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【猫譚】これまでの経緯


更新情報(12月12日更新)
【猫譚】の過去のストーリーノベルを掲載しました。
【猫譚】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
●猫と羊の前奏曲(9月2日公開)
――五月某日。
その日、グラズヘイム王国全土に光の柱が立ち上り、国に住む多くの人々はその光を見上げた。
いや、人だけではない。人ならざるものもまた、それを振り仰いだ。
人も、動物も、ユグディラも、歪虚も。みな等しく、その天を貫く聖なる柱を……。
●猫と羊
にゃあぁ……。にゃぁ。なうなう。ま?お。
闇夜に集ったユグディラたちが喧々囂々議論を交わす。中にはファイティングポーズを取って挑発するものまでいて、何とも退屈しない集会である。そうして会議が盛大に踊っていたところ、不意に一匹のユグディラがどこかを指さして「にゃあ!?」と鳴いた。
ユグディラたちの輝く瞳が一斉にそちらを向き――直後、彼らは同時に駆け出した。
競うように四つ足で道を走る彼ら。隣を蹴落とし、前を掴み、後ろに砂かけ少しでも先頭へ。彼らの競争、もとい狂騒は留まることを知らず、合唱となって町なかに響く。
「おいうるせえぞ!!」
『にゃ――――お!!』
「あぁ!? 猫ぉ!?」
『なな――――お!!!!』
「おいてめえら、そこらの猫とっ捕まえろ!!」
彼らは町人と口喧嘩のような何かをしながら走り去り、後に残されたのは怒り心頭で表に出てきた人々だけ。手に手に棒や鍋を持っており、一顧するだに恐ろしい。
「クソッ……どこ行きやがった猫どもめ……!」
その夜を境に、この町にいたユグディラたちは姿を消した。
彼らがどこへ行ったのか――誰も、知らない。
などと思案していると、メェ……と困ったような声が羊から上がった。ベリアルは咳払いして話を始める。
「ブシ……先日の光の柱。あの正体はそろそろ分かったな?」
「メェ、それが未だ詳しいところは分からず」
「あれがおそらくメフィストメェの言っておった王国の何とかいうのだと思うのだが」
「ですメェ。しかしそれ以上を調べようにも難しく……」
「ブシ……使えぬやつメェ……」
やはり側近を創らねば。
ベリアルが意思を固めていたところ、羊がもぞもぞと動いた。目を細めてそれを見ていると、羊は懐毛から何かを取り出して差し出してきた。
「代わりと言ってはなんですが、このような物を手に入れましたメェ」
「……何だ、それは」
「動物の毛皮メェ。調査中に近くをチョロチョロしていたそうで……」
ベリアルはそれを手に取り、頭上で透かすように眺めてみる。
――悪くない。
見る角度によって微かに色を変え、輝いているような気がする。手触りもすべすべしていて気持ち良い。毛並の方は質が劣るが、それは仕方がない。何しろ最も美しい毛並を自分が持っているのだから、目が肥えてしまうのは当然だ。
ベリアルはしばらくためつすがめつ毛皮を眺め、ふと思いついた。
コレを使って衣装を作れるのではないか?
――ブシ……ブシシシ……やはり私はこの頭脳が恐ろしい。
「……ブシ。お前たちは光の柱を調べながらコレを集めよ」
「メェ!」
ベリアルは毛皮を股間に収めながら嗤う。
――この毛皮で花嫁衣装を作る。そして……。
ブシシ……ブシシシシ……ブッシシシシシシシシ!!
●とある古ぼけた紙片より――猫と羊の奇想曲
テスカ教団事件、および騎士団長エリオット・ヴァレンタイン消失事件による影響が未だ冷めやらぬ中、それは静かに始まっていた。
それは華々しい戦争の幕開けというわけではない。
それは冴え渡る発明の夜明けというわけではない。
それは、この時代を彩る片隅の物語。
小さな猫を巡る冒険であった。
その日、グラズヘイム王国全土に光の柱が立ち上り、国に住む多くの人々はその光を見上げた。
いや、人だけではない。人ならざるものもまた、それを振り仰いだ。
人も、動物も、ユグディラも、歪虚も。みな等しく、その天を貫く聖なる柱を……。
●猫と羊
にゃあぁ……。にゃぁ。なうなう。ま?お。
闇夜に集ったユグディラたちが喧々囂々議論を交わす。中にはファイティングポーズを取って挑発するものまでいて、何とも退屈しない集会である。そうして会議が盛大に踊っていたところ、不意に一匹のユグディラがどこかを指さして「にゃあ!?」と鳴いた。
ユグディラたちの輝く瞳が一斉にそちらを向き――直後、彼らは同時に駆け出した。
競うように四つ足で道を走る彼ら。隣を蹴落とし、前を掴み、後ろに砂かけ少しでも先頭へ。彼らの競争、もとい狂騒は留まることを知らず、合唱となって町なかに響く。
「おいうるせえぞ!!」
『にゃ――――お!!』
「あぁ!? 猫ぉ!?」
『なな――――お!!!!』
「おいてめえら、そこらの猫とっ捕まえろ!!」
彼らは町人と口喧嘩のような何かをしながら走り去り、後に残されたのは怒り心頭で表に出てきた人々だけ。手に手に棒や鍋を持っており、一顧するだに恐ろしい。
「クソッ……どこ行きやがった猫どもめ……!」
その夜を境に、この町にいたユグディラたちは姿を消した。
彼らがどこへ行ったのか――誰も、知らない。
ブッシッシッシ……。 歪虚の闇に囲まれて、ベリアル(kz0203)は低く笑い声を上げた。美しい曲線を描く両腕を掲げ、ぱんぱんと頭上で叩く。 「クラ……いや、誰かある! 誰でもよい、早く来い」 「メェ」 主の呼び声に応え、ぬっと闇から現れる羊。ベリアルはそれの拝謁する姿勢に満足しつつ、しかしやはり側近の一人でも創らねば面倒だなと思った。そうするとまたしても全快しつつあった自らの力を使うことになってしまうが、そこは妥協するしかない。 いや待て、とベリアルは考え直す。ニンゲン相手に本気を出す必要などないのだから、余剰分を使っても何の問題もないではないか。 |
![]() ベリアル |
「ブシ……先日の光の柱。あの正体はそろそろ分かったな?」
「メェ、それが未だ詳しいところは分からず」
「あれがおそらくメフィストメェの言っておった王国の何とかいうのだと思うのだが」
「ですメェ。しかしそれ以上を調べようにも難しく……」
「ブシ……使えぬやつメェ……」
やはり側近を創らねば。
ベリアルが意思を固めていたところ、羊がもぞもぞと動いた。目を細めてそれを見ていると、羊は懐毛から何かを取り出して差し出してきた。
「代わりと言ってはなんですが、このような物を手に入れましたメェ」
「……何だ、それは」
「動物の毛皮メェ。調査中に近くをチョロチョロしていたそうで……」
ベリアルはそれを手に取り、頭上で透かすように眺めてみる。
――悪くない。
見る角度によって微かに色を変え、輝いているような気がする。手触りもすべすべしていて気持ち良い。毛並の方は質が劣るが、それは仕方がない。何しろ最も美しい毛並を自分が持っているのだから、目が肥えてしまうのは当然だ。
ベリアルはしばらくためつすがめつ毛皮を眺め、ふと思いついた。
コレを使って衣装を作れるのではないか?
――ブシ……ブシシシ……やはり私はこの頭脳が恐ろしい。
「……ブシ。お前たちは光の柱を調べながらコレを集めよ」
「メェ!」
ベリアルは毛皮を股間に収めながら嗤う。
――この毛皮で花嫁衣装を作る。そして……。
ブシシ……ブシシシシ……ブッシシシシシシシシ!!
●とある古ぼけた紙片より――猫と羊の奇想曲
テスカ教団事件、および騎士団長エリオット・ヴァレンタイン消失事件による影響が未だ冷めやらぬ中、それは静かに始まっていた。
それは華々しい戦争の幕開けというわけではない。
それは冴え渡る発明の夜明けというわけではない。
それは、この時代を彩る片隅の物語。
小さな猫を巡る冒険であった。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●猫と人々の変奏曲(9月9日公開)
●王国、動く/システィーナ・グラハム
「騎士団を、それにハンターの方にもお願いしましょう」
「手配いたします」
「ユグディラへの接触……だけではなく、伝承を改めて分析してみれば何かが分かる……でしょうか?」
「……無駄ではないでしょうな。殿下はご自分の思うさまにやってみればよろしい」
こくとシスティーナは頷くと、ユグディラの姿を思い浮かべて、
――調査という名目で……もふもふの楽園を作る……?
