※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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風の噂 ~飛ぶ理由、翼の帰る場所~
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目を開けた時、ユリアン(ka1664)の視界には空の青と木々の碧がいっぱいに広がっていた。
(森の外に出されると思ったんだけどな)
記憶を辿る。知らないうちにエルフハイムに迷い込んでしまって、警備隊のエルフ達に敵意まみれの矢を向けられて。弁明をしようにも聞く耳を持たなかった相手が射た矢を避けて、木の根に脚を取られて……そのあと、どうなったのだろう。
見回すが誰も見当たらない。勝手に転んで勝手に気絶してしまうような間抜けだとでも思われたのだろうか。
(そうだとしたら情けないなあ)
怪我もなく、大事にもならなかったことは喜ぶべきところだけれど。
また繰り返さないように帰らなくては。街はどっちだ……改めて見回すが、皆目見当がつかなかった。気を失っていたせいで方向感覚がなくなっていたとしても、歩いてきた痕跡が残っているはずなのだが。それも見当たらないのだ。
移動の痕跡がない森の中に、怪我もなく一人。突然この場所に現れたような……そもそも、ここはどこだ?
(森の雰囲気も何か、違う気がする)
違和感を感じると同時に、懐かしいと本能が告げてくる矛盾。見ず知らずの場所であることは変わりないのに、どこか安心している自分がいる。鮮明な木々の香りなのか、鳥の囀りなのか。ヒントはなかなか見つけられない。
「そんなことより、探索しなきゃ」
このままでは埒があかない。何かしらの手がかりを得るには動き出すしかなかった。
ここが起点だ。なぜか強く、そう思った。
(……いた?)
何かの気配を感じて、ユリゼ・ファルアート(ea3502)はそっと視線の先へと歩を進めていく。すぐに術を繰り出せるよう、魔法が込められたスクロールが手の内にあることを確認する。
呼吸探査の魔法があれば便利だが、無いものねだりだ。これからも研鑽をつめば修めることはできるだろうけれど、自分は水の魔法をはじめに選んだのだ、道はまだ遠い。どうしても急ぎで必要になるのなら、スクロールを入手すればいいことだ。
(そんなことより)
逸れかけた意識を戻す。気配が近づくにつれ緊張が高まっていく。素人同然の忍び足で、どれだけ通用するだろう。自分が気配を感じ取れているということは、相手も同じだとみていいかもしれない。先手を取ることが重要になるだろう。幸い樹には事欠かないから、ほんの一瞬でも早くこちらが先に気付ければいい。
(一人でも、大丈夫)
これくらいの事は一人でこなさなくては。目指す地点はまだ先のはずだから。
気配が動いた。こちらに向かってくるのだとユリゼにもわかった。
(こっちだって……!)
スクロールを広げて、目の前の相手を標的にしようと見据える。
「「えっ?」」
短剣を持つ相手の表情に勢いが削がれる。相手……彼も同じようで、ただほんの少し前に揃った一声の余韻に浸るように、対峙した二人はしばらくそのまま動かなかった。
青と碧。向けられる視線は、目覚めた時と同じ色彩。
(えっ?)
自分と同じ髪の色、少しだけ癖のある自分のそれよりも、柔らかく風をとらえる彼女の髪は記憶よりも短い。
懐かしくて、そして記憶と違うその姿。
背は自分より少し低い。けれど視線を降ろすほどではなくて。ただ瞳の輝きを正面から見据えてしまうのは、目の前の彼女が彼のよく知る人にとてもよく似ているから。
外見だけならまだいい。そっくりさんの範疇で済ませられる。けれど身に着けた装備や、服の趣味も記憶と同じとなると、話は違ってくる。
(そうだ、名前!)
