イメージノベル第四話(3)

地球連合宙軍

地球連合宙軍

地球連合宙軍の紋章は、宇宙から見た地球を平和の象徴であるオリーブの葉が取り囲むモチーフが描かれた盾である。地球と宇宙の秩序と平和を守るという強い意志が込められている。

 篠原神薙がサルヴァトーレ・ロッソについて持つ情報は決して多くはなかった。
 彼は所詮民間人であり、軍が作り上げたあの船について詳しい筈もない。サルヴァトーレ・ロッソという名前、そしてヴォイドと戦う為に作られた戦闘艦であるという事……確かな情報と言えばそんな程度だろう。それでもクリムゾンウェスト側の人間にとって衝撃を伴う物であった。
「ヴォイド……まさか、異世界であるリアルブルーにも存在していたなんて……」
 このクリムゾンウェストが危機に瀕しているように、リアルブルーもまた未知の外敵であるヴォイドの脅威に晒されていたのだ。絶句するシスティーナの肩を叩き、セドリックは眉を潜める。
「二つの世界の繋がりを思えばあり得ない話ではありません。エクラ教の成り立ちにもリアルブルー人が関わったと言われている程ですからね」
「エクラ教と密接な関わりを持つグラズヘイム王国は千年以上続く歴史を持つ。つまり二つの世界は古来より深い繋がりを持っていたという事ね。その二つの世界が共に滅びの運命を迎えようとしているなんて、笑えない共通点だけれど」
 口ぶりとは反対にジルダは軽い口調で語る。ラウロは深く息を吐き、それから神薙を見つめた。
「では……あなたの知るサルヴァトーレ・ロッソとは、ヴォイドという脅威に対抗する為に生み出された一つの巨大な兵器……なのですね?」
「え? あ、は、はい」
「それは……問題ですね」
 口元に手をやりながら思慮するヴェルナー。ヴィルヘルミナは腕を組んだ姿勢のまま黙り込んでいたが、やがてゆっくりと口を開くと参加者一同を見渡しながら語り始める。
「――皆、聞いての通りだ。あの紅き船は異世界より来訪した“兵器”である。私、ヴィルヘルミナ・ウランゲルは帝国を代表し……サルヴァトーレ・ロッソの破壊を提案する」
「……なっ!?」
 耳を疑うような言葉に思わず前のめりになる神薙。そのまま食い掛かる様に叫びを上げた。
「待ってください! 俺の話を聞いていなかったんですか!?」
「無礼な奴だな……? 勿論聞いていたとも」
「だったら!」
「もう一度あの船について自分の口で説明してみろ。出来るだけ噛み砕いてな」
 顎で促され生唾を飲み込む。身を引き、神薙はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ですから……あれはサルヴァトーレ・ロッソという最新鋭の戦闘艦で、ヴォイドと戦う為に作られた物です。コロニー……えっと、街よりも巨大で、大勢の人間を収容可能で、CAMっていう、人型の兵器や艦艇を沢山搭載できる……とか……ニュースで聞きかじった程度、ですけど……」
「その話を聞いて、私は“危険”という印象しか受けない。周りを見てみろ。お前が安全を説いたつもりで語った言葉が、皆にどのように受け止められているかを」
 会議場は静まり返っていた。珍しい出来事には慣れっこのハンター達も、それぞれの組織の頂点に立つ要人たちでさえ、神薙の話には驚きを隠せなかった。
 異世界からやってきた巨大な鉄の船……それだけで衝撃は十分なのに、それが巨大な兵器であるという事実が付け加えられたのだ。無論、元々懸念はあった。結果的に神薙の証言はそれを後押ししてしまったのだ。
「皆はどうか? あの船の危険性は承知して頂けたと思うが?」
「それ、は……。確かにあの船が危険な物であるとすれば……破棄、或いは封印処理を施すべきだと思います……」
「そんな……どうして……!?」
 俯きながら呟いたシスティーナを見つめる神薙。ヴェルナーは神薙の語った内容を手帳にメモしつつ、紙上から視線だけを上げて答える。
「陛下の仰る通り、あの船は危険なものです。そもそもかの戦艦がヴォイドの送り込んだ害虫であるという可能性も否定出来ない。篠原神薙、きみはあの船がどのような経緯でクリムゾンウェストに転移してきたのかは知らないと言いましたね?」
 そう、神薙が転移してきたのはサルヴァトーレ・ロッソが転移するよりも前の事。完成したばかりの筈であるあの船が何故リアルブルーに転移してきたのか、それは神薙の方が知りたいくらいだ。
「あの船はヴォイドと戦う為に作られたときみは言いましたが……そもそも今あの船の乗組員は本当に人間なのですか?」
「え……?」
「ヴォイドに鹵獲された船がその矛先をクリムゾンウェストに向ける為に転移してきた……そのような可能性もあるのではありませんか?」
 そんな可能性は微塵も想定していなかった。がつんと殴りつけられたような衝撃に思わず固まってしまう。まさか、そんな筈はない……あり得ない。そう言い返したかった。だが実際神薙はリアルブルーの状況を知らず、そしてヴォイドという敵を知らない。
「仮にヴォイドに乗っ取られていなかったとしても、乗組員が友好的であるとは限りません。何故ならリアルブルーの状況もまた、我々クリムゾンウェスト側と同様に困窮していたからです。空よりも高い場所まで飛ぶ事の出来るあれが、言葉通りの“方舟”としてクリムゾンウェストに漂着したのだとすれば……」
「成程……。自分達の世界がダメになりそうだからこっちの世界に移り住めばいい……そういう考えを持っているかもしれない、と。……確かに与太話では片づけられない可能性ね」
 唇を撫でながら頷くジルダ。神薙の頭の中は既に真っ白になっていた。状況は明らかに拙い方向に動き出している。そしてその流れを塞き止める妙案は彼の中に存在しなかった。
「わたくしが……グラズヘイム王国が最も重視する事、それは“人々の安全”です。もしも仮にあの船が世界に災いを齎すというのなら、人々を守る為に……動かざるを得ないでしょう。で、でも……」
 何事か言おうとするシスティーナだが、その言葉は誰にも届かない。
 口を挟めぬ神薙の前で話が進んでいく。それに待ったをかけたのはラウロであった。
「まあお待ちください。あの船の危険性は十分承知致しました。しかし、それはまだあくまでも可能性の話でございましょう。問答無用で叩き壊すと決断するには、あの船の秘めたる可能性は惜しいのではありませんか?」
 ゆっくりと立ち上がり、一人一人の目を見るように語り掛けるラウロ。最後に老人は狼狽した神薙を見つめ、穏やかに微笑みかける。
「我々自由都市同盟は、あの船が歪虚と無関係であると言うのであれば、どのような経緯でこの世界に転移してきたのだとしても、ある程度受け入れる心構えは出来ております。篠原さんを見る限り、決してリアルブルー人は言葉の通用しない存在ではない筈ですからね」
「ラウロさん……」
「尤も、然るべき安全確認の後には、それなりに商売をさせてもらうつもりですがね」
 がくりと肩を落とす神薙。だが彼は同盟を取りまとめる評議会の人間なのだ。商魂逞しくて当然である。神薙もそれは承知していたので、苦笑を浮かべつつも納得する事が出来た。
「時に、帝国や王国はあの船を破壊し危険を取り除くと仰いましたが、具体的にどのような方法を取られるおつもりなのですか?」
グリフォン騎兵隊

