一日目/未知の世界へ/二日目/東部調査と雑魔迎撃/二日目/二つの世界の邂逅/三日目/出港前夜
●せっかくだからバカンスするぜ
「ヒャッハー! 海だぜ、バカンスだぜーッ!」
赤いかどうかはわからないが、解き放たれたエアロックから差し込む太陽の光。宇宙の戦場から一転し、彼らの前には南の楽園が広がっていた。
速攻でエアロックから飛び出し砂浜に前転しつつ着地すると、デスドクロ・ザ・ブラックホールが奇声を上げて駆け回る。
「わぁいぱらだいす〜♪ 上陸マイ王国〜ぱっぱらぱ〜♪」
更に両手をぐるんぐるん振り回しながら足を高速回転させた原田椅子がそれに続く。二人は一心不乱に砂浜を走っていた。
宇宙から突如見知らぬ海に不時着というこの状況下、サルヴァトーレ・ロッソ内部は混乱の極みにあった。そうでなければ未調査の砂浜に民間人が飛び出す余地などなかっただろう。
真の意味で怖い物知らずな面々が外に飛び出すのを確認し、おずおずとそれに乗じて民間人が砂浜へと降り立っていく。
「うーん、気持ちいい風!」
潮風を受けて身体を伸ばす雫石 唯央。慣れない軍艦、LH044脱出後の陰惨な空気から抜け出た解放感は一際だ。
「俺達、宇宙に居た筈だよな? LH044から命からがら脱出して……なんで南の島にいるんだ?」
首を傾げるリック・ヴァレリー。徒桜 姫子も訳が解らないと言った様子だ。
「あんな事があったばかりなのに……急に南の島だなんて」
「わっけわかんないよな。でもま、冒険のにおいがするぜ。ロマンのにおいだ!」
楽しげに笑うリック。その背後、青ざめた表情で桜井疾風が砂に膝をついている。
「地球……じゃないの、ここ? どこなの……?」
「あの〜、何処に落ちたのかもわかりませんし、出ていくのは止めませんか?」
エアロックから遠巻きに声をかける黒塚れいあ。その声にデスドクロが振り返る。
「ったくこれだからパンピーは……いいか? 聡明なデスドクロ様だから分かるが、ここはアレだ。グンマケンって所だ」
「グンマケン? えっと、でもでも……猛獣とかいるかもしれないですし」
「猛獣くらいいるだろ、グンマケンなんだからよ」
冷や汗を流すれいあ。
いやいやデスドクロよ、群馬県に猛獣はいない。あと海もないぞ。山はあるがな。
「俺はバスケ部でインターハイを目指していただけなのに、どうしてこんな事に……」
「……き、気持ちはわかるよ。色々な事があったもんなぁ」
疾風を慰める那月 蛍人。ガックリ肩を落として船に戻っていく疾風を見送り、改めて島を眺める。
LH044では逃げ惑うだけだった。そんな自分を悔しく思うからこそ、勇んで外に出たのだが……。
「未知の世界! なんて良い響き! なんて素敵な景色なのかしら!」
「これは調査せざるを得ないですー! いざ、未知なる物を探しに出発ー!」
両手を広げて砂浜でくるくる回っているアルビルダ=ティーチ。頬に片手をあて目をキラキラさせているエリアス・トートセシャの二人に囲まれ、蛍人は苦笑を浮かべる。
「……俺、もしかして重く考え過ぎ?」
「あんな事の後ですから……自分に出来る事を探したいって気持ち……当然だと思います」
姫子にフォローされる蛍人の周囲をデスドクロと椅子が走り回る。とても楽しそうだ。
「はわっ、勝手に出ちゃ駄目ですよ〜!? だ、誰か〜! 民間人の人が勝手に外に出ちゃってます〜!」
勝手に解放されたエアロックに気づいたシンシア・ロームの呼びかけで近くにいた軍人たちが集まってくる。
「なんだなんだ!? 騒がしいと思ったら外に出てる人がいるのか!?」
「そうなんです、止めてください〜!」
「俺も外に出たい……じゃなくて、このままバラバラに動かれると危険だ! 俺が責任を持って同行するぜ!」
やってきたロウは状況を確認すると砂浜に走り去った。
「えぇ〜!? ど、どういう事なんですか!? ……あっ、すいません、実は外に出ている人が……」
「うわっ、海だ〜! やっほ〜!」
シンシアの目の前を楽しげに通過するシュテル・クーヘン。シンシアは泣き出しそうな顔でわなわな震え出す。
「ふえぇ……なんで誰も止めてくれないんですか……」
先の戦闘が初陣だった新兵にはどうしたらいいのかわからないカオス。そこへ筒島 晋吾が駆けつける。
「ちょ、ちょっとちょっと!? ダメだよ外に出ちゃ!」
「や、やっと普通の軍人さんが来てくれた……えっと、つつしまさん?」
「つつじまです! シンシアさん、もうここ軍人以外誰も通さないでくださいね!?」
コクコク首を振るシンシア。そこへ悠々とズボンのポケットに手を突っ込んだ牧 渉が歩いてくる。
「出遅れてしまいましたか。これは失態ですね」
「い、一般の方は外に出てはいけません!」
「そうなんですか?」
「そうです!」
「でもホラ、俺は情報屋……いや、ジャーナリストとかそんなのなんで。ある意味一般人じゃないですよ」
「そ、そうなんですか?」
「そうなんです。では俺はこれで」
あまりにも当然のように通行する渉を呆然と見送り、ふと我に返ったシンシアがその後を追う。
「……いや、軍人さんじゃないとみんな駄目なんですってー! 戻ってくださーい!」
「あ。砂浜なんでそんなに走ると転びますよ?」
「もう騙されませ……へぶっ!?」
そんなこんなで、結局相当数の一般人が外に出てしまった。最早少数の軍人では行動を制御できないほどに。
「まー制御する気ない奴もいるけどね! あたしとか!」
「いや、してくださいお願いしますから……」
肩を落とすセレン コウヅキ。シュテルは全く悪びれず舌を出して笑っている。
「この状況下で楽しんでいるのだから、呆れを通り越して感心したものだ……」
子供たちを見守る瀬崎 龍七郎。これだけ見ていると、とても和やかな様子なのだが……。
「何を書いてるの?」
シャツの胸元を仰ぐ青柳 翼の視線の先、砂浜に座り込んだフラヴィ・ボーが僅かに顔を上げる。
「地図を書いてるの。こうしてると気が紛れるから」
「ここ、地球じゃないっぽいしなぁ」
艦内に流れる噂は、こうして実際に目にすると怪しい気もするが。
「それもあるけど……何もしてないと、余計な事考えそうだから」
