※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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春の足音
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アルエットから飛び降りたユリアンは手綱を近くの木に結ぶのももどかしく、「先に行ってる」と同行の二人に告げて遺跡へと駆け込んだ。
「途中転ばないといいんだがね……」
愛馬グィーの背から外した医薬品や保存食の入った袋をエアルドフリスは肩に掛ける。ユリアンから聞いたところ、元々遺跡はいざというときの避難場所として食料や毛布やら色々と常備されているらしいが念のためだ。
「俺は周辺を確認してくるよ」
そっちはどうする、と問われたジュード・エアハートはひらりと白いドレスの裾を靡かせ馬から飛び降りた。板金で所々補強された白いドレス、手には弓、戦乙女を彷彿とさせる姿だが男だ。
「歪虚を退治できてもこっちに何かあったら目も当てられないからね」
可愛い弟分の手が回らないところをフォローするのが兄貴分の役目、と片目を瞑る。
「気をつけろよ」
「だーれに言ってるのさ?」
冗談めかしてから「大丈夫、何かあったらすぐに連絡するよ」と肩越しに手を振って歩き出した。
サク、サク……踏みしめる雪の音だけが響く。帝国より北方に位置するこの地方はまだ雪深い。
「ユリアンの話では遺跡まで狼の遠吠えが聞こえたらしいけど……」
ジュードは耳を澄ますが獣の鳴き声や物音も聞こえない。森全体が息を潜めているように。これも歪虚のせいだろうか。
「新しい爪痕もない、か」
木の幹に触れる。あるのは黒ずんだ古い傷だけだ。雪の上には足跡も見受けられなかった。
風の紋様が描かれた弓懸の上にぽつ、ぽつと咲く白い小さな花。
「雪、だ」
見上げれば空に垂れ込んだ分厚い雲から雪が舞い落ちてくる。
「……そうだよね」
春を告げる花は歪虚の下にあるのだから。それを守りたいと皆に協力を仰ぎに来たユリアンの必死な様子を思い出す。ジュードもユリアンもエアルドフリスも、そして村に先行している三人も皆同じ小隊「Orakle」の仲間だと言うのに水臭いな、と思う。
「大切なお友達のお願いだもの……」
手を貸さないわけないじゃない、と此処にはいないユリアンへと向けた。
遺跡の階段を一足飛びに駆け上げるユリアン。
「ユリアン!!」
「うわぁっと……危ない。一緒に落ちたら大変だって」
踊り場でいきなり抱きついてきたチアクをユリアンは慌てて受け止める。
「そしたら俺が二人のクッションということか……。受け止めるにはユリアンは少々厳しいかねぇ」
背後からの声。
「どなた?」
「エアルドさん、俺の師匠だよ」
「お嬢さんがチアクかな。こんにちは。長老殿への案内頼めるだろうか?」
「お……」
じさん、にいさん、チアクの戸惑いに気付いたユリアンは小さく「お兄さん」と耳打ちした。
「……お兄さん、おばあちゃんと同じ匂いがする」
「おばあちゃん……?」
「私の好きな匂い。二人ともこっちよ」
と、チアクが身を翻す。
「多分、薬草やハーブの匂いのことかと……」
「まあ、好きな匂いだというのならば光栄だ」
互いに顔を見合わせる二人。
チアクがとある部屋へと入っていく。講堂のような広い部屋だ。
奥に長老と村の相談役達がいる。
ユリアンが遺跡を発ってから一週間ほど。あの夜よりも落ち着きを取り戻しているが、一様に疲労の色が濃い。
ユリアンから紹介されエアルドフリスは長老達と向かい合う。
「助手が世話になりまして」
「いいや、ユリアンにはわしらが世話になりっぱなしだ。あの夜助けてくれただけでなく今もこうして来てくれておる」