そんな邪なことがちらと頭を過る。
……いや、いや。流石に悪ふざけが過ぎる。
そうして未だうず高く積み上がっている陳情書に目を向けた、その時だった。
「失礼いたします! ハルトフォート砦のラーズスヴァン閣下より使者が到着しておりますが、いかがいたしますか?」
その報せが――王国西部リベルタース地方にて、羊型歪虚を中心とした敵集団が次々と上陸してきたとの報せが届いたのは……。
●胎動/???
暗く、深いところに彼らと彼女はいた。
闇――というわけではない。そうではなくただ暗く、ただ深いところだ。様々な生命のざわめきを感じる、ゆりかごのような暗所。
しかし今、ゆりかごに小さく響いているのは安らかな寝息などではない。
苦悶。
耐えがたい苦しみに耐え、それでも漏れる微かな呻き。それが不思議なほどこの場に響いている。聴いているだけで胸が痛くなるような、助けを求める呻きだった。
その言葉なき声を、彼ら――三匹の猫は耳を塞ぎながら聴いていた。
『ボクもうたえられにゃいにゃ……』
チビが泣く。
『だがどうすれば』
デブが唸る。
『分からんね。全くもって分からん。しかし一つだけ言えることがあるとすれば』
ノッポは眉根を寄せて嘆息する。
『このままではにゃにも変わらにゃいということだよ』
『にゃらにゃんとかしにゃいと!』
『だからどうすればいいのかと訊いている!』
チビとデブがにゃあにゃあ口論を始め、暗所は賑やかさを取り戻す。が、それでも何故か、苦悶の声は聴こえてしまう。
――全く、少しは建設的な話をしたいのだがね。
ノッポは肩を竦めて首を振り、タイミングを見計らって言った。
『ともあれここにいても始まらんのではにゃいかね。まずは外に――人間たちの国に出てみるのはどうかにゃ?』
『異議にゃし』
チビ、デブ、ノッポ。
かくして三匹の猫は緑深き聖地から飛び出した。
「ユグディラの動向はどうなっていますか?」 グラズヘイム王国王都イルダーナ。王城の執務室でシスティーナ・グラハム(kz0020)が尋ねると、大司教セドリック・マクファーソン(kz0026)は羊皮紙を眺めながら口を開いた。 「変わらず奇妙な報告が続いてますな。王国全土において」 「そうですか……わたくしの所の子もやっぱり落ち着きません」 ユグディラたちの不思議な行動。それが少しずつ報告に上がり始めたのは、おそらく五月中頃からだった。 これまでユグディラと言えばほとんどが食糧関係の小さな騒動だった。時には「ユグディラと遊んだ」という話もあったが、ともあれつまりはそういった、ある意味牧歌的な話ばかりだったわけだ。それが少しずつ変わり始めたのが、五月中頃。 まず王国東部での出没情報や、巡礼者からの目撃情報が増えた。それも何か意思を感じさせる行動――まっすぐとどこかへ向かっていたり、にゃあにゃあと何やら真剣に数匹が話し合っていたり――だったという。さらには羊型歪虚がユグディラを追い回していたなどという荒唐無稽な話まで出てきた。 ――ユグディラだけの話ならただの気紛れかもしれない、けれど……。 羊型歪虚。あの「敵」の影を感じさせる話が付随してくるとなれば、何かがあると考えた方がいい。 システィーナはわざとらしくため息をつき、苦笑を浮かべた。 「調査する必要がある……のでしょうね」 「猫に羊と。まともに取り合う気が失せるのも分かりますがね。しかし少々気になるのもまた事実かと」 |
![]() システィーナ・グラハム ![]() セドリック・マクファーソン |
「手配いたします」
「ユグディラへの接触……だけではなく、伝承を改めて分析してみれば何かが分かる……でしょうか?」
「……無駄ではないでしょうな。殿下はご自分の思うさまにやってみればよろしい」
こくとシスティーナは頷くと、ユグディラの姿を思い浮かべて、
――調査という名目で……もふもふの楽園を作る……?
そんな邪なことがちらと頭を過る。
……いや、いや。流石に悪ふざけが過ぎる。
そうして未だうず高く積み上がっている陳情書に目を向けた、その時だった。
「失礼いたします! ハルトフォート砦のラーズスヴァン閣下より使者が到着しておりますが、いかがいたしますか?」
その報せが――王国西部リベルタース地方にて、羊型歪虚を中心とした敵集団が次々と上陸してきたとの報せが届いたのは……。
●胎動/???
暗く、深いところに彼らと彼女はいた。
闇――というわけではない。そうではなくただ暗く、ただ深いところだ。様々な生命のざわめきを感じる、ゆりかごのような暗所。
しかし今、ゆりかごに小さく響いているのは安らかな寝息などではない。
苦悶。
耐えがたい苦しみに耐え、それでも漏れる微かな呻き。それが不思議なほどこの場に響いている。聴いているだけで胸が痛くなるような、助けを求める呻きだった。
その言葉なき声を、彼ら――三匹の猫は耳を塞ぎながら聴いていた。
『ボクもうたえられにゃいにゃ……』
チビが泣く。
『だがどうすれば』
デブが唸る。
『分からんね。全くもって分からん。しかし一つだけ言えることがあるとすれば』
ノッポは眉根を寄せて嘆息する。
『このままではにゃにも変わらにゃいということだよ』
『にゃらにゃんとかしにゃいと!』
『だからどうすればいいのかと訊いている!』
チビとデブがにゃあにゃあ口論を始め、暗所は賑やかさを取り戻す。が、それでも何故か、苦悶の声は聴こえてしまう。
――全く、少しは建設的な話をしたいのだがね。
ノッポは肩を竦めて首を振り、タイミングを見計らって言った。
『ともあれここにいても始まらんのではにゃいかね。まずは外に――人間たちの国に出てみるのはどうかにゃ?』
『異議にゃし』
チビ、デブ、ノッポ。
かくして三匹の猫は緑深き聖地から飛び出した。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●猫と王女の受難曲(9月21日公開)
●イスルダ島・深部/ベリアル
ベリアルは眉を顰めて呟き、鼻を鳴らした。
そうして捗らない側近問題に蓋をするべく、腕を振って話を変えさせる。
「他にはあるかね」
「先遣隊の状況ですが」
「メェ」
「全体としては蹄で土を踏むように地歩を固めております」
「……局所的には?」
「一部部隊でカイメェツ的打撃を受けておりますメェ」
肘掛けに置きっぱなしだった拳を握りしめる。
どいつもこいつも矮小なるニンゲン如きに。
ベリアルは激昂しかけ、しかし寸でのところで怒鳴り散らすことだけは避けることに成功する。
――仕方がない。こやつらもこやつらなりにやっておるのだ……何とも愛い奴らではないか……ブシシ……。
ベリアルは自らの豊かにして芸術的な腹をポンと叩くと、豪奢な椅子から重い腰を上げた。
「なれば是非もない。私も出るとしよう……」
「メェ!?」
「ブシシシ! なあに、私自ら花嫁の衣装を作るのも悪くはないであろう?」
手製の衣装に身を包んだ『贄』の姿を想像し、ベリアルは高らかに笑う。
――たっぷりと昏きマテリアルを注ぎ込んだドレスを贈ろう。
それを着た時、ニンゲンの王女であった者は麗しき闇に染まるのだ……。
●王都イルダーナ王城・玉座の間/システィーナ・グラハム
三匹はひたすら漕いでは休み、休んでは漕いだ。しかし小舟は一向に大陸に近付かない。どうしたことかとよくよく目を凝らしてみると、小舟はいつの間にか横を向いていた。大陸と平行に東西移動をしていたのだ。波のせいだ。三匹は怒り狂って波を叩いた。叩きまくった。強力無比な猫パンチが波を粉砕し続けた。それでも波は押し寄せた。三匹が必死に叩き続けていると、辺りは真っ暗闇になっていた。
凍えそうだ。三匹はやっと本来の目的を思い出し、大陸側に船首を向けた。寝たら死ぬ。というか死ななくても小舟が流されて変な所につく。三匹は声を掛け合って漕いだ。漕いで、漕いで、漕いだ。
気付けば朝だった。いや太陽は既に真上にあって、朝どころか昼過ぎだった。そんな煩わしい青空を、三匹は砂浜に仰向けになって眺めていた。
「行こう」「にゃあ」「にゃあ」
三匹はよろよろと立ち上がり、歩き出した。ぐうとおなかが鳴った。止め処なく涙が溢れた。それでも歩き続けると、前に踏み固められた道のようなものがあることに気付いた。道は左右に伸びている。
右か、左か。この選択如何で生死が決まるかもしれない。三匹はにゃあにゃあ話し合った。ちょっぴり拳でも語り合った。ついでにゴロゴロ転がって身体に土をつけまくって気持ちよくなったりもした。楽しかった。そろそろ帰ろうかなとか思った。もうどっちに行ってもいいかなって気分もあった。
左に進んだ。というか元々の「左」がどっちだったかも分からなかったので、左とか右とか関係なかった。
そうして道なりに進んでようやく辿り着いたのが、この街であった……。
完。
「にゃがすぎるにゃ」
「にゃ?」
「にゃんでもにゃいにゃ」
チビが小首を傾げると、不意におなかが鳴った。
そういえばほとんど何も食べていない。道中は文字通り道草を食ったくらいだ。
それに気付いてしまえば、もはやどうしようもなかった。一刻とて我慢ならぬ。三匹は街に入ると、美味しそうなにおい漂う広場に駆け込んで――土下座した。
