叶わぬ想い。
それは十分理解している。
それでも願わずには居られない。
あの人と――ほんの一時で良い、共に夜を過ごせれば……。
●
冒険都市リゼリオにも冬の足音が近づいている。
朝の冷え込みは徐々に厳しく、潮風に冷気が乗る頃には『あのイベント』の空気が街を支配し始める。
「ねぇ……もうすぐ聖輝節だよね?」
大きな通りの一つ、ルイーヨ通りでラキ(kz0002)は思い出したように篠原 神薙(kz0001)へ問いかけた。
「聖輝節? なんだっけ?」
「もう! 去年も話したじゃない。リアルブルーでいうとクリスマスだっけ?」
「ああ、クリスマス!」
神薙が忘れていても不思議ではない。
北伐から始まり、各方面で探索されたヴォイドゲート攻略戦は人類の勝利に終わった。
しかし、ゲート周辺では今も歪虚残党との戦いが続いている。
各地で獅子奮迅するは他のハンターも一緒。激戦続き毎日で、聖輝節の事をすっかり忘れていても仕方が無い。
「そっか。もう、そういう季節なんだね」
視線を空に向けて時間の早さを噛みしめる神薙。
それに対してラキは少々ご機嫌ナナメだ。
|
ラキ
篠原 神薙
|
「そういうイベントを大事にするのはパートナーの絆にとって大事じゃない? いくら忙しくても忘れるなんて」
「ご、ごめん……って、パートナーって?」
「カナギが後輩! あたしが先輩! 二人で一緒にハンターやってた時期もあったでしょ? それも忘れちゃったの?」
「いや、今このタイミングでは何か誤解を招く表現のような……わかった、ごめんなさい!」
頬を膨らませるラキの横で、神薙は謝る他なかった。
謝って済むものではないと分かっているが、それ以外の術を思い付かなかったからだ。
「カナギは相変わらずだなあ。そんな調子じゃ、大事な人と一緒に教会の鐘は聞けないよ?」
「え? 何、その教会の鐘って……」
「ああ、カナギは知らなかったんだ。『モノトーンの潮鐘』の言い伝え」
そう言ったラキは、神薙に『ある伝説』を話し始めた。
教会の鐘――このリゼリオ郊外には恋人達に有名な教会が存在する。
モノトーン教会にある鐘は聖輝節の夜に鳴らされる決まりがあるのだが、その鐘を二人きりで聞いた恋人は永遠の愛を約束される言い伝えがあるのだ。
その昔、結婚を前にした男女がふとしたミスから指輪を海へ落としてしまった。
女性が母親から譲り受けた指輪を落とした男性は女性にお詫びをするが、女性は『海の神様の前で結婚を誓ったと思って諦める』と男性を慰めた。
二人は指輪だけでは海の神様も困るだろうと祝い酒やブーケも海に流す。すると、重いはずの鐘が海から浮かび上がってきた。鐘を調べると中には落としたはずの指輪。二人は指輪を取り戻すと同時にお互いの愛を確かめ合う事ができたという。
「へぇ、そんな伝説があるんだね。ピースホライズンの聖輝節にそういうのはなかったな」
「そうだね。だから、このリゼリオはピースホライズンに負けないぐらい聖輝節は盛大に行われるの。すっごい大勢の人がやってくるんだから。それに――教会の鐘を聞きに来るカップル達も、ね」
奇しくも蒼乱作戦ではピースホライズン周辺が戦場となってしまった。
大渓谷の地下遺跡にヴォイドゲートが存在し、それが邪神を召喚してしまった事から、ピースホライズンの住民は一時避難を強いられた。
結果としてピースホライズンの聖輝節の準備は完了していないのだという。
「なんか、去年の今頃もピースホライズンが戦場になってたような……」
「何もこんな時期にやらなくてもいいのにね?」
この為、多くの市民がリゼリオへ押し寄せる事は目に見えていた。既に周辺の商店では聖輝節用のグッズや食材の販売を準備し始めている。
戦続きで暗い雰囲気を吹き飛ばそうと今年は盛大に行われる手筈のようだ。
「でも、その伝説が本当だとしたらロマンチックだよね」
「そうだね! でも、正直カップル達はその伝説が本当でも嘘でもどっちでもいいんじゃないかな」
「え? そうなの? 俺は検証の余地ありだと思うけど」
「もう、カナギったら……相変わらずロマンチックさの欠片もないんだから」
ラキは神薙の鈍さにため息をついた。
正直、この伝説が本当か嘘か。それは恋人達にも分からない。
ただ、大切なのはその鐘が鳴り響く時、傍らに愛する者がいるかどうかだ。
愛を確かめ合う日――聖輝節の到来は、もう間もなくだ。
●
そんな幸せいっぱいの聖輝節だが、万人に期待されているとは限らない。
「俺、今年も一人だよ」
「あー、またこの季節かよ」
「俺、寂しすぎて動物クッキーを恋人に見立てて一人パーティやったよ」
聖輝節が近付くにつれ、リゼリオの大衆酒場に独身の者達が現れる。
一般人だろうと、ハンターだろうと関係ない。
自棄酒なのか、傷の舐め合いなのか。
彼らは酒やケーキを口にしながら、不遇な境遇を言い合っている。
独身。
望む事なく恋人もできず、聖輝節を独り身で過ごすことになった者達。
一体何が悪かった?
