※本商品は「ファナティックブラッド」の本編とは異なるアナザーノベルであり、「ファナティックブラッド」ならびに他ゲームコンテンツでプレイングやキャラクター設定の参照元にすることはできませんのでご注意ください。
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●さしこむひかり

「そろそろ皆が来る頃かね?」
 指定した時間までもう少しといったところ。誠一は自らの拠点であるログハウスから庭へと歩み出る。
 窓際のてるてる坊主達が良い仕事をしたようで、空には時々日差しを遮る雲があるばかり。見上げていた首の凝りを左右に解してからゆっくり向かえば、カサリと落ち葉を踏んだ音。湿気てもいないようだから、今日の予定にぴったりだろう。
「これなら、焚火日和なんてのもあるかもしれないな」
 予定した場所のすぐ横に抱えていた箱をおろした。中に入っているのは買い込んだサツマイモ。今日は焼き芋パーティとの名目で人を呼んでいるのだ。
「あとは酒を……いや、飲む前に出す方がいいか?」
 揃えた種類を確認し首を傾げれば、ガサリと落ち葉を踏む音が。今日の来客第一号のようだ。

 誠一とクィーロが夏に買い付けていた朝顔の鉢は、今も元気に蔓を伸ばしている。
「日当たりもいいし朝顔はここに置くといいよ」
 ウッドデッキに並べれば、より景観にも合うだろう。何より兄弟朝顔なのだ、隣同士で過ごさせようとクィーロが決めて、そこが定位置と決まった。
「これでよし、っと」
 紫の鉢の隣に、青の鉢も並ぶ。
「元気に育てよー」
 陽射しにあわせ、鉢の向きも変えてみた。離れて見て、少し直して……数度繰り返した後、満足気に葉をつつく誠一。クィーロは満面の笑みを向けていた。
「大丈夫。だって調べたんでしょう? 俺もきちんと世話するし」
 あとで教えてねと告げるクィーロに、誠一も笑顔を返した。

「芋……だけ?」
 出迎えた誠一が示す箱を覗き込んで、一言。零はため息をしっかりと吐き出した。
「せんせい、予想、以上……」
「そのベクトルは良い意味と捉えて大丈夫なのかな」
 僅かな希望に縋って尋ねる誠一に、ふるふる、首を振って否定する。
「……なんで、お酒は各種……あるのに」
 隣の箱から瓶やらなにやらはみ出しているので、覗き込むまでもない。
「調味料は、ないんだろう……ね」
 予想よりもダメダメだった、と言っているのだ。

「こんにちは、お誘いありがとうございま……」
「焼き芋なんだから焼けば大丈夫だろ!?」
「……す?」
 タイミングが悪くカールの挨拶は遮られた。はらはらと見守る視線の先で零の声は続いている。
「焼けば、食べられる……正論、だけど。それじゃ……サバイバル」
 危機的状況でもないのに、どうして最低限文化的なことが行えないのか。もう一度溜息をつく零に慌てて誠一が言うには。
「蜂蜜ならあるぞ、仕事で増えていくからな」
「あ、なら大学芋風ができますね。黒ゴマもあればよかったですけど。……あれ、でも、他は?」
 漫才の掛け合いに近い、仲が良いからこその会話だと気づいたカールが改めて声をかければ、振り返った誠一は満面の笑顔で続けた。
「ないな!」

「調理器具も、見つからない…とか……」
「フライパンと片手鍋はある」
「アルミホイル、せんせい……ある?」
 ついつい訝し気な視線を抑えられない零。一人用サイズの調理器具で十人分を用意しろなんて状況なのである、今現在!
「よく使うからあるぞ!」
 使いさしの一巻きを差し出されて、三度目の溜息。
「……足りる?」
 横で聞いているカールでさえも、答えを聞く前からストックはないだろうなと気付いた。
「焼き芋だけじゃなくて……他にも、使う」