なるほど長老からは薬草や香草の匂いがした。慣れ親しんだ香りはどことなく親しみやすさを覚えさせる。
いやそもそもユリアンからこの村の話を聞いた時に奇妙な縁を感じたのだ。
(アメノハナか……)
春の雨を呼ぶという彼らの祖霊。
エアルドフリスは魔導短伝話で長老達から得た情報を先行隊に伝えているユリアンの横顔、それから小さな窓の外、村の方角へと視線を向けた。
エアルドフリスの胸のうちに自身が育った辺境の小部族が思い起こされる。
雨の精霊を崇めるその部族はもう存在していない。12歳の時、歪虚に襲われ滅んだのだ。
だからこそ……。
(喪わせたくは……ないねぇ)
心配そうに此方を伺っている村人へと振り返る。
「既に俺達の仲間が先に村に向かっている。なぁに、こういった事には慣れてる連中さ。あまり心配してくれるな」
な、と同意を求められたユリアンは「もちろん」と駆け足気味に答えてから一度咳払いをした。
「チアクとも約束しました。アメノハナを守る、と。皆頼りになる人たちばかりなので安心してください」
「ところで怪我人や体調の悪い人はいないかね? 遠慮せずに言ってくれ。折角歪虚を倒しても、祝いの宴に参加できないんじゃがっかりだろう?」
大袈裟に肩を落とす仕草に村人が笑う。張り詰めていた緊張が少しだけ解れた。
村への先行隊は小隊長アルヴィン・オールドリッチにダリオ・パステリとフレデリク・リンドバーグ。
壊れた家や柵、倒された木、狼の痕跡はあったが村は静かなものだ。
村の外に出てくれたのならば重畳だが……。
「これまた難儀な場所に陣取っておるな」
ダリオが眉間に眉を寄せて腕を組む。双頭の狼はアメノハナの群生地にいた。右の頭も左の頭も目を閉じている。寝ているかのように。
「あそこカラ狼を引っ張り出さナイことには始まらないネー」
一旦狼から離れ三人は作戦を練る。
アルヴィンが雪の上に簡単な村の地図を描いた。
「遠距離のジュードさんとエアさんが攻撃の中心ですし、林は避けたいですよね」
フレデリクの人差し指が群生地から村の広場へと南下していく。
「だがそこに誘き寄せるまでに周囲に被害が及ぶ可能性も高かろうて」
広場周辺は居住区だ。
二人の意見を耳にアルヴィンは地図を見下ろす。
ユリアンは年齢の割には一人を好み、一人に慣れている、とアルヴィンはみてる。いや寧ろ生来の真面目さもあって一人で何もかも抱え込もうとしているというべきか。
その彼が今回自分達を頼ってくれたのだ。
(良い傾向ダヨ……)
ふ、ふふーと漏れる笑みに二人がアルヴィンを向いた。
その期待に応えるのが年長者の役目というものだろう。アルヴィンは先ほどユリアンから得た情報をもとに頭の中に村を思い描く。
「北西は羊小屋がアルから……誘導するならコッチだネ」
村の北東部の外れをさす。広場よりは狭いが、それなりに開けた場所だ。何より守る建物が少ないのが良い。
物陰に身を潜め、アルヴィン達は風下から狼へと近づく。
間近でみる狼は見上げるほどに大きかった。その周囲に踏み荒らされたアメノハナ。
三人は視線で頷きあう。
ダリオが剣を静かに抜く。隠れていた木から飛び出し一直線に間合いを詰めた。
気配に狼が目を覚ます。振り上げられる前足、まともに喰らえば頭くらい軽く持っていかれるかもしれない。
だが、躊躇わず踏み込む。
「一番槍はそれがしが頂いた」
下段に構えた刃が半円を描き雪を巻き込み狼の胸元を狙う。飛び散る真白な毛。
「油断大敵ダヨ」
一閃を避けた狼の顔の前、ダリオの背後からアルヴィンが飛び出す。左右の目の下に現れる涙とハート、周囲で煌く星がアルヴィンの動きに合わせ流星となる。
右手から放たれた黒い影の塊。
「もォ~ひとォつ!」
そのまま宙で華麗にターンを決め左手からも。黒い影は双頭の狼の目を狙う。
