※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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やがて来る日へ……
「四年と少しかな?」
助手となってどれくらいか、と師の唐突な質問にユリアン(ka1664)は答えた。
ふむ、師が頷く。それから少し出かけてくるからその間、薬局は任せるとさらっと告げられた。
「いつもの薬を貰いに来た患者さんは体調を確認して……」
それ以外の患者は初期症状かつ事情を話しユリアンが薬を処方することを納得してくれた場合に限って……師より言い遣った条件を指折り確認する。
「最近は風邪も流行ってないし」
きっと薬の補充や片づけで終わるだろう、と言ったそばからノックが響く。
「どう……あぁっ! ごめんなさい、すぐに片づけるので」
思わず泳いだ腕が机の上の書籍の山をなぎ倒す。
「急ぎじゃないから」笑みを含んだ少し甘い声。時折薬局を訪れる吟遊詩人の女性だ。
拾い集めた書籍は床に重ねて。整理は後にと女性と向き合う。
「今日はどうしました?」
患者を安心させるように師の言い方を真似てはみるが失敗を見られたばかりで恰好つかない。
喉の調子が悪いと女性。師の不在を告げれば「貴方で構わないわ」と。
中腰で女性の喉を覗き込む。少し赤い。「咳や悪寒は?」風邪も疑ってみるが問題はなさそうだ。
喉の使い過ぎだろう。
「前と同じ薬を処方しますね」
喉の炎症を抑える薬草を漬けた蜂蜜の瓶を棚から取り出す。
これで……いいんだよな
幾度となく処方してきた薬――というのにユリアンはそのラベルを何度も確認しただけでは気が済まず蓋を開け匂いを嗅いで中身を確かめる。
そして緊張していたのだろう、小瓶に移す際に零した。
落ち着け、落ち着け……
一度笑顔の練習をしてから改めて女性へ振り返ると大きな欠伸を零しているところ。「恥ずかしいところを見られたわ。お相子ね」と気を遣われたようだ。
「それにしても……」
いつもやっていることも失敗するなんて……と散らかした後を片付けならが思う。
ただその後は膝小僧を怪我をした子供や、腰の軟膏を貰いにきた老人など滞りなく時間は過ぎていく。
少し慣れてきたかなと思った矢先、「お腹が痛いって」近所の女性が子を抱えて飛び込んできた。
「……っ」
母の腕の中で唸っている子供にユリアンの指先が一気に冷たくなっていく。
いや自分が呆けていてどうするのだ、と女性には見えないように背で掌の汗を拭う。
「お子さんを診察台の上に寝かせてください」
とにかく診て欲しい、と訴える母親にユリアンは努めてゆっくり話す。
こういう時師匠なら……頭の中がぐるぐると考えがまとまらない。
まずは……
「吐き気や熱は?」
そうだ患者から症状を聞く。最初は会話にならなくとも根気強く。
そうしていくうちに患者も少しずつ落ち着いてくる。今回の場合はユリアン自身を落ち着かせる意味もあるが。
ユリアンは子にも痛いところなどを聞いていく。
「少しお腹触るからね」
子供の腹に触れようとして指が強張っていることに気付く。軽くマッサージしてから触れる。
左下腹部に少しの違和感。
熱はない、張りもない。呼吸も荒くない。
不安そうにユリアンの横顔を見つめてくる母の視線。
緊急性のある重篤な症状はない……。それでも……。
心臓の音が頭の中で響き、背筋を冷たい汗が伝う。
助けを求めるように師が腰かけている椅子を見て――思い出す。患者の記録の存在を。
震える指先もどかしく、その子の記録を探し出す。
目を通せば「腹痛」で薬局に来たことがある。症状も似てる。原因は「便秘」。その時はごく弱い下剤を渡している。
女性と子供に便について確認してみたところ数日ないとのこと。
多分そうであろうと思う――が確信が持てない。
ここに来てから子供の症状が酷くなっている様子はない。
下剤を処方すべきか否か……。
自分が判断を間違えたらこの子は……。
それでも薬師として判断しなくてはいけない。
大きく息を吸い、その子の母に告げる。
「師匠が間もなく戻ってきますから、診てもらいましょう」