 足音だけでなく微かな金属音を響かせて、クレールは落ち葉の絨毯を見下ろしていた。
「折角だから先に丁度いい落ち葉の在処を見当つけておこうと思ったんですけどっ」
 見下ろすことしかできない。首くらいしか自由に動かせないと言うべきか。
(でも、必要なんですよねー、きっと!)
 フライパンに片手鍋くらいはあるのを知っているが、ふと気が向いて。足のついた焼き網と串、今日使用するだろう道具を持って来たのだ。運搬中の音を減らす為に布を巻いたおかげで、多少嵩張ってはいるがそう邪魔になるものではない。クレールの抱える箱の中を多く占めているのは、実はアルミホイルだったりする。多分間違いなく一番使用すると思ったのだ。そして向かう先にはそう大量にない、もしくはあっても見つからないと思った。
 ちなみに姿勢をうまく変えられない理由は、背にくくりつける様にして運んできた熊手である。それが数本あれば、荷ほどきが先になるのも仕方ないだろう。
 救世主クレールの到着まで、もう少し。

●ものものしい

「……こっち」
 慣れた場所だからと、キッチンへの案内をするのは零。
「足元、気をつけて?」
 ゆっくりとした足取りで先導するのは、持ち込まれた食材が多かったからでもあるが、なにより途中に物が散らかっているからだ。
 細々と散らかる品々の注意をくれる零についていく錬介は、気遣いに感謝して、安心した様子で進んでいく。ひょいひょいと軽快に避けながらすすむので、後ろで結わえた髪が絶えず揺れる。ご機嫌な犬の尻尾のようである。

「ひとまずは……」
 どこに置けばいいのだろうか。台所の作業スペースは一応あるのだが、狭い。間取りを考えれば十分に数名が立ち回れるはずなのに。実際はいわゆる男の一人暮らし御用達。一人前、多くても数人分が作れればそれでいいと言わんばかりなのである。これでは今日の人数分の料理が完成するのがいつになるのやら。
 困った様に零を見る錬介。機嫌よく揺れていた筈の髪もしょんぼりとして見える。
「そうですね、まずは掃除ですか」
 とりあえず空いた場所に置いて、保存に注意しなければならないものの状態をチェック。気温も涼しくなっているから、少しの間は大丈夫だろう。
(まあ、火を通して食べるものばかりですしね)
 もういちどキッチンへと視線を戻す錬介。
「……あるものは使ってもいいと許可は貰いましたけど……なんとも」
 見事なくらい物がない。いやあるのだが、調理に必要なものを置く場所の筈なのに、全く関係ない物ばかり置いてあるのである。
「素材で勝負するにも限度というものが……」
 自分で使うものは勿論、便利そうと少しでも思ったものはすべて持ってきたつもりだ。どうやらすべて有効活用することになりそうだ。

 到着して早々に台所へと連行された真は、求められている役割を聞いてすぐ、おもむろに手を伸ばした。いつもよりゆっくりとした動きなのは連日の慌ただしさに少し疲れがあるからで。今日は自分の為にものんびりしようと考えているからだ。
「この辺に……っと。ああ、やっぱり」
 真がガラクタ(台所に在るのが不思議な類の誠一の私物)の山を探ると、見計らったかのようにこれから使えそうな道具が出てくるミラクル。
 ちなみに今取り出したのはグリル用の網である。なぜポートレイト(エチゴヤ親父)の束の中にあったのか。他の誰にも意味が分からない。
「あーそうだった、そこに置いてたんだったな!」
 置いた筈の本人が手をぽんと鳴らす。覚えていたのではなくて、思い出したと言わんばかりの誠一に一部から白けた視線が……

「鞍馬さん、どうしてわかるんだい?」
「え? ……そうだなあ、同じ四角だからかな」
「「「???」」」
 尋ねたクィーロを筆頭に、聞いていた皆が全員首を傾げた。誠一だけは頷いているけれど。
「わからない? ……ええと……」
 買ってきたがすぐに使うものではないからと、袋に入れたまま空いたところに置いておく。その時丁度目についたのがポートレイトで、使い道がないのに溜まるし余っているからいくつも重ねられている。網は一人で使うためのものだからそう大きくなくて、ポートレイトと同じくらいとも言える。まさにぴったりの置き場所だ……と考えて置いてしまう。
「……という事なんだよね」
 私も改めて考えた事なんてなかったなあ、と言いながらも断定で話す真。つまり、真も普段はそうやって物を積み上げているということになるのでは?