グリフォン騎兵隊

帝国のグリフォン騎兵隊。天翔る精鋭たちであるが、サルヴァトーレ・ロッソに通じるのか?

「ふむ……そうだな。まずは我が帝国軍の誇る師団を送り込みあの船を制圧する。あの船は空を飛ぶそうだからな。グリフォン騎兵隊を活用し、空中と地上、両方から同時に攻略する必要があるか。万が一飛ばれても何だ……その、困る」
「そうですね。では、船そのものを破壊しては如何でしょうか? あの船にも動力部や推進部が存在する筈です。機導術に長けた帝国の技術力があれば、機能停止に追い込む事はさほど難しくないのではありませんか?」
 苦笑を浮かべるヴィルヘルミナ。ラウロは笑顔のまま、緩めず言葉を詰めていく。
「陛下はあえてあの船に兵力を送り込み、内部から制圧するような作戦を想定していらっしゃるようですね。しかし本当にあの船が危険であり、その芽を摘む為に破壊するというのであれば、わざわざ兵達を危険な目に遭わせずとも外部より破壊するという手段を取ればよい筈です」
 ヴィルヘルミナの表情は微動だにしない。だが神薙は長い沈黙の中で気づいていた。この女の考えはもっと他の所にある。危険だから破壊する――ただそれだけではない。その事実をラウロに指摘され、次の策を練っているのだと。
 その瞬間、神薙は理解した。この女は“違う”。これまで出会ってきたクリムゾンウェストの人間は善意に満ち溢れ、余所者である神薙とも親身に打ち解けてくれた。だが――この女は違う。善意を前提に聞く耳を持ってはならない相手。神薙はこの世界に来て初めて、他人に対し明確な警戒心を抱こうとしていた。
「危険は重々承知だが、我が帝国兵は多少の危険で怖気づくような軟弱者ではないよ。それに実際に乗り込んでみなければ相手が危険であるかどうかの判断は出来まい? もしも乗組員がこの少年のように対話可能な相手であれば、平和的解決の道も見えてくるだろう」
「あ、あの……ヴィルヘルミナ陛下の仰る通りです! もしも対話が可能であれば、我々は彼らを受け入れ歓迎すべきです。どのような事情で転移してきたのかはわかりませんが、彼らにも安らげる場所は必要な筈です。もしもあの船を受け入れると言うのであれば、王国は協力を惜しまないでしょう」
「今の王国にあれだけの巨大な異物を受け入れるだけの余力があるのかね? 協力を惜しまないとは言うが、生半可な事ではないよ」
エクラ教大聖堂

