※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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世界を繋ぎとめるもの
──ああ、
なんて高い空だろう。
真は大地に大の字になって倒れ、空を見ていた。
体のあちこちが痛む。それは外傷による痛みではなく、体の内側から発する──まるで中から体を喰い破られたような、空白の痛みである。
真は徐々に覚醒した頭で何故こうなったのか思い出していた。
星神器「カ・ディンギル」。大精霊の力をインストールした武具であり、使う者には相応の覚悟と資格が必要となる。
また、武具には特別なスキルが展開できるようになっている。
「ヤルダバオート」。これこそが、この星神器に備わった、断絶の理を秘め敵の理解と認識を歪める概念結界だ。
それは、武術というより魔法の領域の技である。故に、マテリアルの放出を苦手とする闘狩人である真がこれを扱うにはそれなりの修行を積まなければならなかった。
いや──積んでいる最中だった。
体内のマテリアルの流れを感じ取り、それを外界に反映させる手順。
最初は順調だった。自分のマテリアルの流れを把握し、ゆったりと全身に巡らせていく。その流れを徐々に太くし、無数の小河から、一本の大河へと誘導する。身体中にマテリアルを漲らせ、それが肉体という器を破裂させる刹那、手にした星神器へとマテリアルを流し込む──
──その時、意識が途切れた。
(何が悪かったんだろう)
体の痛みはなかなか引かない。青い空を眺めながら、真は原因を探る。
自らの力の把握はうまくいっていた。修行をはじめた頃はそれすら難しかったが、成果はあり、今はスムーズに行うことができる。
あと一歩。術の発動まで、その一歩が届かない。そして、それはただそれだけの距離なのに、果てしなく遠く感じられた。
(私が感じた最後の感覚は……)
それは、過去にあったような、マテリアルの暴発とは違った感覚だった。あの時のように、何もかもめちゃくちゃになるような破滅的なものとは違う。
もっと、大きな、自分より大きな何かに押しつぶされるような、そんな感覚がした。
(……このままでは駄目だ)
まだ体は痛むけれど、真はゆっくり立ち上がる。
手にした星神器は煌めきを損なうことなく、この世界に存在を刻んでいる。
真は、その救世のための武具に視線を落とす。
青い瞳は武器を通して、別のものを映しているように見えた。
カ・ディンギルのスキル、ヤルダバオートは守るための技だった。
味方の防御を底上げし、敵からの認識を歪める魔法の概念結界を発動する、守りに特化した星神器。
真だけではなく、周囲の味方をも守りきる魔法。それが今、真が自在に使いこなそうとしているモノの正体だ。
──守りたい、ものがある。
真にはクリムゾンウェストに転移する以前の記憶がなかった。
忘却という事実は、真の胸に空虚をつくった。
真は無意識に死に場所を求めるように無茶をする時がある。死と苦痛に対する恐怖が薄いためだ。であるならば、何故そうなってしまったのだろう。
忘却に起因する、自己存在の不確かさ。
同じく忘却による──大切なものを忘れてしまったという、自己への嫌悪感。
自分には価値が見出せない。だから平然と身を削ることを厭わない。
でも、そんな真にも、守りたいと思えるものに出会えた。
この武具を手にするのに自分よりふさわしい人がいたのではないかと思う。けれど、この世界を、大切な人を守りたいという思いはきっと嘘じゃない。
だからこの力を願った。
たとえ、そのために、茨の道を進むとしても。
真は、再び杖の形をした星神器を構える。
体の中でマテリアルを循環させる。
「──っ!」
流れ出したマテリアルは、暴れ、のたうつ龍のように真の体を駆け回る。
体が四散する幻想。内側から喰らい尽くされるという妄想。
同時に、このまま制御できなければ訪れる死という結末への確信。
だが、それは一体誰の死なのだろうか?
自分だろうか?
それとも、守りたかったものだろうか?
(それはきっと、その両方だ)
体が風船のように膨れ上がるような感覚がある。でもそれは幻覚だ。肉体は膨張していない。体の中には龍などいない。
あるのはただ──、
力を扱いきれていない、未熟な自分だけだ。
暴れるマテリアルを縛り上げるのではなく、流れるべき方向へと誘導する。
血液のように、酸素のように。それがあるのが当たり前のこととして、自律神経のひとつとして、マテリアルの道をつくり上げる。
次第に力の流れは真の体に沿うように循環しはじめる。
あとはこの力を、外界に向けて放射するだけ──、
だが、その瞬間、周囲の空気が石になったかのような窒息感と圧迫感に襲われた。
骨がたわみ、肉が軋む。息を吸うことも吐くことも出来ず、世界の全てが敵に回ったような重み。
(また、か……!)
このままでは再び昏倒することがわかった。
(しかし、ここで止まるわけにはいかないんだ)
真は、崩れ落ちそうになる体をなんとか支える。
その時だった、ふと視界にきらりと横切るものが見えた気がした。蜘蛛の糸のような、細い隙間のような。
この時、真は体にマテリアルを満たしていたからだろう、即座に理解した。
あれはきっと──世界の間隙だ。
この世界は完璧ではない。正のマテリアルがあれば負のマテリアルがある。歪虚や黙示騎士がいて、この世界を滅ぼそうとしている。
世界には綻びがある。
あの糸のような隙間が、その綻びなのだとしたら──?
そもそもこの武具は、世界を繋ぎとめた伝承を冠する機械仕掛けの杖。
であるならば、世界を繋ぎとめるように──世界の綻びを縫い合わせるように、あの間隙に、マテリアルを流し込んでいくことこそ、この武具の本質ではないだろうか──?
それこそが「断絶」の理。不完全な世界との決別だとしたら……
真は杖にマテリアルを流し込み、さらにそこから根を張るようなイメージで力をアウトプットしていく。闇雲にマテリアルを放出するのではない、世界の間隙にこそ力を行き渡らせるのだ。綻びを繕うように。
瞬間、圧迫感が消えた。空気の流れは今までとは比べものにならないくらい柔らかく、真を包んでいた。ついに守護の概念結界が成就したのだ。
(──私はここにいる)
幾度の失敗を乗り越えた。
(それでも私はここにいるのだ)
そこには痛みがあった。自身の無力に打ちひしがれる時もあった。
でも、守りたいと思い、手にした力を捨て去ることはできない。
空っぽの真でも、守りたいと思うものができた。だから、どんな険しい道でも乗り越えようと決めた。
真は、腰に差していた剣を抜き放ち、剣舞をする。結界展開中に戦闘行動に移っても、問題ないか確かめるためだ。
結界に綻びはない。大丈夫だ、戦える。
ここまで来て、真はほっとしたように表情を緩ませた。
「いや……ここがまだスタートラインかな」
星神器を見つめ、真が言う。
武具は物言わない。けれど、その荘厳な存在は先ほどよりも真の手に馴染んで、彼の在り方を受け入れているような気がした。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka5819 / 鞍馬 真 / 男 / 22 / 闘狩人】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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忘却はある
けれど、忘却したコトだけは決して忘れない
今、世界を繋ぎとめる者として、ここに立っている