生まれか?
運命か?
それとも父祖がかけられたら呪いなのか?
この時期になる度に孤独を味あわなければならないのは何故なのか。
「俺達がモテないのはおかしい! きっと何かの陰謀だ!」
「ほう、随分威勢がいいねぇ」
興奮する男達の隣で、着流しの男が
ぐい飲み片手に呟いた。
「お前は誰だ?」
「おいらは、和田鈴一。しがねぇ恋愛革命家だ」
和田と名乗った着流しの男。
革命家とは穏やかじゃないが――。
「なんだい? 恋愛革命家というのは?」
「おいら達のような独り者にぁ、このキツくないかい?
孤独が身にしみて、熱燗飲んでも温まりゃしねぇ。
おめぇさん方、何でか分かるかい?」
「そりゃ、恋人がいないから……」
「そいつぁ違ぇ。恋人達が愛を独占してやがるんだ。奴らが俺達に来るはずの愛まで奪ってやがる。
おいらぁ、革命を起こして『愛の再分配』をしてぇのよ」
鈴一の発言を聞く限り、ヤバい無いようにしか見えない。
普通であれば、全力スルーで腫れ物として鈴一を触れもしないはずだ。
だが、周囲の者は既に酒を大量。正常な判断などできるはずもない。この為、独り者には大好評。鈴一に続けとばかりに吠えまくる。
「カップルばかり優遇されてうらやま……いや、許さない! 革命だ! 独り者にも恋人を!」
「立てよ、独身!」
次々と決起する独身??否、恋愛闘士達。
鈴一は満足そうにその光景を見つめる。
「いいねぇ。
そーいやぁ、この街には『モノトーンの潮鐘』なんてぇもんがあるんだったな。
そんな愛独占の象徴をおいら達が放置する訳にゃいかねぇなぁ」
リゼリオの一画で決起した反撃の狼煙。
これが反カップル同盟『自由の鐘(ベルリバティ)』結成の瞬間でもあった。
『愛の再分配』を掲げて果て無き闘争を続ける自由の鐘。
カップルを巻き込んで嫉妬の炎がリゼリオを席巻。各地で自由の鐘による破壊活動や嫌がらせが頻発していた。
このままでは、例年通り心温まる聖輝説は迎えられない――。
そんな懸念を浮かべる人々であったが、ここにきて事態は思わぬ方向へ転がり始めていた。
「こいつぁ、潮時かねぇ」
自由の鐘を組織する和田鈴一は、ぽつりと呟く。
その言葉を傍らで耳にしたフェリル・L・サルバ(ka4516)が、思わず鈴一へ振り返った。
「おいおい、なんでだよ。まだまだ戦えるだろ。諦めるのかよ」
彼女いない歴=年齢という十字架を背負うサルバ。
人生初の彼女ゲットの為に戦っているが、戦況は芳しくない事は知っている。
だからといって、鈴一が諦めるには早過ぎる。
サルバは、まだまだ戦える。
彼女をゲットするまで諦められるか。
しかし、鈴一の言葉に覇気は無かった。
「計画は良かったんですがね。あの誤算は致命的でしたねぇ」
「誤算?」
「自由の鐘のメンバーも彼女が出来れば敵に回る。
それがこの計画の誤算です」
サルバと鈴一の会話を耳にした仙堂 紫苑(ka5953)。
紫苑の言葉に、鈴一も頷く。
自由の鐘のメンバーは一人で過ごす聖輝節の孤独を恐れ、その恐怖を嫉妬の炎に身を焦がす。
つまり、自由の鐘のメンバーも恋人が欲しいのだ。そんなメンバーに恋人ができれば、その時点でメンバーは妨害活動を止めてしまう。
|
フェリル・L・サルバ
仙堂 紫苑
|
「それだけではありません。カップル側のハンターも、メンバーをナンパする手法で活動を無力化しています。
このままではメンバー間の抗争へと発展するでしょう」
「本当かよ」
紫苑の報告で眉間にしわを寄せるサルバだったが、思い当たる節がある。
仮に恋人ができたなら、他人を孤独から救うような暇などない。
聖輝節を前にドキドキとワクワクがMAX。妄想が漏れ出して怪しい笑みを浮かべる奴もいるだろう。
だが、恋人ができて時点で、そのメンバーは他のメンバーから攻撃対象として認識される。狙う者が狙われる者へと変貌するのだ。
「昨日の味方が、今日の敵って訳か」
「ええ。ですがね、まだ完全に諦めた訳じゃないんですよ。
聖輝節は引き下がりますが、愛を司るイベントはまだまだあります。カップルがいる限り、おいら達の戦いは終わりませんよ」