LH044脱出の際には様々な悲劇があった。翼は頬を掻いた後、持っていた飲み物を黙って差し出す。
「折角だし、その辺見て歩かない? 可愛い野生動物とかいるかもしれないよ」
差し出された手を迷いながら取るフラヴィ。そんな二人の前を通過するのは子供たちを追いかけるシエルだ。
「ああ、いけませんわ……そんなに走ったら! ああっ、そっちは森ですよ!」
「わぁい綺麗な花〜! なにこれ旨そう!」
「ああっ!? いけません、拾い食いなんて……何が落ちているのかわからないのですよ!?」
その辺の木の実を拾って食う椅子に大慌てのシエル。このくらいまでは軍人達も特に慌てていなかったのだが……。
「折角未知の世界にきたのだから、森を探検するわよ! さあ、私についてきなさい!」
大声で仲間を集めるアルビルダ。真っ先にエリアスが挙手する。
「はいはーい! この試験管がサンプルで一杯になるまで帰らないですー!」
「いいですね、探検。俺もお供しますよ。仕入れのチャンスですからね」
渉がひょっこり仲間入り。更に姫子もおずおずと挙手する。
「わ、私も行きます」
「姫子さん、いいの!?」
「ここで何か出来る事……あるかもしれないから」
止めるべきか悩む蛍人をアルビルダがびしりと指差す。
「臆したのなら無理に来る必要はないわ! そこで大人しく待っていなさい!」
「いや、臆したわけではないんだけど……」
「ま、いいじゃん。危なそうだったら引き返せばいいんだしさ。とりあえず行ってみようぜ!」
リックに背中を叩かれる蛍人。元々彼も何かをここで成す為に出てきたのだ。立ち止まる道理もない。
「いや、どんな危険が待ってるかわからないんだって! ちょっとー!」
「しょうがないなあー。一緒についてって守ってやるか!」
「だな。んじゃ、ちょっくら護衛に同行してくるぜ!」
晋吾の肩を叩き走り出すシュテルとロウ。一応軍人が同行すれば少しは安心、だろうか?
「仕方ありませんね……適当なところで引き上げさせますから、ここはお願いします」
セレンを見送るアレックス。そこへ唯央が歩み寄る。
「あの人たち大丈夫なの?」
「あまり大丈夫じゃないですね。これ以上森に入らないでくれるとボクは助かります」
「それなら安心して! あたしは森に入る気ないから。その代わり……」
唯央が取り出したのは大きな弁当箱だった。掲げた弁当箱からひょっこり顔を出し笑顔を作る。
「えへへ……お弁当持ってきちゃった! 一緒に食べよ?」
「何を担いで外に出たかと思ったら、弁当箱でしたか」
そこへ歩み寄るメル・アイザックス。砂浜にビニールシートを敷いて弁当を広げる唯央に二人は顔を見合わせる。
「ここでお弁当食べてる分には危険はないでしょ? よかったらどうぞ!」
「……では、お言葉に甘えて……」
和やかに弁当を食べる三人。メルは青空を見上げながら小さく息を吐いた。
「空はどこでも青いんだね……」
「森に入った人たちに何もなければ良いのですが」
アレックスの心配を余所に探検隊はとても楽しげな雰囲気であった。
「確かに凄い森だけど、もっと神秘的な物はいないのかしら?」
「今の所、地球と大差ないように見えるな。やっぱり地球だったのかな?」
不満げなアルビルダに続き呟く翼。そんな一行の前、ガサゴソ動いた草むらから何かが飛び出してきた。
「……キノコだ」
蛍人の呟き通りそれはキノコだった。が、動いている。唖然とする一行の目の前から逃れるようにどこかへ走り去っていく。
「か、かわいい!?」
「サンプル! サンプル採取ですー!」
「未確認生命体が逃げたわ! 追えーッ!」
瞳を輝かせ翼、エリアス、アルビルダが真っ先に追跡する。
「食え……ないよな。とりあえず、地球じゃないって事はわかったな……」
冷や汗を流す蛍人。ふと、龍七郎は足元を確認する。
「この足跡は先ほどのキノコのものか。だが……こっちはなんだ?」
キノコの足跡とは明らかに違う、何か大型の爬虫類のような足跡が残されている。
「嫌な予感がするな。後を追おう」
キノコが逃げた先、そこには美しい湖が広がっていた。キノコは見失ってしまったのかアルビルダが悔しげな様子で周囲を眺めていた。
「こいつはいい湖じゃねえか! そういえば暫くまともに風呂入ってないな。よし、ちょっくら水浴びでもしてくるか!」
突然服を脱ぎ始める宿木 日々輝。上半身裸になると担いでいたセミアコースティックギターを蛍人に差し出す。
「こいつは俺の大事な相棒だ。俺にもしもの事があった時は、こいつと一緒に逃げてくれよな」
「な、何故俺に……」
「ていうかなんでそんなフラグ建ててるんだ?」
「心配するな。ちゃんと人がいないところで浴びてくるからよ。あんた達を信じてるぜ」
そんな心配はしていない。だが、呆然とする蛍人とリックに背を向けたままサムズアップし、少年は森へ消え去った。
「この湖……おかしいですわ」
声に視線を向ける二人。そこには湖を覗き込むエルウィング・ヴァリエの姿が。
「この湖、透明度が高すぎますわ。それに魚も虫も見当たらない。気づきませんか? この湖に近づいた途端、鳥の鳴き声もしなくなった事に」
言われるまで何とも思わなかったが、確かにここは静かすぎる。不気味と言っていいほどに。
「折角なので、ここの水もサンプルとして採取するのですー」
水面に手を伸ばすエリアス。そこに水中から黒い影が迫っている事に気づき、エルウィングは叫び声をあげるのであった。
●未知との遭遇
「……で、俺達が来た時には既に民間人が森に入った後でした、と」
苦笑を浮かべるクリストファー・マーティン。きちんと準備を整えた先行調査隊が上陸したのは、民間人の流出から随分と時を置いた後であった。
「とりあえず心配だから……シャーリーン、アーシュラ。それと翔と啓介は先に民間人を確保してくれ。俺達は砂浜のデータを採取してから後を追う」
「了解。もう、しょうがないなぁ……行こう、シャーリーン」
「うん、了解さね!」
シャーリーン・クリオール、アーシュラ・クリオール、天駆 翔、赤城啓介の四人が森に入る。
「僕も行こう」
榊 兵庫がクリスに声を掛けた。その手にはコンパスや方位磁針などが詰まった雑嚢があった。
