※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
春を告げる花


 春めき始めた陽気に雪が解けかけ、ぬかるむ凸凹道。流石に歩きにくいだろうとユリアンは愛馬アルエットから降り並んで歩き始める。尤も此処は長城を越えた辺境の地、道らしきものがあるだけでもありがたいと思うべきかもしれない。
 愛馬の手綱を手にユリアンは前方にみえる岩山の鉤爪を思わせる特徴的な頂きを仰ぎ見た。

「それはとても綺麗な陽だまり色の花だったの」
 ハンターだった母が幼いユリアンに聞かせてくれた寝物語の一つ。辺境に暮らすとある部族と彼らの祖霊である花の話。その花はそこにしか咲かないらしい。
 雪解けの頃に咲くのよ、そんな言葉を思い出し記憶にある母の話を頼りに北へふらりと旅に出た。
「そろそろ目印の遺跡が見えても……」
 遠くに目を凝らすユリアンを真似てか耳を欹てるアルエット。その首を「迷ったわけじゃないよ」と優しく叩く。
 間もなく雪原の向こうに遺跡が姿をみせた。その遺跡がら伸びる脇道へと入る。ぱら、ぱらと足元に零れる雪。何事かと上を見れば、ユリアン目掛けて雪の塊が落ちてきた。
「えぇっ?!」
 慌てて避けるユリアン。崩れた塊からにょきりと生える二本の小さな足。
「その……大丈夫かな?」
「ねぇ、お兄さん、旅の人?」
 恐る恐る声を掛けるユリアンに雪の中から顔を出した幼い娘が赤毛を揺らして無邪気な笑みを向けた。

 竈で爆ぜる火。大きなケトルから天井へと上る湯気。
 ユリアンは遺跡で出会った娘に半ば強引に彼女の家まで連れてこられた。娘の名はチアクと言い村の長老でもある祖母と二人暮らしだそうだ。
「孫が無理を言ったようで申し訳ないねぇ」
「俺もこちらの村に用があったので」
 長老から薬草茶の入ったカップを受け取る。
「こんな何もない村にかい?」
 チアクも「本当に何もないのよ」と椅子に座って足を揺らす。ユリアンを連れて来たのも旅の話を聞きたかったからと言っていた。
 そこでユリアンは母から聞いた話を長老に伝える。
「おぉ、あんたはあの時の娘の……」
「え……、母を覚えている?」
 驚きで思わず余所行きから素に戻る言葉。慌てて謝罪するが「構わぬよ」と長老は気さくなものだ。
「それじゃあ、その花は……」
「勿論この地に……」
 退屈していたチアクが「案内してあげる」と手を挙げた。
「まだ花には早いが……。まあ、行ってごらん。チアク、ちゃんと案内するんだよ」
「はぁい。ユリアン、こっちよ」
 外へ駆け出していくチアクをユリアンが追いかけた。
 村の北外れ、岩山の麓に広がる針葉樹林との境界にその花の群生地があった。地に這うように葉を広げ小さな固いつぼみを雪の合間からのぞかせている。
「アメノハナって言うの」
「雨の?」
「この花が咲く頃にその年最初の雨が降るのよ。春の訪れを教えてくれる大切な花なんだから」
 冬の間雪しか降らないこの地方にとって雨は春を告げるものだと、チアクが教えてくれる。
「お日様みたいな色の花が一面に咲くの!」
 両手を広げるチアクは嬉しそうだ。
「綺麗なんだろうな。俺も見たかったよ」
「また来れば良いじゃない。アメノハナはね、私達に向けたご先祖様の言葉でもあるのよ」
「ご先祖様はチアク達になんて?」
「どんなに厳しい冬でもいずれ春が来るって」
 素敵でしょ、とチアクが得意気に笑った。
 暫くチアクに引っ張られ周辺を散歩をしていると聞こえてきた狼の遠吠え。最近どこからか狼がやってきたみたい、とチアクが言う。

 その夜は「旅のお話をして」とチアクにせがまれ長老の家に泊まることとなった。
「羊番にスープを持っていっておやり」
 長老がスープを入れた携帯用の鍋をチアクに渡す。
「俺も一緒に行こうか?」
 先ほどの狼の件もある、と立ち上がるユリアンに「子供じゃないんだから大丈夫よ」とチアクはさっさと行ってしまう。背伸びをしたい年頃なのだろう。
 夕食の礼にとユリアンが淹れた茶に長老が「いい香りだねぇ」と目を細めた。
「アメノハナってどんな花なんだろう?」
 残念そうなユリアンに長老が羽織っていたケープを広げ、施された刺繍の中から小さな丸い花を指差す。これがアメノハナだよ、と。
 部族の娘達は代々母から刺繍を教わるらしい。モチーフの一つ一つに意味があり、祖霊の花はお守りの意味も込めて必ず入れることになっているそうだ。
「アメノハナと共にある……」
「その通りさ。……でもね」
 長老が眉を寄せる。
「此処にもとうとう虚歪が現れるようになってねえ……」
 虚歪、世界を蝕むモノ、だがその正体も目的も不明だ。
「わしらはこの花が咲く限り、共にあろうと思っている。しかし若い世代を巻き込むのは……」
 チアクが座っていた椅子を長老が見つめた。
 辺境に暮らす部族が直面している問題はユリアンにも覚えがある。
 先祖代々の地を守るため虚歪と戦い滅ぶか、滅びをよしとせず土地を、祖霊を、文化を捨て帝国へ移住するか。この村も同じであった。
「どちらが良いのか難しいところだよ」
 そう簡単に決められる問題ではないしね、と零した溜息に狼の咆哮と小さな悲鳴が重なる。
 俄かに騒がしくなる外。
 ユリアンは黒馬の紋章の刻まれたサーベルを手に外へ飛び出した。

