※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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リゼリオホームドラマ『一陣の人災』
●突風が運ぶ置き土産?
「薬師の兄ちゃん、あんたも隅に置けねぇな?」
ニヤニヤ笑いを浮かべた宿の主人。珍しく部屋まで来たかと思えば、わざわざ客を案内してきたと言うのだから二度驚く。
主人の表情が三度目で……四度目は、その後ろから現れた小柄な影がもたらした。
「やっと……みつけた」
何をだね、薬師なんて珍しくもないだろうに。その言葉は舌に乗せる前に飲み込む羽目になった。
「お父さん!」
パッと輝く笑顔は真っ直ぐエアルドフリス(ka1856)に向けられているのだが。不穏な物音は彼ら二人のどちらからでもなく、第三者……助手のユリアン(ka1664)の足元から上がった。
ガッシャン!
「え゛……エアルドさんがそんなヘマを……」
師匠と弟子の使い慣れたカップと、客用のカップ合わせて4つがトレイごと落ちた。幸いにもトレイとカップは木製で、冷たい香草茶の入ったピッチャーは既に机の上。どれも破損には至っていない。
興味は無いが色事に疎いわけではなく、それなりの知識はあるユリアンは、エアルドフリスとジュード・エアハート(ka0410)の関係も感じ取っているし、それ以前に師匠の遍歴も察する程度には付き合いが長くなってきていた。その上で先の発言である。どれだけの衝撃だったか、これでお分かりいただけただろうか。
「そんなヘマをした覚えは無いぞ!」
否定の言葉に全力とも呼べるべき勢いをつけたのには理由がある。
少年は8歳だと言った。
(8年前は俺は18……無いでもない)
既に旅の薬師として方々を巡っていた時期と重なる。それはつまり人の温もりが欲しい時は現地調達だった時期という事で。
(いやいやまさか)
目の前の小さな影を前に一瞬目を見張った事を認めてはいけない。さきほどからずっと、脳内では警鐘が煩い位鳴っている。
(ジュードにどう言やいいんだ)
一番の問題はそれだ。自分の過去を消せやしない、それはエアルドフリス自身が一番よくわかっているのだけれど。
(いや、若気の至り?)
流石に全てを口には出さなかったが、ユリアンもほぼ同じことを考えていた。
「約9年前……早くない? あ、ご、ごめん」
だって今の自分とほとんど変わらない時期ということだ。自分だったら考えられない。
(でも……)
人はそれぞれだと思うし。
「お兄ちゃん、カップ、大丈夫?」
「あ、ああ、ごめん、今新しいの持って……洗ってくるから」
一度動揺すると落ち着くまでが長いのは仕方ない、免疫がないのだから。身近な二人の醸し出す空気位は慣れたけれど、ここまではっきりとした形で現れてしまってはどうしていいかわからなかった。
●そよ風が頬を撫でて
「ハンターでもあるんだから、面倒事は自分らで解決したらどうだね」
仕事もあるし、俺は案内しただけだからなと薄情な主人の背を見送って、エアルドフリスは深く息を吐きながら少年へと向き直る。
「あー……何て呼べばいいのかね」
名前はと尋ねる。
「クリストフォロ。みんなクリスって呼ぶよ、お父さん」
「……クリス、ね」
繰り返される“お父さん”がどれだけ自分の胸を抉ったか。その理由を客観的に判断し理解できる者はその場には誰も居なかった。
冷たい水に触れたおかげで少し、頭も冷えた。洗い終えたカップを持ってきたユリアンがクリスの目の前にしゃがみこみ視線を合わせる。
「形見とか、両親の手紙とか……無いかな?」
兎に角ちゃんと調べるべきだ。父と呼ばれている当人が否定しているのだから、結果はどうあれ調べなければいけないと思う。
「疑ってる訳じゃないよ」
できるだけ優しい声音になるように意識する。上にも下にも兄妹が居るユリアンにしてみれば、小さい子の相手はそう難しいことではない。
「ただ、エアルドさんや俺……ここにはまだいないけど、他の人達も。心の準備の材料が必要なんだ」
急に言われると戸惑ってしまうものなんだよ、ごめんな。説明に納得して頷くクリスは聡いと思う。
(……もしかして、本当に?)
だとしたら、皆にはどう説明すればいいんだろう?