答えを得られれば疑問だって溶ける。そう信じてユリアンは動いた。構えていた短剣の切っ先を下げ警戒を解く。様子をうかがいながらではあるが、相手もスクロールを持つ手をおろしていた。
しかし。
「貴方、冒険者なの? ちょっと手を貸して」
別の方角に視線を走らせる様子に、ユリアンも改めて短剣を構える。
「どんな奴?」
短く尋ねる。
「人の味を覚えた、獣」
その獰猛ささえなければ森の生き物として討伐対象になんてならないような。けれど普通の人間では既に手に負えなくなっているほどに賢く、狡さと強さを手に入れた獣だ。
唸り声もあげず、静かに忍び寄る気配。二人も神経を研ぎ澄ませていたからこそ、気づけた。
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こときれた獣の頭を切り離し、皮袋に入れる。証拠として持って帰らなければならない。袋の口を堅く縛ってから、ユリゼはユリアンへと改めて向き直った。
「急だったのにありがとう。怪我させてごめんなさいね」
足場が悪かったせいだろう。
「かすり傷だから大丈夫」
「駄目よ、少しの傷でも何があるかわからないんだから」
大人しくそこに座ってと言うユリゼの勢いに、素直に従うユリアン。満足そうにうなずいて、ユリゼは自分の荷から乾燥させた薬草の束と水袋、包帯を取り出す。
「今はこれ位しかないけれど」
あとで教会に行ってちょうだいと言いながら手際よく手当を施していく。集中しているから、ユリアンの視線にもづかない。
「……」
「駄目ね……これ位一人で仕留められなくちゃ」
居合わせたこの人に怪我をさせてしまったもの、こんなではあの人も助けられない。
「……フィル」
今、無事とは言えない大事な人の呼び名。言葉とともに零れるのはふがいない自分への不満と焦り。
けれど自分に今できることはこれだから。手元は疎かになることなく、丁寧に清潔な布を撒いていく。
「あの」
声がかけられる。続かない言葉に顔をあげ、その表情で理解する。そういえば名前も教えていなかった。
「ユリゼよ。ユリゼ・ファルアート」
あなたは? 視線で尋ねる。
「……ユリアン、です」
今、眉が垂れ下がったのは気のせいだろうか。言葉を選んでいるような。……違う、この青年とは初対面のはずだ。そんなこと、わかるはずがない。
「……」
何を思ったのだろう、考えるような仕草をするユリゼを前に、ユリアンは平静な顔を保つのがやっと。細く深く息を吸い込んで、落ち着こうとつとめる。
(まさか、とは思うけれど)
彼女の悩みは知っている。けれど、知っていることは伝えられるはずがない。理由は話せない。自分だって、知っているという事、そしてこの出会いに驚いているのだから。
「ユリゼ……さん。俺、事情よく知らないけど」
今この場で、自分が言えることは一つだけ。
「何時もは一人じゃ無いんだろ?」
「ええ、そうね。今日はたまたま一人。貴方が居てくれて、助かったわ」
知ってる。その悩みの元、大切な願いは必ずかなう事も。その先の道も。
「落ち着いて周りの力を借りれば、きっと大丈夫だから。遠慮しないで手を借りて良いんだよ」
さっき俺に声をかけたみたいにさ。勿論、もっと信頼できる仲間は居るはずなのだけれど。
「諦めないで、自分を嫌いにならないで」
はっとした顔でユリゼが顔をあげる。
(俺は、それを乗り越えた貴女を知ってる……母さん)
この言葉はなくても、大丈夫なのは知っているけど。
やっぱりこの場で、目の前で悩む貴女は俺の大事な人だから。
「初めて会う貴方にまで励まされるなんて……」
そっと目尻をぬぐったのは、互いに指摘しない。
「ありがとう。甘え過ぎてもって思ってたけど、此処まで来たらね。借りは一生かけて返すわ」
それはユリアンの言葉にでもあり、この先共に立ち向かう仲間にでもあるだろう。
「俺、そろそろ行くよ また、何処かで」
もう少し話してみたいとは思うけれど。ずっと一緒にはいられないような気がしていた。
「貴方不思議と懐かしい感じがする……また会えたらお礼させて? ユリアン」
だから、ユリアンの背にそう呼びかけるだけに留める。
「いいのに」
振り返った顔の眉が下がっていた。
「でも」
「じゃあ、また会えるその時に」
やっぱり引き留めようか、そう思いかけた矢先にユリアンの声が入りこむ。
同じ形では会えない、そんな予感がした。
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(……あれ、俺……)
再び目を開く。視界に広がる空。森の木々はもう映り込んでいない。
「おや、気が付いたかい?」
聞き覚えのある声が降って来る。先ほどまで包まれていた懐かしい感情が伴うものではなく、つい最近、覚えたばかりの声。
「……シャイネさん?」
エルフハイムの吟遊詩人。そうして自分が紛れ込んでいたのが森都であった事を思い出す。今はもう、外に出ているようだけれど。
「っ! ……これ、シャイネさんが?」
立ち上がり、違和感を覚えた足を見下ろす。巻かれたばかりの包帯がブーツからのぞいている。
「いいや、僕は倒れている君を運んだだけだよ」
その怪我、大丈夫かいと逆に尋ねられる。その眼が笑っているように見えて、でもどう聞き返すべきか言葉も見つからない。偶然にしては出来過ぎた、ユリゼの癖が見える巻き方。
「夢じゃない……のか?」
力の強い精霊ならば、あるいは? 想像できるのはそれくらいだ。
「ふふ、どうだろう?」
シャイネが微笑む。
「夢とはそもそも、深層にある物を形にしたものだというからね。この場所なら、マテリアルが君の大事な記憶を使って、そう……化かしたのかもしれないよ?」
「そんな前例が?」
この場所ならあるいは、そう思わせる何かがあった。
「僕の作った詩……想像の物語かもしれないね」
微笑みは崩れない。
「でも、俺のじゃなくて……」
俺が持つ記憶のはずがない。
「大事なことは、伝えられて行くものだよ。同じように大事にしていれば、それは君の記憶になってもおかしくない」
さ、街へ案内するよ?
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ねえ、知ってる?
密度の濃いマテリアルにあてられた人間が、時々見ることができる、不思議な夢の事。
嘘だと思ったら、君も試して見るといいよ。
本当だよ、だって俺も見たんだから。
でもね、見たいと思ったから見えるものじゃないんだって。
心の底で眠らせていた、大事な記憶がその扉を開くんだって――