「先行して、地図の作成を行いつつ民間人の保護を行う。慎重に調査を行うためには必要だろう」
「頼むよ」
とクリスは言い、気付く。
「でも、一人で大丈夫か?」
クリスがそう言った途端、先に出発した翔と同じ小隊に属する蘇芳 陽向と和泉 鏡花が進み出る。
まず、陽向が上陸第一陣への怒りからこう叫ぶ。
「……俺だってずっと飛び出して行きたかったのにー! こうなったら、とっ捕まえてジジイの説教5時間コース! ……と、ついでに地図作りだよな?」
「わあっ、楽しみだな。見たことがないものがあるんだよね!?」
一応、ナイフやロープといったサバイバル道具を用意してはいるが目を輝かせている鏡花。
この二人の様子にクリスと兵庫は顔を見合わせるが、他に適当な人員もいない。
「くれぐれも慎重にな」
兵庫はクギをさしつつ、二人を伴って森へと分け入るのだった。
一方、調査班はランチボックスを広げている民間人の傍らで調査を開始する。
「地球によく似ているが、相違点も多いな」
と川上・史郎。
「砂の成分はどうだろうか? ……しかし、トレンチコートは脱いでくるんだったな。まさかこんなに暑いとは」
とキリル・シューキン。
二人は砂浜を観察する。彼らは軍人ではないが、調査班に必要な研究者だ。
「ふぅむ……見た事ない植物じゃのぉ。地球で言う所の亜熱帯地域の植物に似ている事は似ているが」
と林 豊次。
「間違いなく新種ですね。ここが地球ならノーベル賞が幾つ取れるかわかりませんよ」
豊次に小さく笑いかけるキリル。一方、アーヴァスト・アガルトは砂浜に落ちていた果実を拾って食べている。
「あー。隊長、この食べ物結構いけますよ?」
「き、貴様あ! 未開の島に落ちている物を拾って食うなど自殺行為だぞ!? 吐け、吐き出すんだ!」
「も、もう飲み込んじまったよ……うぉおう!?」
ロバート・ガレオンに揺さぶられまくるアーヴァスト。ロバートは拳を震わせながら叫ぶ。
「未調査の島に勝手に出入りするなど死ぬ気か!? 風土病に野生生物! 危険は山ほどある! 何故森に入るのを止めなかったのだ!?」
「入っちゃったもんはしょうがないだろ? 今更騒いだところでどうしようもないって」
ロバートに睨み付けられクリスの後ろに逃げ込むアーヴァスト。
「なんていうか、そのー、みんな仲良くな?」
とクリスが諌める。
「でも……確かにロバートさんの言う通り、拾い食いは控えた方がいいと思いますよ。後でお腹壊したら大変ですから」
苦笑を浮かべるヘザー・S・シトリン。
クラリッサ・V・アイゼンバーグはそんな会話を聞きながらアーヴァストが食べた果実を拾い上げている。
「おい……話を聞いていなかったのか? ヘザーが食うなと言っていただろう」
それをルーファス・J・クラヴィスが咎める
「ただ手に取っただけだ、言われずとも食べんよ。全く、そんな様で保護者気取りとはな」
クラリッサは溜息交じりにルーファスへ返事をしつつ、果実をヘザーに投げ渡す。ルーファスは先の戦闘で左半身を負傷。今も包帯で顔を覆い、腕を固定した痛々しい状態だ。
「お前を放っておいて好き勝手されたら後で私が厄介な事になる。無様と思うなら余計な心配をさせないでくれ」
「ルーファスが心配するような事は起こらんよ。さて、ここがどういった場所なのか少しでも分かれば良いがな」
砂浜を歩くクラリッサを見つめるルーファス。その隣に立ったヘザーは背後で手を組みながら微笑んだ。
「ルーは怪我をしているんですから無理しないで下さいね。何かあればすぐ言ってください」
「あ、ああ。すまない」
一方、周辺の写真を撮っていた足立 真。その視界にひょっこりと何かが飛び込んでくる。それを見て声を上げる真。
「んっ? 何……?」
「お? キノコじゃーん。キノコ……だよなこれ?」
双眼鏡から目を離しキノコに歩み寄るケンジ・ヴィルター。キノコは一定の距離を保ったまま人間たちを見つめている。
「菌糸類のようだが……人型小動物?」
と史郎が考え込む。
「……食えるのか?」
とキリルもそれを見つめる。
二人が近づいてくると怯えた様子でキノコは走り去った。クラリッサと豊次は遠ざかるキノコを見送りながら首を傾げる。
「なんじゃあ、あのちんちくりんは? 茸の妖怪か?」
と豊次。
「未知の生物だな。これは興味深い……捕獲すべきだろうか?」
と。クラリッサ
「おい、この島本当に大丈夫なのか? あんなのがいるんじゃ大気に毒がないとも限らないぜ」
「それはとりあえず大丈夫だ。今観測してみたが、地球の物とほぼ同等らしいから」
クリフ・アークライトの声に情報端末をいじりながら応える真。クリフは肩を竦める。
「一難去って又一難。あんたも大変だな、クリス」
「まったくだよ。労わりついでに手伝ってくれないか? 砂浜にいる民間人はそろそろ戻ってもらった方がいい」
「言われなくてもそう思ってた所だ」
砂浜の民間人を船に戻すのはだいぶ骨が折れた。その作業中、双眼鏡で鳥を見ていたケンジが異変を察知した。森の中から一斉に鳥たちが飛び立ったのだ。
「ん? なんだ?」
「……クリス、救援要請です! 森の中に向かった偵察隊が、未知の生命体と遭遇! 交戦状態に入った模様!」
エスター・ファーガスから無線機を受け取ると同時、ハンドサインで兵達を持ち場につかせるクリス。それから無線に声をかけた。
『こちらマーティン、状況を報告してくれ』
「こちら赤城啓介。トカゲが巨大化したような怪物と交戦中」
「ったく、こんな非常事態に自由を履き違えて……! 民間人は早く森から脱出してください!」
アサルトライフルを構える翔の前、トカゲ……というよりはワニだろうか。ワニを巨大化させたような怪物が二体、のしのしと近づいてくる。
「それ以上近づくな! 近づくようなら撃つ!」
「シャーリーン、それ絶対言葉通じないって! 明らかにモンスター的なものだよ!」
「でも、万が一にも知的生命体だったら……」
狼狽えるシャーリーンへ突進する怪物。アーシュラはシャーリーンを抱えて飛び退くと、二人が先ほどまでいた場所にワニの顎が盛大に空ぶった。