(心を落ち着けるハーブって、どれだったかな)
今日のお茶にブレンドしていたっけ。それとも胃に優しいものの方がいいかな……明日はそれにしようと心に決めていると、背負い袋からクリスが何かを取り出していた。
「エアルドさん」
「……ふむ」
クリスの母親が生前に書いていたものだという手紙の束に目を通す。父親の所在が分からないからこそ送られることがなかった手紙達からは、それまでの息子の成長を伝えたい気持ちはあるけれど、共に暮らすことを望んでいない気丈さを感じ取れる……そんな印象だ。急な病に伏すまで女手一つでクリスを育てた、今はもういない人間の一生を垣間見る現状に後ろめたさも感じるものの、必要なことなのだからと言い訳を振りかざす。
そして差出人の名前、つまりクリスの母親の名前に確かに覚えがあることを、便箋をめくるたび思い知らされた。
(……だが、彼女は)
自分を見上げてくるクリスに視線を戻す。
「お父さん?」
王国の下町からこのリゼリオまで、僅かな手がかりを元に一人旅をしてきたと言う少年。
母を失くしてから手がかりが得られるまで、一人で生きてきた少年。
そこから見出せる影に過去を重ねてしまうのは、自分の悪い部分だという自覚はエアルドフリスにもあるけれど。
(結論を急ぐ必要はないだろう)
懸案事項にはとりあえず、目を瞑った。
●竜巻は走り寄る
ドタバタスタダダタタダッ!
バターン!
「エアさん!」
いつものノックも疎かに薬局のドアを開けたのはジュード。今しがた階下で主人に聞いたばかりの話が、挨拶等のマナーを放り出させてしまうほど衝撃的だったから、思わず他の部屋への迷惑も顧みず駆けあがったのだ。
「えっと、おはようございます……?」
出迎えたのはエプロンを見につけ朝食の支度をと水場に居たクリスと。
「……んー?」
物音に気付き、何事かと寝室から起き出してきたばかりのエアルドフリスである。
「そ、その恰好……っ!」
クリスが使っているエプロンはこの部屋に元から置いてあった、やや少女めいたフリルのついたデザイン。勿論部屋の主であるエアルドフリスのものではなく、泊まり込む際に使うため置いてある、ジュードの私物である。
寝間着代わりに着ているシャツがまだ着崩れているのは、エアルドフリスが起き抜けであることを示している。起きたものの、ジュードだと気づいてすぐに気を抜いたというところだろうか。しかし同時に少年に対して特別な警戒をしていないという事の証でもあった。
ジュードが二人の格好をしっかり確認する間に、エアルドフリスの意識もはっきりしてきた。その口が何か弁明の言葉を吐くより前にジュードが両手を自分の口に当てた。
「やっぱり居たんだね……」
それはエアルドフリスが危惧していたような、責める口調ではなかった。わかっているよ、と深く理解を示すような響き。
「いや、ジュード?」
来たばかりで住む場所もないと言うから、とりあえず一晩止めただけだという薬師の台詞は、決意のこもった瞳とその圧力でかき消される。
「大丈夫! 俺、エアさんのことならどんなことでも受け止める覚悟は出来てるよ!」
別の方向で不安になる言葉を堂々と宣言するのだった。
●嵐はテンポよく
「ルールー、遊びに来タヨ?」
お茶にはちょうどイイ時間ダネ、ユーリ君のお茶が飲みたいナーと薬局を見渡したアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)の視界に映るのは4人の人影。
「オヤ? 見慣れない子ダネ―」
「いらっしゃいアルヴィンさん、お茶なら」
「るーるー? お父さんの事?」
「え? 父さん? 薬局が倒産なんてする訳無いだろうっ」
出迎えたユリアンに、興味津々でクリスが尋ねる。慌てて肝心の言葉を誤魔化そうとするユリアンの苦労はあっさりと無意味になった。ジュードの時はその場に立ち会えなかった分、今度こそと思ったのだが。
「そうだよー、この人もエアさんの友達の一人♪」
満面の笑顔でアルヴィンとクリスの間を取り持ち紹介役に徹するジュードである。長髪のウィッグにスカートと、初めてクリスと対面した時とは恰好がすっかり違っている。神託メンバーの中では見慣れた光景だが、クリスは突如現れた一見女性が、男性装だったはずのジュードと名乗った事に面食らっていた。……が、もう馴染んでいる。
食事の世話に始まり当座の着替えの準備、極楽鳥で扱っているお菓子の差し入れ等とにかく甘やかしてくれるのだ。叱った後の行動も特に自然で、それまで一人で過ごしていたクリスのどこかささくれた心を癒したのかもしれない。
今だって、紹介の合間も口元についたお菓子のくずをハンカチで拭ってもらうなど甲斐甲斐しく世話をされているが抵抗の様子は見せていない。
「……あ、ありがと」
むしろ、頬を染めているように見えるのは気のせいだろうか。
「ソウいえば似てるカモ☆」
このタイミングでどこを見たのか。
ガシャン!
