※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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東の空にあるもの
――東方の冬の空は、西方のそれより色合いが穏やかなような気がする。
明るく賑やかなお国柄の人達を包む空が優しい色だというのも、何だか不思議だ。
温泉から登りたつ湯気。見えるは積もる真っ白な雪。木で組まれた大きな湯船には何とも言えない風情がある。
帝国、辺境と続いたユリアンの旅。
彼の足は東方の山奥にある小さな村へと向いていた。
その村には、ありとあらゆる病を治すお湯が沸いていると聞いた。
龍脈に通じていて、精霊や幻獣達も傷を癒しに訪れたという伝承があるらしい。
そこに、行ってみたいと思った。
何故かと問われれば……以前負った傷をきちんと治したいとか、秋口に寝込んで落ちた体力を取り戻したいとか、そんな理由を答えたかもしれない。
あとは、医療へ携わるものとしての、単純な興味か――。
……正直に言うと、帰る前にもう少し遠くへ行きたかったのだ。
ユリアンが湯治場へ着くと、そこには色々な人が滞在していた。
皮膚に病を抱えた少年や、咳が止まらないという幼女。怪我の後遺症の軽減を願う元兵士や、農閑期に腰の痛みを癒しに来た農家の老夫婦――。
その湯治場に滞在するようになってまもなく、ユリアンは滞在客の共通点に気が付いた。
ここに来ている人達は、何かの不調を抱えている。
薬や医者に縋っても治りきらぬ身体。
ここであれば、それが治るかもしれない――。
そんな一縷の望みをかけて、ここに滞在している。
――そして数日滞在して、ユリアンはもう一つの事実に気づいた。
皆それぞれ身体の不調を得てここにいるはずなのに。あまり悲壮感がないのだ。
ユリアンも薬師の端くれだ。その人の不調がどの程度のものなのかということくらいは分かる。
症状が重い人もいるというのに。この明るさはどこから来るのだろう……。
「……ユリアン。ユリアンや。顔色が悪いが大丈夫か? 湯あたりでもしたかい?」
「……え? いえ。大丈夫ですよ」
「じーちゃん。ユリアンにーちゃん、多分傷に温泉が染みてるんだよ、そんな顔してる」
「ああ、それは確かに。今結構じわじわ来てるかな」
「だよね。僕も今じわじわしてる」
湯船に浸かってそんなことを考えていた彼。心配そうに声をかけてきた老人と湯船に肩まで浸かって唸っている少年に笑顔を向ける。
――この翁と少年とは、ここにきてから出会い、この数日ですっかり仲良くなった。
少年が囲炉裏に落ちて重い火傷を負ってしまったこと、両親は仕事がある為ここには来られないこと、両親の代わりに翁が少年を連れて湯治に来たこと……。
そんな事情を、少年が一生懸命話してくれた。
痛い思いをして、両親から離れて……年端もゆかぬ少年には辛いことであろうに。
そんなことを感じさせない彼に、自分にはない強さを感じて……ちょっと眩しくて目を伏せる。
お湯越しに見えるユリアンの背。背から肩、腕にかけて、無駄のない鞣した革のような滑らかな筋肉で覆われている様を見て、翁はふむ……とため息をつく。
「それにしてもユリアンはいい筋肉してるのう。何か力仕事でもしとるんかね?」
「力仕事と言えばそうなんですかね。俺はハンターなんですよ」
「おや。ハンターさんが湯治とは。どこか悪くしたんかの」
「僕知ってる! ユリアンにーちゃんの胸のとこに傷跡あるよ!」
「ああ、君にはバレちゃってたか。そこもそうなんですが……秋にちょっと病を得ましてね」
「そうかい。お前さんも苦労しとるんじゃの」
「……これは苦労ではなくて、甘さから来るものですよ」
老人の言葉に自嘲気味に笑うユリアン。
――秋。病で寝込んだ時。
熱で浮かされた身体と猛烈な吐き気と戦いながら思った。
このまま死んでも構わない。
……俺の命に、何の意味があるのか。
成すべきだったことを成せず。
生き延びてしまった自分。
その命が羽よりも軽いものに思えて仕方がなかった。
――身体が治って来た今は、この考えすら『甘え』から来ているのではないかと思えて。
どうしたらいいのか、分からない。
自分には、待っていてくれる人達がいる。
己の身を案じてくれる人達がいる。
それはとても恵まれているということも理解している。
それでも――分からない。
永らえた先になすべきことはあるのか?