 折角のお呼ばれだからと、紅葉柄の留袖ワンピースに身を包んだエラが辿り着いてみれば。なにやら落ち着かない雰囲気を感じ、無意識に気配を殺した。不確定の事態に遭遇した場合に一番重要となるのは情報だ。その入手のために必要なら自分の痕跡は殺すもの。すり足で物陰に隠れ、覗き込む。
(調理はわかるにしても……掃除ですか)
 疑問に思うまでもなく答えは明確。何故って物が多すぎるのだ。整理整頓は勿論だが、動線を殺すようなものの在り方に正直納得がいかない。今日は確かにお呼ばれだが……手加減は不要だと本能が告げている。
 帯締めに重ねていたストールを解いたエラは襷掛けで身を改めた。始めからそう着こなしていたようにも見える。
「いざ、断捨離」
 颯爽と中へと踏み込んでゆく。メガネと共に七竈の髪飾りがきらり、光った。
「エラもいらっしゃい。って、おい。何不穏な発言を……!?」

●炎と言葉に必要な燃料

 改めて庭に出れば、色とりどりの葉が零を出迎える。
 綺麗に色を変えてから落ちたもの、まだ青さを残したまま鳥か何かに落とされたもの、形も種類もいくつか。
「掃除に、なって……美味しい、お芋が焼ける」
 焚火用の葉を集めるのが本来の目的だけれど。時折、まだ乾ききっていない、色も鮮やかな葉を少し自分用に取っておく。
 栞ならどんな形でも使える。形そのままでも、欠けた部分を何かになぞらえてでも。わざと別の形に変えたっていい。集めれば絵だって描ける。葉に隠れていた木の実は飾りにもなるはずだ。
「……綺麗な」
 葉脈だけになった網目を陽に透かす。これは材料よりも、モチーフとして……
「そうだ、ね……集めなきゃ」

 あか。きいろ。間のおれんじ。派生のちゃ……それだけに限らないまま、色はたくさん。その中でも大半は。
「秋色と呼ぶものでしょうか」
 最近は季節感のない日々ばかりだったようだと改めて思うカール。
 葉を拾う零に気付いて近寄る、カサカサと足音が軽く耳に心地よく響くから、振り返った彼女ににこりと微笑みかける。
「僕も一枚持ち帰って大丈夫でしょうか?」
 邪魔はしないつもりだけれどと声をかける。もしかしたら互いに同じ一枚を特別気にいってしまうこともあるかもしれないし。
「大丈夫。たくさんあるし……増えるから」
「ありがとうございます……?」
 何が、と思ったが話の流れを変えたくなくて。カールが葉を一枚、拾い上げた。
「栞にしようかと思いまして。挟むものには困らないですし」
 医学書に限らず蔵書は増えている。読みたい本はまだまだたくさんあるのだ。
「零さんも栞を? ……にしては多い、ですね……?」
 何に使うのか、余計に気になってきたカールの疑問に、零は趣味の話を始めた。

「ふふふ、こういうのは落ち葉拾いから始まっているんですよ!」
 熊手を構えて落ち葉にビシッと向けるクレール。指揮棒のかわりらしい。
「焼き芋を焼きやすい落ち葉ってあるんです! それを狙っていきますよー!」
 気合も十分。準備運動よろしく声を上げる彼女に今日の仲間と気付いたルスティロが挨拶の声をかける。
「これも燃やすのに使ってもらえる、かな?」
 ルスティロが抱える紙の束は全てインクが染みこんでいる。
「大事なものではないのですか?」
「ああ、それはもう使わなくなったものだから」
 全てが文字で埋め尽くされているわけではなく、途中で線が引かれていたり、別の色で上書きされていたり、かと思えば単語が散らばっているだけであったり。統一性のない紙ばかり。
「書き損じなんだよ。焚火の燃料にでもしてもらおうと思ってね」
「なるほど……着火の際に貴重な役割をしてくれますね、有効に使わせてもらいます!」

 焚火での焼き芋には時間がかかるということで、カールは熾火にするためにじっくりと待っている。
(芋の他にも色々焼くものがあるなら火加減の調節気をつけないといけませんね……)
 なるべく風が当たらないように、風上で焚火を見守っていればちゃぷんと跳ねる水の音。
「水も用意しておかないと、危ないですからねー」
 火の管理は鍛冶師の必須スキルだ。火の後始末用の水。包み紙を濡らす調理用の水。それぞれをバケツに汲んできたクレールである。
「火が落ち着くまでにお芋、準備しちゃいましょうか!」
「包み紙……」
「はいっ!」
 過去の号外等の束を持ってきた零も一緒にしゃがみ込んで、三人はサツマイモへと立ち向かう。
 ログハウスの方から聞こえる予定の叫び声はまだ、もう少し後。

