※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
無数の旋律は僕らを包み込んで紡ぐ


 シュレーベンラント州ザールバッハ地方マインハーゲン。
 帝国内の辺境とも揶揄されるこの小さな町は、幾人かの覚醒者にとっては思い入れ深い場所となっている。
 エステル・クレティエ(ka3783)の案内でユリアン・クレティエ(ka1664)とルナ・レンフィールド(ka1565)は早朝から山の中腹にある湿地帯へと足を踏み入れた。
 そこには透明な花弁をつけた小さな花が咲き誇っていた。
「綺麗だね」
「ほんとに」
「サンカヨウっていうお花なんですって」
 エステルの友人の少女が好きだった花は、元々は白い花びらだが雨や朝露に触れると半透明になるという珍しい花だった。
「緑色のコウモリみたいなのは……葉っぱ……? 蕾なのかしら……きゃっ」
 サンカヨウをよく見ようと一歩踏み出したルナがぬかるみに足を取られた瞬間、ユリアンがすぐにその腰に手を回し支える。
「足元気を付けてね」
「……有り難う」
 抱き寄せられる格好となり、ルナは嬉しさと恥ずかしさに頬を染めて小さく頷く。
 そんな兄と親友の姿を見てエステルはとわざとらしく咳払いをしてみせる。
「もう少し登れば、湿地を抜けるから。そうしたらブランチしましょ」
 ユリアンから慌てて離れたルナはエステルの横へと――途中やっぱりぬかるみに足を取られたけど何とか自分で体勢を整えて――駆け寄った。
 ユリアンはルナの細腰に触れた己の手のひらを見る。
「兄様ー? 置いていくわよー!」
「ユリアンさん、どうかしたの?」
「うん、今行く」

 ユリアンとルナが結婚して間もなく15年の月日が流れようとしていた。
 子ども達の手が離れてきたこともあり、お墓参りを兼ねた小旅行の計画を立てたが、はやり子ども達だけではと不安になったルナがエステルに子守りのお願いをしたところ、「私も行きたい」となり、結局エステルの夫が子守りを引き受けてくれることとなった。
 「子どもが好きな人だから大丈夫よ」というエステルの言葉に彼も「遠慮無く頼って下さい」と笑って受け入れてくれたお陰で、15年以上振りに3人で小旅行へと出掛ける事となったのだ。
 まず王都まで馬車を使った親子5人旅。久しぶりに王都の両親に挨拶し、その後エステル夫婦と合流。
 子ども達を預け、抜けられない仕事があるというエステルとは後ほどマインハーゲンで合流することとなり、そこからの久しぶりの二人旅は楽しかった。
 王都から帝国領までは久しぶりに転移門を使った。そこからはまたのんびりと馬車を使った。
 住まいと同じ州内とは言え、マインハーゲンは更に奥地だ。通りがかった人々の言葉のイントネーションの違いも懐かしく、他人が作った料理に舌鼓を打つのも全てを楽しめた。
 一方、子ども達は彼の経営する雑貨店で臨時アルバイト体験をさせて貰えるとなってやる気に満ちていたから、今頃張り切りすぎて何かしでかす頃だろう。
 それを思うとルナなど本当に申し訳無い気持ちになるのだが、ユリアンの「俺達が出逢ったのもこの頃だったでしょ?」という一言に、「それとこれとは話しが違うでしょ!」と反論しつつも結局3人旅という魅力の前に屈した訳で、せめてお詫びとお礼のお土産は奮発しようと心に誓ったのだった。