分からない。見つからない。
永いこと旅を続けているのに、満足の行く答えも得られていない。
そんな自分がどんな顔をして戻ればいいというのか……。
「のう、ユリアンや。お前さんにエトファリカの死生観の話をしてやろうかの」
「死生観……ですか?」
「そうじゃ。我がエトファリカの人間はの。不幸や、理不尽なことがあった時は笑うんじゃ」
「……嘆き悲しむと言ったことはしないのですか?」
「まあ、そういう者達もおるがの。大抵の者は涙は流さず。笑って笑って……この不幸や苦痛は無駄ではなかった、己の身を作る糧となったと。そう考えるんじゃよ」
「……不幸が苦痛が、無駄ではない……?」
翁の言葉に殴られたような衝撃を受けるユリアン。
湯治に来ていた人達に悲壮感がないのは、この死生観故だったのか。
――不幸が苦痛が、無駄ではないというのなら。
自分のこの耐え難い痛みも、あの人の死にも、何か意味があるのだろうか……?
「そうじゃ。……おぬしに何があったかは分からん。だがの、人生に何一つとして無駄なことはないんじゃよ。生きてさえいれば、必ず得られるものがある」
翁に背を叩かれ胸を押さえるユリアン。
……槍で貫かれた胸の傷痕が痛むのは、きっと。この言葉に縋りたいと思っているからだ。
エトファリカの死生観はとても逞しくて、眩しい。
今の自分にはとても直視できないけれど。それでも自分の探している『何か』の一部が、そこにある気がして――。
「大丈夫? ユリアンにーちゃん。傷痛い?」
「大丈夫だよ。……随分長湯しちゃったね、そろそろ上がろうか」
己を覗き込んでくる黒い円らな目。
少年の頭を撫でると、ユリアンはゆっくりと立ち上がって……。
風呂から上がったユリアンは、少年の為に薬湯を用意した。
翁の素敵な話のお礼にもならないが、少しでも役に立てたらいい。そう思って……。
「にがああああい!」
「良薬口に苦しじゃ。ユリアンがおぬしの為に調合してくれたんじゃぞ。我慢せい」
叫ぶ少年の頭をぽこんと叩く翁。
ユリアンがまあまあ、と宥める。
「どうしても味が良くならないんだよね。もうちょっと俺の腕が良かったら君の火傷ももっと良くなってたかな……。勉強不足でごめん」
「何でユリアンにーちゃんが謝るの? にーちゃんの薬苦いけど、身体が変な感じするの収まるよ」
「……そうかい? それなら良かった」
「ユリアンや。悪いがその薬湯の作り方を教えてくれんかの。お前さんが旅立ってからも、この子に飲ませたいからの」
「ええ、いいですよ。お安い御用です」
頑張って薬湯と飲んでいる少年。それを穏やかに見守る翁。
懸命に生きる姿はこんなに美しいものなのかと、ユリアンは思う。
――この薬湯に本当に効果があるのかは分からない。
それでも。何も出来なくても。
皆元気で生きて欲しい――。
ユリアンはそれから2週間ほど湯治場に滞在した。
湯治客の為に、買い出しや狩猟の食料確保、薪割り等の作業は進んで引き受けた。
その間に見た、僅かな可能性をを辿りながら生きていく人達。
その温かさに触れて思うことが沢山あった。
また、自分達が生きていく為に命を戴くことの意味を考えて――。
どんな顔をして帰ればいいのか、未だに分からないけれど。
1つだけ、思うことがある。
もう、後悔はしたくないんだ――。
荷物を背負い。空を見上げるユリアン。
その青変わらず穏やかで、優しく彼を包むようだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ka1664/ユリアン/男/18/風を探す薬師
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。猫又です。
ユリアンさんの旅のお話、いかがでしたでしょうか。
色々悲しい目に遭ったユリアンさんが、少しでも何かを得るお手伝いが出来ていたら良いのですが……。
ちなみに、エトファリカの死生観については、マジな話だったりします。
大規模戦の後に、悲しみを吹き飛ばす為に盛大な宴開いちゃうようなお国柄です。
好き勝手色々書いてしまいましたが、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクをお申し付け下さい。
ご依頼戴きありがとうございました。