 駆けつけたユリアンの目に映ったのは、青白い月明かりに煌く雪の如く真っ白な毛を持つ巨大な双頭の狼に似た虚歪の姿。
 その狼の足元にチアクが座り込んでいる。狼がチアクに向かって振り上げる前足。その一撃は簡単に少女を切り裂くだろう。
「チアクっ!」
 ユリアンの足元から巻き起こる新緑色に輝く光を纏った風。髪が服の裾がふわりと浮く。一瞬の集中の後、雪を蹴り上げチアクと狼の間に割って入った。
 火花を散らす爪とサーベル。狼の力に押され踏ん張った足が地を滑る。
「やらせるかっ!」
 気合と共に押し返しチアクを抱え飛び退く。次の瞬間、前足がユリアンの背を襲う。チアクを抱きしめ庇い雪の上を転がった。
 すぐさま立ち上がり村人にチアクを託し構えるサーベル。背中がずきりと痛む。爪に抉られた傷が熱い。
(俺一人じゃ……っ)
 狼の光のない黒の瞳、威圧感に押しつぶされそうだ。
「早く、逃げろっ」
 自分だけでは足止めが精一杯だろう。少しでも遠くに聞こえるようにと声を張り上げる。
 狼が吼えた。その咆哮は心臓をも鷲掴み、村人が腰を抜かす。
 狼の周囲に浮かんだ氷の礫が村人へと降り注ぐ。
 範囲が広い。抱えても逃げ切れるかわからない。覚悟を決めユリアンは村人を背に庇い立つ。頬を髪を腕を足を氷の礫が容赦なく切り裂き、一際大きな礫が腕に突き刺さった。
 流れる血に染まる雪。
「ユリアンっ!」
 チアクに「来るな」と一言。
 遅れて現れた長老に「皆を逃がしてくれ」と叫んだ。状況を察した長老が「慌てるでない。動けない者を連れ遺跡までお逃げ」と村人に指示を飛ばす。
(……皆が逃げるまでの時間を稼がないと)
 血で滑るサーベルを握りなおし、ユリアンは双頭の狼を睨んだ。森の香を含んだ風がユリアンを包み込む。


 遺跡の中、村人は身を寄せ合い息を潜める。風に乗って聞こえる狼の遠吠え。しかし人よりも気配に敏いアルエットが大人しいところをみると狼は村に留まっているのだろう。
 村人が全員逃げたことを確認し合流したユリアンは隅で傷の手当をする。
「大丈夫?」
 心配そうに覗き込むチアクにユリアンは「大丈夫だよ」と包帯を巻いた腕を動かしてみせた。傷は大小あちこちにあるが幸い骨も腱もやられてはいない。
 奥では長老を始め大人達が話し合いの最中だ。「帝国へ」「村を捨てるのか」漏れ聞こえる声。
(俺にもっと力があれば……)
 あの虚歪を倒せたかもしれない。拳を握る。いやあれを倒したところで、ずっと自分は村を守れるわけではない。いずれまた別の虚歪が現れるだろう。
 帝国への移住……ユリアンの脳裏に浮かんだのは先だって縁ができたとある部族。彼らは移住した帝国でもたくましく生きている。そのような生き方もあるのだ。

「せめてアメノハナを守らなくては、死に絶えてしまう」

 誰かが言う。虚歪の元では全てが死へと向かう。自分達の祖霊であるアメノハナが世界から失われてしまう、その事実に誰もが言葉を失い俯いた。

「とても綺麗な花よ」
 母の声。
「素敵でしょ」
 誇らしげなチアクの笑顔。

 ユリアンは拳をじっと見つめた。俺だって……。
「枯らしたくない……」
 決意を込めた呟き。

「俺に時間を下さい」
 突然立ち上がったユリアンに集まる視線。
「旅人のあなたにこれ以上甘えるわけにはいかない。それに一人では……」
 満身創痍のユリアンに村人が控えめに言う。
「確かに俺一人では力不足です。でも手を借りれば……」
 虚歪を倒し祖霊の一輪だけでも、とユリアンが村人に向かって訴えた。たとえこの地を離れるにしても祖霊の花とともにあれば心強いだろう。何より全てが終わった後再びこの地に戻ることだって。
「だから俺に時間を下さい」
 もう一度ユリアンははっきりと告げる。長老がユリアンの真意を確かめるようにじっと見つめた。
「お願い、アメノハナを助けて!」
 チアクが手を胸の前で握る。
「俺もアメノハナが咲いているところをみたいからね」
 ぽん、とチアクの頭に乗せる手。
 そのやり取りに長老がふっと笑んだ。
「お願いしてもいいだろうか? アメノハナを我らの手に……」
 ユリアンは大きく頷いた。


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■解説
とある辺境部族の村に出現した虚歪を倒し、祖霊アメノハナを取り戻してください。

登場人物
 ユリアン(ka1664) 外見年齢16歳、男性、疾影士
 チアク 8歳、辺境部族の少女(ゲストNPC)

■マスターより
この度はご発注ありがとうございます。桐崎です。
OP風ノベルいかがだったでしょうか?
初めての試みで楽しかったです。
お言葉に甘え色々とアレンジを入れさせて頂きました。

イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。

それでは失礼させて頂きます(礼)。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ユリアン・クレティエ(ka1664)
副発注者(最大10名)
クリエイター:桐崎ふみお
商品:MVパーティノベル

納品日:2015/02/23 16:46