 さらに小一時間登ると3人は広々とした草原へと辿り着いた。
 青い空に絵の具で描いたような白い雲が浮かび、振り返れば眼下には遠く小さく見える村の風景が、まるで良く出来たミニチュアように見える程、現実感の乏しい美しさだった。
「今日はね、腕を振るいました!!」
 実は一足先にマインハーゲン入りしていたエステルが宿と交渉して作ったというお弁当を広げる。
 それはいつかの馬車の中で仲間が広げたバラエティランチと同じ内容で、そうとは知らないユリアンとルナも「おぉー」と感嘆の声と拍手で迎えるほどの出来映えだった。
 それを3人でツマミながら近況報告を兼ねた雑談で盛り上がる。
 多すぎると思われたお弁当は結局ペロリと平らげて、水筒に入れてきたお茶で3人はほぅ、と一息つくと、ルナの提案で3人はその場に頭を寄せて輪になるようにゴロリと寝転んだ。

 近く遠くに山鳥の鳴き声が聞こえる。
 吹き抜ける風は遅い春の匂いを連れてくる。
 太陽は暖かく、空は手を伸ばせば届きそうなほど近い。

 ユリアンには風を感じられなくなった事があった。
 あんなに身近にあったのに、凪いでしまった時には愕然とした。
 しかし、それは旅を重ねて様々な出逢いと別れを繰り返す中で、一つの音と共に再び感じられるようになった。
 そんな中、ルナだけはいつだって優しく寄り添ってくれた。
 その優しさから怖くて歌えないと震えた少女は、きちんと自分と向き合い己の弱さを打ち破る強さも持っていた。
 苦境に立たされたとき、奮い立たせてくれたのは彼女の紡ぐ音楽だった。
 それなのに想いを寄せてくれる彼女を待たせたのは、我が儘としか言いようが無い。
 そんな自分をルナは諦めること無く追いかけて、手を繋いでくれた。
 そっとルナの手に触れれば、ルナは驚いた様にユリアンを見た後、はにかむように微笑んだ。

 元々「おとーさんとおかーさんラブラブー」なんて子ども達にからかわれているようなユリアン・ルナ夫婦ではあったが、子どもが産まれてからはどこに行くのも子ども達と一緒だった。
 それが普通で大変でも楽しかったのだが、今回こうしてユリアンと二人きりだと、今でもドキドキとときめいてしまう自分に気付いて驚いた。
 片想いの時期が長かった分告白を受け入れて貰えて、結婚するとなって、嬉しくて仕方が無かった。ユリアンの眼差しも言葉もそこに愛情があると分かったからなおさら。
 それを今、子ども達の賑やかさがない分、気を逸らす場所が無くて、当時の自分が帰ってきたような錯覚を覚えている。
 怖くて歌えなくてもどかしい気持ちと何処か諦めの気持ちを抱いていたあの頃。
 傍にいてくれて、励ましてくれた、優しさと強さと触れられない気高さとどこか儚い繊細さを持った少年は、世界を賭けた戦いを経て自分の伴侶となって今も隣にいてくれる。
 そっと触れた指先に驚いて隣を見れば、ユリアンが悪戯っ子のように笑う。
 指先の熱が、その笑顔が愛おしくて、ルナも微笑みを返した。

 エステルは頬を撫でる風に兄を、風に揺れて囁く草花に親友を重ねた。
 どう見てもお似合いな2人がくっつかない事にじれた日々が懐かしい。
 兄の言動一つ一つに一喜一憂していた親友を叱咤激励する一方、自分の事となると途端に踏み出せない自分の意気地のなさに落ち込んだ事もあった。
 それでも兄に励まされ、親友に勇気を貰って今がある。
 大好きな2人が夫婦となって誰よりも嬉しかったのは自分だろう。
 今日だって、本来なら夫共に留守番すべきだったかも知れないが、何しろ幾つになっても恋する乙女のような親友とのほほんとしているくせに時々驚くような行動力を発揮する兄を15年振りに二人きりになどしたら、何が起こるか分からないと思って付いてきた。
 ……というのは言い訳だとも分かっているけれど。
 一方で流石に全く二人きりの時間がないのも問題だろうとわざとマインハーゲン集合にしたのだ。
 両手を伸ばすとユリアンとルナの手に触れたのでそのまま手を繋ぐ。
 2人が自分を見るのが分かったが、エステルは微笑んだまま双眸を閉じた。