ユリアンの持っていたトレイが大きく揺れた。落とさずに済んだのは、現状に少しずつ耐性がついてきていたからに他ならない。
「……アルヴィン、何しに来たんだ」
「春も大人しくなったカラ、薬局も忙シクないと思ってネ!」
遊びに来たんダヨー☆ と笑顔で答えるアルヴィンに、これ見よがしにため息を吐いて返すエアルドフリス。
「あんたが暇なのは結構だが、俺は生憎取り込み中で多忙を極めている」
見ての通りだと示されたので、アルヴィンは改めて薬局の中を見渡した。
いつもの定位置に座る部屋の主ことエアルドフリスが手に持っている紙は、処方箋ではなく数式が書いてあるらしい。どうしてそれが分かるのかというと、その問いが非常に簡単な、子供向けのものだとわかるからだ。 右上がりの癖のある字でそれが彼の手製の問題集という事も分かった。色の違うインクとペンがあるところを見ると、これから採点でもするのだろうと思う。
応接用の椅子に座っているクリスを見れば、同じように数式の書かれた紙が置かれている。こちらはまだ答えが書きこまれていないのでこれから取り掛かるのだろう。つまりエアルドフリスが勉強を教えていた事に他ならない。
クリスの隣で菓子を並べているジュードを見れば、その視線はクリスの方へと注がれていた。その瞳に籠もるのは勉強に勤しむ子供を見守る、母性愛と呼ぶべきそれだ。今にも甘やかさんばかりにその口元には笑みが湛えられている。
(ユーリ君はお兄ちゃんダカラ、少し距離が違うってトコロかな)
つまり。
「家族サービスで忙しいってコトだね☆」
スパァン!
「何を言ってる」
叩くぞ、と愛用ハリセンを構えるエアルドフリスだが、既に刑は執行されているのでお貴族様が怯むわけがない。少しばかり崩れた服のあわせや髪をさりげなく優雅に直しただけで向き直る。
「じゃあドウしてココに住まわせてルノ?」
真っ直ぐな視線の高さはほぼ同じ。純粋な疑問から繰り出されるその言葉も、聞く側にやましい何かがあれば受け止め方も変わる。
「……行き先が決まる迄はやむを得んだろう」
渋ってからの返答。そこに更に食いつく。
「一時的ってコト? ルールーはクリス君のお父さんじゃナイの?」
食いついているなんて本人は思っていない。そこにわからないことがあるからだ。思ったことはすぐ口に出すお貴族様はどこまでもフリーダムである。
「お父さん?」
誰も声を潜めてなんかいないから、当の本人だって会話に入ってくる。
落ち着か投げに三人のやり取りを見るユリアンと、更に皆の様子をじっと見つめるジュード。
一番取り乱しそうな彼が落ち着いた物腰であることに気付いて、ユリアンは首を傾げた。どうしてだろうか。
(そういえば)
ジュードはクリスの前でエアルドフリスを呼ぶとき、一言も父と言う言葉を使わなかったような気がする。
信じられることが絆の証なのかなと思う。喧嘩になったらどうしようと心配ばかりしていたけれど。
(豪雨が降らないでよかった……)
勿論まだ気を抜くことはできないから、最近意識して香草茶葉としてブレンドしている瓶を手に取った。
これが効いているうちに、色々と解決すればいいのに。
「聞いてもイイかな、クリス君☆」
今度は少年に向き直るアルヴィン。
「ルールーがお父さんなんダヨネ?」
「薬師だって。旅をしてるから……手紙は出せないって」
小麦色の肌は日に焼けたものではないのだと声が続く。
「ルールーは? ソレって日焼け?」
「自前に決まってる」
「だからっ」
「ウン、クリス君はルールーに似てるヨネ」
ニコニコと頷くアルヴィンにクリスが止まる。
(あぁー……どうしよう、ここで口を出していいのかな)
圧倒的な経験不足に悩むユリアンは自分の事の様に心配してしまう。
「ユーリ君はドウ思う?」
「えっ?」
俺? 話が降ってくるとは思わなったせいで変な声が出た。完全に第三者に立っていると思っていた。
それを言うならアルヴィンはもっと外側だ。なにせ今この場に来たばかりなのだから。
「エアルドさんがそうとかじゃなくて……父親と暮らせるようにしてあげたい、かな」
