イメージノベル第二話(2)


「ここが“冒険都市リゼリオ”……自由都市同盟で最も“自由”を名乗るに相応しい街だ」

馬車を降りた一行はいよいよリゼリオの入り口に立っていた。大勢の人で賑わう大都市、だがその雰囲気はポルトワールともまた一味違う。
「ここではもう変装も必要ないね。様々な種族の様々な事情を抱えた者達がここでは共存している。君という存在も、彼らならば快く受け入れてくれるはずだ」

自由都市同盟は、それぞれが独自の自治権を持つ都市の集合体であり、厳密には“国”ではない。

都市はそれぞれが一つの小さな領土であり、独自の主義主張を持つ。だからこそ自由都市は一つ一つが色濃く個性を持っており、中でも特にこのリゼリオは独自の発展を遂げた都市だと言える。
「自由都市同盟っていうのは、いくつかの都市が同盟を結んだ文字通りの集合体だ。勢力としての首都を名乗る都市、農業に精を出す地域……ポルトワールは交易や海産業と、それぞれが優れた面、特徴を持っている。そういうのを差し引いても、この冒険都市リゼリオは特別な場所だと言えるだろうね。何故ならここは、ハンターの街だからだ」
「ハンターの街……?」
「ここには“ハンターズ・ソサエティ”……ハンター達の総本山がある。だからここはあらゆる国家、組織から独立し、常に独立を保っている。君達が避けてきた“帝国”もむやみに手出しは出来ない。勿論、ファリフの“辺境”やヴィオラの“王国”も……そして、“同盟”でさえもね」

そう説明し、ヴァネッサは振り返る。真っ直ぐに少年の目を見つめ、言葉を続けた。
「ここでは歪虚と戦うハンター達が協力し合い、忙しくも楽しい日々を過ごしている……私にはそう見えるよ。戦うだけじゃない。飼い猫を探したり、お祭り騒ぎをしたり……。ま、少年にもそのうちわかるさ。この街はきっと、君を受け入れてくれるだろうからね」

ポンと肩を叩かれ、神薙は周囲を見渡した。背格好も肌の色も服装も何もかも違う人々が、まるでそれが当たり前のように歩き回っている。これまで人目を気にし、こそこそ逃げ隠れしながら過ごしてきた神薙に、その事実は僅かな安らぎを与えてくれた。
「では、さっそくハンターズ・ソサエティに向かうとしましょうか。ヴァネッサ、ここまでご苦労様でした。それでは我々は先を急ぎますので」
「おいおい、そんなに嫌わなくてもいいだろう?」
「ついてこないでください。もう我々に用はない筈です」
「行き先が同じなんだよ。そう、ただの偶然だ、偶然」

一瞬だけむっとした表情を浮かべ、ヴィオラは神薙の手を取るとツカツカと早足に街を歩き出した。
「もー……。急がないと見失っちゃうよ」

ため息交じりに後を追うファリフ。ヴァネッサは楽しそうに笑いながらそれに続いた。

ハンターズ・ソサエティ。“本部”とも呼ばれるそこはハンターと呼ばれる冒険者達、そして彼らに助けを求める人々で毎日賑わっている。右を見ても左を見ても冒険者ばかりで、その多くが武装していたり珍しい格好をしているのだから、ポルトワールとは雰囲気が違って当然だ。
「団長、お待ちしておりました!」
「特に変わりはありませんでしたか?」
「いえ、特には。我々も“追跡”の気配は感じられませんでした」

本部には先行したファリフやヴィオラの部下が待っていた。ヴィオラが気にしていたのは先日神薙が感じた何者かの視線で、あれ以来かなり慎重に追跡を警戒していた。
「我々に気配を悟られずに行動していたとなると、かなり腕の立つ“疾影士(ストライダー)”でしょうか?」

生半可な身のこなしでヴィオラをやり過ごせるとは思えないが、一流の力を持つ者が相手ではあり得ない話ではない。消去法でその線を疑っているところに“その筋らしい”ヴァネッサが現れたので、どうにも怪しんだものだが……。
「今のところ、彼女も特に不審な動きは見せていませんからね……杞憂ならば良いのですが」
「ああ、団長。既にソサエティの方には軽く話を通しておいたのですが、転移者を是非とも見たいという者が先ほどからずっと待ち構えていまして」
「――これが伝承に聞く転移者! やっと……やっと会えたねっ!」

明るい声に振り返る聖堂戦士団一行。すると神薙が一人の少女に手を取られているのが見えた。無言でヴィオラが部下を一瞥すると、「安全です」という具合に頷き返す。


「うわっと……え? 君は?」
ようこそ!