「……」
 キッチンは好きに使っていいと聞いていたからこそ腕を揮うつもりでいたレイレリアは、確かに材料や器具の持ち込みについても聞いていた。
「ええ、ええ。折角の機会ですし」
 使い慣れた道具の方が良いだろうとか、そう言った気遣いからくるものだと思っていたのだ。少なくともその時は。
「料理をと思いましたが……まずは、綺麗にせねばなりませんね?」
 現実を直視するために、レイレリアはすぐ傍にあったお玉を手に取った。上にのっていたふわふわがパサリと落ちる。
 ……埃である。正直眩暈がしそうだ。これが文化的な人間の暮らす場所だろうか……否!

 エラが最初に目を付けたのは「持ち出し禁止」と書かれた段ボール。一度庭へ運び出し、いくつかをぽいぽいと焚火の近くに積み始める。あくまでもエラ基準での不用品かつ燃やしても支障がないと判定したものだ。
「うわ、馬鹿それいつか使うやつああああッ!」
 顔を真っ青にさせながら追ってくる誠一の声も意に介さない。エラの手は迷いがない。
「雑多に入れている時点で重要ではありません」
 生活するのに必要最低限残ればいいはずである。いつか使うかもという思想はこの場合求められていない。
「俺はただ片付けられない病気なんだ」
 必死過ぎて真顔になっているが、聞いてほしい人は誰も誠一の方を見ていない!
「今までに、使ったことはございますか?」
 静かに誠一の後ろに立ったレイレリアは笑顔のまま。声音がどこか平淡だ。
「れ、レリア……?」
 前方の廃棄担当エラ。後方の理屈担当レリア。恐る恐る振り向く。
「ご存知ですか。使うかもしれない、というのは使わない人間の常套句なのですよ」
 物に対する未来への願望は大抵が未達成に終わるものです。人は大抵使ったことのある慣れたものを選び繰り返します。新しいものは、すぐに使わなければ忘れ去られてしまうのですよ。この成れの果て達のように。
「成れの果て、ってもうほとんど燃やされてる!!! 今日は焼き芋! 焼くのは芋だって言ってんだろ!!?」
「ではもう一度だけお伺いします。これを、使っているご自分が想像できますか?」
「……いい、や……」

 窓の外を見れば、膝をつく誠一の姿。
(これは隠しておいた方が良さそうだなあ……)
 つい手に取ってしまった逸品をそっと元の場所に戻す真。さりげなく、奥に押し込んでおく。
「これを、時間まで預けていて大丈夫かな」
 ワインを一本抱えたルスティロがやってきて、びくりと肩が震えた。
「あっ、はい! しまっておきますよ!」
 うっかり敬語になる程度には驚いてしまった。
 真の様子を誤解したルスティロはぱちくりと瞬いて、手土産くらいでは足りなかったかなと思案する。
「やっぱり片付け手伝おうか?」
「へっ!? あっ、大丈夫ですよ!」
「そうかい?」
「いえ、手は必要ですよ」
「今から片付けないと、年末大掃除死ぬかと」
「っ!?」
 誠一を論破したレイレリアと、空になった段ボールを手にしたエラである。
「日々の健康は健全な環境が作るかと」
「そうですよ、文化的な生活空間にしなければ」
「今なら焚火の肥やしになって、物が減って一石二鳥」
「不用品も活用されれば浮かばれますね」
 言葉の間も、容赦なく段ボールへと放り込まれていく色々なモノ。これから燃やすものなので、扱いが多少雑になったとしても問題ない。効率は大事なのである。
 威圧ではないはずだ。けれど真は、この二人に勝てる気がしない。
「じゃあお願い……します?」
 家主は今、ウッドデッキで朝顔とクィーロに慰められている筈だ。事後承諾による大掃除前哨戦の幕が上がった!