聖輝節は、自由の鐘が敗北だ。
まだしばらくメンバーの活動は続くだろうが大きな妨害活動は難しくなる。
だが、諦めるのはまだ早い。
恋人達のイベントはまだまだある。
年末年始やバレンタイン、海水浴だってカップルは常にイチャイチャしている。
戦いを続ければ、いつの日か……。
「自由の鐘の戦いは、孤独から解き放たれるまで続くって訳か」
サルバの言葉に、鈴一は頷く。
自由の鐘は戦い続ける。
本当の愛を、手に入れるその時まで。
●
リゼリオ内での騒動は未だ続いているが、聖輝節に向けての準備は着々と進んでいる。
「黒の夢さん、脚立を抑えていただいてもよろしいでしょうか」
ツリーの飾り付けを頼まれた桜憐りるか(ka3748)が、足下にいる黒の夢(ka0187)へ声をかける。
聖輝節の準備は市民によって行われているが、それでも人手が足りない。
そこでリゼリオに滞在していたハンターに支援を打診されるケースが多く見受けられた。りるかも相談を受けて辺境から持ち込まれたもみの木に飾り付けをしていたのだが、小柄なりるかが木の上に星の飾りを括り付ける為には脚立が必要となっていたのだ。
「……うな? ちょっと待ってなのなー」
「お忙しいところすみません……」
「いいのなー。ケーキ食べてただけなのなー。もぐもぐ」
りるかが飾り付けをする間、黒の夢は何処から購入してきた大量のケーキを食べ続けていた。
鼻腔をくすぐるケーキの甘い香りに耐えられず入手してきたケーキを黒の夢は延々と食べ続けていた。聖輝節の本番は始まってもいないのだが、黒の夢の聖輝節が既に始まっているようだ。
「美味しそうですね……」
「りるかちゃんも食べるのな? たべさせてあげるのな、はい。あーん!」
「ありがとうございま……」
脚立の上で黒の夢へ振り返ろうとしたりるか。
その拍子にバランスを崩してしまう。
揺れる脚立。
数段の高さではあるが、ここから落下すれば地面へ体を打ち付ける事になる。
「あ、危ない……」
りるかも必死に耐えようとするが、バランスを保ちきる事ができない。
落下――。
りるかの足が脚立から離れる。
その刹那、ふいに何かがりるかの体を支えた。
「大丈夫ですか、レディ」
振り返れば男性がりるかの体を受け止めていた。
|
|
帝国の制服に身を包んだ男性。優しい笑顔でりるかを助けた男性は、りるかが立ち上がれるようにそっと脚立の方へと押してくれる。
「あ、あの……ありがとうございました」
「いえいえ。ですが、ハンターであってもレディとしての嗜みは忘れないようにして下さいね。あなたもですよ、そこでケーキを食べられているレディ」
「うな? ……あ、ヴェルちゃん」
黒の夢には男性に見覚えがあった。
ニュースや噂話などで時折話題に上がる人物だ。
「え、ヴェルちゃんって……」
「これは失礼、自己紹介が遅れました。私はヴェルナー・ブロスフェルト(
kz0032)。帝国軍第一師団に所属しております」
りるかの記憶にもヴェルナーの存在があった。
帝国と辺境の間に存在するノアーラ・クンタウを管理する責任者としての方が有名だろうか。
「軍務でリゼリオへ足を運んだのですが、もうリゼリオも聖輝節一色ですね」
「はい。リゼリオに滞在しているハンターもこうして聖輝節の準備を手伝っております」
助けて貰った気恥ずかしさもあって、りるかは少々緊張気味だ。
その事を察しているのか、ヴェルナーは少々意地悪な質問をぶつける。
「……ふふ、聖輝節は愛する者と過ごすイベントと聞いております。
お二人は聖輝節を過ごす相手はいらっしゃるのですか?」
「え!?」
「うな?」
驚く声を上げるりるかと黒の夢。
もっとも、黒の夢はケーキを口に頬張っている最中であった事から話半分だったようだが。
「我輩はみんなと盛大にパーティするのな。肉やら団子やらケーキやらをいっぱい食べるのな」
黒の夢はハンター仲間と一緒に過ごすようだ。
既に心の風景にはパーティの料理が並んでいるに違いない。
それに対してりるかは――。
「あ、あの、あたしは……」
「恥ずかしがる事は無い!