「にゃぁ?」
お願いします。ごはんをください。
哀れっぽい声で懇願するが、実入りが少ない。水をペロ飲みしながら串一本を平らげたデブは、勢い込んで立ち上がるや懐に隠していた木の実四つを真上に投げ始めた。一つ二つ三つ四つ。何ごとかと足を止める人。デブは落ちてきたそれをキャッチし、すぐさま上に投げる。掴み、投げる。掴み、投げる。見事な大道芸だ。こんな芸当、なかなかできまい。デブはどや顔で群がり始めた大衆を見た。歓声と拍手が鳴りやまない。
やったぜ。
お手玉をしばらく続けたデブは全てをキャッチし、ちょっと頭を下げた。歓声、大爆発。
おひねりが飛んでくる。チビがそれを回収していると、ノッポが進み出た。
「にゃ、にゃあにゃ」
おひねりは食べ物ゲンブツでどうぞ。
そんなことを言うが、人にはもちろん通じない。三匹が顔を見合わせる。
そうだ、幻術でイメージを伝えればいい。三匹は同時に思い、同時にそれを行使した。
「にゃ……」
これでようやくおなかいっぱい飲み食いできる。
一安心した三匹がおひねりを拾い終え、群衆を見回す。
そこには――波のようなうねりが待っていた。
「……出来損ないメェ」 ベリアル(kz0203)はいくつかの報告を聞きながら、苛立ち紛れに肘掛けを叩いた。 負のマテリアルで作られた豪奢な椅子は軋み一つ上げない。部下もまたこれと同じように上等な出来であれば何の憂いもなかったのだが、そう上手くはいかないらしい。 「あやつらは、全滅したのだな?」 「メェ」 唾棄したいほどの報告。それは、側近候補となっていた者どもが滅ぼされたとの報せだった。それも毛皮の回収すら果たせずに、だ。これを愚かと言わずして何を言おう。ニンゲンのハンターどもも最近は何やら育ちつつあるらしいが――何しろフラベルだけでなくクラベルまで不意を衝かれるくらいなのだ――、しかしそれでも所詮はニンゲンに過ぎない。 何をやっておるのだ。 |
![]() ベリアル |
そうして捗らない側近問題に蓋をするべく、腕を振って話を変えさせる。
「他にはあるかね」
「先遣隊の状況ですが」
「メェ」
「全体としては蹄で土を踏むように地歩を固めております」
「……局所的には?」
「一部部隊でカイメェツ的打撃を受けておりますメェ」
肘掛けに置きっぱなしだった拳を握りしめる。
どいつもこいつも矮小なるニンゲン如きに。
ベリアルは激昂しかけ、しかし寸でのところで怒鳴り散らすことだけは避けることに成功する。
――仕方がない。こやつらもこやつらなりにやっておるのだ……何とも愛い奴らではないか……ブシシ……。
ベリアルは自らの豊かにして芸術的な腹をポンと叩くと、豪奢な椅子から重い腰を上げた。
「なれば是非もない。私も出るとしよう……」
「メェ!?」
「ブシシシ! なあに、私自ら花嫁の衣装を作るのも悪くはないであろう?」
手製の衣装に身を包んだ『贄』の姿を想像し、ベリアルは高らかに笑う。
――たっぷりと昏きマテリアルを注ぎ込んだドレスを贈ろう。
それを着た時、ニンゲンの王女であった者は麗しき闇に染まるのだ……。
●王都イルダーナ王城・玉座の間/システィーナ・グラハム
システィーナ・グラハム(kz0020)はちょこんと玉座に腰掛け、たったいま届けられたその報告書を読んで僅かに目を見開いた。 王国内の何の変哲もない村にあった古城に、隠し書庫があったらしい。それだけでも楽しげな話だけれど、さらにその書庫の入口には猫の印が刻まれていたのだとか。 ユグディラ騒ぎが続く中で、これは無視できない発見だ。早急に内部の調査をお願いすべきかもしれない。 システィーナは報告書から顔を上げ、大司教セドリック・マクファーソン(kz0026)を、ついでこれを持ってきた文官を見やる。 「この村の方にお伝えしてほしいのですけれど……」 「何なりと」 「できる限り早く古城の調査を進めてほしい、と。ハンターの方々に助力を頼むのであれば王家から補助金も出しましょう」 「かしこまりました」 深々と礼をして文官はこの場を後にする。 システィーナはその背を目で追い、そのまま玉座の間中央に佇む彼ら――ハンターたちに向き直った。 「失礼いたしました……どうやら一つ、ユグディラの行動の手がかりになるかもしれない情報があったようです」 玉座の間。 この日この時、この場では最近ユグディラや羊型歪虚と接触したハンターたちを直接招いた報告会が行われていた。 本当は中庭でお茶を飲みながらゆっくりと話を聞きたいところだったのだけれど、対象となるハンターの数が多すぎた。あまりに多すぎる人数を引き入れてしまうと庭師のお爺さんに怒られそうだったため玉座の間にしたのだ。 そうした報告会の途中で、先の報せが王城に届いたのだった。 何とも居心地の悪さを感じ、システィーナは頬を引き攣らせて苦笑する。 「そ、それでは続きをお願いしま……」 「で、だ! あの赤ざ……ダンテ……いや赤猿の野郎も強敵だった!」 食い気味に話を再開したのはジャック・J・グリーヴ(ka1305)である。謎の冒涜的に暑苦しい何かが拡散したような気がした。 「もちろん俺様も負けちゃいねぇ! 奴がユグディラでおかしくなっちまったなら、俺様もそうなればいいだけだ。そう考えた俺様は……」 「ともあれ彼らが戯れている間に少し事情を伺った……いえ事情を察してみたのですが」 自らの話に熱が入るジャックを引き継ぎ、ヴァルナ=エリゴス(ka2651)が話す。 ユグディラは人語を話せない。代わりに『色や大雑把な形などのイメージ』を伝えてくることがあるのだけれど、その解読もまた困難であるだけに、彼女たちの根気強さにもまたシスティーナは感嘆した。 「どうも何かが起こっているのは確かであるようです。彼らの故郷……あるいは同胞……そういった縁のあるものに」 「ユグディラの事情など知らん。が」 コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は曖昧なものを排して告げる。 「歪虚が狙っていたのは事実だ。必然、そこには明確な意図が絡んでいるはず」 「意図。羊型歪虚が……ベリアルが、ユグディラを狙う……?」 「プエル(kz0127)さんも猫さん捕まえようとしてましたしねー」 小宮・千秋(ka6272)の補足に、システィーナが考え込む。 ――以前から時折王国内で見え隠れしていたプエルという歪虚。それまで動いている。そんなにも重要な何かが、ユグディラにあるのでしょうか。 じっと黙考していると、さらに声が上がる。 「あのベリアルの元側近フラベルを模したようなのもおった。わしが腹パンし尽くしてやったがの」 したり顔で、星輝 Amhran(ka0724)。 ふははやってやったわ、的な声が聞こえてきそうな表情である。 「探偵として正確に記させてもらうなら」 Holmes(ka3813)は両手の指を合わせたようなポーズを解き、一つ指を立てる。 「生け捕りを狙っていた、と言うべきだね。彼らは生きたまま捕らえ、何をしたかったのか。ユグディラ側に起きている事件と関係があるのか。ボクはそれとは無関係である可能性が高いと見るけどね」 「それは何故でしょう?」 「何かを探りたいのならその場で尋問でもすればいい。尋問中にわざと一匹逃がすのも手だね。『連れて行こうと』した。それが重要だよ」 一つの道理ではある。どこかに拉致したのち、落ち着いて何かを聞き出すという可能性もなくはないけれど。 システィーナが頷くと、一拍置いてロニ・カルディス(ka0551)が報告する。 「俺が羊型歪虚を見た戦場では逆にユグディラを見なかったな。案外ただ目についたから狩っているということもあるかもしれない」 「ゴーレムを恐れていち早く退避したのかもしれませんね。……一方でGnomeに乗り込む猫もいましたが」 乗り込んだ光景を思い出したのか、天央 観智(ka0896)の目が虚ろになった気がした。 同じ場面を目撃していたらしいリューリ・ハルマ(ka0502)と柏木 千春(ka3061)は苦笑を隠せない。 「あぁー、可愛かったよね! ……モフりたい……モフりたいよ!」 「も、もふる時は優しくしてあげてくださいね……いいこいいこって」 「私の愛で溺れさせてあげないとね!」 「えっと、はい……あれ?」 ユグディラへの慈愛に満ち溢れる――約一名少々気になるけれども――二人のかけ合いに、玉座の間の空気が和む。 でも、と千春が加えた。 「確かに少し……どこか焦っていたような気はします。焦燥感……自分が何に焦っているのかも分からないような……?」 「なるほど……他にも曖昧な感触で構いませんので、何か思った方はいらっしゃいますか?」 システィーナの問いかけに、いくつかの声が上がる。 その後も報告や歓談は続き、茜色の陽が差す頃になってやっと沈黙する時間が増えてきた。 システィーナは降壇すると、ハンターたちと正対して頭を下げた。 「皆さま、本日はありがとうございました。今後、本格的に調査に乗り出せばまたお力をお借りすることがあるかもしれませんけれど、その時はよろしくお願いしますね。それと、その……ささやかながら晩餐会も用意させていただきましたので、ご参加いただければ嬉しい、です」 システィーナは一度奥へと戻りながら、考える。 ――ユグディラの調査。そしてあわよくば……彼らとの協調路線を取れたら。それはきっと……王国のためにもなるはず。 そのために最も必要なのは――ユグディラたちの問題を解決すること。 システィーナ・グラハムは振り返ることなく玉座の間を後にする。故に気付かなかった。 報告会の間、一言も発することなく玉座の間の端に控えていた王国の大貴族――ウェルズ・クリストフ・マーロウが、その背をじっと見つめていたことに……。 ●ガンナ・エントラータ/チビ・デブ・ノッポ 緑の聖地を飛び出したチビ、デブ、ノッポは様々な苦難を乗り越え、遂に何ちゃら王国という国の大きな街に辿り着いた。 「一行で済ますにゃ」 「にゃ?」 「にゃんでもにゃいにゃ」 …………。 緑の聖地を飛び出した三匹は荒れ果てた森を抜け、海を前に夜を明かした。海上からはるばるやって来た夜風はひどく寒々しく、三匹は身を寄せ合って一晩を越える。翌朝、三匹はいつももやいで繋いである小舟の一つに乗って大海原に漕ぎ出した。と言っても目的地は見えている。対岸の大きな大陸だ。そこには何ちゃらという国があるらしく、人もたくさんいる。 |
