※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
激動の片隅で

 全身が悲鳴をあげる。呼吸は乱れ肺は軋み、酷使し続ける足は雨でぬかるんだ地面に縺れて倒れそうになる。通信用に繋ぎっぱなしの魔導スマートフォンからは今や戦闘音と悲鳴、そして持ち主である同業者が必死に人々を鼓舞し、比較的安全な方向へ誘導する声しか聞こえなかった。懐中電灯機能による光源も漏れているが、全力疾走にバックルが揺さぶられていて然程意味を為さない。昼間とは思えない暗さに降雨と悪条件が積み重なった中でも鞍馬 真(ka5819)の青い瞳は努めて冷静に逃げ遅れた人を探しつつ、歪虚の気配を追う。途中で視線はふと路傍に逸れ、一瞥すると横を通り過ぎていった。
 邪神との決戦に向け、各地に刻まれた爪痕に向き合う時間さえも許されずソサエティが戦力という戦力を掻き集めている現状。しかし全世界の歪虚も邪神の元に集結しているわけではなく、シェオル型と呼称される歪虚の襲撃が散発的に続いている。人手不足が囁かれ続けている状態で迎えた大きな局面だ。何よりも邪神をどうにかしなければ、これまでの人々の努力も犠牲も水泡に帰す。だから、最優先事項をそれと据えるのは理に適っているし、リソースも有限である以上仕方がない――そう納得はすれど黙って見過ごせないのが真と、同様にこの小村へ来た仲間だ。
 厚く淀んだ雲に覆い隠された天空を想起させる唄を紡げば、手のひらから抜き身の魔導剣にかけて鮮烈な光が軌跡を描く。正直この視界不良で効果があるかどうか疑わしいが。
(――やらないよりもマシに決まってる)
 と、そう胸中で呻くように零した矢先、自らの足音と魔導短伝話の音声に紛れて悲鳴が聞こえた。真は外見に反した覚醒者としての膂力で道理を捩じ伏せると、横切りかけた民家の壁を蹴って身体の軸を九十度ずらし、声の方へと突き進む。周囲の状況に気を配る必要がなくなった分むしろ勢いは加速して、振り上げる腕で頬を伝う血を拭った。痛みは何も魔導バイクを降りてからの激走だけではなく、既に二度相対した敵による負傷の影響も濃い。何せ相手は複数人での対応が推奨される強敵だ、真が場数を踏んだハンターといえど無傷で済ませられる余裕はなかった。
「いた……!」
 微かな呟きと同時に村人を襲おうとしていた歪虚の巨大な体躯がこちらを向く。向こうから攻めてくれれば色々とやり易いのだが、そこまでの誘導性はないと熟知していた。勢いは殺さず、己が不利になるのは承知の上で真正面から敵に突っ込んでいく。歌うのをやめる代わり、帯刀したままだった響劇剣を抜き放つ。
 流石に目の前まで迫れば標的を変えざるを得ず、高みから振り下ろされる丸太のような腕を既の所でトリガーを引き、形成した光の刃で受け止める。が、出鱈目な力に抗いきれず、腕の位置が下がる度にマテリアルが微かに管楽器のような音を鳴らした。元々力で圧倒するタイプではないと魔導剣で一撃を与え、動きを鈍らせてから拳を流して逆側に跳んだ。たかが数秒の攻防にも神経が磨り減る。響劇剣を握る腕が軋み悲鳴をあげた。
(でもこれで注意は引けた。なら上出来だ)
 視線を滑らせるとジャイアントに似た歪虚の奥、へたり込む泥だらけの少女が見えるが、到底逃げ出せる状態に思えなかった。早期決着が最良の選択か。睫毛の上に落ちた大きな雨粒が跳ねる。ごくりと唾を飲み、二振りの剣を構え直した。
 地を蹴り、飛び退って大振りの一撃を回避する。真の動きは様々な悪影響によって鈍くなっていたが、足場の悪さは相手も同じである。鼻先を肉厚な拳が掠めて、歯を食いしばり何とかその場に踏み留まったところで別方向から飛んできた光弾が歪虚の肩先を叩いた。敵の気が逸れたのを見極めて響劇剣を収め、両手で支え持った魔導剣が蒼いオーラを纏い炎のように揺らめく。
(最悪、私はどうなってもいい――)
