イメージノベル第二話(4)


「……あ、そうだ! お祝いしようよ。カナギと精霊さんの契約祝い!」

修練場を出て直ぐのところでラキがそんな提案をし、全員がそれなりに乗り気だった為、案内も兼ねて四人はリゼリオのマーケットに来ていた。
「って、カナギ、何飛び跳ねてるの?」
「いや、なんかすっごいジャンプ出来るからさ。これが契約の効果かと思って」
「だね! 多分でっかい剣とかも楽に振れると思うよ。せっかくだし武器も見てみようよ!」
「え、ほんとに? ……って、うわ。こんなに重そうなのに、軽い!」

露店に並んだ武器を手に取るカナギと次々におすすめするラキ。そんな二人の様子をヴィオラとファリフは優しく見守っている。
「よかった、あの二人うまくやっていけそうだね。ラキと篠原君、結構相性がいいのかも」
「これなら私達が去った後も安心、ですかね」

口元に手をやり微笑むヴィオラ。二人の様子を見送りながら別方向に歩き出す。
「この後食事会をするそうですから、私は料理の下調べでもしておきましょう」
「あれ? もうガードしてなくてもいいの?」
「いつまでも護衛についていられるわけではありませんし……それに、今の彼は立派な覚醒者です。生半可なトラブルでどうにかなってしまうような事はないでしょう」

すたすたと歩き去るヴィオラ。ファリフは頷き、同じく別方向へと歩き出すのであった。

二人で買い物?

貰った大剣は早速背中に。とりあえず、リンゴはこの世界も地球も変わらないようだ。


「お店の人たち、みんな品物を勧めるのがうまいなあ。ついつい買っちゃいたくなるよ」
「この辺の人達ハンターに優しいから、ツケも利くんだよ」
「へぇ……でも俺今一文無しだし、今のところ収入の目途も立ってないからね……」
「そんなのあたしが教えてあげるって! この世界はね、ハンターの食い扶持だけは絶対になくならないから! ……困った事にね」

苦笑を浮かべて直ぐに立ち止まり、ラキは周囲を眺める。
「ちょっとここで待っててっ」

呼び止める間もなく走り出したラキ。すぐに戻ってきたのだが、その手には先ほど神薙が眺めていた一振りの剣が握られていた。猛然と駆け寄ってきたラキはブレーキをかけ、肩を上下させながら剣を差し出す。
「はいこれ! 先輩からの、冒険開始祝いっ!」
「え? いいのか?」
「いいのいいの! あたしもね、ハンターになった時に武器を買ってもらったんだ。ハンターって結構大変だからさ、これから色々あると思うけど……。この世界を周って見て、そして誰かを守って、助けてくれたら……嬉しいな。だからこれは、君の為のお祝いであり……君がこれから守る人達の為の、先行投資って感じかな!」
「……誰かを守る力、か」

その剣は覚醒した力のお蔭で軽かったが、神薙にとってはこの上なく重く感じられた。
「ありがとう。それから……よろしくな、ラキ先輩」

ブイサインを作って笑うラキ。しかし神薙はすぐに腕を組み頷く。
「でもな、あんまり無駄遣いしない方がいいよ。ラキは衝動買いが多すぎ。あとずっと気になってたんだけどさ、スカート短すぎない?」
「えぇーっ!? それ今言う事ー!?」

笑いながら歩き出す神薙の背中を見つめるラキ。精霊の契約を経て、少年は何かが吹っ切れたようだ。それでもやはりラキの想像通り、彼は“普通の少年”だった。

転移者に対し、希望や期待はある。けれど実際に見つけた彼は特別でも何でもない、ごく普通の少年だった。だからこそ決めたのだ。特別扱いせず、突然知らない世界に迷い込んでしまった、“ただの人”として接しようと。ただ一人の冒険者として、共に歩んでいこうと……。


「それじゃあ、シノハラカナギ君のハンター就任を祝って……カンパーイ♪」

街での買い物を終えた一行は一度本部に戻り、ラキお勧めの店で祝いの席を開いていた。
「注文は私に任せてください。完璧に調べておきましたので抜かりはありません」
「ほほう? そう言うからにはこの激辛香辛料理も網羅しているんだろうね?」
「……当たり前ではありませんか。何故なら私には光の加護がついているからです。すみません、オーダーを」

