※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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でいりーせれくと?
とにかく貴重。ものすごく珍しい。
この時期にしてはとても、とても……極稀で、奇跡レベルに近いオフの日という事もあって、鞍馬 真(ka5819)は自室で途方に暮れていた。
オフィスで見繕う仕事にだって、限界はある。
自分に出来ることで断言できるのは、戦力としての自分。身体を動かすことで戦場の中で得られる達成感は何よりもわかりやすい自認行為なものだから、メインたる闘狩人を主軸に、真自身がインストールしているクラスは身体を動かすものが、敵を直接攻撃するものがメインになっている。
それだけでは足りないと、自覚した欠点を補うために取得したものもあるけれど。それなりの数のクラス、幾多ものスキルを身に着けた真は、戦力としての鞍馬真を発揮する時がきっと、最も自身の精神が安定している……と、無意識に本能で理解している。
勿論、それ以外でも。何か、身に付けていることが役に立つならやはり仕事を請けている。
あくまでも戦力はひとつの手段である。鞍馬真の仕事に対する報酬はつまるところ不特定多数からの鞍馬真を認めた証なので、報酬の大小そのものに拘りはなかった。
いっそ「ありがとう」の感謝の一言があればそれでいい、もし贅沢を言うとすれば、名前を読んだ上での感謝なら、なおのこと良いと思っていたりする。勿論それは真の方から強請るものではなくて、自然にそうなるのが一番なのは言うまでもない。
ともかく、今はオフである。
仕事の募集を見て、少しでも出来る事があれば。人手が足りないと感じそこに己の身体が空いていたら。スケジュールが許す限り仕事を詰め込んできた真は。先ほどから自由に身体を動かせないでいた。
別に怪我をしているというわけではなかった。そもそも過密スケジュールをこなす真である。エリクシールの常備は当たり前なので仕事に穴をあけるなんてこともない。
本当に、ただのオフである。
(……休ませたい、というのはわかったし、なんなら皆で昼寝に興じる手もあるとは思ったんだけどね)
相棒達の策略によって二度寝からの朝食抜きで二食生活、なんていう自堕落な生活を堪能することになった真は、正直もう目が冴えてしまって眠る気にはなれなかった。
素直にそう告げた真に彼等は飛びついて来るでもなく満足そうで、更には装備らしい装備を全て外され、特に何の防護性能も持っていない服だけを許されて家を追い出されていた。
(家主は私、だよね?)
今の真を支え助けてくれる家族達に強く出られるわけもなく、放りだされるままに街に出てみたが、さて、何をすればいいのだろう。
趣味らしい趣味は音楽だが、折角なら彼等と一緒に楽しみたいので、選べそうにない。
とりあえず涼を求めて巡らせた視線に入り込んだ、ジェラートの文字に誘われるまま真はその建物へと入っていった。
味よりも涼感。誰かと一緒に楽しむならもう少し気を使いもするが、なんとなく何かを考える事さえも億劫に感じてしまった真は今月のオススメを店員に勧められるままに購入していた。
相棒達も居ないと、こんなにも張り合いがなくなるという事実を再確認させられている気もしたが、それを仕組んだのが件の相棒達だと言うのだからどうしようもない。
ご一緒にドリンクもいかがですか、なんてファストフード店さながらの定番文句に適当に頷いて、気付けば目の前のテーブルには三種類のジェラート盛り合わせと、抹茶入りのアイスグリーンティーが並んでいる。
ほうじ茶の渋い色味に、鮮やかなピスタチオのグリーンと、旬らしい白桃の淡い色が映える。
「……とりあえず、食べようか」
既に店内の空調のおかげで快適なので目的を達してしまっていたのだけれど、美味しそうな色というものは気分が勝手に上がるものらしい。真は自分が思っていたよりも軽い動きでスプーンを手に取った。
控えめな甘さが苦味と口当たりもやさしく抑えてくれている、なのにしっかりとしたほうじ茶の味わいがなんだか懐かしく感じる。
ピスタチオは色味で想像するほどくどくない。少し塩が入っているが、それがまたナッツ感を際立たせている。
口の中を流れるように溶けていく白桃はジュースのようにするりと進む。他の二味よりもさっぱり感が強いのに、頭にキンとくる鋭さがないのは氷の粒がとても細やかなおかげだ。
(持って帰れないかな)
あまり気のりしていなかったメニューを改めて開いて、文字を追い始めた。
半分ほどを食べ進めたところで周囲へと視線を巡らせる余裕も出てくる。周囲に同性が見当たらないな、などとぼんやり思う。幾度も女性に見間違えられるという経験を積み重ねた真は、こうして一人でカフェに入ることに何の抵抗もない。
むしろ気兼ねなく楽しめるから気は楽だなんて思っていたりする。
(あ、あの服は着やすそう)
ゆったりとした服は風通しも良く涼しそうだと脳裏にチェックを入れる。
(折角だから買い物もしていこうかな)
見かけた服の持ち主が持っているショッパーも確認する。確かこのすぐ近くの筈だ、きっと真の眼鏡に適う服に出会えるに違いなかった。
店員の見送りの挨拶に背を押されショップを出た真は、改めて外の熱さを思い出す。同時に軽い眩暈のようなものを覚えた。
「……あれ?」
何度見直してみても、手には紛れもなく、今買ったばかりの服が入ったショッパーがぶら下がっている。
人の流れを邪魔しないように道の脇にそれて、今までのやり取りを反芻してみる。確かに自分の意思で店員に見繕ってもらった覚えがある。別に裏声を使った覚えもなかった。
隙間から中の服を垣間見る。確かに嫌いではないし、着こなせるだろうと思う。試着もしたのだから、真の身体にぴったりなのもわかっている。
「手違いだって返却……は、ないなあ……」
見るからに自分の服としてしっかり接客されてしまっているし、まさか買うつもりがなかったなんて言い訳は通用しない。
丈の長いロングシャツをワンピース風に着こなすベルトセット。
オープンショルダーのチュニックとスキニーパンツのセット。
縦ボーダーのリボンワンピース。
「……性別を明かして返却なんて、もってのほかだよね」
覚えている限りの記憶を探れば、数年前の自分はシンプルな服を選んでいた筈だ。それが無難という理由からなのだけれど、その自分がどうしてこうして柄物の女性服を購入しているのだろうか。随分とぐいぐい来る店員の口車に乗せられたような、そうでもないような。
なにより女性服の専門店だと気付けるタイミングはあったはずだ。そもそもショッパーの時点で……どうしてそのまま来てしまったのだろう?
「あー……うん、熱中症、かな?」
軽く額に手を当てれば、鈍く痛みもあるような。
今日一日を思い返せば身に覚えがあり過ぎて笑えない。明日も仕事があるというのに。
「早く帰らなきゃ。お土産は……また今度でいいかな」
一度ジェラートショップのある方角を振り返るが、すぐに思い直す。
かける心配は少なくしなければならないだろう。皆は良かれと独りの休みをくれたのだ。流されるままに出た自分が一番悪いのは間違いない。
できるだけ急いで、けれど無理のないよう日陰を選び家路へと向かっていく。
「……まあ、これも着る機会はあるだろうし」
ショッパーはそのまま腕に抱えなおした。
━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【ka5819/鞍馬 真/男/22歳/闘技狩人/趣味ではないけど必要な時もあるし仕方ないよね?】
このノベルはおまかせ発注にて執筆させていただいたものになります。
予期せぬ事態が起きてしまうと、普段通りの行動が出来なくなりますよね。
とある店員「ハスキーヴォイスのスレンダー美人にフェミニンコーデのギャップなんて尊みが過ぎる……」