●身体には栄養を

 きのこはかたい軸を取り除いて、食べやすい大きさに割いていく。等間隔に切り分けたサツマイモの上にバターと一緒に乗せて、ホイルで包む。
 枝豆は塩洗いをしてからホイルへ。もう一度塩を振っておくのも忘れない。
「ブルーチーズがあわさると美味しいらしいんですよ」
 これは二度焼き用に薄めにスライス。芋に絡みやすいように、との錬介個人の考えだが。物足りなければ重ねて使えばいいのだ。二度手間にならないで済むだろう。

 鮎はかるく塩もみと流水でぬめりをとって下処理を。振り塩はもちろん、形よく仕上げるための飾り塩も丁寧に。
 網の存在はなかったなと割り切って、串を骨に絡めて刺していく。焚火で焼くなら時間は長くかかるだろう。抜けない様にしっかりと。
 先んじて炊いておいたご飯も押し潰して棒に巻き付ければきりたんぽになる。一応人数分は揃えて。おかわり用に少し追加。
「タレは好みで使えとしたものでしょう」
 自分好みのタレは作るけれど。全員の好みを聞いて回るほどではないと割り切るエラ。そもそも焼き芋がメインで、他にも皆のつくった料理がとり揃うのだから、主食の補助扱いでいいかもしれないし。

 サツマイモの生地をつくるために材料とあわせていく。芋がもったりとさせるので気持ち水分は大目に。
 折角芋の数があるのだから、別の形にしても良いと思い、選んだのはガレットだ。
(あとは具ですが……)
 寝かせる間に食事向きの具を作り始めるレイレリア。手軽なのはハムやチーズ。これらは包みやすいよう薄く切ってお。卵は焼くときに使うので数を確認しておくだけだ。他にもナスは先に焼いておいたり、挽肉と玉葱を炒めて少し濃いめの味を付けておく、トマトの一部はそのままカットだ。
「甘味だけでなく塩味があったほうが、口直しに良いかと思いまして」

「他にも……うん、これだけあれば作れるものは多いよね」
 アルミホイルに包んで焼くだけでも手軽に料理が増やせるというものだ。
 レイレリアの声に頷きながら、揃った食材の中から林檎を手に取ったクィーロ。早速慣れた手つきで芯をくりぬいていく。
(人数分がいいのかな。とりあえずひとつずつ?)
 足りなくなりそうなら、その都度増やせばいいだろう。余っても、日持ちしないわけでもないのだから。
(むしろ、食材のままで残っちゃうほうがまずいんじゃないかな?)
 クィーロの脳裏に、誠一が色々なものを腐らせてしまう未来が見えた。
「使い切ろう」
 今はまだ早いけれど。
 他の人がどんな料理をするのか、それを見て。余った食材を組み合わせるのも良さそうだ。
(まずはこれを仕上げなくちゃね)
 丸のままで作る焼き林檎は他より少し時間がかかる。
「……バター、まだ残ってる?」
 錬介に尋ねれば、
「はい、まだありますよ。好みもあると思いましたから、多めに用意しておいてよかったです」
 もう一箱ありますから、遠慮なくと差し出された。

「わあ、随分と集まっ……たんですね! 火加減はお任せください!」
 芋以外の食材は予想の範疇だけれど。カールが言葉に迷ったのは一瞬だ。集めた落ち葉の隣に、まだ焚火よりも高く積まれた『不用品』は追加用の燃料だと理解はしている。視界の隅でうなだれている背中が見える気もするがそっと視線を逸らすのも忘れない。
 結果だけ言うと、ログハウスはとてもすっきりしました。

 仕込んだ加熱前の品々が熾火となった焚火へと投入されていく。しかし量が多い。人数も居るのだから当然だ。錬介が置き場所に迷ったところでクレールが段ボールの中に手を入れた。
「落ち葉また拾うのも時間かかっちゃいますしねー。レッツファイヤー!」
 この世の大体のものは燃えますから大丈夫! いらないものとさようなら! 容赦なく焚火にスローイン!
「あああああ俺のパズル雑誌ー!?」
「紙だからよく燃えるよねえ……うん、頑張って」
「クィーロ、お前の友情に慈悲はついてこないないのかっ」
「今、手が離せないからね」
 焚火の範囲が大きくなるにあわせて、熾火になるよう整え、更には仕込んだものを全て並べ……と分担しても簡単には終わらない。むしろ嘆く誠一が一番何もしていないような。

