※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
止められないなら

  風が止まったら何になるのか
  つむじかぜ、たつまき、その場にあっても動き回る
  動き回りたいから、目的地を探して、視線は止まっているようで、止まっていない
  風が本当に止まったら、巡ることができなくなったら、それは、存在しないことと同じではないのかと
  それが、怖くて、不安で……無意識に、視線を、外に、向ける



 わずかに爪先が迷った。立ち止まるつもりはなかったけれど、その一歩を敷地の中へと踏み入れるのに、自分は足りているのかと考えたから。
 覚悟ではない。だってここは生まれ育った実家なのだから。決意でもない。でなければ帰ってくる理由にならない。自信だとする。……多分、足りないものはそれなのだろう。いや、そういう事にしておく。
「やっと帰って来てくれたの? ……お帰りなさい」
 ユリアン(ka1664)の思考はエステル・クレティエ(ka3783)の声に遮られたから、足りないままの何かについてはそこで有耶無耶になった。態々出迎えてくれた妹に微笑みを浮かべて挨拶を返し玄関をくぐる。台所で作業をしている母にも声をかけ自室に荷を置きに行く。便りがないのは元気な証拠だと振り返り笑った母は、記憶にあるより少し痩せていたような気がした。
(……ごめん。去年は、まともに顔を見せられる状態じゃなかったから)

 空気を入れ替えようと窓を開ければ庭が見下ろせる。定期的に掃除はしてあるから埃っぽくはないけれど、久しぶりの主を迎え入れた兄の部屋には、緑の香りを招くべきだ。
(私はそれなりに会ってたけど)
 場所が違えば、纏うものも変わる。周囲の彩りが変わるのだから当然だ。家族が居れば甘えたくなるものだから……自分と重ねてみるだけでも、それくらいはわかる。
「また直ぐに行くんでしょ? 母さんにちゃんと孝行してよね」
 ほんの少しの間でも、気を抜いて、楽にしてくれればいいのだけれど。そう願うし、背中を押せたらいいのにと思う。
「母さん何も言わないけど、物凄く、心配してたから」
 実際に出来るのは、伝えることだけ。だってこの兄は、気紛れな風に乗ってしまうのだから。それが誰に似たのか、その扱いを家族の中でも一番よくわかっている母なら、もしかして。そんな希望も含めてしまうのは、やっぱり自分が妹だからだろうか。
(……辛い時だからこそ帰って来て欲しかったけど……兄様頑固だから)
 余計に帰ってこなかったのだと、それも分かっているのだけれど。
 妹だからできることをするしかないわけで、母の威を借りることにした。

「エシィ、少し話したか?」
 尋ねる形をとってはいるけれど、答えはもうわかっている。確認というよりもただの言葉遊び。
「仕方ないけど、さ」
 責めるつもりではないのだ。気にかけさせているということに、気付いているのだと示すため。素直にありがとうとは言いにくい代わりに。



(当たり前じゃない)
 言葉にするかわりに、小さく肩をすくめてみせる。それでおしまい。長引かせても意味はないのだから。時間も無駄になるというもの。
「あ、あと。今年の収穫祭は必ず帰って来てね」
 妹孝行も必要だから、そう伝える時の頬が少しばかり膨らんでいると気づいているのは今のところ家族だけ。外では見せない甘えた顔だ。
「友達を……彼女を呼ぶから一緒におもてなしするの」
 ハンターになってから出来た親友と呼べる彼女。自分だけでなく、故郷の話も交わして、互いに更に好きになれればと思える相手。
「収穫祭、呼ぶのは良いけど。俺も……?」
 女同士、気を張らずに過ごせばいいんじゃないのかと。首をかしげるユリアンの眉尻が少し下がる。仲良しが出来て本当に良かったなと穏やかな目を向けてくるけれど、どこか困っているようにも見える。
(……狡い)
 確かに風は簡単に掴まるものではないのだけれど。気付いているのか本能か、不慣れで、必要に感じないことは避けがちな兄の退路を防ぎにかかるとしようか。
「リアン兄様だって沢山お世話になったでしょ?」
 親友が抱いている仄かな想いは、先日彼女自身の言葉で教えてもらえた。親友も兄もどちらも大切で、もし叶うなら……と、空想に彩りが増したのが嬉しい。勿論無理強いするつもりはないけれど。
「や、うん。世話になってるから。案内とかは、するけど……」
 踏ん切りのつかない様子に疑問の声をあげかけて、すんでのところで止める。
 躊躇いの理由が気になってしまうのは、期待してみてもいいものだろうか?
(今度、彼女にも聞いてみなくちゃ、かな)
 自分が知らない何かがあったのかもしれない。ただ、異性を案内することに不安を感じている可能性も捨てきれないのだけれど。
「それじゃあ、兄様の準備は始めておかなくちゃ、ね」
 決定事項として勢いに乗せてしまおう。部屋を出ようと、エステルは兄の袖をひく。
「休憩はもう十分でしょう。買い出しに行こう、兄様」
「えっ? それくらい一日あれば十分――」
「お客様の案内を疎かにするわけにはいかないでしょう?」
 彼女の準備を、自分達の準備の片手間にするつもり?