![]() システィーナ・グラハム ![]() セドリック・マクファーソン ![]() ジャック・J・グリーヴ ![]() ヴァルナ=エリゴス ![]() コーネリア・ミラ・スペンサー ![]() 小宮・千秋 ![]() 星輝 Amhran ![]() Holmes ![]() ロニ・カルディス ![]() 天央 観智 ![]() リューリ・ハルマ ![]() 柏木 千春 |
凍えそうだ。三匹はやっと本来の目的を思い出し、大陸側に船首を向けた。寝たら死ぬ。というか死ななくても小舟が流されて変な所につく。三匹は声を掛け合って漕いだ。漕いで、漕いで、漕いだ。
気付けば朝だった。いや太陽は既に真上にあって、朝どころか昼過ぎだった。そんな煩わしい青空を、三匹は砂浜に仰向けになって眺めていた。
「行こう」「にゃあ」「にゃあ」
三匹はよろよろと立ち上がり、歩き出した。ぐうとおなかが鳴った。止め処なく涙が溢れた。それでも歩き続けると、前に踏み固められた道のようなものがあることに気付いた。道は左右に伸びている。
右か、左か。この選択如何で生死が決まるかもしれない。三匹はにゃあにゃあ話し合った。ちょっぴり拳でも語り合った。ついでにゴロゴロ転がって身体に土をつけまくって気持ちよくなったりもした。楽しかった。そろそろ帰ろうかなとか思った。もうどっちに行ってもいいかなって気分もあった。
左に進んだ。というか元々の「左」がどっちだったかも分からなかったので、左とか右とか関係なかった。
そうして道なりに進んでようやく辿り着いたのが、この街であった……。
完。
「にゃがすぎるにゃ」
「にゃ?」
「にゃんでもにゃいにゃ」
チビが小首を傾げると、不意におなかが鳴った。
そういえばほとんど何も食べていない。道中は文字通り道草を食ったくらいだ。
それに気付いてしまえば、もはやどうしようもなかった。一刻とて我慢ならぬ。三匹は街に入ると、美味しそうなにおい漂う広場に駆け込んで――土下座した。
「にゃぁ?」
お願いします。ごはんをください。
哀れっぽい声で懇願するが、実入りが少ない。水をペロ飲みしながら串一本を平らげたデブは、勢い込んで立ち上がるや懐に隠していた木の実四つを真上に投げ始めた。一つ二つ三つ四つ。何ごとかと足を止める人。デブは落ちてきたそれをキャッチし、すぐさま上に投げる。掴み、投げる。掴み、投げる。見事な大道芸だ。こんな芸当、なかなかできまい。デブはどや顔で群がり始めた大衆を見た。歓声と拍手が鳴りやまない。
やったぜ。
お手玉をしばらく続けたデブは全てをキャッチし、ちょっと頭を下げた。歓声、大爆発。
おひねりが飛んでくる。チビがそれを回収していると、ノッポが進み出た。
「にゃ、にゃあにゃ」
おひねりは食べ物ゲンブツでどうぞ。
そんなことを言うが、人にはもちろん通じない。三匹が顔を見合わせる。
そうだ、幻術でイメージを伝えればいい。三匹は同時に思い、同時にそれを行使した。
「にゃ……」
これでようやくおなかいっぱい飲み食いできる。
一安心した三匹がおひねりを拾い終え、群衆を見回す。
そこには――波のようなうねりが待っていた。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●猫と女王の夜想曲(10月14日公開)
●リベルタース地方西岸/ベリアル
「っと、自分としたことが……閣下をこのような所でお引止めしてしまいまして! ささ、閣下、こちらへ! 既に天幕を用意してございますので!」
……果たしてこんな部下、いたものだろうか。いた、のだろう。
人材不足もここまできたのだろうかと、ベリアルは秘かに頭が痛くなった。
とはいえ表に出すわけにはいかない。ベリアルは吐き出したいため息を堪え、天幕とやらに案内されていく。
気分を変えるためにも周囲を見ると、遠くに何かの跡があった。
「あれに見えるのはニンゲンどもの野営地の一つであります、閣下。愚かながら小賢しい奴らメェは既にあの地を放棄しておりますが」
「殺し尽くしたかね?」
「申し訳ございませぬ。よほど臆病者だったか、奴らメェは見る間に逃げてしまい、捕捉に失敗いたしました」
「ブシ。まあよい。他に私に言うべきことはあるかね?」
「……先行して広く探索していた部隊がさらに迎撃に遭い、損耗を重ねております」
「愚図メェ!!」
「ひっ」
思わず声を荒げるベリアル。緑髪羊が怯える姿で我に返り、荒く鼻息を噴かせた。
「いいや、仕方ないメェ。ニンゲンどもは私にとって矮小にして蒙昧であるが、それでも私の配下を破る程度の力はあるのだ。構わぬ。末端の損耗など気にせずともよい」
「か、必ずや次は奴らメェを殺し尽くしてみせます!」
「うむ。期待しておる。だが、まあ。今回に限っては矮小なるニンゲンどもは二の次よ……」
まずは花嫁衣装のための毛皮集め。
敵を滅ぼすにも美学がなければならない。その意味において重要なのは敵を追い詰めていく手順。
そして――最後に心を折る演出だ。
●ガンナ・エントラータ/チビ・デブ・ノッポ
「そういえば、君は何かを持たされてなかったかね?」
「んぐんぐんぐ……?」
「あの大きなヒトのようなナニカ……リッチー(ka2378)とか言われていたナニカに」
「……ん」
問うと、デブは部屋の片隅に置かれた荷物を見つめて顎をしゃくる。勝手に見ろと。
ノッポはチビを誘い――いや、チビも夢中でミルクをペロ飲みしていたため、一人で荷物を漁ってみる。さっきの恩人がお土産にくれたゴハンがいっぱい入っていて心躍るが、我慢して謎の紙を手に取る。
そこには丸いものと右矢印と魚の絵が描かれていた。丸い方は、大道芸をした時にヒトが投げてきたものだ。
「ふむ……」
多分に推測が含まれるが、あの丸いものはユグディラ業界における綺麗な貝殻と同じということかもしれない。アレをヒトに渡せばオイシイものがもらえる。
――確かにアレは貝殻に匹敵するものがあった。
ノッポが得心していると、コンコンとノックの音がし、扉が開かれた。入ってきたのはここに連れてきたヒト――つまり天使だ。
いち早くそれを認識したチビが足下に駆け寄っていく。チビは媚びを売るのがうまい。いや天然かもしれないが。デブはまだ食べている。ノッポは天使が今度は何をしに来たのか不思議に思う。
そして近くまでやってきてそっと屈んだ天使は、こう言った。
「我々は君たちの味方だよ。さっきの幻術も含めて事情をどうにか……伝えてくれるかな」
街から島へ/システィーナ・グラハム
各地の騒動――ユグディラ騒動と羊型歪虚騒動の両方だ――の報告を読み、情報を得て、出した結論がそれだった。
羊型歪虚が、ベリアルが動き出しているであろう時に王都を離れるのか。
そんな批判が貴族各家やハンターたちからも出るかもしれない。けれどそれを覚悟してなお、システィーナは自分が行くべきだと思った。現王国の頭脳セドリック・マクファーソン大司教をも食糧盗難問題で苦しめている幻術という力を持つ、ユグディラという種と繋がりを得る。それは王国にとって、引いては人類にとってもプラスになるはずだと信じたからだ。
そう、信じた。彼らの力が人類の助けになり、王国の力が彼らの助けになるはずだと。
それこそが何もできない自分にできる、最も大切なことなのだと、システィーナは思った。
『にゃ』
大型帆船から小舟を出して島に上陸した一行は、こっちだと案内するチビ・デブ・ノッポに従い森を歩く。
島内の森は、鬱蒼として寒々しい場所もあれば、光の粒のような何かが漂う幻想的な場所もあって、とても面白い。システィーナは騎士やハンターたちに護衛してもらいながら、そんな森の様子を見回す。
そうして大自然の中を先導され、辿り着いたのは。
――緑の寝所。
そう表現するに相応しい、頭のくらくらするような空間だった。
●とある古ぼけた紙片より/???
