※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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光と影
今夜は月が見えないから、自分の影も見えなくて、自身の形を見失ってしまいそう。
雲もないのに暗い夜。真は今、病院のベッドに横たわっていた。依頼で重傷を負ったのである。
真は全身の傷が焼けるように痛むのを感じていた。
こんなことだから、眠ることなどできなかった。いや、時折気絶するように眠りについた。しかし傷による高熱により、見るのは悪夢ばかりだった。
真は夢を見ていた。
救えなかった人間の夢を見ていた。
殺してしまった人間の夢を見ていた。
魘され続ける深夜。寝ていても目覚めていても安寧はどこにもなかった。
夢の中では、そのような人間の顔がぼんやり浮かんで、真のことを見ていた。
彼らはただ見ているばかりだった。
けれど、それは耐え難かった。
救えなかった人間を救いたかった。
殺してしまった人間を殺したくなかった。
そんな思いは罪となり真にのし掛かった。
苦しい。首を絞められているわけでもないのに、息ができない気がする。
痛い。確かに自分は傷だらけだ。けれど、死んでしまった彼らはもっと苦しかったはずだ。
逃げたい。駄目だ。それだけはできない。なぜなら……
……私は、この罪と向き合わなくてはならない
真の土色の肌に、熱のためくすんだ青い瞳が、彼がぎりぎりにいることを示唆していた。
どうして、彼らを救えなかったんだろう。
……それは、私が弱いからだ。
どうして、彼らを殺してしまったんだろう。
……それは、私が弱いからだ。
答えは変わらなかった。
自分が弱いから、救えなかった。殺してしまった。
真は体を起こし立ち上がった。それだけの動作なのに、息切れがする。未練がましい体は休ませろと言うようにきりきり痛む。
真は、ついに病室を抜け出した。
病院の廊下には、冷たい空気と、白々しい死の匂いが充満していた。
その中を、壁を伝って真は進んでいく。体が痛いのは当たり前だ。でも、それ以上に……
その時、真は躓いた。倒れこむ体をなんとか壁を杖がわりにして支える。足元に違和感があった。
そこには、赤く濡れた手が真の足首を掴んでいた。
いつの間にか、病院の床は柔い黒い沼に変貌していた。ざわざわと神経質な音を立てて波打っている。
何事かと考えるよりも先に、赤黒い手は数を増やし、真に纏わりつく。
よく見ると、沼の水面には人の顔があった。波打っているように見えるのは、水面に凹凸があるからで、それは全部人の顔だった。かつて真が出会い、殺し救えなかった人々の顔だった。
口は虚ろに開き、吐息ともつかない叫びを発している。
助けたかった。殺したくなかった。でも、現実は違う。
彼らは死んでしまった。死なせてしまった。
すると、不思議なことが起きた。潮が引くように彼らの顔は廊下の向こうへ消えて言ったのである。怨嗟の声も薄れていった。
しかし、その消えて言った廊下の奥には、暗闇よりなおくらい影がぽつねんと立っていた。
それは音もなく、真に近づいてくる。彼には顔がなかった。影がそのまま立ち上がったかのようで、その背格好は真によく似ていた。
影は真の目の前までやってくると、にわかに腕を伸ばし、真の首を絞めはじめた。
真も抵抗するが、どうしてもその手から逃れられない。
きりきりと喉がしまっていく。
真は床に膝をつき、倒れた。影は好機とばかりに、真に馬乗りになって。ますます力を込める。
そして、真の意識が暗転した。
はっと息を飲んで、真は目覚めた。彼は病院の廊下に倒れていた。
どうやら、躓いた拍子に気絶して夢を見ていたらしい。
真は歯噛みをした。そんな夢をみる自分が許せないのだ。
真は再び立ち上がる。そして、ついに病院の外へ出た。
誰もいない夜道を真は歩いていく。ついてくるのは、後悔だった。
救えなかった人間がいた。
殺してしまった人間がいた。
彼らを、真は忘れなかった。忘れることができなかった。
