※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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それが細い光だとしても
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「本当にありがとうございます……!」
「一体なんとお礼を言ったものか……」
目の前で頭を下げる初老の夫婦に苦笑しつつ、鞍馬真は小さく手を振った。
「いえ、ご期待に沿えたならよかった」
ハンターとして奔走する日々。今日の真が請け負った依頼は彼にとってさほど難しくもない失せもの探しだった。
通常の失せもの探しと違ったのは、そこに雑魔が1匹絡んでいたことくらい。
今更雑魔1匹程度に遅れを取る真ではない。
何度も何度も頭を下げる依頼人たちに頭を軽く下げ返し、真は家路につく。
――その足取りは、何故か少し重かった。
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感謝される事は、苦手だ。
自分が自分として認められるために。自分が誰かに必要とされたいがために。
真は、自分が依頼を受け人を助ける理由はこれに尽きるのではないかと思っている。
「一人でも多くの人を守りたい」と思う友人や「戦うことは出来ずとも支えたい」と思う友人と違い、自分のそれは酷く醜く愚かしいのではないか。
悩んで、苦しんで。それでも必要とされたくて、オフィスに顔を出しては依頼を受ける日々。
こんな自分勝手な自分を、周囲の人々は「優しい人」「強い人」と評してくれるが。
「……違う」
自分以外誰もいない部屋で、真は苦く喘ぐように呟いた。
違う。違うのだ。自分はそんな良い評価をもらえるような人間ではない……!
日の陰り始めた時刻。灯りがともっていない部屋を、少しずつ闇が蝕んでいく。
戦うことが好きなのでもない。
人を助けて高揚感に浸っているわけでもない。
力あるものとして弱きを助けるが当然だと思っているわけでもない。
「ただ私は……『私』の勝手で、人を助けているだけだ……」
記憶がない。
人として持っていて当然だろうそれを、真は何らかの原因で欠落させてしまっている。
記憶というものはその人間を『人間』たらしめるものだと思う。
それがない自分は、果たして周りの人々からどう見えるのだろう。
確かな自己肯定など、記憶のない真は持ちえない。それすらも、欠落してしまったのか。それとも。
恋人と呼べる人。友人と呼べる人。助けたいと思える人。
ハンターとして生きてきて早どれくらいだろう。
こなした依頼の数だけ、真の周りには新しい人々が。新しい世界が広がっていく。
それは嬉しいことだ。喜ばしいことだ。
何もなかった自分に。何もかも記憶を失ってしまった自分に注がれる新しい沢山の経験。
だがそれは、時として真逆の作用ももたらすのだ。
薬が良薬にも毒薬にもなるように。
力をつけ、ハンターとして真は今や決して弱くない力を持っている。
人を助けることが出来るのは、力があるからだ。
助けたかったから、ただひたすらに力をつけるべく任務に挑んだ。
日々の鍛錬も欠かさなかった。
そうして真は、今の実力を勝ち得てきたのだ。
けれど。
実に難しきはひとのこころ。
どれだけ力をつけようとも、何度人を救おうとも。敵を斃そうとも。
真の心から、脳裏から、負い目は消えることはなかった。
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小さく息を吐く。
いつの間にか目を閉じていたらしい。
固く握りしめた拳は、短く整えられた爪のおかげで手のひらに傷を負うことはなかったが、僅かに強張って動かしにくくなってしまった。
「私はもっと、強く、なりたい」
ハンターとしての実力も当然のことだが、それだけではない。
もっと確固としてちょっとやそっとじゃ揺らがない自己が欲しい。
自分に背を預けてくれる友人たちのために。
自分を信頼して任せてくれる人々のために。
「きっと戦う力は、そういうものがあってこそ強くなるんだろう」
真はゆっくりと目を開く。
日の落ちた室内は、闇一色ではない。
仄かに落ちるのは星と月の輝き。
まるでクモの糸のように細く頼りなくとも。光は確かにそこにある。
「……私も、きみのように強くなれるだろうか」
ふと、少し前に参加した任務を思い出し、真は窓越しに空を見上げた。
閉じた窓から、何故か柔らかな風が吹きこんだような。
その風から背を押されたように感じて。
真はようやく、小さく笑みを浮かべるのだった。
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今はまだ。確固たる何かを持つことは出来ていない。
それでもいつか。
細い光を標に、歩み続けていけば、きっと……。
END
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【ka5819 / 鞍馬 真 / 男 / 今はまだ道の途中】