 馴染みの雑貨商に行くくらいなら、別に案内なんていらない……と言ったとしても、この手は外れないのだろう。だからユリアンは妹に導かれるまま王都の第三街区までの道を歩いていく。
「まあ、あいつに会うのも久しぶりだし」
 幼馴染でもあり親友でもある友人とは、家族以上に顔を合わせていなかった。久々の帰郷なのだからそろそろ顔を出してもいいだろう。もう一方の手で指折り数えながら、必要になるだろう品々のリストアップする妹に視線を向ける。
 ユリアンの呟きを聞いたからだろう。自分から行くと言い出した筈なのに、歩き方がわずかに強張っている。それもそのはずだ、ユリアンの親友は、エステルの憧れる相手でもあるのだから。
「っ買い出しもそうだけど、リアン兄様、積もる話もあるんじゃないの?」
 空気をかえようとしたのだろうが、ほんの少しだけ声が上擦っている。話しかけてくるわりに振り向かないのは、熱さでも感じているからだろうな、と小さく口元が緩んだ。
「ついでに……あいつに収穫祭でエシィと踊って貰う様に頼んでみるかな」
「へ?」
 ばっ!
 勢いよく振り向いた妹の頬はやはり薄っすらと赤い。驚いたせいで歩みも止まっている。
「いくら書き入れ時だからと言ったって全く休まない事は無いだろうし。今から頼んでおけば調整もきくだろ。踊る以外の時間も取ってもらえるんじゃないか?」
「……わっ」
「ん?」
「私の事はいいのっ。いいったら、いいのーーっ!」
 大声というほどではないけれど、焦って鋭くなった声が悲鳴じみた響きを帯びた。あいつの前でこんな姿は見せない癖になあ、と思えばどこか微笑ましくも感じる。
(ま、もう少し進展があっても良いと思うし。いっそぶつかって砕けた方ががいいと思うんだけどな)
 砕けるのは兄としては本望ではないが。それくらいの気概を持って臨んでみてもいいのではないだろうか。心配をかけてしまった妹への、ちょっとした兄心のつもりである。
「ずっと俺の役目だったけど、そろそろ誰かに譲るのも悪くない」
 試しに頼んでみるから、と畳みかけるように続けた。

 小さくくすくすと笑う兄に、揶揄われたのかと息を飲む。じろりと睨めば、小さくごめんと返される。
「そこまで、しなくても……っ」
 いいのだと、言おうとしたのだが。
 自分が彼と一緒に踊れることになったら、彼女が兄と踊ることになるのでは?
 彼の時間がもらえたのなら、兄の時間も彼女に渡せることになるのでは?
 兄は客を一人で放っておくような薄情ではない、可能性は十分にあると思えた。
(あの人が、頷いてくれたら、だけど……)
 自分で踊りに誘う勇気はまだないけれど、兄の仲介なら、親友の妹という縁とはいえ叶うこともあるかもしれない。なにより、断られた場合の痛みは小さく済むかもしれない。
(私だけじゃなくて、彼女の為でもあるから)
 それは狡い事だと、心の隅ではわかっているのだけれど。とても甘い誘惑の香りだ。挑戦してみても……いいかもしれない。
「と、とにかく。今日は買い出しだから」
 兄の腕を掴みなおす。先ほどよりも強引に。思いついてしまったこの考えに気付かれたくない。
「お店にはついて来て」
「わ、エシィ? ……ふふ」
 小さく、兄の笑い声が聞こえた。
「買うものを選ぶ間に、沢山お話してね。私近くで聞いているから」
 遠まわしにではあるが、彼と踊れるよう頼んでみてほしいのだと、伝える。これで兄は照れ隠しだと思ったはずだ。
(それも、あるけど……)
 それだけではないのだと、気付くのは後でいい。
 これだけ長引かせたのだから、もう少し。見失ったまま、視野が狭いままで居てもらおうじゃないか。



「わかった。そのかわりになるかわからないけど。俺の準備の方、手伝いよろしく頼むよ」
 甘えてしまうことになるけれど。しまらないなとこぼせば、向けられるのは母に似たエステルの笑み。
「家出たからって甘えちゃいけない訳じゃないでしょ?」
 兄様だけじゃなくて、私だって。勿論他のきょうだい達や、父母でさえも。家族なのだから。
「一日位満喫してね」
 無条件に甘えてもいい場所というのは、だからこそ帰るのに勇気がいる。離れていた間の自分を曝け出してしまうからだ。それが大事であればあるほど、踏ん切りはつかないもので。長く留まることはできない。
 どんなにうまく風に乗せても、壁にぶつかれば落としてしまうものだから。
 まだ、行き先も、しまう場所も見つけていない。探したいのかもわからないまま、流されて、迷って、ただ、停滞だけは避けなければと本能が叫ぶ。
「猫、はがすなよ」
 くしゃりと妹の髪を撫でる。自らの腕で視線を遮りついでに感謝の言葉を添えた。
「ここからは、兄の腕の見せ所、かな」
 店はもう目と鼻の先だ。

  止まっていても、そこに在るという事を、示すために
  風を甘やかすのは、風の流れを示すための、ふわりふわり、たなびく何か
  風、空気、揺れるもの、草、ハンカチ、髪、……音?
  風に、乗るもの
  特別な音なら、それで、何かが見えるなら、なんて……

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1664/ユリアン/男/19歳/疾影士/風切羽】
【ka3783/エステル・クレティエ/女/17歳/魔術師/編み籠】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
エステル・クレティエ(ka3783)
副発注者(最大10名)
ユリアン・クレティエ(ka1664)
クリエイター:石田まきば
商品:イベントノベル(パーティ)

納品日:2017/10/17 11:44