 魔導短伝話で得た情報と自身がここへ至った経緯から察するに、敵自体はこれで最後の可能性が高い。なら切り札の使い所はここしかない。呼気と共に刺突を繰り出し、真の眼前に幾つもの花弁が舞い散る。膨れあがったオーラは歪虚の内側へと潜り込んだ切っ先へと流れ、真っ直ぐに刺し貫いた。寸分違わず急所を狙い刺したものだ。全霊を込めたマテリアルは質実剛健を体現し、存在を崩壊させる。
 この数時間で積み重なった諸々が気力も使い果たした今になって真に降りかかった。血の色の刃を支えにどうにか座り込まず、駆け寄ってきた聖導士に首を振って放心している少女を顎で示す。頷き向かう仲間を鉛のような身体を引きずって追いかけた。怪我はと尋ねれば診ていた仲間がかすり傷ですと答えたので胸を撫で下ろす。
「もう大丈夫だよ。怖いことは終わったから」
 丁度敵の全滅を確認した旨の報告が流れて、満身創痍を絵に描いたような惨状では説得力がないかもしれないが、なるべく優しい口調で言う。汚れを拭って頭を撫でると少女は気が抜けたらしく泣き出した。
 こちらの状況も伝え、村人を連れて合流する地点を確認すると真は改めて辺りを見回す。無事と呼べる家はなく、庭は踏み荒らされ、それでも平和だった頃の景色が想像出来るだけに遣る瀬無さが胸に迫って拳を握る。国の支援による警備の手も回らない小さな村だ、戦う力を持たない彼らは真たちが駆け付けるまでどれだけ逃げ回ったのか。
 少女は仲間に任せて、応急処置だけ施してもらうと来た道を一人で引き返す。息が詰まる緊迫感は失せたのにひと気がなく異様に静かだ。子供と老人を庇うように人々が固まっていた家の歪虚は狭さと避難誘導に気を割かれつつも軽傷を負う程度で片付けられた。自分だけで相手にした別の敵は襲われていた男性を突き飛ばし、結果壁に叩きつけられて一瞬息が止まったが何とか退けられた。何処か間違えれば死んでいたかもしれない。それでも今呼吸している。
 先程通り過ぎた道端で足を止めて、膝をつきしゃがんだ。そこには横たわる女性の姿がある。血の気は引いて青白く、何より胴に空いた穴と流れ出た血液が泥水と混ざって溜まっている様子が、既に命が失われているのだと如実に物語っていた。
 ソサエティの判断は間違っていないし、苦渋だと解っている。それでも大の為に小を切り捨てるのは真のハンターとしての矜持に反するからと、助けを求めて訪れた村人の訴えを仕事終わりに聞き、同じ志の仲間と強行軍でここまで駆け付けた。今や一度目撃証言があった程度では依頼としてハンターに伝わることもない。どうしても襲われてから来ざるを得ないのが現実だ。
 だから間に合わなかったのか、それとも能力が足りないのか。自分が見ていないだけで、他にも亡くなった誰かはいるのかもしれない。無意識にきつく握り締めていた拳を緩め息を吐き出した。痛みが染み渡っていく。
「……それでも私は、私たちは前に進むしかない」
 目に見える全てを余さず掬いあげることを諦めたくない。足掻いて這いずってでも、前へ進み続ける。己が信じる道のその先に行き着くまでは。
 頭上を仰げばいつの間にか雨は止んでいて、黒い雲を破るように光が顔を覗かせていた。眩しさに目を細め、黙祷を捧げると真は無理矢理に立ち上がる。生き残った人全員を安全な場所に連れていくのが今の自分に出来ることだ。無事果たせたら少しだけ休んで、そしてハンターの日常に戻る。決戦までの日々もまた、絶えることなく続いていく。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ハッピーエンドではないというかハッピーエンドを
目指して苦境の中でも突き進む人というのはとても
格好よくて好きなので、戦闘的なそれにプラスして
真さんの精神的な強さ(人間的な範囲内での)にも
力を入れつつ書かせていただきました。
読み違え等があったら申し訳ないです。
今回も本当にありがとうございました!
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
鞍馬 真(ka5819)
副発注者(最大10名)
クリエイター:りや
商品:シングルノベル

納品日:2019/07/29 11:19