謝罪と共に……。
言い訳に聞こえてしまうかもしれないが、己の所見や以前のことも説明し緊急性を要する状態ではないこと、それでも自分には最終的な判断がつかないことも素直に話した。
以前と同じ薬を出すことはできる、でも薬は正しく使ってこそなのだということも。
患者に不安を与えるかもしれない、薬局の信用を傷つけてしまうかもしれない。それでも誤魔化して誤った薬を処方するよりは良いと判断したのだ。。
一応女性は納得してくれたが不安そうだ。なので薬局内で待っていてもらおうかと思ったが、取り乱した女性が駆け込んできたのを心配した宿屋の主人が様子を見に来てくれ、その親子のために空いている部屋を貸してくれた。
何かあったらすぐに呼んでください、と告げユリアンは薬局に戻る。
「……情けない、なぁ……」
窓際で額を抑え、零れる弱音。
腕を何かが擽る。
アメノハナの葉だ。
「慰めてくれてる?……なんてね」
故郷から遠く離れたこの地でも枯れることなくすくすく成長しているこの植物は、それでも花を咲かせてくれない頑固もの。
暫しの沈黙を破るように馴染みの大工の棟梁がやってきた。
「おや先生は?」勝手知ったる様子で患者用の椅子に腰かけながら聞いてくる。
「間もなく帰ってくると思うので待ちますか?」
腹出して寝てたから風邪だと思うんだがね、と師の不在に関しては気にした様子なく棟梁は切り出した。
「師匠ではなく俺が診ても?」
先ほどのこともあり聊か消極的なユリアンの問いには「おうよ」と。
それから「弟子には経験を積ませねぇとな」と笑う。自分の弟子と重ねているのかもしれない。
ユリアンは有難くその申し出を受けることにした。
師の椅子の隣に小さな椅子を並べて座る。まだ師の椅子を使うには早い。
診察をしている師の姿を今一度思い浮かべる。
最初は熱の確認。
そして喉、脈。
一つずつ師匠の動きをなぞっていく。
それは剣の稽古にも似てる。師の太刀筋を繰り返し真似て覚えていくのだ。
少しの熱、喉に炎症あり……症状を挙げていく。
風邪の初期症状だろう。
多分、間違いない……と思いかけたところで、
倦怠感があるときは目の色も確認すること。
師の声が浮かぶ。
ふっと肩に入っていた力が抜けた気がした。
湿疹はないか。
呼吸に雑音はないか。
目も耳も、触れた感覚も五感全て使って様態を確認すること。
そしてやはり風邪の初期症状だと結論を得た。
師に比べてだいぶ時間がかかったのは否めない。
それでも今度はちゃんと患者へ伝えることができる。
「風邪の引き始めです。体をあまり冷やさないで下さいね」
「酒はだめかい?」棟梁が声を潜めた。
「ダメです。今日は早く寝てください」
「仕方ねぇ。先生の言うことは聞いておくか」と手を振る棟梁に「お大事にどうぞ」と返す。
「先生、か……」
一人になった薬局で呟く。別室で師を待つ親子を思えば、自分なんてまだまだだ。
それでもいずれ……。
「どっちが先……かな?」
君が花を咲かせるのと、自分が此処から巣立つのと……。
問い掛けに窓辺のアメノハナは知らん顔で葉を揺らしている。
間もなく戻った師により子供は改めて「便秘」と診断され、処方した薬で翌日にはすっかり元気になって遊んでいる姿をみかけた。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃
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【ka1664 / ユリアン 】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます、桐崎です。
助手ではなく師匠に代わっての薬師という立場のお話、いかがだったでしょうか?
今まで何度も練習してきたのに、実際その立場になると動けなくなることは沢山あると思います。
それでも経験を重ねて一人前になっていく――そんな最初の一歩が描けていれば幸いです。
気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。
そしてお誕生日おめでとうございます!