※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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忍び寄る病にも似て
ばざ、と切り払った歪虚の体液が顔にかかり、ぐしと手で雑に拭った。
今のが最後の一匹だっただろうか、見回しても他の気配はなく、これで今回の依頼も終わりだと、深く息を吐きだした。
今回の歪虚は普段以上に手強く、皆一様に傷が深い。
最近、手強い敵が多くなったなぁと、頭の何処かでそんなことを考えながら、真はこのあと仲間が軽く行うであろう浄化の準備を進めようとして、それを遮られた。
同行していた聖導士の少女は、瞳いっぱいに涙を湛えて、訴えるような、あるいは睨むような目で真を捕まえ見据えて――
「なんであんな無茶したんですかぁぁぁ!」
叫んだ。
あらん限りに。
そんな彼女の言う言葉に、先の戦闘での心当たりを思い返し、首を傾げる。
無茶、だっただろうか?
強烈な負のマテリアルを含んだハウリングに全員が一瞬ひるんだ、その隙を歪虚は見逃さなかった。
強いものに牙をむく野生ではなく、狩りをするものの本能を以て、パーティ維持の要である聖導士へむけてその牙を向けた。
だからとっさに動いた体で割り込んで、その結果左腕が血まみれで千切れかける事態になったわけだが、結果としてパーティの崩壊は免れたわけだし、問題はなかったように思う。
真にしてみれば当たり前の、いつもどおりの当然の行動。
けれど、件の少女はそれを当然とは見做さなかった。
「痛くないんですか?」
「え? 痛いよ」
当たり前じゃないか、といった体で返した真に、呆れ返ったように聖導士の少女は言葉を失う。
だが、それも一瞬のことだった。
「そうです、痛くないはずがないんです! 痛いことは怖いんです、苦しいんです! なのになんで、貴方はそれを当たり前のように言いますか!」
半泣きになりつつ、杖で半ば殴りかかるかのように真を癒やすその少女を他の仲間が宥める。
「悪りぃな。お前みたいなタイプ、あいつは許せないみたいでよ」
聖導士の少女と面識があるらしい、猟撃士の男に後ろから頭をぽんぽんと叩かれて振り返る。
ようやく痛みの消えてきた左腕をさすりながら、真はどういう意味だろうかと首を傾げる。
「たまに、お前みたいなやつがいるんだ。痛みとか、苦痛とか、そういうのを我慢するのに慣れたような、あるいは鈍くなってるのかな? とにかく、自分が傷つくのは別にいい、みたいな考え方してる奴」
わかるか? と言われて、そうなのだろうかと自問する。
痛いものは痛いのだが、それとは少し違うのだろうか。
「お前さんが実際どうなのかは知らないが……さっきの光景、あいつには"仲間を守るために身を挺した"ってより、"仲間を守るために自分を使った"って感じに見えたんだろう」
その言葉の微妙なニュアンスの違いが、違和感のようにじわりと自分に染み込んでいくのを、真は感じていた。
説教臭くなっちまったな、と言って猟撃士は手をひらひらと振って離れていく。
「命ってのは生きるために使うもんだぜ?」
命短し、恋せよ乙女、ってな?
なんて軽口を叩いて、浄化の準備へと向かっていった。
我慢するのに慣れた、あるいは、鈍くなった。
言われた言葉を反芻しながら、自分の思考の中へとゆっくり潜っていく。
死にたいのかと言われたら、そうでないと反論出来るような気はした。
少なくとも、未練は――未練となるようなものはあるはずだ。
では、何が違うのだろうか。
剣を持つことも、歪虚を斬ることも、当たり前となりすぎていて……。
――痛いことは怖いんです、苦しいんです!
どうして怖いのだろう?
なんで苦しいんだろう?
――"仲間を守るために自分を使った"って感じに見えたんだろう。
自分を使うというのは、どういう意味だろうか?
浄化の準備を手伝いながら、真の頭の中では思考が渦巻いていた。
徐々に昔へと記憶を遡らせていく。
大切な人の記憶、傷ついた出来事、戦いの数々、更にさかのぼり、思考は、記憶はハンターとなった頃へと遡る。
あの頃と今を比較して、違いは何処にあるだろうか。
「――ああ」
ぽつりと声が漏れ、周りがちらりと視線を向けたことにすら気が付かず、真は腑に落ちたその答えに首もとを掴まれたような気分に陥った。
昔はあったであろう感情、生きているものなら誰もが持っているであろうその感覚。
死に対する恐怖、それが恐ろしく薄く摩耗、あるいは喪失している事に気づいて作業をする手すら止まる。
言われた言葉の意味が、今ならばすとんと胸に落ちる。
聖導士の少女の憤りが、確かにわかるのだ。
癒やすことを力とした少女にとって、確かに自分のような在り方をする存在は許せないのだろう。
なんと歪で、虚ろな有様。
私は――生きたいと思っているのだろうか?
それとも――死にたいと思っているのだろうか……。
後処理はつつがなく終わり、数日の帰途を若干居心地悪く過ごし、オフィスで仕事の完了を報告する。
それでこの一期一会の仲間たちとの物語も終わりを告げ、長き旅の無数にあるトピックの一つになる、それだけの話。
別れ際に、聖導士の少女に杖を突きつけられ、思わず両手を上げる。
「貴方は、ご自身に何かあったときに悲しむであろう身内、仲間、あるいは――大切な人は居ますか?」
感情的になったときとは違い、今はどうやら少女は冷静なようだ。
「……ああ、いくつか心当たりはあるかな」
言われて、数名の顔が自然と脳裏に浮かぶ。
「なら、その方のためにも……もう少しご自身を大切にしてください。あなた達の関係がどういったものか私は存じませんが、死を喜ばれるような間柄ではない、と思いますので」
きっと少女は、若さゆえのおせっかいだったのだろう。
彼女の言葉を反芻しながら、ふと思い出した緋色の髪の少女を思い出し、オフィスを後にする。
足の向かう先は、さて……何処?
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
【ka6633/鞍馬 真/男性/22/闘狩人】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただきありがとうございます。
ご依頼で見かけたときから、平然と自分を危険に晒すような様子が見えてヒヤヒヤしていたのですが、今回その部分に触れる! ヤッター! と思いながら書かせていただきました(その割に遅い、すみません)
悩みつつこんな形に収まりましたがいかがでしたでしょうか?
リテイクなどありましたらお気軽にお申し付けください。
この度はご依頼ありがとうございました。
――紫月紫織