※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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狼を狩る休日
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仕事の入っていない初夏の朝、地面に重なる木漏れ日はきらきらとして、若木の伸びやかな新芽が明るい空を指し、涼しい風が渡っていく。
散歩にでも出ようと歩き始めて数十分。擦れ違う人人は皆、穏やかな挨拶の声を掛けていく。
馴染みの喫茶店を目指しても、このまま無為の散歩に費やしても良い。
さあ、どうしようか。しかし、予定の無い日の方が少し気忙しい。
ああ。と、声が零れた。
足を見知らぬ道へ向け、その思い付きを言葉にする前に、長閑さに似つかわしくない音を聞いた。
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かたかた、と頭上に据えたグリップが鳴る。
引鉄に指を掛け、寛ぎの色を無くした穏やかな青い瞳は、ひどく冷静に足元へ視線を下ろす。
鞍馬自身の影を覆い隠した黒い影。背後から襲いかかった爪、唸り声と生ぬるい息遣い。
影の大きさと、腕に感じる衝撃とその重さ、背に感じるそれが醸す気配の全てで推し測る。
爪を捉えて阻む得物は、休暇のための護身用。軽装に馴染む洒落た意匠の柄。
十分。と、唇を動かす瞬間、双眸に過ぎった金の光り。
引き金を引いて、身を翻す。
ひゅう。と、感嘆の口笛のように鳴いた剣の音色。覚醒のマテリアルと引鉄に起動した絡繰りが作り出す光りの両刃が、休日を強襲した獣の爪を削いだ。
長閑な街中にどこから入り込んだのだろうそれは、牙と爪の発達した直立した狼を思わせる。
彼の得物だろう牙も爪も、黄ばんで土や血の名残の様な汚れが見えるが、その先端だけは白く鋭く、研いだ刃のような筋が走っている。
対峙すべく翻す身体、ネイビーのシャツに合わせたスニーカーが古い煉瓦を踏む軽い跫音。
ハーフアップの長い髪を結わえた黒いリボンの端が、靡いた髪に少し遅れて背に下りる。
敵は淀んだ目で鞍馬を見下ろし、再び傷付けられた爪で襲い掛かる。
「――こんなところに雑魔が出るなんてな」
爪を弾いた剣が心地良い高音を響かせる。刀身に装飾のように空けられた幾つもの穴を抜けていく空気が旋律を乗せて広げる。
後退、左手を添えて構えるとその動きで静かな序奏が始まる。
敵は鞍馬の動きに合わせて両手の爪を向け、牙を剥いて低い濁音で吠える。毛足は乱れているが頑丈そうな足が煉瓦を叩いて飛び掛かる隙を見ているように身体を揺らした。
剣に合わせた間合いから煉瓦を蹴って、リズミカルに短いフレーズを重ねて音域を上げる。
迫れば伸びてくる爪を横に躱して、敵の脇を駆け抜ける。擦れ違う瞬間に一際高く奏でた音色は刈り飛ばす瞬間の腕や、絡み付いた血に塞がれて、重厚な和音で単調な旋律を引き締める。
血を振り払うと黒い靄のように空気に溶けて消え、高く舞い上がり地面に1つ跳ねて鞍馬の足元に転がった腕も、その腕だけで空気を引っ掻くように爪を引き攣らせながら、すぐに土塊に、灰に変わって消えた。
片腕を失った雑魔の濁った咆哮が空気を振るわせて背に伝わる。
構えながら振り返る青い瞳が、その頸を睨んだ。
剣を向ければ刃を折らんとする程の牙が食い付いて、続けて残った爪が頭ごと潰そうと向かってくる。
牙を躱して剣を引けば転調は調子を緩めて敵の動きさえ緩やかに見せ、爪を防ぐと警笛のような鋭い音で昇りながら、弾いた瞬間に華やいだ旋律を重ねる。
見せかけの爪に傾いた身体に噛み付く牙を更に背を捻って躱すと、その姿勢から跳んで塀に足を掛けて切り下ろす。