システィーナ・グラハムとその一行がその時、緑の寝所にて何を語らったのかについては後述するとして、ここでは二つだけ簡潔に述べておこう。
一つは、対話した相手がユグディラたちの指導者、あるいは予言者とも呼べる『ユグディラの女王』であったこと。そしてもう一つ、システィーナ・グラハムが会談ののちすぐさま部下及びハンターたちに「音楽祭」を開催するよう要請したことである……。
角笛の素朴な音色が高らかに鳴り響く。屹立した羊たちが一斉にこうべを垂れる。中には恐ろしく巨大なヒツジまでおり、それまでが窮屈そうに腰を折って巨漢――ベリアル(kz0203)に敬意を示していた。 「ブシシ……よい、よい。楽にせい」 ベリアルが鷹揚に頷き、軽く手を挙げてその出迎えに応えると、隊列から進み出た緑髪の羊が敬礼した。 「ようこそおいでくださいました、閣下! 我々一同、閣下のご出陣を心よりお待ち申しておりました!」 「……う、うむ」 「此度は閣下御自らニンゲンどもメェを打擲してやるのだとか!」 「う、うむ……?」 「我々も細やかながら閣下の手足となれますよう、尽力いたす所存!」 「…………」 |
![]() ベリアル |
……果たしてこんな部下、いたものだろうか。いた、のだろう。
人材不足もここまできたのだろうかと、ベリアルは秘かに頭が痛くなった。
とはいえ表に出すわけにはいかない。ベリアルは吐き出したいため息を堪え、天幕とやらに案内されていく。
気分を変えるためにも周囲を見ると、遠くに何かの跡があった。
「あれに見えるのはニンゲンどもの野営地の一つであります、閣下。愚かながら小賢しい奴らメェは既にあの地を放棄しておりますが」
「殺し尽くしたかね?」
「申し訳ございませぬ。よほど臆病者だったか、奴らメェは見る間に逃げてしまい、捕捉に失敗いたしました」
「ブシ。まあよい。他に私に言うべきことはあるかね?」
「……先行して広く探索していた部隊がさらに迎撃に遭い、損耗を重ねております」
「愚図メェ!!」
「ひっ」
思わず声を荒げるベリアル。緑髪羊が怯える姿で我に返り、荒く鼻息を噴かせた。
「いいや、仕方ないメェ。ニンゲンどもは私にとって矮小にして蒙昧であるが、それでも私の配下を破る程度の力はあるのだ。構わぬ。末端の損耗など気にせずともよい」
「か、必ずや次は奴らメェを殺し尽くしてみせます!」
「うむ。期待しておる。だが、まあ。今回に限っては矮小なるニンゲンどもは二の次よ……」
まずは花嫁衣装のための毛皮集め。
敵を滅ぼすにも美学がなければならない。その意味において重要なのは敵を追い詰めていく手順。
そして――最後に心を折る演出だ。
●ガンナ・エントラータ/チビ・デブ・ノッポ
捕獲しにきたヒトは天使だった。 三匹はふかふかのカーペットの上で大量のゴハンを貪りながら、改めて思う。 捕獲しにきたヒトは、紛うことなき天使であった。 「にゃあ……ゴクラクにゃ……」 「うむ、うむ!」 「先ほど助けてくれた方々もまた素晴らしいヒトたちだった」 ノッポが感慨深く思い返す。 街頭で大道芸までしてゴハンを欲した自分たちに、最初に手を差し伸べてくれた彼らのことを。 オイシイものを満腹まで食べられる幸福と、砂漠で葉っぱ一枚分の水をもらった時の幸福は、それぞれ別の味わいがある。どちらがより幸福なのかということではなく、どちらも尊い。いずれまた逢うことがあれば感謝せねばなるまい。……顔も名前もうろ覚えだが。 |
![]() |
「んぐんぐんぐ……?」
「あの大きなヒトのようなナニカ……リッチー(ka2378)とか言われていたナニカに」
「……ん」
問うと、デブは部屋の片隅に置かれた荷物を見つめて顎をしゃくる。勝手に見ろと。
ノッポはチビを誘い――いや、チビも夢中でミルクをペロ飲みしていたため、一人で荷物を漁ってみる。さっきの恩人がお土産にくれたゴハンがいっぱい入っていて心躍るが、我慢して謎の紙を手に取る。
そこには丸いものと右矢印と魚の絵が描かれていた。丸い方は、大道芸をした時にヒトが投げてきたものだ。
「ふむ……」
多分に推測が含まれるが、あの丸いものはユグディラ業界における綺麗な貝殻と同じということかもしれない。アレをヒトに渡せばオイシイものがもらえる。
――確かにアレは貝殻に匹敵するものがあった。
ノッポが得心していると、コンコンとノックの音がし、扉が開かれた。入ってきたのはここに連れてきたヒト――つまり天使だ。
いち早くそれを認識したチビが足下に駆け寄っていく。チビは媚びを売るのがうまい。いや天然かもしれないが。デブはまだ食べている。ノッポは天使が今度は何をしに来たのか不思議に思う。
そして近くまでやってきてそっと屈んだ天使は、こう言った。
「我々は君たちの味方だよ。さっきの幻術も含めて事情をどうにか……伝えてくれるかな」
街から島へ/システィーナ・グラハム
『その島は、なるほどそういえばそこにあった』。 システィーナ・グラハム(kz0020)は王国の海の玄関口ガンナ・エントラータの港で、その島を遠望しながらそう思った。 『そういえば、そんな島がずっとあった気がする』。 王家の人間として、生まれてからこれまである程度の勉強はしてきたつもりだし、実際に『そういえば』そんな島の存在も『知ってはいた』。けれどこうしてユグディラたちの情報をまとめ、この場で島を見てみるまで、その島のことは全く意識しなかったのだ。いや意識できなかったと言ってもいい。 既に街に来るまでの間に報告書は読み、連城 壮介(ka4765)をはじめとした幻術体験者の描いた絵図も見ていた。その時点で気付いてしかるべきだったはずなのに、何故かこの目で確かめるまで島を意識できなかったのだ。 ――認識阻害……の、幻術……というものがあるのでしょうか……? それが、今の今まで島を覆うように展開していた。けれど何らかの理由でそれが解かれた結果、認識できるようになった。 『にゃあぁ!』 「あっ、ごめんなさい、チビさん。それでは行きましょう」 システィーナは足下でスカートをぐいぐい引っ張り急かすチビに促され、大縣帆船に乗り込んだ。 システィーナ自らがユグディラたちのもとへ向かう。 |
![]() システィーナ・グラハム ![]() 連城 壮介 |
各地の騒動――ユグディラ騒動と羊型歪虚騒動の両方だ――の報告を読み、情報を得て、出した結論がそれだった。
羊型歪虚が、ベリアルが動き出しているであろう時に王都を離れるのか。
そんな批判が貴族各家やハンターたちからも出るかもしれない。けれどそれを覚悟してなお、システィーナは自分が行くべきだと思った。現王国の頭脳セドリック・マクファーソン大司教をも食糧盗難問題で苦しめている幻術という力を持つ、ユグディラという種と繋がりを得る。それは王国にとって、引いては人類にとってもプラスになるはずだと信じたからだ。
そう、信じた。彼らの力が人類の助けになり、王国の力が彼らの助けになるはずだと。
それこそが何もできない自分にできる、最も大切なことなのだと、システィーナは思った。
『にゃ』
大型帆船から小舟を出して島に上陸した一行は、こっちだと案内するチビ・デブ・ノッポに従い森を歩く。
島内の森は、鬱蒼として寒々しい場所もあれば、光の粒のような何かが漂う幻想的な場所もあって、とても面白い。システィーナは騎士やハンターたちに護衛してもらいながら、そんな森の様子を見回す。
そうして大自然の中を先導され、辿り着いたのは。
――緑の寝所。
そう表現するに相応しい、頭のくらくらするような空間だった。
●とある古ぼけた紙片より/???