「ほらやっぱり!?」
眉を潜め、倒れた姿勢から上体だけ起こし拳銃を発砲するシャーリーン。効いていないわけではなさそうだが、銃弾数発ではびくともしない。
「ふむ。これはもしかして危険ではないかね?」
と啓介。
「もしかしなくてもそうです! 僕達も逃げますよ! 二人とも立って!」
翔に助け起こされた二人は揃って閃光手榴弾を投げつけた。光に背を押される形で飛び出した四人は大慌てで森を駆け抜ける。
「意外と素早くないですか、あれ!?」
「地球のワニも最大時速60kmほどで走る物がいると言われているね」
「その情報今知りたくなかったです!」
「そして私は疲れたよ」
「それも知りたくなかったですッ!」
啓介に何とも言えない表情を浮かべ、翔は振り返りアサルトライフルを乱射する。一応足止めにはなるが、気休め程度だ。
「翔、こっちだ!」
見ればライフルを携えた陽向が手招きしている。陽向と肩を並べ、二人はライフルでワニを銃撃。一体を停止させる事に成功した。
「おい、なんだありゃ!?」
「もう一体いるから気を付けて!」
と言っている傍から更にワニが出現。四体が接近してくると二人は同時に踵を返した。
「翔っ、おいきみっ、一体って言ったろ!?」
「さっきまで一体だったんだ!」
「しょーくん、ひなくん、助けにきたよ!」
少し遅れて、拳銃を片手に駆け寄る鏡花。彼女は、迷わないよう木の幹に印をつけていたので、陽向より後ろを歩いていたのだ。
だが、二人の少年はそんな鏡花を見ると同時に首を横に振りまくる。
「くるなくるなくるな!」
「えっ? えっ?」
二人は訳も分からず困惑する鏡花の腕を左右で掴み上げ、担いでそのまま走り出す。
「何!? 何が起きてるの!?」
と鏡花
「説明してる暇がねぇっ!」
叫び返す陽向。
「全く……本隊が来るまでは危険は避けたかったのに……!」
兵庫もそう吐き捨てながら退却しつつ、銃で応戦する。
一方、森の外では次々に民間人が飛び出して来ていた。皆何かから逃れるように必死だ。
「あれが森に入った民間人か……ってなんでパンツ一丁の奴がいるんだー?」
双眼鏡を覗き込み冷や汗を流すケンジ。エスターはちょっと照れながら目を逸らした。
「キリル達は下がってろ! 戦える者は協力してくれ! 怪物が出てきたら一斉攻撃で黙らせる!」
クリスの指示に従い布陣を整える兵士たち。そこへシャーリーン、アーシュラ、そして啓介が順番に飛び出してくる。
「怪我はないか!?」
「なんとか! でもまだ逃げてる人がいるよ!」
砂浜を滑るように停止しロバートの声に応じるアーシュラ。その指差す方向から鏡花を担いだ二人の少年と兵庫が飛び出してくる。
「……森の中で何が起きてるんだー?」
「何か楽しそうだな」
もうわけがわからないケンジ。笑うクリスの元へ少年たちと兵庫がなだれ込むとほぼ同時に森からワニがぞろぞろと走ってくる。
「あれか……! 合図と共に一斉射撃! よく引き付けろ!」
「ルーファス、そんな状態で無理をするな!」
左腕を負傷しているというのに銃を手に攻撃に参加しようとするルーファス。心配そうに声をかけるクラリッサだが、駆けつけたヘザーがルーファスの隣に立ち、彼を支えるように銃に手を添えた。
「今は、あたしが左腕で我慢してください。これで大丈夫でしょう、クラリッサ?」
「ヘザー……すまない」
「やれやれ……幼馴染に感謝しろよ、相棒? 来るぞ、構えろ!」
一斉に銃を構え、照準を合わせる兵士たち。そしてクリスが合図すると同時、無数の銃口が火を噴いた。
生半可な銃撃では止まらなかった怪物だが、包囲状態からの一斉放火には堪らず悲鳴を上げた。血まみれになり次々に転倒するワニ達。その動きが完全に停止した事を確認するとクリスの合図で全員が銃口を上げた。
「……ふうっ。穏やかじゃねぇな、こいつは」
ライフルを降ろして溜息を零すクリフ。その隣でエスターは砂浜にへたりこんでいる。
「なんだ? どうした?」
「……すみません。その……私は現在、客観的に腰が抜けた状態にあると推察されます。申し訳ありませんが、手を貸していただけますか?」
「オペレーターだもんなぁ、仕方ないさ。クリフ、警戒を続けてくれ。俺はちょっとエスターを船の近くに運んでくるよ」
「ほんと、あんたも大変だな……」
肩を竦めるクリフ。エスターは顔を真っ赤にしながらクリスにおぶられて行った。
「いやこれは……凄い特ダネを……入手してしまいました」
肩で息をする渉
「死ぬかと思った……マジで死ぬかと思った……」
とリック。
「結局、また何もできませんでした……」
姫子は汗だくでしょんぼりしている。
「いや、あれを何とかするのは俺達には無理だから……頑張ろうって気持ちが大事だと思うよ」
汗を拭きながら慰める蛍人。と、エリアスは懲りずにワニの死体に飛びついている。死骸がありえないほど速やかに崩れていくのは、ここが異世界故だろうか。
「これは凄いサンプルですよー!」
「ふふふ……懲りませんわね」
乱れた髪を直しながら笑うエルウィング。蛍人は苦笑を浮かべ、ギターを返す相手を探すのであった。
「ふぅむ……? ワニ……かのう? いや、トカゲか……?」
怪物の姿を思い出しながら呟く豊次。既に死体は原型をとどめていなかった。
「どちらにせよ、真っ当な地球上生物とは一線を画す存在のようですね」
キリルも観察しながら呟く。
史郎は深々と溜息を一つ。
「……なんにせよ、ここはただの南の島ではないという事だ。忙しくなるぞ……これからな」
こうして怒涛の一日目が幕を下ろした。奇しくも外に出てしまった民間人がいたからこそ、危険生物の存在に気づく事が出来たのだ。
危険生物の存在、そしてここが地球ではないらしいという事実。それは少なからずサルヴァトーレ・ロッソに衝撃を齎す事になった。そして……。
執筆:神宮寺飛鳥/監修:稲田和夫/文責:フロンティアワークス
一日目/未知の世界へ/二日目/東部調査と雑魔迎撃/二日目/二つの世界の邂逅/三日目/出港前夜
●沼沢地調査
島の東部は、何故か空は薄暗く、黒っぽい陽炎のような物が立ち上り、物が腐り落ちたような異臭の漂う濁った沼沢地が広がっていた。