更にダリオの背、アルヴィンの肩を足場にフレデリクが一時的に視力を失い前足を踏み鳴らす狼の頭上から襲い掛かった。
アルヴィンはダリオの背にどすんと落ちて、
「ナイス、クッションだネ」
と親指を立て飛び降りる。
フレデリクの手の中で覚醒する機導杖。小さく唸る機導杖より生み出された一振りの光の剣。杖を振るうとそのまま光の刃が狼の額を打つ。
「さァて、ココからが本番。パッティー頼ンだからネ」
アルヴィンの指が鳴りダリオを薄い光の幕が包む。防御を高める魔法だ。
「双頭の狼よ、そこもとの相手はそれがしである」
狼の正面、ダリオが名乗りを上げる。どろりと黒い双眸がダリオを睨んだ。
狼が前足を振るう。ダリオが身を屈め振るわれる方向と逆側に転がった。すぐさま起き上がり、足に一撃与え飛び退く。此処から北東の空き地まで一人と一匹の鬼ごっこの開始だ。
「此処に居たんだ」
ジュードが部屋の入り口のアーチから顔を覗かせた。
「周囲には獣も歪虚の気配もなかったよ」
ジュードは聊か乱暴に肩にかかった雪を払うと部屋へと入る。
「おねえさんもいるの?」
ジュードの顔を見上げるチアク。
「ううん、俺はお兄さん。ジュード・エアハートだよ、よろしくね」
手を差し出すジュードと握手するチアクの頬が少し赤い。
薬を調合するエアルドフリスを手伝うユリアンの傍にチアクがやってくる。
「羊小屋の裏に小さな道があるの」
チアクがユリアンの耳に顔を寄せこそりと囁いた。
「大人も知らない道よ。怪我をしたらそこから逃げて。きっと狼も知らないと思うから」
瞬きを繰り返すユリアンに「お花はとても大事。でも……」と唇を尖らせて俯く。
「ユリアン達が死んじゃうのも嫌っ」
そういえばチアクは祖母である長老と二人暮らしだと言っていた。ひょっとしたら病や事故で二人とも亡くなっているのかもしれない。
「ありがとう。いざとなったら使わせてもらうよ」
でも、とチアクの頭に手を置いた。
「大丈夫。村も花も守るから。 皆本当に強い人たちなんだ」
「……ユリアンも強いの?」
「え、俺? 俺は……ん~」
「そこは『俺も強い』と言っておくところだよね」
背後からユリアンを覗き込むジュード。一連のやり取りに笑いが起きた。訪れた頃よりもだいぶ空気が軽くなってきたな、とエアルドフリスは思う。
そこに魔導短伝話の呼び出し音が鳴る。
先行隊からの連絡に表に繋いだ馬へと急ぐ三人。
アルヴィン達は遺跡とは逆側の村外れに狼を誘い込んだらしい。
「メテオーラ、あと一息頑張れ」
ジュードは騎乗している愛馬の鬣を少し乱暴に撫でてやる。それに応えメテオーラがグンと速度を上げ先頭を行くユリアンのアルエットに並ぶ。
そして間もなく戦いの喧騒がユリアン達の耳にも届き始めた。
フレデリクのマテリアルが機導杖を通り力の放流となってダリオへと注がれる。
巨大な狼の周囲に浮かぶ氷の礫。礫が四方八方に飛び散ると同時に、フレデリクの機導杖から迸る雷撃。雷撃は双頭の狼を貫きその動きを阻害する。
ダリオは囮として敢えて正面から狼に挑む。氷の礫は直撃するものだけを叩き落す。建物を狙ったものは……。
「此方は任せテ」
構えた盾で建物に向かってきた礫を受けるアルヴィン。彼に任せれば問題ない。ダリオの刃と狼の爪が交差する。フレデリクからの強化を受けてなお足が地を削った。組み合っていては此方が不利と爪をいなし横へと回り込む。
「二人は俺が狼の前に出たら攻撃を……」
戦場に駆けつけたユリアンはそう言い残し足元から巻き起こる新緑の風の残影を残し駆け出していく。
狼の横を走り抜けるユリアンに届く加護の光。ユリアンの視線に応えてキラキラ星を従えたアルヴィンが軽く帽子の縁を上げた。
