、その未来への第一歩だ。
安心し給え。僕がいなくなった後も試練を準備はしておいた。
それに僕が消えた事で、歪虚のパワーバランスは大きく崩れる。
青木のようにこれを機会に動きだす歪虚もいるはずだ。
そして、我ら怠惰の王も黙ってはいない。
貴公らの活躍を目にする事はできないが、
貴公らの未来を想像しながら眠りにつくとしよう。
孤独と絶望に彩られた未来を、ね』
「下らない。戯れ言だね」
「あなたなら、そう言われると思いました。
ですが、それは力ある存在だからなのかもしれません」
イクタサの言葉に対して、ヴェルナーが口を挟む。
途端にイクタサの機嫌が更に悪くなった。
「何が言いたいの?」
「機嫌を悪くしたのなら、謝ります。
でも、覚えておいて下さい。ハンターに限らず、人の命には限りがあります。だからこそ、その生をより良いものにするために――人は、未来に夢を見るのです」
「コーリアスは、その夢に呪いをかけたって事? まったく、無駄な事を……」
イクタサは、無駄と言い切った。
しかし、ヴェルナーはそう考えていなかった。
もし、コーリアスの指摘通り歪虚を倒しても、ハンターが覚醒者であり続けたとしたら……。
もし、ハンターが覚醒者でなくなった後も力を追い求めたとしたら……。
戦い続ければ、その体にハンターとしての経験が染みつく。
それは、ハンターになる前の平穏な日常を色褪せさせる。
本当に歪虚を倒せば、すべてが元に戻るのだろうか。
ハンターは自身が思う以上に、薄氷のような立場にいるのかもしれない。
「何にしても、こんな手紙は無視していいよ。未来はもっと明るいものだよ」
「そう、ですね」
コーリアスからの手紙を丸めたイクタサを前に、ヴェルナーはそう返すのが精一杯だった。
●
「ハロー、AP-S。こちらはエンドレスです」
「やあ、エンドレス。データ収集はどうだい?」
「予定のデータ採取が完了。後程、そちらへデータを転送します」
「ああ、頼むよ。これであっちも当面は安心すると思う。まったく欲しがる時だけ丁寧なんだから……」
「お役に立てて、何よりです」
「それにしても、コーリアスは残念な気もするなぁ。
あそこまで自分を貫かなければ、もっといろいろできたのに。サトゥルヌスだけじゃなく、もっと新しい兵器も作れた訳でしょう? ま、今更だけどね」
「AP-S、ご安心を。まだ私がいます」
「ああ、そうだった。別に傷つけるつもりはないんだ。気にしなくてもいいよ。
それより、前に言ってた話を覚えてる?」
「前に言ってた話……照会完了。該当作戦については作戦開始指示待ちとなります」
「そうそう。その作戦は今から開始だよ」
「作戦開始、受信。現時点よりプロジェクト『テロフェーズ』を開始します」
「頼むよ。エンドレスの活躍にかかっているからね」
「はい、最善を尽くします」
「ああ。君を支援してきたのは、この作戦の為でもあるからね」
「承知しました、AP-S」
「あ。作戦開始したのだから、呼び名は改めてくれるかい?」
「はい。名称変更……完了。作戦準備に入ります。シュレディンガー」
●
アレクサンドルは手慣れた様子で己の身体の修復を行うと、近くに転がっている男を一瞥した。
全身傷だらけで、赤い髪は血のせいなのか、元の色なのか分からぬ程だ。
特に左側の損傷が酷く、脇腹吹き飛んだのか抉れている。左腕と左目はもう使い物にならないだろう。
――だが、まだ生きている、か。
マティリアのブロートコアの爆発を至近距離で食らって生きているだけでも奇跡的だ。
なかなかしぶとい人間と見える……。
否。運が良かっただけか。
どの道、このままでは死に至るだろうが……。
――大事な機械人形を壊したハンター達に礼をしなくてはならない。
その為に、切り札は増やしておいた方がいいだろう。
……そういえば、あいつがハンターの素体を欲しがっていたな。
損傷はしているが、素体は素体。これでも構わないだろう。
アレクサンドルはメスを構えると、虫の息の男に触れる。
「おい、お前さん。聞こえるか。俺と契約しろ」
「…………」
その声に微かに反応するイェルズ・オイマト(kz0143)。
――痛い。寒い。瞼が重い。
……ケイヤクって何だ? 何のこと……?
「このままだとお前は死ぬ。……生きたくはないか?」
そうだ。……エンドレスを倒して、シバ様の仇を取って……そして、もっと強くなって、族長の役に立ちたい……。
――俺は、まだ死にたくない……。
「………っ」
「……そうか。いい子だ。それでいい」
小さく声を発したイェルズに、アレクサンドルは薄く笑った。

