※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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【死合】清濁
鞍馬 真は立ち枯れた木々の間を駆けている。
彼が担うのは斥候。この辺境の森へと逃げ込んだ歪虚を追い、発見しだい後方にて待機している本隊へ知らせる。ただそれだけの、他愛のない任務のはずだったのだ。
「!?」
彼は発見した。
歪虚ではなく。
同じ斥候役を務めるふたりを。
いや、ひとりはたった今、斥候ではなくなった――もうひとりの斥候、骸香に喉を突き抜かれて死んだから。
「なにを、している……?」
かすれた声を絞り出す真。
骸香は額から伸び出した角をゆっくりと振り向け、屈託のない笑みを投げた。
「殺した。この人のこと、ちょっと目障りだって人がいてさ。任務の途中でうまいことやっちゃってくれって、頼まれたんだ」
疾影士は裏の仕事を請け負う者も少なくないと聞いていたが……これほどまでにあっさりと誰かの命を奪えるものか。今まで仲間として肩を並べていたはずの命を。
「で。あんた――鞍馬ちゃん? に、説明したってことは、どういうことかわかるよね?」
骸香はなんでもない顔をしたまま、日月護身剣を死体から引き抜いて真へと蹴りつけた。
「っ!」
動揺していた。が、真も闘狩人として多くの経験を積んできている。その経験が、彼の体を自動的に、最小の動きで翻させ、刃渡り3尺2寸(約96センチ)の長刀を抜き放たせた。
「そんなに長くて重たい刀振り回せるとか、鞍馬ちゃんは強いんだね。でも」
骸香の手が惜しむことなく日月護身剣を、真の眉間目がけて投げつける。
真は右にも左にもよけられず、刀で剣先を弾き落とした。それにより、わずか数瞬、真の視界が自らの刃身で塞がれる……。
「正々堂々斬り合ってなんかあげないよ?」
下!
真は迷わず、切っ先を足元のすぐ先へと突き立てた。
キィン! 鋼と凍気とが打ち合う甲高い悲鳴が鳴り、衝撃が刃を伝って真の手を揺らす。
「へぇ。見ないで止めるとか、眠そうな顔してるくせにやるんだねぇ」
打ちつけた反動を利して低く跳びすさった骸香が、レガース「コンヘラシオン」に包まれた両脚を真に見せつけた。
「私を殺してどうする?」
長刀を青眼に構え、刃越しに骸香を見やる真が問う。
「適当にケガしてから帰って報告するよ。鞍馬ちゃんともうひとり、歪虚に殺られたって。あとふたり殺さないといけないから、次の手も考えないと」
真の青眼が見開かれた。
自分が死ぬのは最悪かまわない。が、ここで死ねばあとふたりの人命が消える。
――私がハンターになったのは守るためだ。だから。
「きみを行かせない。絶対に!」
構えを上段に変え、真が踏み込んだ。
上へは跳ばない。
前に進めた右足をすべらせ、地を踏んだ瞬間、刃を振り下ろしながら膝を深く折る。筋力と遠心力で加速した刃に、刃自身の重さと自らの体重を乗せ、重力に任せて下へ向かわせる。
それは真がいつか知り、忘れ果てたはずの、リアルブルーに伝わる兵法(剣術)の基礎中の基礎であった。
「はっ!」
口の端を吊り上げた骸香が下からまわし蹴りを放ち、刃へ打ち当てた。が、元より“重さ”の及ばぬ蹴りは刃に叩き落とされ、彼女は肩口を裂かれて地に落ちた。
「ぐっ!」
「きみを見逃せばこの後も誰かが死に続けるんだろう。それを、見過ごすわけにいかないから」
静かに紡がれた真の言葉に、骸香が皮肉な視線を返した。
「最初はみんなそんなこと言うけどさ」
骸香の体が前後に跳ねる。
右足と左足の前後を入れ換えながら、不規則なリズムを刻んで真の目を奪う。
「3回蹴ったらもう1回聞いたげるよ。おんなじこと言えるかどうか」
前に出した左足を伸ばし、骸香が真を蹴る。込められた力は弱いが、迅い。
刃で止めようとするより先に引っ込められた左足が、刃を構えなおすよりも先に真の下腹を蹴った。
「っ」
体勢を崩すほどではないが、踏み出しかけた足を下ろして踏み止まらなければならないほどの、衝撃。
嫌でも気づかずにいられなかった。自分が釘づけにされていることを。
「安心してよ。これ、さっき約束した蹴りの数に入れてないから」
言いながら、骸香は執拗に真の下腹と右腿とを突き続ける。
――まずいな。
正しく打ち抜かれた打撃はダメージを蓄積させる。そればかりか、骸香のレガースがまとう冷気がじりじりと真に浸透し、その肉を凍らせ始めてもいた。このままでは丹田に力を込めることも、右脚を踏み出すこともできなくなる。
少しでも早く突き離したい。刃の大振りで追い払う……そう思いかけて、真はすぐにそれを頭から追い出した。
森の中で闇雲に刃を振り回したところで、そのあたりの幹に阻まれて刀を奪われるのがオチだ。
――だとすれば!