ユリアンを狙う一撃を踵を軸に避け、振り返りざま狙う前足。サーベルの切っ先は狼の皮膚を裂く。白い毛に広がるどす黒い血のような染み。
狼は眼前のユリアンやダリオに夢中だ。後方で距離を置くエアルドフリスとジュードに気付いていない。いや気付いていてもそこまで気が回らないのかもしれない。
「さ、此方とも遊んで頂こうか?」
流れる水を模した装飾を施した杖を翳す。
「空、風、樹、地……結ぶは水……」
ポツ、ポツ……エアルドフリスの周囲に響き始める雨音。まだ濡れるほどの雪ではないというのに、エアルドフリスの金色の髪はしっとりと露を含み額に張り付き、白地のローブに雨染みが浮かぶ。
エアルドフリスの横でジュードは素早く蒼い弓を構えた。リアルブルーから齎されたというその弓はジュードの背より遥かに大きい。弦を引き絞り目を閉じた。「天地均衡の下……」エアルドフリスの詠唱と共に聞こえてくる雨音に合わせる呼吸。
ジュードの髪が黒から深い海を思わせる青へと変わる。
「巡れ……」
エアルドフリスの低い声が響いた瞬間ジュードが黄金へと転じた双眸を開く。背には光の軌跡を描き広がる翼。
エアルドフリスの水球を追い矢を放つ。
ユリアンに噛み付こうとした狼の背に水球が炸裂し矢が刺さった。
光沢の無い黒い目に陽炎が映る。
ウォオオ……ン
怒り任せた狼の咆哮。左右の頭、それぞれ違う高さの咆哮は人間の感覚を狂わせる。震える大気にユリアンが膝をつき、ジュードの手から二射目の矢が零れた。
鼻先で薙ぎ払われユリアンが吹っ飛ぶ。向かう先には大樹。
「ユリアン殿っ!」
咄嗟に伸ばすダリオの手は届かない。
狼は反転すると動けないジュード目掛け駆け出した。
逃げないと、せめても転がれ、そう念じても意志に反しジュードの身体は動かない。その眼前に見慣れた背中が立ち塞がる。エアルドフリスだ。
「聊か痛い目をみてもらおうか……」
一層強くなる雨音。幾筋も水滴が滴る前髪から覗く眠たげな双眸に宿る剣呑な光。呪文の完成よりも一歩、狼の方が速い。
だが……。
「行かせませんっ」
上から小柄な身体が両者の間に降ってくる。
「狙うなら目ダヨ」
アルヴィンの声にフレデリクは光の剣で狼の目の前で振るった。鼻面に一文字の一撃。深くは無い。だが強烈な光に目を焼かれた狼が身を捩り苦しむ。
「フレデリク、屈め」
着地したフレデリクは声に地を転がる。フレデリクがいた場所を駆け抜け狼の額に深々と刺さる疾風の刃。エアルドフリス、フレデリク、左右の頭がそれぞれを捉えた。
「余所見は感心せんな」
狼の後ろ足にダリオが深々と剣をつきたてる。激しく振られた後ろ足に剣ごと吹き飛ばされたダリオは宙で体勢を整え着地と同時に狼に向かう。
攻撃した者へ意識を向ける狼は姿以上の知能は持ち合わせていないように見えた。扱いやすい相手ではあるのだが……。
(単騎でのこのこと現れるなど肝の座った阿呆か、肝の座った偉丈夫のどちらかだと思ったが……)
これは後者か。一撃一撃が重たく左右に流していくしかない。
大樹にぶつかる瞬間、アルヴィンのワイヤーがユリアンの胴に絡まり勢いを殺した。
「ぐっ……」
それでも強か背中を打ちつけ呼吸が止まる。手から滑り落ちるサーベル。
口の中に広がる血の味。皆が戦っている、自分も早く戻らないと……起こそうとした身体に痛みが走りアルヴィンに支えられた。
「なさ……なぁ」
「ユリアン君、戦いはネ、一人でスルものじゃあナイんダヨ?」
零れた言葉にチッチと人差し指を振るアルヴィン。支えられている腕から暖かな光がユリアンの身体に染み込んでくる。ああ、そうだ、とユリアンはゆっくりと息を吐く。自分には頼もしい仲間がいるのだから。
「さァ、行ってオイデ」
アルヴィンが落ちたサーベルを拾ってユリアンに差し出す。
「アルヴィンさん、ありがとうございます」
それを受け取りユリアンは走り出した。