森山恭子

レギ

八重樫 敦

バタルトゥ・オイマト

ジェイミー・ドリスキル
メタ・シャングリラ艦長の森山恭子(kz0216)は、艦長席に身を投げ出した。
鎌倉クラスタを攻略した後、突如現れた謎の恐竜。さらに災厄の十三魔が一人、アレクサンドル・バーンズ(kz0122)の到来。
それだけでも衝撃的だったのだが、アレクサンドルと交戦していたイェルズ・オイマト(kz0143)が瀕死の重傷を負わされた上に誘拐されたという事件まで引き起こされていた。
この為、先程から恭子はイケメンを一人失った事もあり悲しみに暮れている。
「ごめんなさい、僕のせいで……。僕にもっと力があれば……」
「悔やむ暇があったら取り戻す算段を考えろ。おそらくバタルトゥ辺りが既に動き出しているとは思うが……」
後悔するレギ(kz0229)の傍らで、山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)が冷静な判断を下す。
部族会議のバタルトゥ・オイマト(kz0023 )ならば、イェルズ奪還の為に情報収集を開始していてもおかしくはない。メタ・シャングリラの面々も今はやるべき事に集中するべきだ。
「今回の事件を考えても不自然な点が多い。
エンドレスもそうだが、コーリアスに世界を越える力があったとは思えん。この間の戦いも逃げるなら異世界へ逃げれば良かった。そうしなかったという事は……」
「第三者の力を借りて異世界を渡ったという事ザマスね。そして、この事象、その第三者を止めない限り続くとみるべきザマスね」
八重樫の分析に、恭子が鼻を啜りながら続けた。
もし、本当に第三者が関与していたとするならば、それは一体誰なのか。
現在姿見せている敵なのか。
はたまた、未だ見ぬ敵か。
それは――現時点でまったく掴めていない。
「他の奴に任せて本当にいいのか? イェルズを連れ去った奴を探してぶちのめした方がいいんじゃねぇか? 案外まだ近くにいるかもしれねぇぞ」
強化人間のジェイミー・ドリスキル(kz0231)中尉が、無理矢理話を遮ってきた。
ドリスキルとイェルズは面識は短い。鎌倉クラスタ攻略後だから無理もないが、ドリスキルから見れば新兵のような若いハンターだ。このまま捨て置けない気持ちがあるのだろう。
「ダメザマス」
ドリスキルの喚きに、恭子は一喝した。
突然の却下に、ドリスキルが怒りを露わにする。
「マジかよ! このまま見捨てる気かよ!」
「分かってるザマス! 可能ならあたくしもイェルズちゃん捜索をしたいザマス! でも、上から命令ザマス!」
恭子がドリスキルの声を掻き消すように叫んだ。
その言葉には怒気が含まれている。
「さっき本部から連絡が入ったザマス。
メタ・シャングリラは次なる作戦に向けて準備するよう命じられたらザマス。派遣先は追って連絡する、って言ってたザマス」
転戦。
それも行き先を告げない。
メタ・シャングリラのクルーやハンター達は懸命に戦った。
しかし、それに対して本部の冷たい対応。
本部は現場を機会のように扱っていくつもりなのか。
それとも、次の戦いが地球統一連合軍にとって重要機密扱いなのか――。
「あたくしだって、捜しに行けるならとっくに行ってるザマス」
周囲を気にせず、恭子は寂しそうに呟いた。
恭子の脳裏に、通信相手の上司の言葉が繰り返された。
『ハンター一人が行方不明?
それを捜索したいのはお前の勝手だが、軍部の命令を無視して捜索する意味を理解しているのか?
一人のハンターの為に自分勝手な行動を取って地球の市民を見捨てるというのなら……こちらにも考えがあるぞ』
●
「また来たの? 今度は一人みたいだね」
シンタチャシにいるイクタサを訪ねたヴェルナー・ブロスフェルト(kz0232)。
イクタサがあからさまに嫌そうな顔を浮かべているが、ヴェルナー自身はまったく気にしていない様子だ。
「言ってるよね? ボクは君が好きじゃないって」