お決まりの歓迎

ようこそ久…ハンターズソサエティへ。ソサエティは君を歓迎する!


「あっ、ごめんね急に! 初めまして、あたしはハンターのラキだよ! そして……ハンターズ・ソサエティにようこそ!」

両腕を広げ金髪の少女は笑った。やや小柄な、そして身軽な格好をした少女だ。突然の歓迎の声に神薙は面を食らってしまうのだが、構わずに少女……ラキは神薙に顔を寄せる。
「ふーん……? へぇー?」
「な……なに?」
「なんか思ってたより普通だなーって!」

満面の笑顔で言われると少々ショックであった。僅かに肩を落とす神薙、その傍に同行者たちが集まってくると、ラキは再び大声を上げた。
「……ってぇ、なんか偉い人達に囲まれてる! 本当に転移者なんだね!? 王国の英雄に辺境のお姫様に……なんか逆らったら怖そうなお姉さんに……って、すごいね! 女の人にばっかり囲まれてるね! しかも美人!」
「名が知れ渡るというのも、時には考え物ですね……」
「僕、別にお姫様じゃないんだけどなあ」

同行者は三者三様の反応。そちらを気にしていたのも一瞬で、ラキの興味はまた神薙に移ったようだ。
「それで、転移者君は名前はなんていうの?」
「え……と。篠原神薙……です」
「カナギ……カナギね。なんだか不思議な響きだね!」

年頃の異性がこんなにもズイズイ近づいてくる事に神薙は妙な危機感を抱いていた。そうでなくても彼はちょっとひねくれ者なのだ。ラキの明るさは少々眩しすぎる。
「はい、そこまでです」

背後からラキの首根っこを掴み神薙から引き離したのはヴィオラだ。ファリフは呆れたように苦笑を浮かべながらその様子を眺めている。
「相変わらずだなあ、ラキは……。あんまり気にしないであげてね。悪い子じゃないんだよ」
「あなた達……本当にソサエティ側にきちんと話を通したんですか?」

ヴィオラの声にびくりと背筋を震わせる戦士達、慌ててお互い顔を見合わせる。
「いえ、それが……あのラキというハンターは元々王国や辺境からの依頼で転移者捜索に当たっていた一人で、信用できると……」
「誰ですかそんな依頼をしたのは……。まあ、話が通っていてきちんと信頼のおける人物なら良いのですが……。ラキさんと言いましたね? 彼に関する問題は非常にデリケートです。相応の立ち振る舞いをお願いしますね?」
「ハッ、ハイ! 大人しくしてます!」


そんな騒動も落ち着き、一行は本部の片隅にあるテーブルを借りて今後について話し合う事になった。今後の事と言えば、それは勿論、篠原神薙の身の振り方についてである。
「ハンターになっちゃえばいいんだよ!」

というのはラキの第一声で、しかし誰もが遠回しに勧めようとしていた結論であった。
「……えーっとね? 僕達は、いつまでもずっと篠原君についててあげる事は出来ないんだ。そうしてあげたいのは山々だけど、色々と事情があるから」

単純にファリフやヴィオラは忙しい身であるという事もあるが、二人がそれぞれの勢力にとってそれなりの立場にあるという事も今となっては問題だった。

ヴィオラが神薙を連れて帰れば、それは“王国が転移者を確保した”という事になってしまう。それはファリフが辺境に連れて行っても同じ事だ。
「だから皆は完全中立であるこの街に俺を連れてきたのか」
「リゼリオにいる限りは帝国でさえ気安く手出しは出来ません。そして冒険者達は特殊な事情を持った人間に対し寛容です。事実、ハンターズ・ソサエティはあなたの保護を容認してくれました。あなたの生活をここなら保障してくれるはずです。篠原さんさえ良ければ、ですが」
「だけど俺、別に何の力もないし。保護してもらっても役には立てないと思うんだけど……」
「だーかーらー、ハンターになっちゃえばいいんだよ!」

というのはラキの第二声で、そして誰もが遠まわしに勧めようとしていた結論でもあった。
「……ハンター?」
「え、えーとね……。冒険者と呼ばれる人達は、沢山いる。だけど“ハンター”と呼ばれる人はその中でも一握り。主に“覚醒者”としての力を持つ者達を差すんだ。そういう意味で、ハンターズ・ソサエティとは、“覚醒者の集合体”と言えるわけ。ちなみに僕らも“覚醒者”なんだよ」

