※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
唯刃
 グラズヘイム王国北端、ゾンネンシュトラール帝国との国境線近くにある宿場町に鞍馬 真はいた。
 三日で片づけた仕事の報酬は、かけた時間を考えれば破格。帝国から流れてくる物品はお値段少々高めだが、せっかくだ。大切な人へ土産を買って帰ろうか。
 と。
 ドアを突き破る勢いで転がり込んできた役所の職員――彼に仕事を依頼した男だった――が真の脚にすがりつく。
「ぞぞ、雑魔! 雑魔が町に!」
「防衛隊はもう出動しているんだろう? それなら増援を」
 言いかけて飲み込んだ。
 この町は帝国と近い。騒ぎになれば、町を含めて見張りを続けているだろう帝国の国境警備隊の介入を招く可能性が高い。そこで万が一にも帝国兵が死傷するようなことがあれば……国同士の問題に発展しかねないのだ。
 王国に属する町の役人としては避けたいところだろう。一度の依頼で顔を合わせただけのハンターにすがりたくなる程度には。
「どこまでできるかわからないけど、助太刀するよ。着替えている時間は……ないかな」
 言い終えるよりも早く駆け出し、職員が開けたドアをくぐって外へ。いちおう足音は消している。雑魔の情報が知れない内に、こちらの情報を晒すのは愚の骨頂だ。
 ――相手はただの雑魔、それほどの相手じゃない。
 とはいえ真の武装は防御力などあるはずもない普段着と、護身用に持ち歩いていた禍炎剣「レーヴァテイン」のみ。ひと度抜き放てばその柄からは赤光が伸び出し、敵ばかりか扱い手の命をも削る呪炎の刃を成す。
 どのみち守り切れない命なら、防御を固めて耐え忍ぶ手はナンセンス。そもそも我が身の大事は彼の中で“その他”に突っ込まれる程度のものだ。極論で言えば、どうでもいい。
「かわせるだけかわす。かわしきれなければ命を損なう。……土産の前に土産話を仕入れることになりそうだね」

 かろうじて人型を保つ雑魔が防衛隊の兵士へ右腕を叩きつけた。
 盾でこれを受ける兵士だが、短く呻いて盾を取り落とす。なにが起きた?
 真は高所から偵察するため貼りついていた壁を蹴って跳び、雑魔を袈裟斬りに断ち割った。
「無事かい?」
「あ、ああ。しかし」
 兵士は自らの左腕を示した。青白い火ぶくれのような傷。
「魔法、か」
「雑魔の発生源は町長の家だ。おそらく、検閲で持ち込まれた帝国からの書物の」
 マテリアル異常が原因。魔法書の暴走で魔力を備えた殺魔が発生した……そんなところだろう。
 問題は、その魔法書が帝国のものであるという点だ。
「とにかく治療を。私は町長の家に行くよ」
 次の瞬間、真の姿はマテリアルの残滓だけを残し、消えた。

 連携して戦う兵士たち。
 しかしその前方からは尽きることなく雑魔が沸き出し、生者の気配をたぐって押し寄せる。
 大通りを雑魔に占拠されれば防衛戦にも一般人の避難にも障る。そしてなにより、目の前で傷つく誰かを見ていることはできない。
「こっちだ」
 兵士たちの前に飛び込んで気配を露わし、真が両手を拡げて雑魔を誘う。
 雑魔が足を速めた。一、二、三、四五六七。真へ殺到する。
「ふ」
 短く息を噴く真。それは体内で起爆させたマテリアルの残滓……いわば薬莢だ。
 爆ぜたように前へ踏み出しながら先頭の雑魔の爪をダッキングでかわし、光刃の切っ先で脚を薙ぐ。
 そのまま前のめりに上体を倒し込んだ重さを利して加速。バランスが崩れる寸前に左手をついて宙を回り、勢いをつけて二体めを唐竹割り。
 振り下ろした剣の柄頭で石畳を突き、反動に乗せて刃を突き上げ、三体めの胴を貫いて押し飛ばし。
 引き抜いた刃を横薙ぎに振り込んで四体めの首を飛ばしつつもう一回転。五体めの腕を横蹴りで突き放してバランスを崩させておいて、蹴り足を強く踏み込み、斬り払った。
 ここまでにかかった時間は二秒足らず。しかし、彼の目の前に六、七体めが迫るには充分過ぎる時間であった。
 ここで真が笑み、その身を翻した。
 当然のことながら、雑魔にとまどう心があるはずもない。まっすぐ真の背へ襲いかかるが――その体が小さく跳ね、動きを止めた。
 それはたった数瞬のことだったのだろう。
 迫る雑魔の偽眼に、体を翻した真の長く艶やかな黒髪の先がすべり込み、掻いたのだ。
 髪は人が思うよりも硬く、強い。だからこそ、こんな奇策にも使いようがある。
 偽りとはいえ“眼”の意味を与えられたものはこの一閃で裂け、機能を損なった。
 うろたえる二体を斬り伏せた真は、ここでようやく止めていた息を取り戻し、ため息をついた。
「盾で受けずにいなして。この雑魔は魔法的な存在だから、ただ受け止めればこちらが傷を負う」
 言い残した真は影へ潜み、その暗がりをたどって先へ急ぐ。