ヴェルナー・ブロスフェルト

イクタサ

コーリアス
「…………」
イクタサもヴェルナーにはあきれ気味であった。
しかし、シンタチャシから追い出さないところをみれば、イクタサの抱く感情も『嫌悪』ではないようだ。
「で、今日は何? これでも忙しいんだけど」
「実は、先日コーリアスのアジトが発見されまして。ハンターに調査を依頼したところ、こんな手紙が発見されました。興味があると思って持参しましたが……お読みになります、よね?」
ヴェルナーに差し出された手紙を手にしたイクタサ。
憮然としたままのイクタサは、そっと視線を手紙に落とす。
『この手紙を読んでいるという事は、僕は既に消滅しているだろう。
予定通りに、ね。
これから僕は協力者の助けを借りてリアルブルーへ渡る。
そこで僕は試練としてハンターの前に立ち塞がり、貴公らに倒される。
おそらく――貴公らは現れた試練を乗り越えたに過ぎないと考えるだろう。
だが、僕からすればハンターが更なる進化を促進させる為に必要な犠牲だ。
大きな犠牲だが、それだけの価値があると僕は考えている。
貴公らは、考えた事があるかね?
弱者たる市民をいつまで救えば良いか、と。
彼らを助けることは善意だろうが、助け続ければ弱者は思考を停止する。
何かあれば、ハンターを頼れるだけでいいからだ。
では、そうなった彼らは本当の弱者と言えるだろうか?
自らを守る術を捨て、金品でハンターを使役する彼らは本当の意味での弱者なのか?
貴公らは、考えた事があるかね?
邪神を倒したとして、大精霊は貴公らの契約を本当に終えるか?
強敵を屠り、次々と歪虚王を倒す。驚異的な短期間での成長は特筆に値する。
これほど便利な存在を簡単に手放すだろうか?
僕だったら手放さない。
理由を付けて契約を引き延ばし、手駒として使い続ける。
自分から動かない大精霊なら尚更だ。
そして、仮に契約を終えたとしよう。
貴公らは能力を失い、一般人として元の生活に戻れるだろうか。
それも否だ。戦闘から得られた経験は、その当人に蓄積される。
困難に直面すれば、きっと力を失って初めて心の底から求める。
あの力さえあれば――と。
渇望……否、飢餓と表現しても差し支えない強い願望は、様々な感情を生み出す。
いつの世も力ある者は、自分勝手だ。
傲慢なる力を盾に、不遜かつ我が侭を貫き通す。
貴公らは、死ぬ瞬間までハンターだ。僕が保証しよう。
そして、ここで予言しよう。
いずれハンターはその能力によって身を滅ぼす。弱者にすべてを奪われ、失意のうちに消えていく。
その為に僕はリアルブルーで巨大で恐ろしい恐竜という存在になった。
協力者が教えてくれたのだ。
その存在になって君達に倒されれば、リアルブルーの弱者は必ずハンターを英雄視する、と。
クリムゾンウェストでは歪虚王を倒し、リアルブルーでは謎の巨大生物を倒した。
最早、ハンターは二つの世界の救世主と言っても過言ではない。
だが、その英雄視も――歪虚がいなくなれば話は変わる。
弱者を騙る愚鈍な市民は、英雄視していたハンターへ抱いた畏敬の念を失い、未知なる存在として見る。
そして、未知なる存在から生まれる恐怖は、憎しみへと昇華する。
そうなれば、ハンターを迫害するのも時間の問題。
ついこの間まで共に戦った一般人が、すべて貴公らの敵となるのだ。
貴公らはハンターになった瞬間から、平穏だった日常の居場所を失っていた。
もう、元には戻れない。
分かるかね? 貴公らが強くなればなる程、貴公らは孤独の道を歩んでいくのだ。
――私と同じ道を。
僕を倒した事は、その未来への第一歩だ。
安心し給え。僕がいなくなった後も試練を準備はしておいた。
それに僕が消えた事で、歪虚のパワーバランスは大きく崩れる。
青木のようにこれを機会に動きだす歪虚もいるはずだ。
そして、我ら怠惰の王も黙ってはいない。
貴公らの活躍を目にする事はできないが、
貴公らの未来を想像しながら眠りにつくとしよう。
孤独と絶望に彩られた未来を、ね』
「下らない。戯れ言だね」
「あなたなら、そう言われると思いました。
ですが、それは力ある存在だからなのかもしれません」
イクタサの言葉に対して、ヴェルナーが口を挟む。
途端にイクタサの機嫌が更に悪くなった。
「何が言いたいの?」
「機嫌を悪くしたのなら、謝ります。
でも、覚えておいて下さい。ハンターに限らず、人の命には限りがあります。だからこそ、その生をより良いものにするために――人は、未来に夢を見るのです」
「コーリアスは、その夢に呪いをかけたって事? まったく、無駄な事を……」
イクタサは、無駄と言い切った。
しかし、ヴェルナーはそう考えていなかった。
もし、コーリアスの指摘通り歪虚を倒しても、ハンターが覚醒者であり続けたとしたら……。
もし、ハンターが覚醒者でなくなった後も力を追い求めたとしたら……。
戦い続ければ、その体にハンターとしての経験が染みつく。
それは、ハンターになる前の平穏な日常を色褪せさせる。
本当に歪虚を倒せば、すべてが元に戻るのだろうか。
ハンターは自身が思う以上に、薄氷のような立場にいるのかもしれない。
「何にしても、こんな手紙は無視していいよ。未来はもっと明るいものだよ」
「そう、ですね」
コーリアスからの手紙を丸めたイクタサを前に、ヴェルナーはそう返すのが精一杯だった。
●
「ハロー、AP-S。こちらはエンドレスです」
「やあ、エンドレス。データ収集はどうだい?」
「予定のデータ採取が完了。後程、そちらへデータを転送します」
「ああ、頼むよ。これであっちも当面は安心すると思う。まったく欲しがる時だけ丁寧なんだから……」
「お役に立てて、何よりです」
「それにしても、コーリアスは残念な気もするなぁ。
あそこまで自分を貫かなければ、もっといろいろできたのに。サトゥルヌスだけじゃなく、もっと新しい兵器も作れた訳でしょう? ま、今更だけどね」
「AP-S、ご安心を。まだ私がいます」
「ああ、そうだった。別に傷つけるつもりはないんだ。気にしなくてもいいよ。
それより、前に言ってた話を覚えてる?」
「前に言ってた話……照会完了。該当作戦については作戦開始指示待ちとなります」
「そうそう。その作戦は今から開始だよ」
「作戦開始、受信。現時点よりプロジェクト『テロフェーズ』を開始します」
「頼むよ。エンドレスの活躍にかかっているからね」
「はい、最善を尽くします」
「ああ。君を支援してきたのは、この作戦の為でもあるからね」
「承知しました、AP-S」
「あ。作戦開始したのだから、呼び名は改めてくれるかい?」
「はい。名称変更……完了。作戦準備に入ります。シュレディンガー」
●