矢継ぎ早に放たれたジュードの矢がタタンとエアルドフリスの魔術がつけた傷口を抉る。フレデリクの雷撃が狼の動きを阻害し、ユリアンとダリオがかわるがわる場所を入れ替えつつ狼の気を引く。
あちこちに黒い血に似たなにかを滲ませ狼は低く唸り正面のハンター達を見据えた。ぴんと立つ耳は背後の気配を探る。
一瞬の静けさの後、今までの比ではない数の礫が弾けた。一つ一つは小さく皮膚を切り裂きはするが鎧を貫ける威力はない。だが目潰しとしては上出来だ。
誰もが動きを止める。
その隙を狙って狼は低木を押し倒し逃げ出した。その先にあるのはアメノハナの群生地だ。
「おっと、花に向かおうとしてもそうは行かないよ」
ジュードが走りながら矢をつがえ狙いを定める。立て続けに三射、風切り音を響かせ狼の足元に突き刺さった。狼の行く手を阻む。
背後から狼の尻尾に絡みつくワイヤーウィップ。
「ソッチは通行止めダヨー」
楽しそうなアルヴィンの声。
(狼ってもんは群れで行動するもんじゃないのかね?)
それが歪虚に当てはまるかは分からないがエアルドフリスは周囲を警戒する。だからこそ異変に気付けた。
ダリオの足元、雪が内側から持ち上がる。
「ダリオ、足元注意……」
思わず声を張る。狼の右の頭が吼えた。地面を割り突き出す氷柱。
ダリオが身体を捻って直撃を避ける。だが軸足と頭を庇った腕の肉が防具ごと持っていかれた。雪を染める鮮血。
狼がダリオへ突進する。左の頭が氷柱を噛み砕き、右の頭が牙を向いた。
ジュードが放つ矢もエアルドフリスの風の刃もことごとく氷柱に防がれる。
「やらせるかって!」
一気に加速したユリアンがダリオをアルヴィンへと突き飛ばし場所を入れ替わった。狼の動きに逆らわないように身をかわすが牙に腕を引っ掛けられる。
流れる血で滑る柄を握りなおした。
「氷柱が出るまえに雪が盛り上がるからな」
エアルドフリスの警告にユリアンが頷く。……と耳元で鳴る音。反射的にサーベルを上げる。
火花を散らし交差する狼の爪と刃。
一歩気付くのが遅かったら爪が顔を抉っていただろう。ユリアンの背筋を冷や汗が伝った。
氷柱と狼自身の攻撃、両方に対応するのは困難だ。だが距離も取れない。
「……懐に、飛び込めば……」
さすがに自身ごとユリアンを貫くような真似はしないだろう。
「援護します」
フレデリクの雷が狼を捕らえる。
強引に前足を押し返し狼に向けて走り出した。ユリアンの前方を遮るように、いや己の身を守る要塞を作ろうというのか狼の周りに次々と氷柱が生まれる。
爪先でターンを決めて一本目、右に飛んで二本目。三本目は左足で蹴り上げ、そして最後は突き出るより先に飛び込んで狼の懐に。
「致命傷じゃなくていいんだ……」
自分が与えるのは。仲間が攻撃する隙を作ればいい。ユリアンは狼の気を引くように動き、時に攻撃を加える。
ユリアンの頭上、狼の一方の顔を影が襲う。アルヴィンの魔法だ。となればダリオの回復は終ったのだろう。ならば自分はもう少し粘ればきっと大丈夫。
エアルドフリスとジュードはその時を待っていた。狼が無防備になる瞬間を。
既に弦は十分に引き絞られ、魔法は完成し発動を待つばかりだ。
足を狙う……と見せかけ牽制してきた狼の頭、その顎を狙いユリアンはサーベルを突き出す。
「おかしらぁっ、今だっ!」
「いざっ!!」
ユリアンの声に答え、裂帛の気合とともに飛び込んでくるダリオ。足も腕もまだ肉の色が生々しい。
右の鼻面を横から叩き抜けると振り向きざま今度は左を叩く。強い衝撃に狼が身体を揺らした。
ジュードが矢を放つ。要塞と化した氷柱を一直線に貫き道を開く一条。
そこに当たり前のようにエアルドフリスの水球が周囲の空気を巻き込むように螺旋を描き突っ込んでいった。
ウォオオ……ん……