 町長宅へ近づくにつれ、真の歩みも鈍っていった。雑魔がより強力になっていくからだ。
 ――最初から強いというより、レベルアップしているのかもしれないね。
 雑魔の本体たる魔法書近くにいる雑魔は、それだけ発生時間が新しいということになる。
 戦いをフィードバックし、より強力な個体を生み出す魔法書。帝国側にそれを送り込んだ者がいるのであれば。
「どちらにせよ厄介事は避けられなさそうだけど」
 真の仕事はこの騒ぎを止めること。後のことは偉い人に丸投げてしまえばいい。
「っ!」
 スウェーした真の顎先をひやりとしたものが駆け抜けていく。刃だ。砥石ならぬ魔法で研ぎ上げられた、薄刃の一閃。
 ついに来たらしい。真の迅さに対抗すべく生み出された、速度特化型が。
 その雑魔は棒人形のような肢体を駆り、真へと踏み出す。これは彼が幾度か戦場で見せた踏込――ハンターのスキルだ。
 真は大きく跳びすさって強烈な斬撃をかわし、石畳に転がった。これで目くらましができればいいのだが、あの個体は追ってくるだろう。
 案の定、棒人形は真の動きについてきた。それどころか真を凌駕する速度で。思考というバイアスがないがゆえの速さということなのだろうが。
 いや、だからこそ考えろ。こいつになくて私にあるもの、もしくはこいつにあって私にないものを。
 薄刃が真の肉を削ぎ、裂いていく。逆にこちらの攻撃はことごとくがかわされた。受け止めずに回避するのは、薄刃を失わないためか。
 いや、そうじゃない。魔法書が戦いの中で学び、こいつを生みだしたなら。
 真は左腕で薄刃を食い止め、右手に握った光刃を大きく薙いだ。
 棒人形は薄刃を強引に引き戻すと同時、先ほど真がしたように大きく跳びすさる。しかし、その様には不思議なほど余裕がなかった。
 そういうことか。
 真は右腕一本で剣を構え、棒人形を追う。
 強力な個体は生み出すまでに多くの情報を必要とする。その情報の中には、真や兵士が見せたあらゆるものが含まれるはずだ。たとえばそう、兵士が見せた命を失うことへの恐怖……生への執着も。
 棒人形は今、自己保存の欲を持ってしまっていた。だから。
 真を引き離したいように、棒人形が薄刃を振り回す。
 真はマルチステップで体軸の芯を外して踏み込み、そしてすでに役立たずとなった左腕を薄刃へ叩きつけ、巻きつけた。
 某人形が刃を手放せないことはわかっている。自分の身を護る唯一の手段だからだ。少なくとも某人形はそう学んでしまっているから。
 螺旋に斬り裂かれる左腕にかまわず、真は光刃を振りかざす。
「動きが止まれば、ただの雑魔だ」
 生存欲は最初から持ち合わせていない。そして体捌きはこの場で捨てた。残る意志ただひとつを込めて、真は雑魔の頭蓋に切っ先をねじり込んだ。

 左腕の根元をきつく縛り上げて止血を施し、真は町長宅へと踏み込んだ。
「そこにいるんだろう?」
 返事は雷。しかしそれは真をかすることすらなく飛び去っていく。
 怯えているのだ。書がもっとも力を行使するに易い魔法使いの形を与えられた、最強の雑魔が。
「自己学習して雑魔を生む書。書き手はきっと頭がいいんだろうね。でも」
 真はひとつひとつ部屋のドアを開け、中を確かめる。
 その間にも火魔法が、氷魔法が、さまざまな魔法が真へ襲いかかるが、及び腰で放たれたそれは、ひとつとして彼まで届かず、霧散していった。
「知識だけ詰め込んだって意味がない。事の価値が判断できなければ、こうして余計なものまで再現してしまう」
 ついに書と、そしてそれを守る雑魔と対面した真が血にまみれた面を傾げて言い放った。
「きみの主を裁くのは私じゃないけど、きみを殺すのは私だ。きみが誰かを恨む気持ちまで学んでいるなら……せめて請け負うよ」
 床を踏み抜くほど強い踏込が空間を揺るがせ。
 両手を突き出した雑魔は、そのままの姿でふたつに断ち割られて落ちた。

「じゃあ、いいんだね?」
 真の問いに職員が何度も忙しなくうなずいた。
「責任はこちらで。でも、最後の仕末はあなたにつけていただくのが筋だろうということでして」
 真は包帯で固めた左腕を添え、両手で光刃を構えた。
 最後くらいは剣士の礼を尽くすよ。
 そして、斬。
 魔法書を斬り払い、ようやく剣を鞘へと収めたのだった。
 ……魔法書は始めから存在しなかったことになった。この騒ぎはただ町に雑魔が沸いただけの事件とされ、歴史の内に葬られる。すべては帝国との力関係を保つために。
 それでよかったのかはわからない。
 だが、この地で営む人々にとって悪くない結末なら、それでいい。
 真は治療の続きを行うべく駆けつけた術師たちを見やり、静かに目を閉じた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【鞍馬 真(ka5819) / 男性 / 22歳 / 蒼き翼】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 善きも悪きも、決めるは当事者たる誰かなろう。力ある者はただそれを救うのみなれば。
  
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
鞍馬 真(ka5819)
副発注者(最大10名)
クリエイター:電気石八生
商品:シングルノベル

納品日:2017/11/28 18:51