「エシィ、そろそろ起きて。帰らないと」
 揺り起こされて空を見れば太陽はいつの間にか頂点を越えている。
「やだ、気持ち良すぎて寝ちゃった……!?」
 「涎なんて垂れてないよね!?」と慌てて顔を押さえるエステルを見て、ルナが吹き出した。
「もう、笑うなんて酷い!」
「ゴメンゴメン」
 頬を膨らませて怒るエステルと笑いながら謝るルナを見て、ユリアンはまるで15年前に戻ったような錯覚を覚える。
 お互いに歳を重ねた。
 ユリアン自身だってシワは増えたし、少し体重も増えた。
 気付けば40歳という年齢が迫っている。なのに――
「変わらないものだね」
 仲良くクエスチョンマークを飛ばして小首を傾げた2人にユリアンは目を細める。
 ほんの5年だ。
 覚醒者として旅を始めて、雑魔を歪虚を討伐して、依頼をこなした日々は何よりも色濃くユリアンの中に残っている。
 恐らくそれはルナもエステルも……覚醒者として旅をした経験がある者ならほとんどの者がそうなのだろう。
 世界は変わった。
 この15年で世界は驚くほど変わって、ユグドラシル計画が完了したことで非覚醒者であってもリアルブルーとクリムゾンウエストを自由に往復出来るようになった。
 近々火星に第一都市が完成する予定という話しも聞いた。
 激動の時代を生きて、それでも変わらない物があることがユリアンは嬉しかった。
「……ここの空気も、マインハーゲンの町も、変わらなくて安心した、かな」
 ユリアンの心情を代弁するようなエステルの言葉にルナも頷いた。
「少しずつ、避暑地としての開拓は進んでいるんだけど、この豊かな自然を守ることが大前提だから、少しずつ、ね」
 氷姫の湖の“雪解け祭”に、白亜宮の“月夜の音楽会”と様々なイベントに主催側として参加し続けているルナの耳には開発事業の話題も良く届いていた。
 ザールバッハ地方はその厳しい自然環境条件から住民同士の繋がりが強い。
 最初は新参者、という目でユリアンとルナを見る人がいなかったと言えば嘘になる。
 だが、辺境伯に近しい者達が2人の身元を保証したことと、実直なユリアンの仕事ぶりとルナ自身の奏でる音楽が人々の心を少しずつ解かしたのだった。
 そんな経緯がある分、開発事業は殆どが門前払いとなっている。
 だがこのままで良いはずも無いと藻掻く一方で、実際識字率の高いこの地方に注目したリアルブルーの事業者が今も交渉に足繁く通っており、人心掌握術に長けた彼らのプレゼンに地元有識者達が折れるのは時間の問題ではないだろうかと囁かれている。
「3人で来られて良かった。子どもがいるとはしゃぎ過ぎちゃうかも知れないし、やっぱりここには最初に2人を案内したかったから」
 大きく伸びをしたエステルは笑う。
 少女が好きだと言った風景は、エステルにとってもまた大切な場所となっていた。
「……変わるのは仕方が無いと思うけど……守って欲しいな」
「オレ達にとってここは第二の故郷だからね……守るよ」
「ただでさえシャイな精霊さんが多いんだもの、大切にするわ」
 ユリアンのルナの言葉にエステルは微笑み、そして「お願いします」と頭を下げたのだった。