 ふふ、とルスティロの目元が緩み微笑む。信頼があると言えばいいのか、遠慮はないけれど息の合ったやりとりが雰囲気を盛り上げていると感じる。仕事を共にした時にも片鱗はあったけれど、こうしてのんびりとした時間の中でならなおさら楽しそうで、皆生き生きしている。
 自分は何を担おうか。皆と協力もいいけれど、自分らしい話題、いや、物語を紡ごうか。
 こほん、とひとつ咳払い。
「少し……皆の耳を拝借させてもらおうかな」

●心には愛情を

 昔昔あるところに、ひとりの妖精が住んでいました
 その妖精は純粋な火を司っていたために、いつも火をその身に纏っておりました
 声を交わすことは出来ても、話をすることは出来ても
 妖精の火はとても純粋過ぎて、他の誰かに触れる事が出来ませんでした

 妖精は長い間ひとりで過ごしていたから、孤独は慣れて居るのだと気丈に振る舞っていました
 けれど他の妖精達が友をつくり、愛を育み、親しい存在を増やすようすを羨ましく思っていました
 大事な連絡は届けてもらえる、でも、心を通わせるまでの相手はいない
 妖精達の中で、ひとりだけ見えない境界線があることは、心の底では寂しく感じていたのです

 長い長い日々の中で、彼がひっそりと暮らす火山の麓に村が出来ました
 そこで穏やかに暮らす人々の姿は、妖精の孤独を少しだけ慰めてくれました
 火山と共に眠りながら、人々の暮らしを夢に見る日々
 そんな夢の中のひとつは、妖精にある転機を与えたのでした

 怪我で動けない狩人を見つけた妖精は、食べ物が必要だと思いました
 夢の中でみた、火を使い料理する方法を思い出した妖精は、名案だと思いました
 森の木々に枝を分けて貰って、林檎樹には果実を分けて貰って
 生まれて初めての料理は、焼き林檎となりました

 元気になりますように、そう祈りながら焼き上げた林檎はやさしい口当たり
 目の前に差し出された焼き林檎を恐る恐る食べた狩人は、一口食べて胸があたたかくなったと言いました
 ありがとうの言葉を始めてもらった妖精は、嬉して声を上げて笑いました
 ただ、人の言葉を話せない妖精は、嬉しいと伝えることができませんでした
 
 別の日は、迷いこんでしまった子供のために焼き林檎を差し出しました
 笑顔になりますように、そう祈りながら焼き上げた林檎は、飴のように甘くなりました
 泣きやんだその子をそっと村の方へと誘って、妖精は安堵の息を吐きました
 息は煙のようにもくもくと、空へ登っていきました

 餌を求めて村の畑を襲おうとする獣には、持っていた林檎を投げつけました
 逃げ出したくなりますように、咄嗟に祈って焼き上がった林檎は、とてつもなく酸っぱくて苦いもの
 口の中で味わってしまった獣は、驚いて棲家へと駆け戻っていきました
 ほっとした妖精の溜息は、小さな灯りとして目印になりました

 妖精の住む火山の麓には、いつしかお社が建っていました
 村の人達は守り神様と親し気に呼びながら、林檎を供えるようになりました
 おやつの時間には焼き林檎になっているそれを食べに、子供達はお社に集まるようになりました
 地面に絵を描いたり、かけまわったり……時折、彼等の中にあたたかな火が混じるようになったのです

 話が出来なくても、妖精は彼らを友のように思っていました
 村人の親しげな声や子供達の楽しげな声に力を貰って、妖精は火山の力を抑える仕事をしていました
 長い年月がたって、妖精は随分と力を付けました
 身に纏う火が誰かに触れても焼かずにすむくらい力を抑えることができるようになって……妖精は、ついに妖精の友達ができたのでした

●縁が会う『えんかい』

 物語が節を迎えるごとに料理が出来ていく。
「すごい、ご馳走……だね」
 配膳の手伝いをしながら小さく笑む零は一度立ち止まって皆が囲むテーブルを眺めていた。
「ほらこっちこっち! 今日はおもっきし呑むぞー!」
 乾杯! 誠一が皆に酒を注いでいる。その傾ける勢いに軽く目を細める。
「飲みすぎは、注意……だよ?」
「寧ろ呑まずに! やってられるか!」
 確かに焚火はキャンプファイヤーもかくやという勢いで燃え上がっている。調理用の熾火スペースが確保出来た後、燃料は多いという事で拡張されたのだ。
「えーっと……燃やさないという選択肢は」
 酒を注がれながらさりげなく助け舟を出そうとする真。
「時過ぎれば機を逃すと申します」
「スカッとしますよ!」
「あっ、本当ですね」
「ちょっカールに錬介まで!」
 慌てて周囲を見渡す誠一。
「むしろ皆やってるし……」
「合言葉はー!」
 さんはい!
「「「レッツファイヤー!」」」
 唯一参加していないクィーロは、朝顔に燃え移らなければ我関せず、のようで。

