イメージノベル第三話(2)


ハンターズソサエティでは、歪虚に関わる様々な依頼を(そして時には関わらない依頼を)受け付けています。

「間違いなく母の形見の指輪です! これでやっと心置きなく結婚式を挙げられます……ありがとうございました!」

笑顔で何度も礼を言うと、依頼人は付き添いの男性と共にハンターズ・オフィスを後にした。神薙とラキは二人に手を振って見送り、それから深々と息を吐いた。依頼人が来るまでオフィスで仮眠をして過ごしたが、寝不足の疲れに太陽の光はよく染みた。
「結婚指輪にするんだってね、あれ。よかったね、また人の役に立てて!」
「こうやって依頼人の笑顔を見ると、確かにハンターをやってて良かったと思うよ。それはそれとして……ラキ、今回はなんかちょっと変だったぞ? 聞けばあの雑魔、やっぱり昼間の方が動きが鈍かったらしいじゃないか」

ぎくりと背筋を震わせるラキ。腕を組み訝しげな視線を向ける神薙になんと言い訳をしようか考えていると、ひょっこり二人の間にグラムーンが割り込んでくる。
「敵がよわっちかったのでよかったですが、もっと危険な相手だったらどうなっていた事やら……ラキたんは先輩なのですから、あまり余計なリスクは背負わないようにしないと」
「うぅ……面目ないです……」
「いやっ、ていうか誰なのこの人!? なんでついてきてんの!? また女の子だし……この世界女の子しかいないんじゃ……いや待てよ?」

腕を組み考え込む神薙の頭の中、モヤモヤ?っとクロウが姿を見せた。いい笑顔でサムズアップしている。おっさんとの出会いがあった事に安堵する神薙だが、今はそんな事よりもこの状況が問題なのであって……。
「なんか、カナギんは傍から見てるとたまに面白い時があるですね」
「いつも何かと戦ってる人だからねっ」
「……意外な言葉で俺を表現しないでくれ」

神薙がハンターとしてリゼリオで活動を始めてから一か月が経過した。

ファリフやヴィオラと言った名も立場もある護衛と別れ、少年はラキという新たな相棒と共に日々を過ごしてきた。お蔭でここでの生活にはそれなりに順応し始めていたし、ラキと二人で依頼もこなし、ハンターとしての経験も少しずつ積み重ねてきた。

最初は何もかもラキなしには出来なかったが、元々の物怖じしない性格……つまり若干の天然ボケのお蔭で神薙は何にでも高い順応性を見せた。リゼリオのハンター達はクロウをはじめクセはあるものの気のいい連中ばかりで、異世界人の神薙を快く受け入れてくれた。
「だけどここまで奇天烈な人はいなかったな」

依頼を完了し、謎のパルム女ことグラムーンを加え三人は行きつけのレストランを訪れていた。夜には酒場に変わるが、今はまだアルコールを出さない飲食店である。それでも利用客に冒険者の割合が多いのか、賑やかな雰囲気だ。
「カナギん、人を上辺だけで判断してはいけないのですよ?」
「それはわかるけど、上辺のインパクトが強すぎるんだよ」

グラムーン

パルム仮面(想像図)

いんぱくとはばつぐんだ

 実際、この謎の人物が只者ではない事くらいは神薙にもわかる。

外見こそふざけているが、あの槍捌きは本物だった。身のこなしはいちいち静かで、普段から気配を殺して生活している事が伺える。クラスはラキと同じ疾影士だろうか。しかしラキとは戦闘経験が段違いのように思えた。
「……何か言いたげだね、カナギ?」
「え? いや、そういうわけじゃないけど……なんか機嫌悪くないか、ラキ?」

唇を尖らせそっぽを向くラキ。きょとんとする神薙の隣、グラムーンは白い歯を見せ悪戯っぽく笑っている。
「さてさて、腹が減っては何とやら。勿論助けたお礼に奢ってくれるのですよね?」
「あー、うん。この店リーズナブルだけど美味しいんだ。礼くらいは出来ると思うよ」
「ではでは遠慮なく……ラキたんは何にするですか?」
「あ、あたしはおなか減ってないから……」

と言った瞬間ラキの腹の虫が鳴き声を上げた。みるみる顔が真っ赤に染まるラキの隣でグラムーンが笑いながら料理の注文を伝える。勿論、三人分だ。
「って、あれ? そういえば俺達名乗ってないよな?」
「少し情報通なら二人の名前くらいは耳に入ってくるのですね。転移者は有名人ですから」