 すっかり白さを取り戻したサンカヨウの花を愛でながら山を下りると、3人は一つの墓前に立った。
 この地方を――帝国を――守る為に財を投げ打った辺境伯がこの下に眠っている。
 3人は静かに手を合わせた後、エステルの友人だという少女の墓前にも参った。
「ねぇ、ルナさん。こんな場所じゃ……不謹慎かしら?」
 そう言って取りだしたのはエステルが得意とするフルート。
「良いんじゃ無いかな? ね?」
 もう鞄から楽器を取り出す気満々のルナを見てユリアンは苦笑しながらも頷いた。
「伯もきっとお喜びになると思うよ」
 お墓参り自体は何度か子ども達を連れて来たことがあった。
 だが、3人で参るのは初めてだったし、エステルの友人の墓も話しだけ聞いていたがこうして実際に参るのは始めてだった。
 だから、2人のやりたいようにしたら良いと、ユリアンは2人を止めなかった。
 墓地の中央にある巨木の下へ移動し、ルナはリュートの調弦を終えると、「どの曲にする?」とエステルに問う。
「んー……あの、白亜宮で奏でた曲じゃちょっと華やか過ぎるかしら……? あ、あの“我、雪解けを待つ”は?」
「わかった。じゃぁ……」
 ルナの指先が弦を爪弾く。
 エステルのフルートが澄んだ音色を奏で始める。
 ルナは歌声がのびのびと広がる。

 この曲はルナが“雪解け祭”に向けて初めて作曲した曲だった。
 新しい五線譜を眺め、メロディーを探すのは自分と向かうに等しく、うまく旋律が紡げない時は苦しかったが、完成した曲を祭で初披露した時、演奏する前と後では世界の輝きが違って見えたことを覚えている。
 今、マインハーゲンは長い冬が溶け、ようやく春が到来し、あの時感じたような虹色の輝きに満ちていた。

 エステルはフルートを奏でながらこの地に帰りたいと願い、文字通り命を賭けて叶えた少女を思う。
 出逢いから20年以上の月日が経ったなど信じられないという想いと、再び少女が好きだと言ったこのタイミングで来る事が出来た喜びを込めて、明日へと連れて行く風に音色を乗せる。
 ありふれたデザインのピンキーリングが傾き始めた日差しを受けてキラリと光った。

 この曲には歌詞はない。曲に併せて母音だけで歌う技法でヴォカリーズと言うのだとルナから教えて貰ったのはいつだったか。
(……思い出した。双子が産まれて、寝かしつけの時に歌っていたから「歌詞を忘れたの?」と聞いて怒られた時だったな)
 当時を思い出して懐かしさに微笑む。
 15年、訪れる喜びも悲しみも抱きしめながら歩いてこられたのは愛しいルナがいて、可愛い子ども達がいたからだ。
 そしてそれを見守ってくれた妹と弟、両親がいてくれたからだ。

 3人の想いは美しい旋律と共に風に乗り、広がる。
 曲が終わり、ユリアンは2人へ惜しみない拍手を送った。
「あたたかい拍手を有り難うございました。……少し早いけどそろそろ宿に向かいましょうか」
 左手でスカートの裾を摘まんでお辞儀をしたエステルが空を見上げた。
 陽は高い山の尾根にかかろうとしている。
 日差しが無くなれば、あっと言う間に寒さが振り返ってくるのもここの特徴だった。
「そうね、そろそろ戻りましょう」
「今日は伯のコックをされていた方が料理長を務める宿だから、期待していいよ」
「ほんと!? 兄様、やったー!」


 3人は笑い、寄り添いながら少しだけ伸びた影と共に宿へと向かい始めた。
 最近見かける事の少なくなった精霊達が、ほんの少しだけ残念そうにその背を見送っていたことに気付かないまま。
 そしてそれはキラキラと虹色に輝き、弾けて消えた。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1565/ルナ・レンフィールド】
【ka1664/ユリアン・クレティエ】
【ka3783/エステル・クレティエ】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼有り難うございます。葉槻です。

 イメージソングについて有り難うございました。
 作業用BGMとして活用しながら、様々なシチュエーションを書き出し、結果、思い出の地での過ごし方となりましたが如何でしたでしょうか?

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 最後までご贔屓いただき有り難うございました。
 皆様のご健勝とご多幸を祈願しております。
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
ユリアン・クレティエ(ka1664)
副発注者(最大10名)
ルナ・レンフィールド(ka1565)
エステル・クレティエ(ka3783)
クリエイター:葉槻
商品:イベントノベル(パーティ)

納品日:2020/10/26 14:54