エクラ教大聖堂

グラズヘイム王国はエクラ教と密接な関係を持ち、その歴史は千年を超える。

「……システィーナ王女殿下はエクラの教えを学び、慈愛の心に満ち溢れた善意なる統治者です。流浪の民を受け入れる器として、我がグラズヘイム王国以上の適所はないでしょう」
 ヴィルヘルミナの矛先を逸らすように口を挟むセドリック。援護を受けて勢いづいたシスティーナは立ち上がり、胸に手を当て前のめりに語り掛ける。
「確かにわたくしはまだ未熟な王女の身ではありますが、争いを避け、対話の道を探っていく為に出来る事は何でもするつもりです。彼らには衣食住と安全を保障された場所で、ゆっくりと傷を癒す事が必要な筈です……!」
 システィーナは手元の端末を操作し、スクリーンに映し出されている画像を拡大して見せる。するとそこには明らかな損傷、戦闘の痕跡が見受けられた。
「ご覧の通り、サルヴァトーレ・ロッソには随所に損傷が確認出来ます。これはかの船が何らかの戦闘状態から逃れるようにしてこの異世界に転移してきたという事実を示唆しています。ヴェルナー様の仰るように、この船がヴォイドの手に落ちているという可能性は否定できません。しかし現実的に考えれば、この船はヴォイドとの戦闘の最中、或いはその逃走中に転移してきたと推測するのが自然ではないでしょうか?」
 これにはヴィルヘルミナもラウロもヴェルナーも、そしてセドリックも少々驚いた様子だった。システィーナは改めて全員を見渡して呼びかける。
「もしも彼らが危機から逃れ着いたのがこのクリムゾンウェストであるというのならば。傷を負い、戦いの苦しみの中、右も左も分からずにこの世界に放り出され身動きが取れずにいるのだとしたら……! まずは言葉を尽くし、彼らとの相互理解を図るべきではないでしょうか……!?」
「――実に素晴らしい。感動したよ、システィーナ殿下」
 拍手をしながら笑みを浮かべるヴィルヘルミナ。システィーナは少し照れくさそうに顔を赤くした後、セドリックの咳払いで真っ直ぐにヴィルヘルミナと向き合う。が、それは長く続かなかった。
「だが無理はしない事だ。君の尊い理想も慈愛の心も尊重しよう。しかし現実問題、今のグラズヘイム王国にあれを受け入れる事は不可能だよ」
「……それに対し、帝国には既に辺境部族を受け入れ管理しているという明確な実績と行動力があります。サルヴァトーレ・ロッソを保護するというのであれば、やはり帝国主導の下で話を進めるのが最も合理的かつ安全かと思われますが」
 ヴィルヘルミナとヴェルナーの言葉に俯き目を逸らすシスティーナ。セドリックは眉を潜めヴィルヘルミナを睨み付ける。
「そのような物言い、看過するわけにはいきませんね。王国には転移者を受け入れる余力もないと?」
「事実であろう? 辺境部族が困窮する状況を前に貴様らが何をしたというのだ。何もしなかった……そう、貴様らは危機に瀕し行き場を失った者達に対し、何ら策も講じず、行動する事もなかったのだ。当然の事だ。王国は歪虚の大進攻から未だ立ち直れていないのだからな」
「我々は辺境部族を見捨てたわけではない! 現在も支援策を講じている! それを阻んでいるのは帝国ではないか!」
「何がおかしい? 管理しているのが帝国なのだからな。貴様らも自分が管理している街に勝手に物資や人材を送り込まれてはいい顔をすまい? 同盟領でそんな事をしてみろ。とっ捕まって強制送還を食らうぞ。アプローチの方法は軽視出来ないよ、大司教殿」
 けらけらと笑うヴィルヘルミナとそれを睨み続けるセドリック。二人は一触即発な様子だが、神薙はむしろ冷静だった。なんとなく、この会談の全容が事情を知らなかった少年にも見えてきたからだ。