システィーナ・グラハムとその一行がその時、緑の寝所にて何を語らったのかについては後述するとして、ここでは二つだけ簡潔に述べておこう。
一つは、対話した相手がユグディラたちの指導者、あるいは予言者とも呼べる『ユグディラの女王』であったこと。そしてもう一つ、システィーナ・グラハムが会談ののちすぐさま部下及びハンターたちに「音楽祭」を開催するよう要請したことである……。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●猫と羊の交響曲(11月7日公開)
●交流、そして/システィーナ・グラハム
「どうしてあなたは……」
言いよどみ、先を促される。
「この術を受け継いだ……いえ、術を受け継ぐと分かっていながら女王となったのですか……?」
ベッドに力なく横たわる猫は、よどむことなく返す。
《恩があった》《妾の恩》《先々代とグラズヘイムの恩》《二つの恩が》《妾はそれに報いねばならぬ》《されど妾は次の女王を求めぬ》《妾と同じ苦しみを生まぬため》《故に妾は消えたい》《秘術のマテリアルを満たし》《恩を果たす》《そのためならば》《――消えても構わぬ》
「消えるのは、だめです。わたくしはあなたに苦しんで消えてほしくない……っ」
《……》
「そ、そのために音楽祭を開催して少しでも緩和します! そして必ず根本的な解決策を見つけます!」
猫の女王から溢れてくる思考の奔流。頭を押し潰してくるかのようなそれに耐えながらシスティーナが言い――、直後、清冽だった小屋の空気が引き裂かれた。
「ご報告申し上げます! あの羊どもが……ベリアル軍が動いたとのこと!!」
王国にとって最も聞きたくない、そんな伝令の報によって……。
●ガンナ・エントラータ/ウェルズ・クリストフ・マーロウ
「戦闘準備を急げ! 騎士団と聖堂戦士団をあてにしてはならん! 今ここにおる者たちで戦い抜くと、その気概で臨むのだ!」 マーロウは馬上で声をかけながら辺りを見晴るかす。
街の外に集ったのは偶然居合わせた少数の騎士や聖堂戦士、先の偵察後に急ぎ呼び寄せた自分の私兵及び子飼いの貴族の私兵、そしてハンターたち。烏合の衆とまでは言わないが、連携が取れるものか分かったものではない。
が、同時にこの街は篭城して戦うような作りをしていない。故にここは連携不足を承知の上で、先手を取ってミスが積み重なる前に押しに押すしかない。
――シャルシェレット卿は何をやっておる……!
あの胡散臭い領主の姿はここにはない。だからこそマーロウが介入できる余地があったのだが、それにしても分の悪い勝負をしてしまったかと今になって顔を顰めたくなった。
「報告します、大公閣下!」
「うむ」
●ガンナ・エントラータ西方/ベリアル
それもこれもメフィストメェが悪い。奴が死地にさえ行かせなければ愛しい部下は今も……!
ぐつぐつと煮え滾る怒りを押し殺し、ブシシと息を吐く。
仕方がない。今は自分が直接指揮してとにかくあの猫畜生を捕獲する。側近問題はその次だ。
ベリアルは景気づけに呵々大笑する。行軍していた者どもがびくりとこちらを振り向くが、腕を振ってそれを払い、自身もまた前を見据えた。
前方には逃げ惑う猫ども。半包囲するように追い立てることであの毛皮どもを一ヶ所に集め、一気に捕獲する。その後でついでにニンゲンの街でも襲ってみるのもいいだろう。
そんなことを考えていた――その時だった。
前後から大音声が轟くや、いくつもの影が飛び出してきたのは……。
やってしまった。 システィーナ・グラハム(kz0020)は整えられたユグディラたちの寝床のそばに座ったまま、深い悔恨に襲われていた。 ちらと後ろを向くと、小屋の扉の隙間からジャック・J・グリーヴ(ka1305)の自信に満ちた姿が見える。いや、よく見るとエステル・L・V・W(ka0548)に話しかけられてそっぽを向いていた。 二人の姿はとても自然だ。無理がなく、芯が通っている。 システィーナは嘆息しかけて思いとどまった。 やってしまったしそのことに後悔してはいるけれど、言ったことは譲れない。 もっとワガママに。エステルの言葉と押しの強さを思い出して苦笑する。 《妾は問う》《何か、あったのかと》 脳裏に響き、慌てて正面に向き直った。 「あ、いえ……」 《善きことが、あったか》《楽しげに、していた》 楽しげ? むしろ次に顔を合わせた時にどうしようと憂鬱だったのだけれど、とシスティーナは首を傾げる。 そして咄嗟に、 「ぇ、と……あ、多分歌を思い出していたのだと思います。グラハムはハムじゃない?って」 《…………》 よりによってそれが口に出ていた。 気まずい沈黙が小屋を支配する。ユグディラの女王を名乗る彼女が、ふかふかのベッドの上で身じろぎした。日紫喜 嘉雅都(ka4222)やソフィ・アナセン(ka0556)が作ったベッドだ。システィーナはそこに顔を埋めてさっきの言葉をなかったことにしたくなった。 とはいえそんなことはできない。代わりに真面目な話で誤魔化す策に出た。 「じ、女王さまと巡礼陣について改めてお聞きしてもいいでしょうか?」 薄く頷く女王だが、やはりその動きはひどく弱々しい。 システィーナは手早く話をまとめていく。 巡礼陣――ユグディラの長曰く、麦と蜂蜜の秘術。 そこにはかつてのグラズヘイム王国とユグディラの女王との、密約があった。陣にマテリアルを供給するというその密約は、かつての王国と女王にとって――およそ600年ほど昔のことらしい――さほど負担ではなかったのだそうだ。それは歪虚が来襲していなかったからであり、他にも何かがあったのかもしれないけれど、ともあれ「女王という個体」を今のように苛むものではなかった。 けれど歪虚がやって来て、今の女王が巡礼陣――秘術を受け継ぐ頃には、負担が増大しつつあった。そして先の使用により致命的な影響を与えてしまった。 |
![]() システィーナ・グラハム ![]() ジャック・J・グリーヴ ![]() エステル・L・V・W ![]() ソフィ・アナセン |
「どうしてあなたは……」
言いよどみ、先を促される。
「この術を受け継いだ……いえ、術を受け継ぐと分かっていながら女王となったのですか……?」
ベッドに力なく横たわる猫は、よどむことなく返す。
《恩があった》《妾の恩》《先々代とグラズヘイムの恩》《二つの恩が》《妾はそれに報いねばならぬ》《されど妾は次の女王を求めぬ》《妾と同じ苦しみを生まぬため》《故に妾は消えたい》《秘術のマテリアルを満たし》《恩を果たす》《そのためならば》《――消えても構わぬ》
「消えるのは、だめです。わたくしはあなたに苦しんで消えてほしくない……っ」
《……》
「そ、そのために音楽祭を開催して少しでも緩和します! そして必ず根本的な解決策を見つけます!」
猫の女王から溢れてくる思考の奔流。頭を押し潰してくるかのようなそれに耐えながらシスティーナが言い――、直後、清冽だった小屋の空気が引き裂かれた。
「ご報告申し上げます! あの羊どもが……ベリアル軍が動いたとのこと!!」
王国にとって最も聞きたくない、そんな伝令の報によって……。
●ガンナ・エントラータ/ウェルズ・クリストフ・マーロウ
「戦闘準備を急げ! 騎士団と聖堂戦士団をあてにしてはならん! 今ここにおる者たちで戦い抜くと、その気概で臨むのだ!」 マーロウは馬上で声をかけながら辺りを見晴るかす。
街の外に集ったのは偶然居合わせた少数の騎士や聖堂戦士、先の偵察後に急ぎ呼び寄せた自分の私兵及び子飼いの貴族の私兵、そしてハンターたち。烏合の衆とまでは言わないが、連携が取れるものか分かったものではない。
が、同時にこの街は篭城して戦うような作りをしていない。故にここは連携不足を承知の上で、先手を取ってミスが積み重なる前に押しに押すしかない。
――シャルシェレット卿は何をやっておる……!