それは後悔という澱となって真の心に渦巻いていた。
どんなときも。喜びや楽しさに心を満たした時も、底の方では常に後悔があった。
それは、誰にも言えない傷だった。誰にも癒えない傷だった。
自分が弱いから。
もっと強ければ。
そうすれば、きっと……
真は壁にかけられた一振りの剣を手にとった。
彼がたどり着いたのは訓練場。こんな時間であるから、真以外誰もいなかった。
真は素振りをして、自身の体の調子を確かめ、感覚を研ぎ澄ませていく。
素振りで、体をほぐした後は、演武へと移行する。横薙ぎの斬撃から、円を描くように斬り上げる。
様々な喜劇があり、悲劇があった。
そんな中をくぐり抜けて、今日もまた進まなければならない。
しかし、一歩進む分、同じだけの後悔が纏わりつく。
足は次第に重くなって行く。いつしか体も心も傷だらけだった。
もし、ここで立ち止まるというのなら、これ以上傷つかないのかもしれない。
だが、本当に、真が後悔しているというのなら……
……私は立ち止まることだけはしてはならない。
ふと、真は演武を中断して、鋒を地面へとおろした。背後に気配を感じたからだ。
だから、そちらへ振り返る。
そこには、病院の廊下で真の首を絞めていたのっぺらぼうの影が、真と同じように剣を提げて立っていた。
そして影は、剣を体の脇に引き付けたかと思うと、一気に真の胸に飛び込んで、彼の胸を串刺しにした。
血は流れなかった。ああ、これもきっと夢だな、と真は思っていた。
でも、だからこそ。この悪夢と向き合わなくてはならない。
影は剣を深々と突き刺した後も、なおも刃を押し込もうとするように、真に体を密着させていた。その姿は、母親に抱きしめて欲しくて纏わりつく子供のようにも見えた。
真は優しく微笑みながらその影の頭をそっと撫ででやった。
「私は、とても後悔している」
影と自身に言い聞かせるように、真は話し始めた。
「救えなかった人間を救いたかったし、殺してしまった人間を殺したくなかった」
もしかしたら……と真は続ける。
「その中にはとても悪い人間もいたのだろう。けれど、それでも私は、生きていて欲しかったんだ」
優しく、優しく真は影の頭を撫でる。
「過去に起こったことを変えることはできない。だから私は苦しい。でも、だからこそ、立ち止まることだけはしてはいけないんだ」
真は剣を持たない腕で、ぎゅっと影を抱きしめた。真の背中から、墓標のように刃が突き立った。
「私は、進む。けれど、君たちを……救えなかった、殺してしまった君たちを、決して置いていきはしない」
その時、影の膝が崩折れた。そのまま、地面に倒れこむ刹那、真は目を醒ました。
真は一人訓練場に立っているばかりだった。
影を抱きしめていた感覚はどこにもない。だが、ずきり、と真は胸に痛みを覚えた。ちょうどそこは先ほど夢の中で影に刺されたところだった。そこからは血が溢れ包帯を汚していた。
この痛みだけが夢の残り香だった。
東の空を振り仰ぐと、地平線から黄金の光が漏れ出し、真っ暗だった夜を駆逐し始めていた。
それに連なり、地上にあるものは、己の輪郭に合わせて影を作り出す。
真にもまた、長い影ができていた。しかし、そこに怨嗟を聞くことも人の顔を見ることはなかった。
暁の冷たい風に身を晒し、真はすっくと立っている。
影とともに、立っているのだ。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819 / 鞍馬 真 / 男 / 22 / 闘狩人】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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影は片時もあなたを離れることはない。
過去のように、時間のように。
時として影は長く伸び、あなたを食らおうとするかもしれない。
己の輪郭と、光が作り出した、もうひとりのあなたとして。
けれど、影は影でしかないのだ。
ご依頼いただきありがとうございました。