覚醒者――。“イクシード”とも呼ばれる彼らは、“マテリアル”の加護を得て歪虚と戦っている。
「マテリアルっていうのは、簡単に言うとこの世界そのものの力……命が存在する為の、“正”の力なんだ。それは木や大地にも、そしてすべての生き物の中にも息づいている。勿論、人間にもね。覚醒者っていうのは、自分の身体の中に眠っているマテリアルの力を意識的に扱えるように“覚醒”した人の事。そしてその資質がたぶん、篠原君の中にも眠っていると思うんだ」
「リアルブルーの人間は、特にこのマテリアルを多く持つと聞きます。つまり覚醒者になる為の素質は十分に備わっているという事です」

ファリフに続きヴィオラが語り掛ける。しかし神薙は何故か視線を落とし、テーブルの真ん中をじっと見つめていた。
「篠原さんがこの先どのようにするにしろ、覚醒者であった方が行動しやすい。実際に確かめてみるまでわかりませんが……“精霊”と契約してみては?」
「いや……その、俺は……」

歯切れの悪い返事には相応の理由があった。

なんとなくここまで来て、流されてリゼリオにやってきて、また流されて覚醒者と呼ばれる者になってしまおうとしている。思えばずっと彼女らの狙いはそこで、やはり求められているものは“伝説の救世主”で……。

彼女らが自分を騙しているだとか、悪意的な企みがあるだなんて思ってはいない。いや、思いたくはない。だが“力”を得る事に対する躊躇いは、簡単には消せそうにもなかった……のだが。
「――大丈夫だよ! 細かい事は、ハンターになってから考えればいいんだよっ!」

ラキの第三声がまた場の空気を換えた。何の根拠もない笑顔に神薙は軽い眩暈を覚えたが、文句を言うより早く近づいてきたラキに手を取られ立たされてしまった。
「大丈夫、大丈夫! 覚醒者になるのは、素質さえあればカンタンだから!」
「いやだから、俺はっ」
「まさか働きもしないでずーっとここにいるつもり? 皆に助けてもらってさ。ここまで送り届けてもらってさ。それで何の恩も返さなくていいの?」

ぎくりとする。それは……当然、いいわけがない。よくはないのだが……。
「確かに本部に引きこもってれば安全だよ。みんないい人だし、カナギに無理な事なんてさせない。どんな国からだって守ってくれる。だけどね……カナギにはもっとこの世界の事知ってもらいたい。もっとこの世界の事、好きになってもらいたいんだ」
「世界を……好きに?」
「もしかしたらこの世界の救世主になる人かもしれない……もちろん、期待してたよっ! だけどカナギはカナギじゃない。別にものすごい英雄じゃなくたっていいよ。この世界を救ってーなんて言わない。だけど才能があるなら、素質があるならやってみるべきだよ!」
「そんなに単純な事じゃないと思うんだけど……」

俺みたいにな

引きこもりさんではない

こうしていれば頼りになる仲間を見つけられるかもしれない。俺みたいにな。

「じゃあカナギ、他に働き口見つけられるの? この世界の事何もわかんないのに? ごはんは? 寝床は? どうやって生活していくつもりなの? ひきこもりさんですか?」

それはもう、ぐうの音も出ない。確かに自分にとってこの世界で自立する為に最も現実的で手っ取り早い方法が“それ”なのだとわかっていた。わかっていたけれど、“なにか”が足を引っ張って身動きが取れずにいたのだ。

しかしこうやって無理矢理立たされて、引っ張られて歩かされて……そうしてみると気が付く。自分を縛っているものなんて、わりとあっけなくほどけてしまうものなのだ、と。
「――怖がる前に、やってみよう。踏み出してみようよ、一歩を!」

白い歯を見せて、拳を握りしめて笑うラキ。その言葉があまりにも有無を言わさないものだから、神薙は気づけばゆっくりと頷き返してしまっていた。
「……決まりですね。ややその成り行きには疑問が残りますが」
「僕も最後まで見届けるよ。一緒に行こう、篠原君!」
「頑張ってきたまえ。私はここで待たせてもらうとしよう」

静観していたヴァネッサだけがひらひらと手を振る。ここで逃げ出す程、篠原神薙は現代っ子ではない。覚悟を決める……いや、逃亡を諦めるように、深くため息を零すのであった。