あの胡散臭い領主の姿はここにはない。だからこそマーロウが介入できる余地があったのだが、それにしても分の悪い勝負をしてしまったかと今になって顔を顰めたくなった。
「報告します、大公閣下!」
「うむ」
「敵は鶴翼のように拡がりながら南下しているようです。おそらくですが海岸線まで南下したのち東――こちらに向かってくるのではないかと」 「……ここに来る、というよりは」 猫畜生どもを追い込むのに海岸とこの街を利用するのだろうと、マーロウは考える。先の偵察で敵本隊を発見していてよかった。 ――あのハンターども……文月 弥勒(ka0300)などといったか……飴でも与えておくか……? が、それも戦闘が終わってからの話だ。今は――、 「諸君! 全軍揃わなくともよい! 小集団ごとに進発しながら隊を整え、交戦予定地にて待機するのだ!」 |
![]() 文月 弥勒 |
●ガンナ・エントラータ西方/ベリアル
ベリアル(kz0203)は後方から自軍を一瞥し、眉を顰めた。 決して悪くはない。悪くはないのだが……。 ――何がいかんのだ……? どうにも以前より見劣りするような気がする。いや練度は上がっているはずだ。負のマテリアル的な成長は流石にないが、連携という面はそこそこ伸びている。にもかかわらず反応が鈍い。これは、 ――前線指揮官の不足、か? 結局は側近の不足に帰結するのだな……。メェ……私のクラベルさえ……クラベルさえおれば……! 「ぬうぅ……私のクラベルぅ……」 |
![]() ベリアル |
ぐつぐつと煮え滾る怒りを押し殺し、ブシシと息を吐く。
仕方がない。今は自分が直接指揮してとにかくあの猫畜生を捕獲する。側近問題はその次だ。
ベリアルは景気づけに呵々大笑する。行軍していた者どもがびくりとこちらを振り向くが、腕を振ってそれを払い、自身もまた前を見据えた。
前方には逃げ惑う猫ども。半包囲するように追い立てることであの毛皮どもを一ヶ所に集め、一気に捕獲する。その後でついでにニンゲンの街でも襲ってみるのもいいだろう。
そんなことを考えていた――その時だった。
前後から大音声が轟くや、いくつもの影が飛び出してきたのは……。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●猫と王国の祝祭曲(11月28日公開)
●とある古ぼけた紙片より/???
それはグラズヘイム王国にとって一つの転換点であった。
王国はベリアル軍に、十年に渡って苦汁を舐めさせられ続けてきた。それほどの敵であった。しかしこの時、王国は初めて正面からベリアル軍を撃退したのだ。奇襲を用いた戦闘を「正面から」と言えるのか、という点に関する議論は専門家諸氏に任せるとして、ともあれ真っ当な戦力同士のぶつかり合いにおいてベリアル軍の撃退に初めて成功したのは確かであった。
ガンナ・エントラータ西方に出陣した彼ら――騎士や聖堂戦士、貴族の私兵、そしてハンターたちの連合軍はその瞬間を、奇妙な沈黙を以て迎えた。
後退していくベリアル軍。何が起きたのか分からぬとばかり、それを呆然と見送る連合軍。
その奇妙な沈黙はしかし、次第にざわめきへと変わっていき、次の瞬間に爆発した。
臓腑すら震わす大歓声が戦場に木霊する。
それは勝利を喜ぶ鬨の声であり、慟哭のようでもあった。あるいはこれまでに光の御許へと還っていった者たちへの弔砲か。
彼らの多くは喉を嗄らさんばかりに狂乱し、残る一部は冷静にそれを受け止めた。そして後者のうちの幾人かは部下や周囲の戦友に声をかけ、次なる行動に着手した。
追撃戦。
あの強大なベリアル軍が敗走している。ならば余勢を駆って敵戦力をさらに漸減させるのだ、と。
追撃戦と、音楽祭。
その二つこそが、のちのグラズヘイム王国を左右することとなったのである……。
●ガンナ・エントラータ/システィーナ・グラハム
と反論しかけ、システィーナは口を噤む。
ここで何を言おうと水掛け論にしかならない。女王もハンターと接して少しは「外の世界」に興味を持ったようだけれど、それでも死にたがることは変わっていない。だったらこちらも行動で示すだけ。
――この音楽祭は根本的解決に至らない……けれど、これで時を稼いでいるうちに……。
強力な正のマテリアルを、継続的に巡礼陣に注ぎ続けられる手段を探す。
鉱物性マテリアルのような燃料を使うことはできない。もし鉱物などの固形マテリアルで補おうとするなら、膨大な量を買い占めなければならないだろう。それは流石に現実的ではない。
「……、いえ。それより女王さま」
《うむ》
「明日より音楽祭が始まります。出歩くのは難しいかもしれませんけれど、ここにも歌や音楽は聴こえてくると思いますので、少しでもお楽しみいただければわたくしも嬉しいです」
《音楽、か》《妾たちもまた音を嗜む》《かつて王国の地にてヒトと交わったが故に》
「そういえば……古い日記にそのような記述があったと、ハンターズソサエティからの報告書にありましたね」
それならマテリアル問題のためだけでなく、ユグディラにも音楽祭そのものを楽しんでもらえるかもしれない。
――ごはんもたくさんあるでしょうし……。
食糧盗難問題を思い出し、システィーナの笑みの中に僅かばかり苦みが混ざる。とはいえ今となっては、盗難問題などユグディラとの協力のための必要経費と割り切ることもできた。
「それでは明日が楽しみですね。きっと素晴らしい音楽を奏でてくれるでしょう」
システィーナが言うと、ユグディラの女王が曖昧に頷き――
これまでずっと静かに控えていたお付きの三匹――チビ、デブ、ノッポのおなかがぐうと鳴った。
翌、正午。
ベリアル軍撃退の一報を聞いたシスティーナは、
「これより第一回音楽祭を開催いたします!」
その喜びを示すように、長々とした挨拶など気持ちよくすっ飛ばして開催を宣言した。
●リベルタース地方西部/ベリアル
「ブシ……ブシシ……何だ……私は何をしておるのだ……ブシシシシ……私は何をしておるのだああああああああああああああああああ」
「閣下、退避を! 奴らメェ、姑息にも奇襲などという小賢しいマネをしてきたのです! ここは一旦退き軍の態勢を……」
「黙れェ!!!! 愚図メェ!!!! わ、私は……私は退避などしておらぬ!」
いつの間にか傍に来ていた緑髪が強引にベリアルの身体を押し、後方へと転進させていく。
――許せぬ。何なのだ。何が……私はまだ何もしておらぬ。これからだったではないか!?
「ええい離せ!!」
「離しません! 閣下、なにとぞ、なにとぞ……!」
「ぬううゥうゥゥゥ!!」
いくら力を込めようと、何故か緑髪を引き剥がせない。緑髪はこんなにも強かったか?
いや、とベリアルは思い直す。こいつが強いのではない。自分の力が、何故か衰えているのだ。
何故? ニンゲンどもに削られたのか? いやまさかそんなはずがあるまい。かつて……七年前に続いて、またしても? 否、断じてあり得ない!
背中の方からは相も変わらず癇に障る歓声が響き続けている。
ベリアルはその四肢を確かめる。問題ない。内奥に凝るぬばたまの黒きマテリアルに意識を向けた。
……マテリアルが、ひどく消耗している。
愚かなるニンゲン如きを相手に?
――意味が、分からぬ……。
ベリアルは呆然として押されるがまま、動き続ける。
そうしてどれほど経ったか。
気付けば見覚えのある草原に来ていた。遠くには海岸線と、その先の自らの本拠。王国のニンゲンがリベルタースなどと呼んでいる地だ。
周りにいたはずの自軍の兵はかなり数を減らしている。緑髪がやや離れた所でその兵たちを統率しているのが見える。おそらく今この場にいるのは先行して……転進したものだけで、今なお後方では遅滞戦闘が行われているのであろう。
追撃を、受けている。その事実から導き出されるのは、間違えようもなく――。
――よもや……私は、負けた……のか?