生き物の気配はほぼなく、植物もおかしな形をしている物や、枯れ木となっている物ばかりである。
「なんなのかね、ここは?」
鼻をつく異臭に顔をしかめながら、調査隊の外周で警戒に当たっていたアニタ・カーマインは浅く足の沈む水場へと歩を進めていった。
アニタと同様に外周で警護に当たる軍人達も異様な空気に緊張を強いられながらも先へ進む。
そこへ――突如、巨大な骨の首が沼の奥で空へと持ち上がったと思うと、同時に大量の化け物が現れた。
「ヴォイド!? ……いや、何だこれは!?」
東條の眼前に迫りくるのは、奇怪な変異を起こした両生類やスライム状の液体生物達。
「な、何だこいつら!? 恐竜の死体?」
驚く近衛 惣助の視線の先、化け物共の奥に一際大きなブラキオサウルス――雷竜の動く死体が垣間見えた。
首から上を白骨化させた雷竜が空に向かって、嘶くかのように頭を持ち上げると同時に沼地から現れた化け物共が獲物――調査隊に向かって動き出す。
「……来るぞ!」
「クソったれ!! ヴォイドの次は一体なんだっていうんだ!」
惣助の叫びに合わせ、クラーク・バレンスタインが木の陰に隠れながら、怒声と共にアサルトライフルを化け物共に向けて乱射する。
銃弾を受けたスライムは身体の一部が吹き飛ぶが、痛みを感じていないように平然と進んでくる。
「なんなんだ、こいつらは!」
異常な化け物の群れにリアム・オルコットは銃弾を撒き散らしながら、本隊に異常を知らせるため、無線機を手に取った。
「この銃声、バレンスタインさんとオルコットさんの持ってた銃の音ッスね」
調査隊の本隊にも届いた銃声にテリー・ヴェランダルが気づく。同時に、引率のアニタに、そのリアムから異常を知らせる連絡が入る。
近くで話を聞いていたアルス・カナフィーが素早く猿の様に、手近な木の上へと駆け登った。
周囲を見渡して、アルスは息を飲む。
「ぬ、沼地が化け物に埋め尽くされてるッス!」
声に驚きを混ぜながら、アルスが叫んだ。
その言葉を皆が理解するより先に調査隊本体の周囲を取り囲むように一斉に化け物達が姿を現す。
「民間人は下がり身を守れ。無闇に発砲するでないぞ」
ノルディン・ガラが後ろに控えた民間人へと警告し、手斧を構えて民間人の前に出る。
「……一時撤退だ。民間人の逃げる時間を稼ぐぞ。軍人が殿を務めて弾幕を張り、その間に民間人を後退させる」
君島 防人の声を受け、即座に反応したウイリアム・ジョンソン、ビリー・スミス、ケイン・ハルトマンの三人が前に出て弾幕を張る。
荒れ狂う鉄の嵐は枯れた木々を薙ぎ倒しながら化け物達を撃ち抜き、僅かにその足を止める。
軍人が盾となりながら、調査隊の本隊は撤退を始めた。
「ほーらほら、こっちに寄ってくるなよ!」
持っていた日用品を利用して、テンシ・アガートは、松明を作成して緊急事態を告げる狼煙としていた。
同時に、手持ちの銃で空中から接近する鳥のような雑魔を牽制する。
「あぁ……なんで俺はこんなめに……」
軍人のラッセル・バーバンクは腰を抜かしていた。震える手は襲い来る大型の鳥へと銃の引き金を引くことすら出来ない。
その横合いから、民間人の少女の手が伸びた。
「私だって戦える! ……生き残る為に! だから、コレがいるの!」
ラッセルの手から銃を奪い取り、シェリル・マイヤーズも鳥へと向けて撃つ。
「す、すまない。……あぁ、なんで俺はこんな女の子に助けられて何もできずに……」
目に涙すら浮かべる軍人の情けない声に、シェリルが一瞬気を取られたところへ、銃から逃げるように旋回していた鳥が急降下して襲い掛かる。
「だめっ」
南条 日向がシェリルを庇うように飛び出した。急降下した鳥の嘴がシェリルを庇った日向の腹部に突き立つ。
「このっ!」
シェリルが怒りの声を上げながら、鳥に銃を連射した。
「大丈夫ですか!?」
椿姫・T・ノーチェが目前の人の子供ほどはありそうなカエルをナイフで斬り払いながら、向かってくる別のカエルへと蹴り飛ばす。
開く間合いに生まれる余裕、椿姫は怪我をした日向に駆け寄った。
「……今度は……失わずにすんだのね……」
無傷だったシェリルの姿に微笑み、腹部から血を流して意識を失う日向。慌てて椿姫は止血を行う。
「くっ、こんな所で死なせはしません」
意識を失った日向を抱き上げ、急いで後退していく。
「おじさんも立って!」
「あ、ああ……」
腰を抜かしたラッセルをシェリルが強制的に立たせる。シェリルは弾の切れた銃器をまた襲い来ていた鳥へと投げつけると、ラッセルと共に後退していく。
「くっ――!」
水と草に隠れながらいつの間にか忍び寄ったスライムがアニタの足に纏わりつく。振り払おうとした一瞬の隙に、前からカエルが跳び掛かってくる。
「アニタさん大丈夫っすか!」
無限 馨が弾丸をばら撒き、アニタに飛び掛かろうとしたカエルを蜂の巣にする。眼前の脅威がなくなった隙に、アニタはスライムを振り解き、遠くへと蹴り飛ばす。
「大丈夫、それより――」
アニタが馨に銃を向けて撃つ。弾は馨の頬を掠めて、後ろから飛び掛かって来ていたカエルを撃ち抜いた。
「あんたも気をつけなよ」
「は、はいっす」
弾が頬を掠めたことにちょっとだけ冷や汗を流しながら、馨はアニタに助けられたことで彼女をますます崇拝しようと心に決めた。
カエルにスライム、いくら倒してもいくら倒しても、敵は隙間なく襲って来る。
調査隊の本隊に合流したアニタ達は、倒しても減らない敵を相手に、僅かずつ森へ向けて後退していた。
「どこまでも湧いてきやがる、クソッタレ!」
いつまでも終わらない戦闘で、頭に血の昇ったシュウヤ・ツキオリは苛立ちをぶつけるように目の前に迫ったカエルを斬る。
「出過ぎだ、少し下がれ」
ハルヒサ・ヤクノがシュウヤの頭を冷やすように言葉をかける。
「けどよ、このままじゃ――」
「分かっている……予備弾倉は残り一つか。節約せねばな」
シュウヤの背後から飛び掛かろうとしていたカエルに弾を撃ち込み、ラックの弾倉を確認する。
遭遇からここまでの距離とここから森までの距離。このままでは、森に逃げ込むまでも持つかどうか。