クリスも聞いているから、出来るだけ少年を傷つけないように言葉を選ぶ。その様子に、眩しさを感じてパチパチと瞬きをする他三人。恥ずかしくなってきた。
「ハーティは?」
口の中だけで息を飲んだユリアンがちらりと様子を伺った。その視線に気づいたジュードが小さく微笑む。
「大丈夫だよ?」
勘だけど。この子は違う。
俺のエアさんの中に感じるようなジメジメとした、けれど常にざわめくような空気は持ち合わせていない。
必ず、どこか定まった場所を持つ存在だと思う。
(それが俺達の所でも構わないとも思ってるけど)
どんな形でも受け入れると決めているから、揺らぐ予定はなくて。
「クリス君の家族にならなってもいいかなっ?」
ガタン! エアルドフリスがバランスを崩した。
●日常の帆風
「だが」
静まった空気にエアルドフリスの声が響いた。びくりとクリスの方が震える。ジュードがそれに気づいて少年の肩を抱き寄せる。
「心配いらないよ」
君の父親ではないけれど、君を道に放り出すような人じゃないことはもう知っているだろ?
「……計算が合わん」
確かに母親たる女性との関係はあったと言外に認めているけれど、それは9年よりも前の話だというのだ。
「ルールーはお父さんじゃナイ……クリス君のお父さんがルールー……」
改めて言葉に出すことで見つかることがあるともいうけれど。父親かそうではないかと言う問題は全く逆の事象だ。
「二人トモにとっての本当を、正解を見つけないとネ☆」
各地を回っていた、小麦色の肌をもち、王国の下町に行ったことがある薬師。
「リゼリオに居るって聞いたんだ」
確かに似ている部分がないとは言わない。けれどエアルドフリスはあくまでもクリスにとって他人であると言うことを自分から認めるタイミングを待っていた。
「字が下手? 余計なお世話だ!」
その切欠が、エアルドフリスの悪筆によるものだというのは幸か不幸か。
聞きこみに、王国領へと戻る機会が多かったユリアンは幾度かクリスの足取りをなぞる。
騎士の訓練を受けていた記憶が一緒によみがえる。自分の父親との時間も。そうやって出歩いた後に戻った薬局でクリスの好む甘めのお茶を淹れるのが小さな習慣になった。
ソサエティに依頼した結果を待つ間、特にクリスの相手をしていたのはジュードとアルヴィンだ。二人は子供の好みそうな菓子や遊びでクリスが寂しくならないよう努めた。時折神託の仲間達も合流し数が多くなるとそれだけ遊びの幅も増えた、
クリスは賢い子供だった。一人で生きてきた経験が彼を強かにさせていた。
だからこそ彼を一人にすることは、皆示し合わせずとも避けていたのだ。
「無事見つかって良かっタネ☆」
クリスと同じ髪色の薬師が、かつて愛した女性の子と出会う。はじめは半信半疑だった男だけれど、クリスに残る女性の面影を感じ取ったらしい。
ぎこちなく抱きしめあう姿には愛があったとアルヴィンは思う。
そう、愛だ。紛れもない家族愛。目を閉じれば先ほどの親子の姿がすぐに思い出せる。
「ちょっと寂しくなるけど……」
ちらりと後ろを歩く2人に視線を向けるのはユリアン。動きが控えめなのは、ここ最近堂々といちゃつけなかったはずの二人を慮っているからである。
実際、ジュードはぴったりとエアルドフリスの腕に抱き付いていた。今更とはいえ隠す気が抜け落ちている。
「エーアさんっ?」
「……なんだね」
ぎゅー♪ 母親代わりをしていたジュードは百合の花を思わせるワンピース姿。クリスの新たな門出を祝う気持ちを込めてあった。
「えっとね……お父さん体験、どうだった?」
冗談めかして聞くことにする。
(……)
答えていいものか迷う。家族と言う形に、素直に感情を零すことはまだ怖い。その代わり、誤魔化すようにして先ほどクリスに送った言葉を繰り返した。
一度は一人で立てた少年が、更に先へと歩めるように。今度は正しく父親の教えを受けて、家族を知って。
「多くを見、多くを知れ。智は必ず力になる」
小さな背を押すことはできただろうか?