不意に視界から消えた鞍馬に狼狽える雑魔の目が、その姿を捉えるよりも先に聞こえた剣の旋律に反撃を知る。
アイビーの這う煉瓦の壁を足場に、腕の無い肩から腹へ袈裟に切り下ろす剣の旋律は滑らかだが、速い。
「浅いか」
散った毛足と手応えの薄さ。すぐに刃を向けて薙ぐように追撃を試みるが止めには後半歩、届かない。
揺れた髪が下りるまでの間に、もう一歩を踏み込むが、敵の足が煉瓦を砕く力で踏み込んで後退する方が僅かに速く空を切った。
肩からぼたぼたと黒い血が滴り続け、それは落ちるごとに霧散して黒い靄を漂わせた後に吹き流されて消えていく。
その傷を構わずに、雑魔は残った爪で飛び込んできた。
牙を刀身で抑え、爪は最小限の動きで躱す。剣を払うと牙に僅かな傷が付いた。
手早く刀身を返してもう一筋、2つ続く高い音。敵が後退する刹那に刺し出す切っ先が的確にその傷を突いて牙を片方、その中程で砕き折る。
滑らかで軽い旋律に紛れた、からん、と後方へ落ちる牙が跳ねた音。
引き際に向けられた爪を躱す。
不快で鋭利なそれは髪の一筋も裂くこと無く、空気だけを引っ掻いた。
敵の得物は残り半分。切っ先を敵の喉へ据えて構え直し、感情を抑えた静かな青い双眸で隙を狙う。
睨み合う攻防、旋律は鞍馬のマテリアルを表して静かに凪いで、半音の乱れさえなく連なっている。
音を1つも変えぬままに、半円の流線を描く三日月のような光りが、雑魔の胴を刈った。
瞬間、和音が響き渡る。返す刃は胸の中心を狙った。
重い足音が鳴り、防ごうと動いた残りの片腕を、僅かに構えを下げて、手首、肘、と斬り上げて、斬り下ろす。
次に来る牙を読んで、煉瓦を蹴って後退。華やいで拍子を上げる音が、ふつりと消えた。
無音の中真っ直ぐに突き出された剣。
一息も置かずに、柄を握り締めて体ごと敵へ飛び込んだ鞍馬の頬が温い液体で黒く汚れた。
拭えばそれは靄となって、灰が風に弄ばれるよりも軽く消える。眼前の敵も、ずるりとその大柄な獣の形を失い、土塊の中に僅かに残った煤けた骨が、乾いた音を立てて砕け散った。
ゆっくりと歩いて戻ると、敵が現れた方へ青い瞳を向ける。
僅かに眉を寄せながら、その周囲を見回したり、塀の向こうや木の影を覗き込んでから、静かに長く息を吐いた。
マテリアルが静まり、引鉄を離すと光りの刃はその姿を消し、風を遊ぶように響いていた音も聞こえなくなった。
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その場に佇み首を捻る。顎に手を添えて目を瞑り、ううん、と唸って考え込む。
何かをしようとしていたんだと、それはとても良いことだったような気がするんだと、つい今し方の思い付きを手繰ろうと。
「仕方ないか。……このまま放って置くわけにも行かないからな」
休むつもりだったけれど、残党がいないか見回りに宛てよう。休暇らしくは無いけれど、考え込むよりも動いている方が良い。働いている方が落ち付く性分は、もう仕方ない。
さて、と。背伸びを1つ。
ネイビーのシャツの背をしゃんと、黒いリボンを飾る髪を靡かせて。
腰に帯びた平時の愛剣の柄を一撫で、どこから行こうか。踵を返して歩き始めた。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819/鞍馬 真/男性/22/闘狩人(エンフォーサー)】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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鞍馬 真様
ご依頼頂き有り難う御座います。いつもお世話になっております。
鞍馬さんのプロらしさ、鮮やかさが少しでも表現出来ていれば幸いです。 佐倉眸 拝