※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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未来の約束
濡れた石畳を歩けば、雨の残り香に引き立てられ、重い草葉の匂いが風と共に嗅覚をくすぐる。
見上げる空から雨は落ちてこない、降り続けなくて良かったと思い、ユリアン・クレティエ(ka1664)は目的地への歩みを続ける。
彼女はなんて言うだろうか。
迎えに行く事は伝えてあったけど、それが彼女にとって嬉しい事なのか、そうでもない事なのか、まだ判断はつかない。
彼女の性格ならきっと笑顔を向けてくれると思うのだけど、それが自分にとって都合のいい妄想ではないだろうかと思う、自信のなさは拭いきれなかった。
内心を口にした日には周囲から呆れられ罵声が飛び何言ってるんだお前みたいな反応になる事は容易く予想がつく。
それくらい周囲にとっては明白で、当たり前の事らしいけど。
……本当に?
揺らぎながらも行かない選択肢がある訳でもなし、当たって砕けろみたいな考えのなさに行き着いてしまうのだけれど。
…………。
現地につけば、ルナ・レンフィールド(ka1565)は既に建物の入り口で自分を待ってくれていた。
今回は結婚式のスタッフという軽いバイトだ、用事はちゃんと済んだらしい、屈託なく笑顔を向けられれば、二重の意味でユリアンに安堵が落ちる。
自分が余計かもしれないと不安になっていたなんて情けない事、彼女に言える訳もない。
「行こうか」
手を差し出せばルナの掌が自然に重ねられる。
もう特別なんて言えるほど珍しい事ではなかったけれど、触れる事で募る気持ちは色褪せない。
……ああ、こんなに。
彼女の存在があまりに重い。
彼女が想ってくれている事を知っていて。
自分はそれに値しないと想っていた事があって。
やんわりとすれ違おうとしたかもしれないのに、彼女は強い意志で自分を追いかけてくれた。
彼女を振り払う事が出来ず、しかし背負う覚悟を持ちきれずに。
ただ彼女と向き合い、指先を繋げるまでが自分の精一杯。
それ以上の事が出来ずに、いつか彼女が離れてしまうかもしれない事に震えて。
その時はせめて情けない姿を見せないようにしようとずっと思っていたけれど。
……最近はそんな考えすら浮かばない。
朝になって呼びかければ君が近くにいて、夜になれば顔を合わせる事が出来て。
夕方君を迎えに行く事に喜びを感じている。
この時間がなくなってしまう日が来るなら、ちょっとどころではなく俺は痛むだろう。
行ってしまう君を繋ぎとめるためなら、きっと繋いだ手を今より強く握ってしまう、そして俺は、訝しむ君に何も言えずに。
「……ユリアンさん?」
「…………!」
物思いから醒め、我に返る。
思っていた事が知らずの内に行動に出てしまっていた。
力の入っていた手を緩める、しかし解きはせずに、自身の未練を認めるようにして繋ぎ止めて。
「……ごめん」
「いえ……」
ルナに気分を害した様子はなく、ただ疑問と、何かあったのだろうかという心配が眼差しに滲むだけだった。
……彼女になんと言おう。
素直に言っても許されただろうに、どうすればこの時間を続けられるか、狡い方向に思考が行ってしまう。
何かを差し出さないと何かを求められないのは自分の弱さだ。
その弱さは今も在って、拭いきれてるとは言い難かったけど、それだけじゃなくて。
……自分のした事で、喜ぶ彼女が見たい。
言葉にして想えば、緊張と高揚で少し息が上がった。
自惚れているという自戒は当然のようにあり、それを押しのけてまで彼女を求める稚い衝動がある。
手指に力がこもって、彼女が再び顔を上げるのと同時に、間髪入れず尋ねた。
「……式を挙げるなら、どうしたいみたいな、希望はある?」
…………。
「え、……ええと!?」
手を繋がれているから片手でしか恥じらう顔を隠せない彼女が愛らしい。
こういう聞き方は誤解を招いても仕方ないのだが、今は招いてもいいと思っていたし、その後の事に対する覚悟は出来ていた。
……それくらいしないときっと自分は何も出来ないから。
「ええと、私とユリアンさんの話……ですよね?」
ルナの問いかけに黙って頷く、以前擬似的に体験した事はあったし、今日のバイトもそういった関係だから、この話を振った事に対する言い訳は出来たけれど、今はしなくてもいいと思った。
「そうですね……」
ルナが恥じらいつつも語るところによれば『こうしたい』よりは、『これが好き』みたいな憧れが多いようだった。
ただ、はぐらかされるのでもなく、逃げられるのでもなく、ちゃんと答えてくれる事が未来を考えてくれるようで支えになる。
……もう少し、君との未来を夢見てもいいみたい。
「……うん、わかった」
聞いておいてそれ以上がどうしても口に出来ない。でも、何もしたくない訳でも、出来ない訳でもないから。
「……少し寄り道してもいい?」
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彼女の手を引いて、少し帰路を遠回りする。
水たまりを巧みに避けながら、雨上がりの街を二人で抜けていく。
季節柄か鐘の音が良く聞こえてくる。あんなやり取りをした後だ、意識しないのは難しいけれど、何も言わずに目的地へと向かった。
「此処で待っててくれる?」
植木が深く、少し隠されてるかのような涼亭にルナを座らせ、ユリアンは「すぐ戻る」と言い残して場を離れた。
……実際にすぐ戻ってきた、多分途中でズルしただろうなとルナにもわかるくらいで、戻ってきたユリアンは今買ってきたのだろう花束を抱え、捧げるようにしてルナに差し出した。
「君に、これを」
カスミソウ、ブルースター、白いバラ。白を基調に淡い青を添えた清楚な花束。
それがどういう意味かを口にする事なく、ただルナに贈るものという事だけが示されている。
「この花が萎れるまで……俺とこの街にいてくれますか」
ルナはユリアンをじっと見つめる、お願いも花束も問題なかったけれど、ただユリアンの意図を測りかねる、といったところか。
微笑むだけで答えられない事をどうか許して欲しい、六月の結婚式の空気の近くに、もう少しだけ長く君と一緒にいたかったなんて、どうしても言えそうにないから。
少しのにらめっこの後、息を緩めてルナが折れた。
「いいです、けど」
ルナだってわかってる、ユリアンはずるい人だ。
答えない事は多分どうあっても答えてくれない。言ってはくれないけど少しは期待してもいいんだろうなって思っちゃうのもなんか癪で、乙女心としてはもう少しわかりやすく応えてくれてもいいと思ってしまう、だから。
「次の約束をしてくれますか?」
「……約束?」
「来年の約束を」
内容はユリアンさんが決めてくださいね、とルナは悪戯っぽく笑った、次の六月、自分とどういう約束をかわしたいかを問いかけるように。
「…………。考えてみる」
一本取り返した事を確信してルナの笑顔は輝き、ユリアンは降参とばかりに困ったような笑みを漏らす。
でも、ユリアンが困ってるのはどこまで求めていいか測りかねるからであって。
(……求めるものを言ってみたら、君はどんな反応をするのだろう)
約束が効いてる間は、二人の未来もきっと続く。
それがただ嬉しくて――ユリアンは手を伸ばし、再びルナとの手を繋いだ。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ユリアンさんがちょっと子供っぽいです。
ユリアンさんは大切なものは隠すタイプだと思っています。
ユリアンさんはずるいです。
ルナさんはやり返します。
……いつもの!!!
副発注者(最大10名)
- ルナ・レンフィールド(ka1565)