「チュートリアルにしてはちょっと戦闘ハードじゃない?!」
八剣 伝がカエルに湿原の岩と挟むようにして拳を叩き込み、その腹部を潰す。
「ハァッ!!」
林海 モニカが正拳突きでスライムを殴る。が、にゅるんとその衝撃を逃がして、スライムはモニカの腕から纏わりつこうとする。
「まともに戦える相手じゃなさそうですねぇー!?」
腕をぶんぶんと思い切り振り回してスライムを振り払うと、一時撤退する。
撤退の中、尽きつつある弾薬。アニタ達の防衛網を抜けて、調査隊本体に接敵を許し始めている。
「SFの次はファンタジーが相手とはな」
無防備な人々を逃がすためには、軍人だけでは手が足りていない。剣術の心得のある月村 恭也が剣でスライムを斬るが、斬れた先から小さく分裂しただけのように活動を再開する。
「厄介な」
「これで最後……と」
レイフェン=ランパードが最後の予備弾倉に詰め替えるため、前線から一歩退く。その時味方の一人が叫んだ。
「!? 後ろからまた何か来るッス!」
戦場全体を見渡すために未だ樹上にいたアルスだ。
退路が塞がれた可能性が頭を過り、調査隊に一瞬緊張が走る。
レイフェンが前線の敵に向けていた視線を後方へと向けると調査隊が撤退する先、森の中からアルスの言う何かが幾つも沼沢地へと出てくるのが見えた。
「……なんか人間っぽいのが来たね。まだ中身はわからないけど」
観察するように細めた視線の先、レイフェンの目に映ったその何か達は、エルフやドワーフを交え、ファンタジーの中の冒険者のような姿をしていた。
●援軍
時刻は僅かに遡る。
調査隊が沼沢地に突入した頃、サルヴァトーレ・ロッソが漂着した孤島へと先行してハンター達を乗せた高速船が到着した。
孤島へと降り立ったハンター達は、幾人かの転移者たちの証言の下、漂着した鉄の船がサルヴァトーレ・ロッソと呼ばれるリアルブルーの船であることを確認する。
この島の危険性を伝える為、ハンター達が船へと向かおうとした時、グランツ・アイアンハートが異変に気付いた。
「ラキの嬢ちゃん、あれはちぃと拙いぜ!」
グランツに肩を叩かれ、ラキがグランツの指し示す方向へと振り向く。
「うわ、歪虚のいる方から煙が上がってる!?」
ラキの上げた素っ頓狂な声に反応して、ハンター達は一斉に島東部の空を仰ぎ見た。
「偵察だけの楽な仕事って聞いてたんだけど、それじゃ済まないみたいねえ?」
面倒なことに巻き込まれる予想にエリス・エアエッジは、肩をすくめる。
ハンターたちは、昇る煙から東部に人が踏み込んでしまったと考え、船へ向かう組と煙の下へ向かう組とに分かれ行動することとした。
時は先程に戻り、森へと撤退していく調査隊の面々の正面にハンター達は出くわす。
「よかった。間に合ったね」
戦闘の状況を見取り、エルフのイズ=クロンシュタットがふわりと微笑む。
「――ようこそ、クリムゾンウェストへ! 歓迎するぜ? お客人……!!」
とナハティガル・ハーレイ。
「まずはご挨拶代わりだ」
とウイ。
ナハティガルウイが放った矢が雨の様に正面敵の後方へと、敵を前と後ろに分断するように降り注ぐ。
「早く終わらせて帰ろう」
とジーク・ストレイド
「ですねっ」
ジークが更なる攻撃のため弓を引き絞り、放つ。本能的に降りかかる矢を嫌がり群れから雑魔に容赦なくジークの矢が突き刺さる。
続いて、ブランが短刀を抜き前線へ。
「見たことない服の人達が沢山いるね」
好奇心も露わに目を丸くするのは、鉤爪を装備したアイラ=カルセドニー。
「ねぇ、きみたちは何者? リアルブルーの人?」
アイラの姉で短剣を装備したカリラ=カルセドニーも不思議そうな様子。
「んふふー、あたし達も混ぜてー」
三女で斧を装備したシアラ=カルセドニーが笑う。三姉妹は調査隊の脇をすり抜けながら、おどけた言葉を交わす
彼女らも弓矢にて攻撃する調査隊の味方であることは明白であった。
だが、先程の少女ではないが、逆に何者なのかと問い返したくなる状況に、軍人は目を白黒させていた。
そんな軍人の肩に手を置かれる。
「俺達か? 俺達はハンターだ。あいつらの敵さ」
芝居がかった調子で軍人の疑問にロバート・ウィンダムが答えた。
「おたくらとは、できれば味方同士である事を願いたいね。ま、詳しい話はあいつらを片付けてからだ」
ロバートが話をしている間にも、他のハンター達は、一直線に歪虚達へと向かっていく。
「ウェーイ!」
勢いをつけてドミノ・ウィルが跳び蹴りをカエルの歪虚にかます。
「跳び蹴りしたら掛け声が変になっちまった……どこの誰だか知らんけど、大丈夫か?」
ふっ飛んでいくカエルを見ながら、対峙していた軍人に声をかけるドミノ。軍人たちはアフロ頭の小さな女性の登場に、何が起こったのか分からないまま、ああ、と頷く。
「ようこそ新たな舞台へ、同郷の者たち。と、言っておこうかぁ」
とリアルブルー出身のハンターであるヒースが挨拶。
「おーおー、勇敢なヒトらやねぇ……護ったるさかいに、はよ後ろに下がりぃ?」
こう軍人たちに挨拶したベノンも、ヒースと共に前線を構築する軍人達の前に出る。
ベノンが軍人を後ろに下がらせるようにする間、ヒースが押し寄せるカエルの一匹に接近していく。
舌を鞭のように使ってくるカエルに対し、ヒースがその複雑な動きを避けながら、その舌を斬り落としてしまう。
カエルが短くなってしまった自分の舌に僅かな動揺を示す。ヒースはすかさずカエルの脳天へ一撃を加え真っ二つに斬り裂いた。
「ここは私達に任せて下がってくださいねっ」
軍人達から引き離されたカエル達にブランがナイフを投げて動きを止める。その眉間を後方から飛んできた矢が貫く。ジークの狙撃だ。
「まかせてください、です!」
ルーキフェル・ハーツが跳びかかってくるカエルの足を斬り払いながら、軍人達の前に出る。
「ここはまかせろなのー」
ルーキフェルに足を斬られ、転げ回るカエルにウェスペル・ハーツが止めの魔術を撃ち込む。
「このっ!」
セラ・グレンフェルがルーキフェルの背を守るように槍を振り回して前に出る。
「セラ!」
セラの槍の振り回しを偶然伏せて回避してセラの内側に入り込んだ一匹をディッシュが短剣で薙ぎ払った。
