※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
背の追い方

●飛ぶための枝

 隣を歩くエステル・クレティエ(ka3783)の横顔をユリアン(ka1664)がまじまじと見つめる。
「まさかエシィがハンターになるなんてなぁ」
「兄様ってばそればっかり」
 いい加減飽きないの?
 嗜めるような言葉だが怒っているわけではない。ただ当たり前に兄妹の会話ができることが嬉しくて、くすくすと笑顔を零しながら返す。これが自分の甘え方なんだという自覚があって、だからこそ言葉は思うまま。
「私の事を言うくらいなら、小隊の皆さんの話をしたらどう?」
 どんな仕事をしてきたのか、そういう経験譚でもなんでもいいのにとも言ってみる。毎日楽しそうに過ごしているというのがその口ぶりや笑顔から伝わってくるから、それを聞くのはエステルにとっても楽しいことだ。
(一人で大変じゃないかなって心配したこともあったんだけど、取り越し苦労だったみたい)
 同時に、自由な兄を羨ましく思ったり、兄が彼らに取られてしまったような気もして寂しい気持ちになったり、自分もハンターとしてそんな出会いを見つけたいと意欲を更に高めたり……こんなことまで全て伝えてしまったら、きっと困ったような顔で笑うだろうから。そっと胸の中に忍ばせて置こう。

(そんなに話してばかりだったか……な)
 あまり自覚はなかったのだけれど、自分で思っていた以上に彼らの話をしてしまっていたらしい。それこそ妹が、皆の名前や職業をすらすらと答えてしまうくらいには。
 今までに聞かされた話、としていくつか指折り挙げてくる妹の声を聞きながら、自分はそれだけ彼らとの時間を楽しんでいるのだと実感する。
 ごめんと言うのも違う気がして肩をすくめるだけに留めた。離れていた間の話としてねだられたからと思っていたけれど。それほど自分は今の暮らしを気に入っているのだと自覚も強まった。
 けれど、妹に対しては話題選びに失敗してしまったかもしれない。里帰りしてからこれまでの記憶を漁ると、ハンターとしての話ばかりだ。妹がハンターを続けることを止めたいと思っているのに、楽しい記憶ばかりを話すのは失敗だったかもしれない。
(だからって大変だった話をするのも違うよなあ)
 それならそれで、心配をさせてしまう事も分かっていた。

●寄り添う支柱

「ところでさ、贈り物は決めたのか?」
 今向かっているのは王都の第三街区だ。母親の馴染み、雑貨商がある地域。
 ハンターの初仕事で手に入れた報酬で母に贈り物をするのだと、エステルたっての希望にユリアンは付き添ってきた形だった。
 兄の言葉に一つ頷いて、人差し指をくるりと回す。
「考えているものはあるの。リアン兄様のお土産と同じにはしないから、それは安心してね?」
 あんな風に可愛くて美味しいお菓子を持って帰ってこられたら、他のお菓子なんて店で選べないと拗ねたように言えば、ユリアンの目が細くなる。
(また、嬉しそうな顔)
 家族以外の事でもこんな顔をするんだな、と新しい発見がまた一つ増えた。極楽鳥と言っただろうか、そのお菓子の店は。兄の仲間が店長を務める店だと聞いているけれど……うん、女性じゃなくてよかった。
(女の人の影があるなんて思えないけれど)
 もしいつかその時が来たら、なんて考えるのもまだ早いかな?

 二人とも歩きなれた故郷の雪道だけれど、先の狂気作戦で襲撃を受けた地域も遠くない。
 1人では危ないとついてきたのは兄としての責任もあるけれど、故郷の現状を自分の目でもしっかり確かめたかったからだ。
 未だ復興も疎らなせいで、道すがら目に飛び込んでくるのは片付けきれていない瓦礫や、応急処置のままの窓。
「復興は順調とは言い難いか……」
 それでもだいぶ少なくなってきたんだとは思う。つまりその時は今よりもひどかったのだろう。街の人達の尽力、国の補助やハンター達の手助け。様々な手があって、やっとここまで。
 実家、特に生家も例外ではなかったけれど被害は小さく済んでいた。不完全だった、手が足りていなかった場所には自分でも手を貸して、補修と少しの補強はつい先ごろ済ませたばかりだ。
(家だって例外じゃなかった。……やっぱり言わなきゃならないか)
 何度しつこいと言われても、自分はやっぱり兄だから。
「なあ、エシィ?」
 声音を改める。大事な話の時はこうしてお互い背筋を伸ばす。
「なぁに、リアン兄様」
 エステルも何の話か分かってはいるようだ。
 これが最後の機会だろうと、互いに心に決めた。