転移者という言葉が出て初めてグラムーンを警戒するように視線を向けるラキ。しかし神薙はあまりこの怪人を疑ってはいなかった。助けられたのもあるが、あまりにも怪しすぎて逆に危険には思えなかったのだ。
「警戒するのは当然ですが、貴重な転移者だからこそもう少し大人数で行動すべきではないですかね。二人はユニオンやギルドには所属していないのですね?」
「ユニオンっていうと、確か……」

ユニオンとは大規模なギルドの事を指し示す言葉で、厳密な意味ではギルドとユニオンは同じ物である。そしてギルドとはハンターズ・ソサエティから支援を受けてハンター達が自由に作成する事の出来るコミュニティの事であり、これらに所属すれば簡単に仲間を見つける事が出来るだろう。特にユニオンであれば大勢力からの支援を受ける事も可能で、多くの駆け出しのハンター達はこのユニオンに所属する場合がほとんどである。
「王国、帝国、同盟、辺境……この四大勢力によるユニオンが有名ですね。即ち“アム・シェリタ”、“APV”、“魔術師協会・広報室”、“ガーディナ”の四つです」
「えっと、名前くらいは。だけど俺は転移者だから……」
「どこかの国家組織に所属すると世界のパワーバランスに悪影響を及ぼすと?」

ゆっくりと頷く神薙。グラムーンはそれを一笑する。
「カナギん一人でどうにかできるほど、この世界は狭くないのですよ。それにユニオンは国家の支援を受けているとは言え、国家に従属しているわけではないのです。あくまでもハンターを主導とし、ハンターの為にハンター達が作り上げていく組織ですから。例えば帝国ユニオンに所属しているからと言って、帝国軍の命令を聞かなければいけないわけではないのです」
「そうだったのか……少し勘違いしてたみたいだ」
「疑いすぎるくらいで身を守るには丁度いい世の中ですが、信頼できる仲間は必要ですよ? ハンターは、そしてハンターズ・ソサエティは、そうやって相互支援の中で育まれてきた組織なのですね」

ユニオンに国家勢力が名を連ねている事を知るとどうしても反感を抱く者がいる。それはそれでハンターとして正しい反応であり、ハンター達は常に何者かに縛られる事を嫌って歴史を歩んできた。

ハンターとは歪虚を狩る者達を指す言葉だ。そして彼らの多くは歪虚と戦う為の力を持つ覚醒者であった。その力は強く、強いが故に収めどころには苦心していた。

三百年前、歪虚による大進攻の時代。その大戦の世にて必要とされハンターズ・ソサエティは発足した。どこかの国の軍人としてではなく、それぞれの理由を胸に義勇兵として大戦に参加した覚醒者達の居場所として、“中立”の受け皿は必要不可欠だったのだ。
「それから三百年間、ずっとハンターズ・ソサエティは中立を守っているのです。ハンターは国の内政には干渉せず、そして国家はハンターを束縛せず……それが古来からの決まりなのですね。だからユニオンに所属したからといって、国から余計な茶々が入る事はないのです」
「へぇ。物知りなんだね、グラムーンは」
「受付のミリアたん辺りに訊けばこのくらいはすぐ教えてもらえるですね」
「後で聞いてみるかな……でも俺はまだしばらくユニオンには所属しない方向で行くよ。仲間だったらラキとかクロウとか、頼りになる人達がいるからね」
「それもまたカナギんの生き方、否定はしないのですね」
「今回だって、ラキがちょっとおかしかっただけだから。今回の依頼、わざと難しくしようとしてたんだろ?」

神薙の言葉に目を丸くするラキ。それから肩を小さくしながらおずおずと口を開く。
「き、気づいてたんだ……」
「多分そうだろうと思ってたんだ。いくらなんでも今回は強引っていうか、露骨すぎだ」

悪戯を叱られた子供のようにばつの悪い表情で俯くラキ。神薙が首を傾げているとウェイトレスが料理を運んでくる。グラムーンは喜んでフォークとナイフを手にしたが、顔がパルムの被り物で覆われていて食べられない。仕方なく半分ほどマスクを持ち上げたのだが、くちゃくちゃになったパルムの顔が何とも言えない哀愁を漂わせていた。
「ひゃっほう! タダ飯はうめぇのですね! ただ前が全く見えねぇのですねッ!!」
「当たり前だろ……って、その耳」
「んむ? エルフが珍しいのですか?」

スプーンを自分の鼻に突っ込みそうになり悶えるグラムーン。ずり上げられたマスクの左右からはとがった長い耳がひょっこり飛び出ている。
「あ、やっぱりエルフなんだ。この世界にもいるんだなぁ」
「え? カナギんの世界にもエルフがいたのですか?」
「いや、そういう意味じゃなくて……ややこしいな。こっちの世界にも名前だけは伝わってたというか……えーと……実物はいなかったよ」
「そうですか。まあこっちの世界でもエルフは絶対数が少ないですからね、珍しいでしょう。特に人間と行動を共にしているエルフは、それこそハンターくらいのものじゃないですかね」