「……いけませんなぁ。ここは貴賤なく意見を交わす会談の場。隠し事は止めて、お互い腹を割って語り合いませんか? 皇帝陛下も大司教殿も、問題とするのはそこではないでしょう?」
「サルヴァトーレ・ロッソを誰が管理するか。つまり――どの国が手にするのか。そういう話をしたいのでしょう? あなた達は」
 ラウロとジルダによる制止の言葉が神薙の悪寒を現実の物としてしまった。
 そう、この会談は即ち――サルヴァトーレ・ロッソの奪い合い。
 誰があの船を手にするのか。あの巨大な力を手にするに相応しいのは誰なのか。
 腰に手を当てたまま微笑むヴィルヘルミナ。神薙はその瞳を正面から見つめ返した。
「あなたは……一体何を考えているんですか? あなたは! さっきからサルヴァトーレ・ロッソを壊そうと言ったり、話し合いで解決しようと言い出したり……! 自分の思う通りに事を進ませようと言葉巧みにこの会談を操ろうとしている! 結局はただ自分が……帝国がサルヴァトーレ・ロッソを手に入れたいって、その為だけにこの場を利用しようと……!」
「――その通りだ少年。では問うが、一体それの何が悪い?」
 正々堂々と全てを認め、その上で女は微笑を崩さない。
「あの船の乗組員が人間だとして、あれだけの巨大な船に乗る大勢の人間を、誰がどうやって面倒を見る? 飯は? 住む場所は? 生きる事は無償では成り立たぬ。であれば、彼らを保護すると同時に彼らを糧とし、新たな飯の種と人の住む場所を獲得する者が必要となるだろう」
 酷薄な笑みで、女は微塵も迷いを持たずに宣言する。
「我が帝国がサルヴァトーレ・ロッソを得たならば――誓おう。歪虚の手に落ちた人の領土を奪い返し! 転移者達を特例制度を整備して保護し! 彼らを尊重した生活と労働を与え! その上で彼らが安心して眠り、飢える事なく食べ、誰にも恥ずる事のない衣を纏って生活する! そんな未来を実現する事を……ここに誓おうではないか」
 少年は言葉に窮していた。圧倒されていたのだ。
 この女はやると言った事は本当にやる、そんな凄みがある。
「あの船が危険だというのなら、その害悪の芽は余す事なく取り除こう。我がゾンネンシュトラール帝国はクリムゾンウェストの守護者である。この紅き大地に足をつけて生きる限り、この世全ての命が我らの庇護に値する。我らが危険を排除し、その上であの船を活用するまで事」
 黙り込む神薙。その言葉を待つように沈黙を共にしていたヴィルヘルミナも、やがて溜息と共に眉を潜め、困ったように声を上げる。
「……どうした、転移者よ。言われるがままか。ただ流されるままか」
「お……俺は……」
「俺は……何だ? 言ってみよ」
「俺は……サルヴァトーレ・ロッソが誰かに利用されるなんて認めない。彼らは俺と同じように異世界に転移したばかりで混乱している筈なんだ。だから……彼らは安全で……きちんと、この世界の人と同じように扱うべきで……だから……っ」
 顔を上げ愕然とした。ヴィルヘルミナは憐れむような視線で神薙を見ていたのだ。笑みは消えている。ただ悲しげに少年を見つめているだけだ。
 しかし神薙にはわかった。女が憐れんでいるのは、神薙自信の無力さだと。この状況を打開するような言葉を、想いを、理屈を持たない哀れな少年……。ヴィルヘルミナは決して機会を与えなかったわけではない。ただ神薙が、その機会を掴みとれなかっただけ。
「所詮はただの少年、か。買い被りすぎたな、タングラム」
 失望めいた声に絶望が脳裏を過る。悔しさに強く拳を握り締めても、もう成す術はない。このまま何も出来ないまま、サルヴァトーレ・ロッソの行く末を黙って見ている事しか出来ないのか。