「どうしてハンターになったんだ?」
 登録し仕事を請けているという事ばかりに目が行って、改めて聞いていなかった。
「夢がね、あるの」
「夢?」
「魔術師学校に行きたくて。そのための資金を自分で貯めたいの」
 家計が苦しいと言う訳ではないから、強く望めば出してくれるだろうけれど。これは自分で決めたこと。
「学校に行かなくたって、母さんに教わればいいだろ? いや、今までだって習っていたんじゃないのか?」
「もちろん習ってるわ、だから戦い方だって知ってる」
 それは確かに基礎の部分で、経験が足りない今はまだ未熟だという自覚もきちんとあるのだけれど。
「なのにどうしてまた学校なんだ。平均的な勉強より、母さんに師事すればいいじゃないか……歩幅を合わせてくれる師が居るのは幸せな事だぞ?」
「わかってる」
「薬草学のことは習って来てただろ? だったら魔術も同じようにやっていけばいいじゃないか。確かに母さんは魔術師というより薬草師だけどさ」
 だからなのだろうか。薬草学ばかりで物足りなくなったとか?
「薬草相手と、歪虚相手は違うんだもの。母様の元だと甘えちゃうのかなって……」
 確かめられる手応えが少ない、というのが近い。
「だからっていきなりハンターになるなんて」
「危ないって言うと思ったから、まだ歪虚退治の仕事にまでは行っていないの」
 兄の勢いが弱まった。
「未熟だって言いたいんじゃないんだ。……エシィが母さんの傍に居てくれるから、安心して家を出られたんだけどな」
 その言葉は引き金。
「どうして」
 ぽつりと、響かない声を合図に。きぃん、と空気が冷えた気がした。
「中々精霊の力を上手く扱えなくて、そんな時だったから……あの時、母様のお手伝いが何も出来なくて、怖くて……嫌で」
「っ……ごめ」
 謝罪の言葉は言い切れず、エステルの言葉が続く。
「兄様、何故帰って来てくれなかったの?」
 キッと見上げる瞳が潤んでいる。母と同じ、けれど逆の瞳。

「ごめんな……帰らなくて。父さんと同じだ」
「っ! ……私こそ、ごめんなさい」
 家族を大切にしているけれど、あまり家に留まれない父親に泥を被せる。お互いにそこが落としどころだ。二人とも、いつまでも喧嘩をしていたいわけではなかったから。
 妹の頭をぽんと置いた手で撫でる。父親と自分を比べたら、なんだか苦い笑いが漏れてしまった。
「俺の方が始末悪いか……」
 こんな風に泣かさない為に、動き回れる道を選んだのに。必要なときにすぐに戻れる道もきちんと用意していたつもりだったのに。
 でも、後悔はしてない。
「ううん、私も酷い事言っちゃった」
 追い打ちのように言おうとした言葉を飲み込む。兄様のお古は服だけで十分、だなんて。
「「……」」
 揃って沈黙。気まずそうな視線を交わすタイミングが綺麗に揃った。
「せめてもう暫くは、母さんの元で教わるのがいいと思うんだけどな」
 ハンターになったことはもう巻き戻せない。戦いに身を投じていないというのなら。そこは本人の自主性に任せようと思った。
「うん……色々、頑張ってみようかな」
 怒ることの少ない優しい兄の珍しい声音に。いつまでも同じ兄ではないのだと改めて感じ取る。
 それはきっと兄自身が望んだ変化なんだろう。
「資金が貯まるまでは家で、母さんから学ぶ事。兄さんと約束」
 貯まり難いのは内緒だ。確かに歪虚退治の仕事の割はいいけれど。避けてくれるというなら、その方が兄として安心だ。その代わり。
「できる限り力になるから」
「ありがとう兄様。……年の瀬だけじゃなくて、もっと顔を見せてくれたらいいのに」
 私も望んだ変化を得られるだろうかなんて、気恥ずかしいから言わないけれど。
「……あ、うん。努力はするね」
「それで、偶にはどこか別の場所に出かけて、案内してほしいな、リアン兄様。極楽鳥にも、薬局にも……連れて行ってね?」
 父とは別の意味でふらりふらりと動く兄が軽やか過ぎて。腰は据えていないけれど所帯を持った父よりもそれは軽そうで。
 簡単に生死の境を飛び越えそうな兄様の足を、どうか引っ張ってやってと母に言われているのは、内緒だ。

●若木の古巣

「うん、これがいいかな」
 エステルの手にあるのは口紅。鮮やか過ぎず、艶やかすぎない落ち着いた色合いだ。
「えーと……決め手は?」
 考えてはみたけれどわからなかったから、降参とばかりに尋ねるユリアン。
「こういう時だからこそ、ちょっとした、非日常の小道具がいいんだって」
 雑貨商にも太鼓判を押された紅が顔の近くに近づけられる。
「それにほら、リアン兄様も分かる?」
 爽やかな風と、甘い花の香りがほのかに漂う。
「冬の乾燥にもいいはずなの」
「エシィは鼻がいいから、流石」
「兄様は食べられる物ばかり覚えるのが得意よね。薬草茶、淹れるのが上手なのは羨ましいと思ってるのよ?」
「そうそう食い意地が張ってるから……って。少し意地悪が過ぎないか、エシィ?」
 くすくすと笑う妹に、兄も微笑みを向けている。
「ごめんなさい、兄様? それじゃ小母様、これ包んでくださいな」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1664/ユリアン/男/16歳/疾影士/風を読む翼】
【ka3783/エステル・クレティエ/女/15歳/魔術師/陽を待つ芽】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ユリアン・クレティエ(ka1664)
副発注者(最大10名)
エステル・クレティエ(ka3783)
クリエイター:石田まきば
商品:snowCパーティノベル

納品日:2015/02/13 13:23