エルフは基本的に森の中で暮らす種族であり、外部との干渉を嫌う傾向にある。人間よりもマテリアルとの親和性が高い彼らにとって濃いマテリアルに満ちた生まれ故郷の森が聖域であるというのもそうだが、人間とエルフは種族間で多くの問題を抱えているのが最大の理由だろう。
「人間とエルフって仲が悪いのか?」
「一概にそうとも言えないですがね。エルフにとってマテリアル濃度の薄い場所は慣れないと居心地が悪いので森から出てこないというのが見かけない最大の理由ですが、そんな彼らにとっての聖域である森が人間に荒らされているというのが仲違いの最大の理由なのです。カナギんはマテリアル公害って聞いた事はないですか?」

首を横に振る神薙。グラムーンはいそいそとマスクを戻しながら語る。
「マテリアルとは世界に満ちた命の力。マテリアルと自然環境には密接な関係があるのです。マテリアルは高度なエネルギーではありますが、使いすぎれば自然を破壊してしまうのですね」
「俺の世界でも思い当たる節があるな」
「エルフ達の集落は世界のあちこちにあるですが、最大勢力である“エルフハイム”はなんと帝国領内にあるのです。帝国はご存じスーパー軍事国家。どんどんマテリアルを消費して歪虚とドンパチってるわけです。そりゃエルフとは仲悪くなるわけですね」

帝国は歪虚との戦争の為に大量のマテリアルを消費する。そして新兵器開発の為、周囲への汚染を気にせず魔術や錬金術を使い続けている。これは同じ人間同士でも大問題だが、自然に寄り添って暮らすエルフが最大の被害者であると言えるだろう。
「な、なんかまた俺の中で帝国が嫌な国になっていくな……グラムーンも帝国嫌いなのか?」
「いんや。帝国も昔に比べれば随分とエルフに歩み寄っているし、現皇帝はエルフに危害を加える事を禁止しているのですね。お蔭で一応、両者が直接武力衝突するような事態は避けられているのです。どっちみち森の外を出歩いているようなエルフは変わり者が多いので、そこまでアンチ帝国って人もいないんじゃないですかね?」

人間なんてどれも同じようなものですから……そう付け加え、グラムーンは溜息を零した。
「エルフは長寿な一族なので、旅をしてるような変わり者はとっくに達観しちゃってるのですね」

もしかしてこの少女は自分より物凄く年上なのではないか? そんな予感は口にしないでおく神薙少年であった。
「しかし逆にドワーフなんかは帝国とは仲が良かったりするのですよ。ドワーフについては?」

首を横に振る神薙。グラムーンは“それではついでなので”と説明を始める。
「ドワーフは可愛らしいエルフとは異なってなんかチビで髭もじゃな連中の事を言うのですね。連中もなんか結構長生きするらしーのですね」
「な、なんか急におざなりになったな」
「実はエルフとドワーフはあんまり仲良くないのですね。喧嘩するほどではないですが、どっちも“自分達の方が優れている”と思っている所があるのです。お互い陰で見下してるような感じなのですね」

森の奥底でひっそりと暮らし、繊細で気難しく排他的なエルフ。これに対し山岳地帯で豪快に暮らすドワーフは柔軟な考え方の持ち主で、人間とも簡単に打ち解けてしまったりする。
「ドワーフは悪く言えば大雑把で、良く言えば……大雑把なので、帝国とも協力関係にあるのですね。ドワーフは冶金技術に優れ、穴倉住まいなので採掘もお手の物。戦いにも向いているので、まさに戦争のおはようからおやすみなさいまで全部面倒を見られるのですね。そういう意味で帝国にはとても重宝されているのですよ」
「へぇ……帝国と仲がいい人達なんていたんだね?」
「……何か帝国を誤解しているようですが、彼らもまた必要とされた存在なのですよ? ドワーフ達は辺境にあるノアーラ・クンタウという要塞で暮らしていたりするのですが、このノアーラ・クンタウだって帝国が辺境防衛の為に建造した砦なわけですからね」
「ノアーラ・クンタウってのはファリフとヴィオラが話してたっけ。うーん、どうもこれまでの流れから帝国は悪そうな印象が出来ちゃってたからなぁ。ファリフとか明らかに嫌ってたし」
「帝国は身分も種族も差別せず、力と意志さえあれば受け入れてくれる国です。そういう意味では誰に対しても平等なのですよ。問題行動が多いのは……まあ、あの皇帝だから仕方ないというか……」

深々と溜息を零すグラムーン。何だかよくわからないが、色々と悩みが多いようだ。