骸香の蹴りを下腹に食い込ませたまま、真が強引に踏み出した。
「なっ!?」
骸香の蹴りが、ただ前進しただけの真に弾かれる。これは闘狩人のアクティブスキル――踏込か!?
「ふっ」
真が体を泳がせた骸香の胸元を肩でかちあげる。
そのまま吹き飛ばした彼女の体に、前進力に乗せた切っ先を突き込む。
「ちいいっ!」
骸香の腹に刃が突き立ち。
彼女はさらに吹っ飛んだ。
――ちがう! 自分で、飛んだ……!
背を丸めて受け身をとった骸香が、後転を重ねて木々の隙間へ転がり込んだ。
「熟練のくせに、しとめきれなかったみたいだね?」
骸香が真を嘲笑う。
彼女に言われるまでもなく、しとめきれなかったことは承知していた。
充分踏み込んだつもりだったが、凍りついた右脚がわずかに伸び切らなかったのだ。それに加え、骸香にこちらの突きに反応されて後ろへ跳ばれた。
経験自体はまだそれほどではないはずの骸香にしてやられた。そのことについては認めるよりない。だからといって安い挑発にまで乗って差し上げるつもりはなかったが。
真は切っ先を宙の一点に据え、骸香の声音の出所を探る。
――まいったな。さっぱりわからない。
彼女が疾影士の気配を消すアクティブスキル、隠の徒を使っていることはわかるのだが、この声の出どころを隠す業(わざ)はいったいなんだ?
「腹話術の応用ってやつ。生きるために憶えた隠し芸だよ。心配しなくてもさ、すぐ逢えるってば」
心を揺さぶりに来ているわけか。
真は息を絞り、鼓動を鎮める。どうせ見つけられないのなら、目に頼っても無駄だ。代わりに耳を澄ませ、さらに骸香の動きを誘うために言葉を使う。
「肩と腹が痛いだろう? きみはきみが思うようには動けない。引き攣れた体が音を鳴らして、私にきみの居所を知らせてくれる」
「鞍馬ちゃん、うちのことなめすぎ」
真の背後に“虚無”が沸き立った。
「そういうの全部切り離せなきゃ、裏稼業なんてやってらんないんだよ」
完璧な隠行からのバックアタック。
だが。骸香の剣は真の首を掻き斬ることなく、空を薙いだ。
「!?」
下に潜った真が前転、4メートルを稼いで立ち上がる。
「私だって騙すくらいはするさ」
真は視覚を捨てたそのときにしかけていた。耳に頼るふりをして、その実鼻を研ぎ澄ませていたのだ。
「どれだけ気配や音を隠しても、血のにおいは隠しきれないからね」
骸香は胸の内で下を打つ。
――そっか、においかぁ。うち、血のにおいにだけは鈍いからね。
「っ!」
離した距離を一歩の踏み込みで詰め、真が突きを放った。1234、手首の返しで刃を引き戻す距離を最小に抑えた連続突き。
「女子のにおい嗅ぐとか、欲求不満なんじゃないの!?」