「そろそろ食べごろですね」
 時間を見ていた錬介がホイルを開ければブルーチーズの焼ける芳醇な香りが広がる。二度焼きなので芋の香ばしさもひとしおだ。
「匂いだけでも美味しいのが分かります……!」
 息を吸い込んで、ほぅと溜息をつくのはカール。
「そのままでも美味しいですけど、バターとかつけても美味しいですよね」
 最初の調味料不在事案にこそ心配したけれど、皆の持ち寄りでこんなにも豪華になっている。蜂蜜を絡めた一皿を用意した後に見回すのは、折角だから皆にも進めてみたいのである。芋はまだあるのだから。
「残り少しだけど」
 錬介からクィーロにもたらされていた一箱が、今度はカールへとバトンタッチだ。
「わ、ありがとうございます!」

「よっしもう一回乾杯だ!」
 新たなるつまみの登場に盛り上がる成人組。
「あっづ! けど、うっま!」
 我先にと一口入れた誠一の、チーズの熱さに悶絶すしつつも喜びの叫び声。
「……食べないよりは、いい……けど。……食べすぎも、体に毒……だよ?」
 変わらない誠一に呆れつつも悪酔い防止にと配膳をする零。それを見て、クレールは一度手を止める。
(私とてりんかふぇのウエイトレス! 美味しいお茶を淹れてみせましょう!)
 教わった時のやさしい手つきを思い出して、なぞるようにクレールが茶葉を入れる。何度繰り返しても、基本は忘れず忠実に。ポットの上から温度を確かめて、時間もきっちり。どこか火の番にも似ているから、覚えるのも得意な方だと自分でも思う。
「僕も一杯頼んでいいかな」
 ルスティロの分は多めにミルクと蜂蜜を添える。大分長く話していたし喉を少しでも癒せればいい。
「お待たせしました! ではご賞味ください!」

(いいのが揃ってる)
 酒は好きだという自負がある。クィーロは目についたものから順も気にせず試している。
「それ……何かな。まだ残ってる?」
 見覚えのない瓶に気付いて尋ねた先はエラで、じっくりと味わう様子が気になった模様。
「私はたしなむ程度ですし。コップを」
 注ぎましょうと瓶の口を向けられれば盃を受ける。
「うん、ありがとう」
 いただくねと返しながら、摘んでいる品も眺めた。
(しょっぱいのが意外と好評?)
 焼き芋が大前提だから甘いものは多い方だ。その分料理は塩気のあるものの減りが早いように思える。レイレリアの意図は成功だったなと考えつつ、ちらりと他の皿も見て、残った食材も思い出す。
(まだ豚もあるし。少し塩強めでもいいかもね)
 新しく広げたホイルに野菜を敷いて、豚肉を重ねたら塩を数ふり。すぐに熾火へ運ぼうとしたところで、零が近くに。
「レイ、頼んでいいの? ありがとう」
 クィーロが微笑めば、零もほにゃりと微笑った。
「わあ、追加ですか? 確かに美味しくてすぐになくなっちゃいますもんね」
 お手伝いしますとカールが引き受けて、燃料を投下する。焚火の火はまだまだ絶えることがない。