セラは払われて飛んだカエルに飛びかかり、息の根を止める。
「ディッシュ、ありがとう。けど、深追いはダメよ、怪我しちゃうから!」
「ああ、解ってる!」
ルーキフェル、ウェスペル、ディッシュとセラは連携しながら、その場所を雑魔たちが突破するのを阻止するのだった。
「ぬおおお! 怪我をした者はそこか!」
ギルティが魔導機械を乱射しながら敵の中に飛び込んでいく。ギルティに続いて相棒のハヤテもまた敵の中に飛び込む。
「ギルティ、少しの間頼む!」
注意をギルティが引いている間に、ハヤテが盾を構えつつ怪我で倒れている者の回復を行っていく。
本隊の撤退に対して護衛に当たり、引き換えになるように倒れた者を回収する様に、ギルティとハヤテは動いていた。
「こっち、こっち。良い子は、こっちにおいで〜」
リョースアールヴァルが安全な方向を手で指し示す。
「早くこっちに。大丈夫、助けるから」
アメリア・デイランダールもリョースアールヴァルと一緒に、森へと調査隊の本隊が退避していくのを誘導する。彼女は声をかけて安心させながら周囲の様子を伺う。前線は維持されているが、雑魔は左右に分かれて取り囲むように後方へと回ってきている。
「クレド兄さん、左手前方に仕留めそこなったカエルモドキが入り込んで来ています。ウィンス兄さん、右手上方からトリモドキがこちらを伺ってます。迎撃願います」
努めて冷静に、兄のクレド・デイランダールとウィンス・ディランダールに指示を出す。
「ああ、認識してるよアメリア。来たまえ、カエルモドキ」
クレドが応じる。
「上等だ。護りきって謝礼金がっぽりいただくぜ」
クレドがカエルモドキを迎え撃つと同時に、急降下してきたトリモドキをウィンスが槍の一撃にて叩き落とす。
「数と種類が思ったよりも多いな」
ハーヴェルトランスが周囲にて護衛を務める人の回復を行いながら、リョースアールヴァルの傍により声をかける。
「ヴァル。お前も、無理はするなよ」
「はいはい。ハーヴィもね……あんまり長引くと流石にきつい、かな?」
軽口で返しながらヴァルの前に出て、トカゲモドキを一匹屠った。
森と沼の境界線でも、撤退してきた民間人をより安全な場所へと逃がすため、ハンターたちが活躍していた。
「危ない、下がって」
草に隠れて民間人へ襲い掛かろうとしていたトカゲモドキに、アンセルがスリングでの一撃を加える。
「後ろに、早く」
注意を惹きつけた一瞬を無駄にせず、アンセルは民間人とトカゲモドキの間に割り込む。
「はやく退避しなさい!」
驚きに立ち竦んでしまったその民間人にエルムが檄を飛ばす。
アンセルに加勢しながら、こんなところまで歪虚が前進してきているの、と内心に焦りを見せた。
「怪我が深いですね……ですが、安全な場所まではこれで持たせることができるでしょう……」
ここまで逃げてきた怪我人にアティエイルが手持ちの薬草を使う。
重傷ではあったが、薬草による治療で怪我人の呼吸がやや落ち着いた。
ここでの治療はこれが限度。森の中までも歪虚たちは追いかけて来ている。治療に専念できるほどの時間も場所もない。
「わたた、木にも雑魔が」
木に登り情報を得ようとしたランカは、その木に潜んでいた花に似た歪虚に慌てて手にした短刀を突き刺す。
「よし。これで大丈夫っ」
ランカはするすると木の上まで登ると、そこから周りの状況を確認し始める。
退路には、歪虚が集まりつつあった。調査隊に怪我人などが出たため、撤退に時間がかかっているのが原因である。
その情報はすぐにハンター達にも伝えられる。
「しゃあない。陽動に出るかねぇ? ハクレインちゃんいける〜?」
ヴェポラブがスライムを上手に蹴り飛ばしながら、相方のハクレインに声をかける。
「私だってやれます! 援護は任せてくださいよぉ!」
ハクレインはそう言いながら、上空を旋回していたトリモドキに一射。即座に矢を番えて、トリモドキに二射目を加えて撃ち落す。
「よーし、それじゃ頼むわ」
ウェポラブがにこにこしながら、集まりつつある歪虚の群れの端へ向かう。
「おいおい、無茶しすぎだろうに」
東 宮司がウェポラブとハクレインを見ながら肩を竦める。だが、それをしなければ、まだ退避中の女性達を守ることが難しくなる。
そうと決めたら、事は簡単だ。相方の小坂井 暁に声をかける。
「とりあえず、手伝うぞ、暁」
「おう、分かったぜ、宮司!」
ウェポラブとは別方向に陽動として飛び出す暁。それに続く宮司。
「おらおらぁ!俺を無視するたぁ、100万年早ぇんだよ!!」
暁が囮となり、宮司が歪虚たちを倒していく。
まだしばらくの間、歪虚の攻勢を堪える事はできそうだった。
●大型雑魔迎撃
雑魔達の攻勢に、ハンター達が援軍として立ちはだかった為、状況は一転していた。
民間人の多くはヴォイドの勢力圏外まで逃げ切っている。
だが、数を減らした雑魔の中でも一際大きな雑魔――雷竜は、未だ戦意高くに、執拗に調査隊を追いかけようとしてきていた。
小型の雑魔を相手取るハンターや軍人の中から、いち早くその動きに気付いた者達がまとまり、これに抗するため集まる。
「これは大物だにゃ?」
ヴァネッサ・フィム・フェリーナが少し見上げるようにして、雷竜を見る。
リアルブルー、クリムゾンウェスト関係なく集まった集団が、攻勢に移るタイミングを計る中こんな会話が聞こえた。
「もしかして、グリ子ですか?」
【B小隊】の軍人である島村七季が大型雑魔への対応に集まったハンター達の中に懐かしい友人の顔を見つけた。
「うわ、久しぶり!」
七季らより先にこの世界に転移しハンターとなっていた森長緑子――通称グリ子は、懐かしいリアルブルーでの同期との再会に喜びの笑みを浮かべる。
「ってそんなことも言ってられないんだよね、来るよ」
交わした視線を前方にやれば、雷竜が地響きを鳴らしながら泥を跳ね上げて、突撃してくるところだった。
「僕らハンターが斬り込むから、銃器で援護して、背中は任せた!」
「了解。再会を祝うのは後にしましょう。B小隊各員へ、私達は彼らへの支援射撃に徹します」
島村からの指示にB小隊の面々は、緑子の背を見送りながら、支援射撃のために陣形を整える。