それを――無意識に避けていたその言葉を思い浮かべた時、胸の奥から何かがどうしようもなく溢れんとしているのを自覚した。煮え滾るそれは嘔吐感すらを伴って全身を蝕み、ベリアルは堪えきれず片膝をついてえずいた。
「ブシ……ブシシシ……ブシシシシシ……」
一通り吐瀉物をまき散らし、次に身体を支配したのは昏く燃え盛る激情だ。
ベリアルは豊かな金の胸毛を振り乱し、全軍に号令を――、
「ブッシシシシシシシシシシ!! 我ぁが本拠よりぃ! 一兵ぇ――残らずぅ!! 呼び寄せぇぇるぅ!! そぉしてぇ……ブシ、ブシシ……全――ッ軍を以てニンゲンメェを叩き潰……ッ!?」
発しかけた、その瞬間。
「おーっと、ちょっと待ってくれないかなぁ、偉大なる黒大公サマ?」
胡散臭い男の声が、背後から聞こえた……。
それはグラズヘイム王国にとって一つの転換点であった。
王国はベリアル軍に、十年に渡って苦汁を舐めさせられ続けてきた。それほどの敵であった。しかしこの時、王国は初めて正面からベリアル軍を撃退したのだ。奇襲を用いた戦闘を「正面から」と言えるのか、という点に関する議論は専門家諸氏に任せるとして、ともあれ真っ当な戦力同士のぶつかり合いにおいてベリアル軍の撃退に初めて成功したのは確かであった。
ガンナ・エントラータ西方に出陣した彼ら――騎士や聖堂戦士、貴族の私兵、そしてハンターたちの連合軍はその瞬間を、奇妙な沈黙を以て迎えた。
後退していくベリアル軍。何が起きたのか分からぬとばかり、それを呆然と見送る連合軍。
その奇妙な沈黙はしかし、次第にざわめきへと変わっていき、次の瞬間に爆発した。
臓腑すら震わす大歓声が戦場に木霊する。
それは勝利を喜ぶ鬨の声であり、慟哭のようでもあった。あるいはこれまでに光の御許へと還っていった者たちへの弔砲か。
彼らの多くは喉を嗄らさんばかりに狂乱し、残る一部は冷静にそれを受け止めた。そして後者のうちの幾人かは部下や周囲の戦友に声をかけ、次なる行動に着手した。
追撃戦。
あの強大なベリアル軍が敗走している。ならば余勢を駆って敵戦力をさらに漸減させるのだ、と。
追撃戦と、音楽祭。
その二つこそが、のちのグラズヘイム王国を左右することとなったのである……。
●ガンナ・エントラータ/システィーナ・グラハム
「女王さま、お身体の調子はいかがでしょうか?」 ガンナ・エントラータ、シャルシェレット邸の客間。 システィーナ・グラハム(kz0020)が尋ねると、寝台に横たわったままのユグディラの長は静かに微笑してみせた。 《大事ない》《寝台がある故》《ヒトの子が整えてくれた、この寝台が》 「ふふっ、わたくしが代わってハンターの皆さまに改めてお礼をしておきますね」 その寝台をいたく気に入っているらしい猫の姿を微笑ましく思い、けれどシスティーナは念を押す。 「ですけれどゆっくりとお休みくださいませ。少しの間ではありましたけれど、船旅は体力を消耗しますから」 《……考慮しよう》《マテリアルを受け渡すまで健やかでなくてはならぬ》 「ですからそれは……」 |
![]() システィーナ・グラハム |
ここで何を言おうと水掛け論にしかならない。女王もハンターと接して少しは「外の世界」に興味を持ったようだけれど、それでも死にたがることは変わっていない。だったらこちらも行動で示すだけ。
――この音楽祭は根本的解決に至らない……けれど、これで時を稼いでいるうちに……。
強力な正のマテリアルを、継続的に巡礼陣に注ぎ続けられる手段を探す。
鉱物性マテリアルのような燃料を使うことはできない。もし鉱物などの固形マテリアルで補おうとするなら、膨大な量を買い占めなければならないだろう。それは流石に現実的ではない。
「……、いえ。それより女王さま」
《うむ》
「明日より音楽祭が始まります。出歩くのは難しいかもしれませんけれど、ここにも歌や音楽は聴こえてくると思いますので、少しでもお楽しみいただければわたくしも嬉しいです」
《音楽、か》《妾たちもまた音を嗜む》《かつて王国の地にてヒトと交わったが故に》
「そういえば……古い日記にそのような記述があったと、ハンターズソサエティからの報告書にありましたね」
それならマテリアル問題のためだけでなく、ユグディラにも音楽祭そのものを楽しんでもらえるかもしれない。
――ごはんもたくさんあるでしょうし……。
食糧盗難問題を思い出し、システィーナの笑みの中に僅かばかり苦みが混ざる。とはいえ今となっては、盗難問題などユグディラとの協力のための必要経費と割り切ることもできた。
「それでは明日が楽しみですね。きっと素晴らしい音楽を奏でてくれるでしょう」
システィーナが言うと、ユグディラの女王が曖昧に頷き――
これまでずっと静かに控えていたお付きの三匹――チビ、デブ、ノッポのおなかがぐうと鳴った。
翌、正午。
ベリアル軍撃退の一報を聞いたシスティーナは、
「これより第一回音楽祭を開催いたします!」
その喜びを示すように、長々とした挨拶など気持ちよくすっ飛ばして開催を宣言した。
●リベルタース地方西部/ベリアル
いったい、今、何をしている? ベリアル(kz0203)には今、目に映る全てのことが信じられなかった。 後退、いや後方に転進している自分。足止めされ、あるいは撃破されゆく軍の者ども。背に突き刺さる、ニンゲンどもの鬨の声。 ――何故、私は奴らメェから距離を取っている? 意味が分からなかった。 何が起きたのか。何が起きているのか。 分からない。分からない、分からない。分からない分からない分からない分からない分からない! |
![]() ベリアル |
「閣下、退避を! 奴らメェ、姑息にも奇襲などという小賢しいマネをしてきたのです! ここは一旦退き軍の態勢を……」
「黙れェ!!!! 愚図メェ!!!! わ、私は……私は退避などしておらぬ!」
いつの間にか傍に来ていた緑髪が強引にベリアルの身体を押し、後方へと転進させていく。
――許せぬ。何なのだ。何が……私はまだ何もしておらぬ。これからだったではないか!?
「ええい離せ!!」
「離しません! 閣下、なにとぞ、なにとぞ……!」
「ぬううゥうゥゥゥ!!」
いくら力を込めようと、何故か緑髪を引き剥がせない。緑髪はこんなにも強かったか?
いや、とベリアルは思い直す。こいつが強いのではない。自分の力が、何故か衰えているのだ。
何故? ニンゲンどもに削られたのか? いやまさかそんなはずがあるまい。かつて……七年前に続いて、またしても? 否、断じてあり得ない!
背中の方からは相も変わらず癇に障る歓声が響き続けている。
ベリアルはその四肢を確かめる。問題ない。内奥に凝るぬばたまの黒きマテリアルに意識を向けた。
……マテリアルが、ひどく消耗している。
愚かなるニンゲン如きを相手に?
――意味が、分からぬ……。
ベリアルは呆然として押されるがまま、動き続ける。
そうしてどれほど経ったか。
気付けば見覚えのある草原に来ていた。遠くには海岸線と、その先の自らの本拠。王国のニンゲンがリベルタースなどと呼んでいる地だ。
周りにいたはずの自軍の兵はかなり数を減らしている。緑髪がやや離れた所でその兵たちを統率しているのが見える。おそらく今この場にいるのは先行して……転進したものだけで、今なお後方では遅滞戦闘が行われているのであろう。
追撃を、受けている。その事実から導き出されるのは、間違えようもなく――。
――よもや……私は、負けた……のか?
それを――無意識に避けていたその言葉を思い浮かべた時、胸の奥から何かがどうしようもなく溢れんとしているのを自覚した。煮え滾るそれは嘔吐感すらを伴って全身を蝕み、ベリアルは堪えきれず片膝をついてえずいた。
「ブシ……ブシシシ……ブシシシシシ……」
一通り吐瀉物をまき散らし、次に身体を支配したのは昏く燃え盛る激情だ。
ベリアルは豊かな金の胸毛を振り乱し、全軍に号令を――、
「ブッシシシシシシシシシシ!! 我ぁが本拠よりぃ! 一兵ぇ――残らずぅ!! 呼び寄せぇぇるぅ!! そぉしてぇ……ブシ、ブシシ……全――ッ軍を以てニンゲンメェを叩き潰……ッ!?」
発しかけた、その瞬間。
「おーっと、ちょっと待ってくれないかなぁ、偉大なる黒大公サマ?」
胡散臭い男の声が、背後から聞こえた……。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)