1度受けても2度3度は受け止めきれない。
頭で判断するよりも早く、骸香はサイドステップで初撃をかわし、刃に巻きつくように跳んで2撃めを、下にくぐって3撃めを、最後はバックステップで逃れて荒い息をついた。
「ケガをしているのに、ここまでよけるか」
刀を構えなおした真もまた、大きく息をつく。
「なんだろね。鞍馬ちゃんのは読みやすくてさ。以心伝心?」
立て板に粘液を流すがごとく、ぬるりとなめらかな動きで骸香が迫る。
跳んできたのは右脚だ。
渾身の、まわし蹴り。
刃を立ててこれを受け止め、押し返した真の眼前に、身を翻した骸香の後ろ回し蹴りが在った。
「っ!!」
なんとか額で受け、首を振って流したが、衝撃で脳が揺れ、視界にノイズがはしった。だめだ。顔を。頭を守らなければ。真は肩をすくめるようにして首を隠し、さらには両腕の間に挟み込んで身構えた。
しかし。
ローキックが右脚に――先ほど凍らされたその箇所にねじり込まれ、真の体勢を下へ崩した。
まだだ!
骸香の初撃を止めたときと同じように刀を突き立て、今度はその刃の後ろに全身を隠す。追撃の蹴りは刃を越えられずに弾け、遠ざかった。
「きみの動きも、どうやら私には読みやすいらしい」
「うちら相性いいのかもね。――酒場かどっかで会ってたら、別の意味で殺したげたんだけどな」
酒場か。飲み比べで殺してくれるのか、いっそ悩殺してくれるのか。どちらにしても、悪くない。冷えたエールの喉ごしを幻(み)ながら、真は頬に貼りつく脂汗をぬぐい、立ち上がった。
余裕めいた笑みを見せながら、骸香はその実攻めあぐねていた。
森というフィールドを生かして攻め立てたはずなのに、真はその都度対応し、あまつさえあの大刀で反撃してくる。経験で遙かに劣ることは承知していたが、これほどまでとは……
仕事に際して切り離した感情が最初に感じたのは怒りだ。それはやがて焦りに変わり、苛立ちを経て、今は少しおもしろいと感じている。
――顔もろくに知らない誰かを守りたくて命張るとか、いったいどんなお人好しなんだろうね?
「ほんと、なんでもないとこで会ってみたかったよ」
口について出てしまった感情からの言葉に、今は暗殺人形と化した彼女は気づかない。
この出逢いを惜しみながら、それを知らぬまま。
彼女は跳んだ。
斬り下ろしと斬り上げ、突きは打たせ損だ。薙がせなければ。
真の間合の縁を出入りし、骸香は誘う。前後のステップにサイドステップを併せ、真を呼び込むための軌道を編み上げていく。
が、真は動かない。ゆるく息を吐き、こちらの全身を見据えて機を待ち続けている。
――そりゃ釣られないよね。でも、ここにうちを編み込んだらどうよ?