 人数分のガレットを焼き、出来立てを振舞い終えてからはのんびりと。
「昨日の内に仕込んでおいたのです」
 皆さまもいかがですかとレイレリアが持ち上げたのは、鮮やかな果物の断面が並ぶ白サングリア。
「わーきれー……いただきますー」
 酔って癒し系と化した真がにこにことコップを差し出してくる。すぐに一口。
「ふふー……うん、おいしー……ね」
「爽やかさが一緒に通るし、何より香りが優しいね」
 料理も素材を生かして、火のもたらす熱を生かして……大事な要素を余さず使っているよねと物語を紡ぐ同じ口調でルスティロ。その手元にはきのこたっぷりのホイル焼きで、気付いた錬介が照れたように笑う。
「久々のお芋ですけど、仲間と一緒に食べる、これぞ大御馳走!」
 頬張ってすぐの笑顔のままクレールの声にぼんやりと続くのは真で。
「久々に、しっかり食べた気がするー?」
「それはいけません、普段からきちんと食べなくてはいけませんよ」
「依頼がとどこーりなくすめば問題ないし、自分のことは仕事にかんけーないわけ、で……」
 思考もふわふわになった真は、ここにきて誠一と同類である暴露をしてしまった。レイレリアの目の前で。おかわりを注いでくれる彼女の笑顔に少し酔いが覚めた!
「「……はい」」
 同じく笑顔に気圧されたらしい誠一も揃って神妙に返事をしている。気分は叱られて正座する子供であった。なぜか錬介が彼等の横で正座している。雰囲気に流されて無意識のようだが、眉が下がって……髪の毛もしんなり。
「わたくしだってあまり煩く言うつもりはありません。……改めて、今日はお招きありがとうございました。皆さまと楽しい時間を過ごせております」
 微笑めば、彼らの緊張も解かれた。
「できたての追加ですよ!」
 丁度料理を運んできたカールの声が皆のコップを空にさせる。何を食べてもお酒は進むし、お茶もジュースもなんでも美味しい。
「じゃあ火の番変わりますね!」
 焚火の方へ向かうクレールの手にはエラが盛り合わせた料理のお皿。カールの座る席にはすかさずレイレリアが料理を寄せていた。

(また書こう、新しい縁もあって、刺激も増えたから)
 風に乗る、まだ少し熱を持った燃え滓を見送りながらルスティロは次の物語を考える。
 穏やかな時間が流れはじめて、エラはぽつりと呟いた。
「それは七竃の如く。変わることはあっても焼失することの無いよう、願いたいものです」
 燃えるような時間は変化をもたらす。けれど何かを奪われるようなものにならないよう、失われぬように。

●のこらないもの

「……あー、またドヤされるかねぇ」
 翌朝、酔いも眠気も冷めた誠一の視界には、記憶よりも無残に……いや、残骸が無く、形を全く残していないドア……の、ある筈の、枠。
 記憶を総動員し、確率計算や推測を重ねて導き出された結論は。
「燃えたな」
 修理というより新設となる。自分達でやるにせよ、業者に依頼するにせよ。出費が嵩む現実にはとりあえず笑ってごまかすことに。
「日々戦闘ばかりの息抜きに……って、おかしいだろ!?」
 出来なかった。

 全て見ていた朝顔は、今日も揃って朝露を光らせていた。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2086/神代 誠一/男/32歳/疾影撃士/軽くなるお財布】
【ka0252/ルスティロ・イストワール/男/20歳/霊魔術師/頁を捲った先へ】
【ka0586/クレール・ディンセルフ/女/22歳/鍛機導師/救世主で犯人(熊手)】
【ka3142/エラ・“dJehuty”・ベル/女/30歳/機戦導師/計画通り】
【ka3702/カール・フォルシアン/男/13歳/機聖導師/熱と灯をかけて火を学ぶ】
【ka3872/レイレリア・リナークシス/女/20歳/魔符導士/高貴なる母心】
【ka4122/クィーロ・ヴェリル/男/25歳/騎闘狩人/放任ではない、心の広ささ】
【ka4710/浅緋 零/女/14歳/猟影撃士/背から反面を学ぶ】
【ka5819/鞍馬 真/男/22歳/闘技狩人/酔い童心】
【ka6053/鳳城 錬介/男/18歳/聖戦導士/尻尾は雄弁】
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発注者:キャラクター情報
アイコンイメージ
神代 誠一(ka2086)
副発注者(最大10名)
ルスティロ・イストワール(ka0252)
クレール・ディンセルフ(ka0586)
エラ・“dJehuty”・ベル(ka3142)
カール・フォルシアン(ka3702)
レイレリア・リナークシス(ka3872)
クィーロ・ヴェリル(ka4122)
浅緋 零(ka4710)
鞍馬 真(ka5819)
鳳城 錬介(ka6053)
クリエイター:石田まきば
商品:パーティノベル

納品日:2018/11/01 13:22