アレクサンドル・バーンズ

イェルズ・オイマト
全身傷だらけで、赤い髪は血のせいなのか、元の色なのか分からぬ程だ。
特に左側の損傷が酷く、脇腹吹き飛んだのか抉れている。左腕と左目はもう使い物にならないだろう。
――だが、まだ生きている、か。
マティリアのブロートコアの爆発を至近距離で食らって生きているだけでも奇跡的だ。
なかなかしぶとい人間と見える……。
否。運が良かっただけか。
どの道、このままでは死に至るだろうが……。
――大事な機械人形を壊したハンター達に礼をしなくてはならない。
その為に、切り札は増やしておいた方がいいだろう。
……そういえば、あいつがハンターの素体を欲しがっていたな。
損傷はしているが、素体は素体。これでも構わないだろう。
アレクサンドルはメスを構えると、虫の息の男に触れる。
「おい、お前さん。聞こえるか。俺と契約しろ」
「…………」
その声に微かに反応するイェルズ・オイマト(kz0143)。
――痛い。寒い。瞼が重い。
……ケイヤクって何だ? 何のこと……?
「このままだとお前は死ぬ。……生きたくはないか?」
そうだ。……エンドレスを倒して、シバ様の仇を取って……そして、もっと強くなって、族長の役に立ちたい……。
――俺は、まだ死にたくない……。
「………っ」
「……そうか。いい子だ。それでいい」
小さく声を発したイェルズに、アレクサンドルは薄く笑った。