なぜか張り合うように辛い物を注文し合うヴィオラとヴァネッサ。その様子にラキとファリフが小刻みに震えている。
「な、なんで辛い物ばっかり注文してるのっ!?」
「ていうかヴァネッサさん、まだいたんだね?」
「ファリフ、一つ良い事を教えてあげよう。……“タダより安い酒はない”」

いい笑顔なヴァネッサに苦笑するファリフ。そこへ料理が運び込まれ、我先にとラキが食いついた。
「うーん、リゼリオのごはんおいしいーっ! カナギも食べてみなよ。帝国のごはんとは比べ物にならないよ!」
「え、帝国の飯ってまずいんだ……って、本当だ。こっちの世界の料理もうま……って、辛ーっ!?」

こちらの世界に来てからというもの、常に何かから逃げるように前に進んできた。神薙にとってこんなにも明るくて楽しい時間は久しぶりで、だからこそ間近に迫った別れの予感にしんみりとした心境に陥らずにはいられなかった。
「ヴィオラさんとファリフは、ここでお別れなんだよね?」

顔を見合わせ頷く二人。神薙はその顔を交互に見てから頭を下げる。
「今までありがとう。それと……ずっと疑ってて、信じきれなくて、ごめん」

二人の事を信じたいと思いながらも、何かに利用されるのではないかと疑っていた。

だけど今ならわかる。二人は本当に純粋な善意でここまで付き合ってくれた事が。
「ラキに言われて、そして精霊と契約してみてわかったんだ。自分が臆病になって、誰かを信じる事から逃げていたって事に。だからこそ、手に入れたこの力を役立てたい。俺を助けてくれた二人の為に……この世界で苦しんでいる人の為に……そして、俺と同じようにこの世界に転移してくるかもしれない人の為に。“誰かを守る為”に。だから俺、ハンターになる」

笑って頷くヴィオラとファリフ。勿論、二人と別れるのが心細くないと言えば嘘になる。けれど今ならわかるのだ。自分がその気にさえなれば、心を開き、世界を感じようとすれば、必ず自分を助けてくれる人がいる。その絆をきちんと信じて応える限り、きっと道は開かれるのだと。
「みんな、今日までありがとう。そして……これからよろしくな、ラキ」
「もちろんだよ! ほら、この子も歓迎してるよ!」

神薙の顔面にへばりつくパルム。無言で神薙がそれをひっぺがそうとする様に仲間達が笑みを浮かべる。
「僕は辺境に戻るけど、それで一生のお別れってわけじゃないから。ハンターになったらいっぱい大変な事があると思うけど、いつかまた辺境にも来てね! そしたらもう一度、“星の友”になってもらえるよう、勧誘させてもらおうかな!」
「篠原さんの身辺警護については、王国関係者にも話を通しておきますから。あなたがこの世界にとってどのような存在で、何を成すのか……それは今はわかりません。が、しかしいつか道は示される事でしょう。――篠原さん、光のご加護があらんことを」
「……うん。いつか、もう一度!」

今度は神薙の方から手を差し伸べ握手を交わす。こうして三人の冒険は一度幕を下ろす事となった。しかし彼らの道が再び交わる時は、そう遠くはないだろう。
「ところで、皆ここに来るまでどんな感じだったのかな? 出会いの話とかあたしも知りたいな!」
「そうですね。護衛の引き継ぎも兼ねて、これまでの事をお聞かせしましょうか」
「篠原君が船で酔ったり、森でヘバったりした時の話とかね!」
「ちょ、ちょっとファリフ……それは勘弁してくれ……!」

別れと出会いの夜は賑やかに更けていく。

少年は世界と向き合い、守る為の力を手に入れた。しかしその真価は未だ試されてはいない。

力だけでも、誠実さだけでも覆せない壁。この世界に渦巻く数多の問題を、彼はまだ知らない。
「それで、カナギ。この世界は好きになれそう?」

両腕で頬杖を突きながら笑うラキ。神薙は料理を一口、噛みしめながら返した。
「とりあえず、この世界の料理は……ね」


ヴァネッサ_ポルトワールの顔役

ラキ_冒険家の少女
わたりとおる

クロウ_錬金術師