※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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双月夜 ~鞍馬 真~
夜半。菫色の闇を映した水晶めく氷原が、地平の果てまで続いている。人の手が介在しない張り詰めた美しさに、真は息を零した。
思う所あって龍園を訪れた真は、縁ある巨大な飛龍と共に、氷原を一望できる小高い丘の上にいた。
飛龍の背に背を預け、仰向けに寝そべれば、西方では見られない砂子のような星までもつぶさに観察できる。触れられそうな気がして手を伸べた。そんな真を飛龍が怪訝そうに見やる。
「何かな?」
尋ねておきながら、急に来てとりたて何も話さぬ自分はさぞ奇妙だろうなと、内心苦笑する。わざわざ龍園まで会いに来たのに、ぼうっと星を眺めているだけなのだから。
飛龍が鼻先で、携えてきた笛をそぅっとつついた。真は「ごめんね」とかぶりを振る。
「どうも、ね。今は気持ちが乗らなくて」
『……』
「音色にはその時の心の色が表れるような気がするんだ。今は多分、きみを楽しませる音は……ごめん」
飛龍は『さもあらん』とばかりに深く頷いた。
多分、だけれど。
真の奏でる音楽を好いてくれている飛龍だが、今夜はそれを望んで傍にいてくれている訳ではないような気がした。この巨大で高慢な神秘の眷属は、真が漠然と抱えてきた胸の靄を見抜いていて、龍なりの気遣いでこの美しい丘へ連れてきてくれたように思えるのだ。
「……なんて、都合の良いように受け取りすぎかな?」
肩を竦めてみても当然返事はない。けれど今はそれがかえって心地良い。
気付かぬ内に溜め込んでいた胸の中のもやもやを、言葉にするのは難しい。自分でさえ掴めないそれを、他者にありのまま伝えるのは不可能だ。
分かっているけど吐き出したくて、でも訳知り風の助言や哀れみなどは受けたくなくて、それでも誰かに聞いて欲しくて――大人にだって、そんな日がある。詮ない葛藤に苛まれた時、真の脳裏に過ったのがこの飛龍だった。
真は天蓋の主然としてあるふたつの半月を指した。一方は蜜色に煌めき、もう一方は白く、どこか蒼褪めて見える。
「月がふたつに増えた理由、知ってる? 崑崙と言って、私がいた蒼界の月が転移してきたんだよ。……でもどちらが崑崙かな。きみは分かる?」
飛龍は白い月の方へ首を伸ばした。
「ふふ、蒼白いから? それとも星の守り手である龍のきみには、ちゃんと見分けがつくのかな」
呟きに自嘲が混じってしまったろうか、飛龍の目が丸くなる。真は慌てて言葉を接いだ。
「私も星神器を預かる身だけど、生まれながらに守り手のきみとは違うかなって……あ、いや……きみが気になったのはきっとそこじゃないよね」
真には蒼界にいた時の記憶がない。今世界を守るために戦っている"真"は全て、この紅き世界で、この地に住む人々と触れ合いながら形作られたものだ。
それでも蒼界に縁は感じていて、あちらの窮地に幾度となく馳せ参じたけれど、蒼界出身のハンター達の"故郷への献身"や"帰還への渇仰"といった熱量を目の当たりにする度、同じ熱が己の内に見いだせない事へ罪悪感を抱いてきた。
「だからかな……落ち着かない気持ちになるんだ」
ふたつの月の許にいると、何もかも照らされてしまいそうで居たたまれない。胸の奥底にぽっかり開いた虚までも、全て。
所在ない身でも刃に変え、命を賭して敵を屠り続ければ――最前線に立ち続け、そういった仲間へ振るわれる凶刃をこの身で受ける事ができれば――きっとそれが贖罪になる。そう信じ、がむしゃらに走り続けてきた。
実際それでこの世界に貢献する事ができているし、特筆すべき活躍をしたと賞された事もある。感謝されれば素直に嬉しい。自分の存在を肯定されたようで誇らしくもなる。
それでも。
それでも虚は、埋まらない。
真が知らぬ以前の真と、真が"真"だと自認している現在の真。
双界の月は、きっとそれぞれを知っている。
それらが並んでいるのを見ると、言いようもなく心が騒ぐ時がある。
すると突然飛龍が立ち上がったので、真は堪らず背にしがみついた。
「どうしたの?」
おろおろする真をよそに、飛龍は翼を広げ夜空へ舞い上がる。東へ東へ、ぐんぐん速度を上げていく。
「えーっと」
どうしたものかと思うもののどうする事もできなくて、吹きつける寒風に目を閉ざし、懸命に掴まり続けた。
やがて、かじかむ指の感覚がなくなりかけた頃、飛龍が低く喉を鳴らした。おずおず目を開け、息を飲む。
氷原の果てを朱に染めながら、朝日が顔を出そうとしていた。朝日は氷原を一瞬で鮮やかな金に塗り替え、力強い輝きで闇を払ってく。神々しい払暁の様に見惚れていると、飛龍は長い首を空へ向けた。その先でふたつの月がゆっくりと色を失い、朝焼けの中に溶けていく。
『そう難しく考えなさんな』
そんな声が聞こえた気がした。
「……ありがとう。またあれこれ考え込んじゃったら、来ても良いかな?」
甘えるように尋ねると、飛龍は無愛想に鼻を鳴らして首を巡らせた。そうして黄金の氷晶が降る中を、ゆっくりと戻り始めたのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819/鞍馬 真/男性/22歳/ワーカーホリック闘狩人】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お世話になっております。真さんと大きな飛龍の、小さな夜話お届けします。
お届けまでにお時間頂戴してしまい、大変申し訳ございませんでした。
真さんといえば音楽と龍のイメージがあり、今回は後者のお話になりました。
音楽にも少しだけ触れていますが、真さんは"奏でる"より"聴かせる"事に重きを置いてらっしゃる
印象でしたので、気が乗らない時は無理に弾かない(歌わない)かな、などと妄想しました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。
この度はご用命下さりありがとうございました。