狼の身体がゆっくりと崩れ落ち、そして溶けるように消えていく。
狼を倒したという余韻に浸る暇もなくユリアンはアメノハナの群生地に駆け出す。
踏み荒らされた群生地に言葉を失うユリアン。自分は守れなかったのだろうか……ふとそんな思いが頭を過ぎる。
「ユリアンさん、これを……」
フレデリクが雪の合間を指差した。よく見れば踏み荒らされているが花は枯れていない。
「……良かった」
力が抜け座り込んだユリアンの手元にアメノハナ。蕾に混ざる淡い橙。綻び始めている。
「ユリアン、皆に知らせてきなよ。その間俺達で周辺の安全確認してるからさ」
「俺も手伝うよ。皆でやったほうが早いだろ」
「村人を安心させるのも大事な役目じゃないかね?」
エアルドフリスの言葉に「そーいうこと」とジュードが笑う。
「早くせぬと心配した村人が様子を見に来るやもしれぬぞ」
「一人が寂しいナラ、僕が手繋いデ行ってあげようカ?」
ひょいとダリオの背から顔を覗かせたアルヴィンが冗談とも本気とも区別つかない笑顔で手を握ったり開いたり。
「いっ……行ってきます」
ユリアンは数歩走って振り返る。
「皆、ありがとう」
それだけ言うときびすを返して走り出した。
ユリアン達は歪虚に壊された家の修復などを手伝うために村に数日留まった。
ある日、ユリアンはチアクとの散歩中、アメノハナの群生地を通りかかる。
「見て、見て」
チアクが駆け出す。
「あわてんぼうさんが一人」
チアクの足元に揺れる小さな陽だまり色の花。
「とても優しい花だね」
「でしょ! これはユリアンと私だけの秘密ね」
人差し指を唇の前に立ててチアクが片目を瞑った。
「ありがとう、ユリアン。皆、皆喜んでいるわ」
実際すごい喜びようだった。村の共同財産である羊を好きなだけ持っていってくれといわれた時は流石にユリアン達も焦ったほどだ。
「アメノハナが満開になったら皆でお祭りをするの。春を迎えるお祭りよ! 踊ったり歌ったりとても賑やかなの!」
「それは楽しそうだ」
「ユリアン達も来てね! 皆待っているから」
約束よ、とチアクとユリアンは指切りを交わす。
雲の切れ間から差し込んだ光がアメノハナを照らす。きっと間もなく花が咲き春の雨が降る……。
果たして村が此処に残るのか帝国に移住するのかまだ分からない。実際今回の件でまた皆の意見が変わった、と長老が話していた。
だが今くらい、春の訪れをアメノハナと共に喜んでも良いだろう……。村へ帰る道すがらユリアンはアメノハナを振り返った。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ka1664/ユリアン/男/外見年齢16歳/疾影士】
【ka0410/ジュード・エアハート/男/18歳/猟撃士】
【ka1856/エアルドフリス/男/外見年齢26歳/魔術師】
【ka2363/ダリオ・パステリ/男/外見年齢28歳/闘狩人】
【ka2378/アルヴィン = オールドリッチ/男/外見年齢26歳/聖導士】
【ka2490/フレデリク・リンドバーグ/男/外見年齢16歳/機導師】
【ゲストNPC/チアク/8歳/辺境部族の少女】
■マスターより
この度はご依頼頂きありがとうございます。
また色々とお手を煩わせてしまいまことに申し訳ございませんでした。
小隊の皆様のご活躍を描けていれば良いなと思います。
こちらは『春を呼ぶ花』リプレイとなります。
双頭狼を倒し、アメノハナを無事に守りきることができました。
村への損害も皆様のおかげで最小限です。
結果、大成功です。
少ししたらチアクから皆さんのもとに祭りの招待状が届くことでしょう。
イメージ、話し方、内容等気になる点がございましたらお気軽にリテイクを申し付け下さい。
それでは失礼させて頂きます(礼)。