「銀ちゃんに任せとけ! 支援射撃で倒しても良いんだロ!?」
高良沢 銀次が大型機関銃を腰だめに構えて、緑子の行く手を遮らないよう、雷竜の注意を引くように早速弾幕を張り始めた。
雷竜が怯んだのを見るや、すかさず大々 大が軍刀を鞘から抜き放つ。その意図は明白であり、彼女に続くように軍人やハンターたちの内、刃物を得意とする者たちが一斉に突撃した。
次々と向かって来るハンターに脅威を感じたのか、雷竜は一度大きく首を仰け反らせ、接近戦を挑むハンター達に毒のブレスを吐いた。
直撃を浴びる直前でハンター達は、足を止める。
「チッ! もう一度来るよ!!」
雷竜が再度首を仰け反らせたのを見て、神室・現が警告の声を上げる。
現の言葉通り、雷竜はハンター達が足を止めたのを見て有効な手段と考えたのか、連続してブレスを吐き続ける。
「毒のブレスなどと――私の炎で燃やし尽くす!」
エリザベート・二ベルが再度前衛に迫る雷竜のブレスに対抗するように火の精霊魔法を放つ。
エリザベートの放った炎はブレスと拮抗し、僅かな――ほんの僅かな時間を作り出す。
それは前衛のハンター達が雷竜の懐へと飛び込むのに十分な時間。
手に持つ武器が剣や槍、斧などのハンター達は、巨大な雷竜に対し肉薄するように身を躍らせていく。
軍人達による遠距離攻撃と、ハンター達の近距離攻撃で徐々に雷竜に傷を負わせる。
「そーれい!」
棚畑 千束が即席で作ったボーラを雷竜に投げつける。何個かは失敗するも、前足に上手く絡みつかせることに成功する。
「掛かった! 皆、首と前足を――って、うぇぇぇ!?」
千束が驚きに声を上げる。
雷竜は足を引っ掛けるように絡められたロープを力で強引に突破すると投げた千束を追うようにして迫って来たのだ。
「おっとと、危ないのにゃ?」
足止めにヴァネッサが雷竜の足を何度も切り裂いていく。
他のハンター達も協力して止めようとするが、雷竜の腐った肉は痛みを感じないらしくいくら傷をつけても押し止めることができない。
「チッ、なんだあの骨っころは? 無駄にでかくて鈍すぎじゃん」
エリーナ・フルレインが舌打ち交じりに援護射撃を継続する。
巻き込まれかけた千束は慌てて退避する。雷竜が咢を開き、千束に向けて毒のブレスを吐きかけようとした時、銃弾が雷竜の背に着弾。雷竜はそちらに気を取られブレスを中断。
「久々に使うが、感覚は忘れちゃいないな」
転移者のハンター、ジョナサン・マクドネルが銃の感触を懐かしみながら、もう一度撃つ。彼は近くにいた軍人から予備の小銃を借りて使用していたのである。
慣れた銃火器に精霊の加護を付加して連続で狙撃を加える間に、千束が退避する。
「全く何度斬っても効いている感じがしませんねぇ。ですが、それでこそ斬りがいがあるってもんです」
ディアン・ジョーカーが歪んだ笑みを浮かべて、大鎌でさらに斬撃を加えていく。
「ならば、ただ斬るのではなく、肉を削ぎ落せばいい」
雷竜の足の関節部の骨を露わにするようにして、レイン・ヴェルトールが剣を振るう。
一撃一撃は微々たる量を削ぎ落すだけだったが、掌に汗の滲むほど斬撃を続けてようやくそこに白い骨が見えた。
「よっしゃ! これならいけるか!?」
その結果を見て、クルト・ハイネスが無線を繋ぐ。
『ミーシェ、こいつの右前脚に穴掘ってやったぜ! どうだ!?』
「ボクの方でも確認できたよ!」
クルトからの無線による連絡。後方に控えたミシェル・プランタジネットもそれを確認する。そして、その情報は隣に控えた【B小隊】のビショップ・ワイズマンにも伝達された。
「ガスマスクが効かないのには閉口しましたが……」
ため息をつくワイズマン。彼のB小隊の面々は万が一に備えガスマスクを用意して来ていた。
しかし、歪虚の使用するそれは、地球における通常の毒ガスとは作用の原理が異なるらしく、ほとんど効果が無かったのだ。それでもビショップは気を取り直して叫ぶ。
「しかし、ここがチャンスです。小隊各員! 脚部の損傷を確認、集中射撃を具申します。出来ますね?」
マスクが役に立たなかった痛手から立ち直り、即座に判断を下したビショップから、無線を通してリアルブルーの軍人達へ提案がもたらされる。
損傷個所へと集中する射撃に雷竜が体勢を崩していく。
体勢を崩し、倒れ込む雷竜に猛攻を加えるべく一部の軍人たちが重火器を構えた。
「一発しかないので、外せませんねえ」
とパンツァーファウストを取り出すパメラ・マクファーソン。
「拙者のとっておきでござるよ」
もんじゃ焼乃丞はそう言いながらグレネードランチャーを構える。
「へへっ、俺の一発をぶちかましてやるぜ」
ルイス・バーネットもロケットランチャーを担いだ。
そして、起き上がろうとする雷竜に対し、縫いとめるように矢弾が降り注ぎ、ハンター達が一時退避する。
爆発の有効範囲からハンター達が退避を終えたところを見計らい、斉射の指示が下る。
「ファイアッ!」
パメラの声と共に、幾つもの弾が雷竜に向かって飛んでいく。
「喰らいやがれ化物!」
ルイスのその言葉と同時に弾は連続で着弾し、爆発を連鎖させていく。連鎖する爆発は、雷竜の腐った肉を吹き飛ばし、骨を関節部分から弾け飛ばし解体していき、轟音による耳鳴りが止んだ頃、雷竜は動けないほどにバラバラになっていた。
雷竜は、最後に千切れ飛んだ頭の部分だけで断末魔の声を上げるかのように掠れた悲鳴を一帯に響き渡らせる。
その声を聞いたのか、先程まで人々を襲っていた雑魔達は一転、逃げるようにして自らの住処である東へと逃げ帰っていった。
「終わったみたいですね」
危機を乗り切ったことに聖導士のメル・ミストラルが安堵の息を一つ漏らすと叫んだ。
「戦闘で毒のブレスを浴びた人は居ませんか! こちらで治療いたします!」
戦闘はひとまず終息を迎えたが、怪我人は多い。
「……全く、皆さん無茶ばかり。治す方の身にもなって欲しいものですね」
軍医の一ノ宮 瑞紀が嘆息を吐く。
治療を自分の役割とする者達にとって本当の戦場は、これからだった。
執筆:草之佑人/監修:稲田和夫/文責:フロンティアワークス