ステップを刻む骸香が時に深く、浅く。時に小さく、大きく。真との距離をかき乱す。そして。
マテリアルを隅々にまで巡らせた体をすべり込ませて、ハイキック。
「!」
受けきれずに真の体が揺らぐ。
その頭頂へ、骸香の振り下ろした踵がめり込んだ。
衝撃が真の頭の内で跳ね回る。毛細血管が破裂し、目から鮮血が噴いた。
――そうそう。それよそれ。それなら。
踵落としは、敵のすぐ前に立っていなければ当てられない。さらに、骸香の身長は真よりも7センチ低かった。眼前まで踏み込んで初めて間合に入ることができる。
普通に考れば覆しようのない骸香の不利。
しかし、真の得物は大刀だ。間合は広いが手元での取り回しは想像以上に難しい。
この状況を抜け出し、反撃するためには、ダメージを受けずに骸香との間合を離すしかない。だからここで骸香が追撃の蹴りを打てば、唯一返すことのできる柄頭を打ち込んでくるよりないのだ。
骸香は柄頭をかわし、蹴りを打ちながら後ろへ倒れ込む。
真の大刀が柄頭を返して軌道を変え、離れていく骸香を刃で追った。
迫る切っ先を見やり、骸香は笑んだ。
――ここまでお膳立てしたら、そりゃあ追ってきちゃうよね? じゃ、もう一手。
骸香が体を回転させ、横へ跳んだ。
右構えの真からすれば左へ。刃を振れば届くだろう先へ。
真の刃が右から左へ薙ぎ払われた。
その顔に悔いよりも苦笑が浮かんだことに満足しながら、骸香はさらに左へ。
果たして真の大刀は、立ち枯れた幹に深々と食い込んだ。
やられた。
はめられた悔しさよりも、なぜかサプライズをしかけられたような楽しさを感じながら、真は刃が乾いた木に食い込み、噛み止められた痺れを味わった。
骸香の攻めには欲があった。自分などには思いつくことのできない、生きるための創意工夫が。
「……生きるために憶えたやりかたか」
「リアルブルーは殺さなくても生きられる世界なんだってね。こっちとは――そうじゃないな。うちがいたとこはそうじゃなかった。腐った肉と血のにおいしかしない、真っ暗闇だったよ。今いるとこも変わらない。鞍馬ちゃんとは住んでる世界がちがうわけ」
吐き捨てた骸香がふと顔を上げる。
「そういえば3回蹴ったっけ? じゃ、訊いとくね。――まだうちのこと、見過ごさないわけ?」
真はゆっくりとうなずいた。
「ああ。きみを生かせば誰かが死に続けるから、私はそれを止めるよ」
その思いが変わることはなかったが、しかし。
「それにもう、きみに誰も殺させなたくないから」
真は胸の内で苦笑した。
そうだね。私はもう、きみに誰も殺させたくないんだ。
だって、次の誰かを殺しに行けば、きみは私のことを忘れてしまうだろう?
なんだろうね、この身勝手は。
まるで、そう――
思いながら、真は大刀を引き抜こうと力を込めた。
当然、骸香はそれをゆるさない。
スラッシュエッジの軌道に沿い、今度こそ真の首を刈りに迫る。
これまでの闘いの中で、真は大刀のみを使い続けてきた。
すべては、このときのために――!
真の背に取りついた骸香が、護身剣を彼の首の右から突き込み、左へ貫いた。
血管が裂かれ、血の供給を喪った脳が痺れ、視界が色を失くしていくが。
つかまえたよ。これできみはもう、逃げられない。
真の右手が骸香の手首をつかみ、前へ引きずり出す。
その左手に握られていたものは、ダガー「ヴィーラント」。エルフの鍛治師によって鍛え上げられ、研ぎ澄まされた鋭い切っ先は、肉へすべり込んで骨を断ち、骸香の心臓へと潜り込んだ。
「ああ」
最後の最後で、騙されたね。
骸香は驚いた顔を真に――すでに息絶えた真の死に顔に向けた。
殺したらどんな顔をするんだろうと、胸を高鳴らせていた。
でも、いざそれを見てみれば、その目に自分が映らないことがつまらなくて。なぜか満足そうな表情をしているのが理解できなくて。置いて逝かれたことが、どうにも腹立たしくて。
――すぐ追いつくからそこで待っててよ!
とはいえ、心臓を刺されて即死できなかった以上、血を失って死ぬまでには時間がかかる。
――ほんと、しかたないなぁ。
心臓から引き抜いた切っ先を自らの喉にあてがい、骸香は目を静かに閉じた。
再会したときに怖い顔をしていたら、もしかして嫌われてしまうかもしれないから。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【鞍馬 真(ka5819) / 男性 / 25歳 / 蒼の旋律】
【骸香(ka6223) / 女性 / 21歳 / 鬼嫁さんは男前】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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奇しき縁を結びし両者。死してなにを語り、紡ぐものなりや。其を知る者、共連れて彼岸へ渡りし両者をおいて他になし。