聖輝節は、愛のイベント。言うなれば、ラヴカーニバル! 日頃寂しく過ごす連中に、愛のパワーを見せ付ける良い機会だ。
なっ、サオリたん!」
りるかの声を遮るようにジャック・J・グリーヴ(
ka1305)が高らかに登場。
手には何故か女性が描かれた抱き枕を手にしている。
サオリたんと呼ばれた抱き枕に話し掛けているようだが、所詮は抱き枕。返答するはずもなく……。
「…………」
「おいおい、何も喋らねぇとか照れているのかよ。サオリたん?
遠慮はいらねぇ。どんな歪虚だろうと俺達の愛の前では瞬殺だ。愛の底力って奴を教えてやろうぜ」
「…………」
一人芝居のように話し掛けるジャック。
その異様な光景には黒の夢も理解不能な様子だ。
|
ジャック・J・グリーヴ
|
「ヴェルちゃん、ジャックサマちゃんは何をしてるのな? 抱き枕に話し掛けてるのな」
「黒の夢さん、世の中には触れない優しさというものがあるのです。我々は彼をそっと見守ってあげましょう」
「そーなのなー。難しいのなー」
黒の夢は軽く首を傾げた後、詩天から持ち込まれた特製最中を口の中に放り込む。
そうしている間にも、ジャックの中には別の展開を迎えていた。
「サオリたん、今日は何だか……潮風が目に染みるぜ……」
涙――否、愛から生じた心の汗が、ジャックの頬を伝う。
愛に試練は付き物。ただ、信じて進むのみ。そう信じてサオリたんへの愛を再確認したジャックは、夕陽に向かって歩き出した。
「ふふ、愛にも様々な形があるのですね」
「あの、ヴェルナーさん。さっきの質問ですが……あたし、まずはこの聖輝節を精一杯楽しみます」
りるかは、力強く答えた。
このクリムゾンウェストに加えてリアルブルー、さらには別の世界を巻き込みながら戦火は広がっている。
必然的にハンター達の出番は増えていく。
そうなれば聖輝節のような日常は、遠のいていく。
平穏な時間があるからこそ、この日常がある。
この日常を守らなければならない――その決意を新たにする為にも、今は聖輝節を満喫するのだ。
「そうですね。我々が守らなければならない日常を、今は噛み締めるとしましょう」
ヴェルナーは変わらない笑顔をりるかへ向けた。
リアルブルーのクリスマスが由来とされる聖輝節。
愛するカップルの為のイベントと思われる事もあるが、決してそうではない。
仲の良い仲間達と集まってパーティを催すケースもあるのだ。
「サンタさんか……絵姿でしか知らないけれど、世界中の子供達にプレゼントを配るなんて余程凄い爺さんなのね」
テーブルの上に広げられた聖輝節向けの料理を前に、ケイ(ka4032)は仲間の話に耳を傾けていた。
サンタクロースと呼ばれる赤い衣装を身に纏った老人が、クリスマスの日に良い子を対象にしたプレゼント配布イベントがあると聞いたのだ。ケイも話では聞いていたのだが、そんな伝説がリアルブルーにあるというのだから驚きだ。
「昔は欲しいものは何でもパパがくれたものだけど、サンタさんが何か物をくれた事はなかったなぁ」
昔を思い浮かべながら、夢路 まよい(ka1328)はお茶を飲む。
リアルブルーにいた頃にサンタに出会った事はないが、町中でサンタの衣装に身を包んだおっさんなら目にした記憶もある。
「サンタか……。俺の所にも来た事がなかった気がするな」
みたらし団子を食べていた鳳凰院ひりょ(ka3744)もまた、リアルブルーにいた事を思い出していた。
実はサンタに出会っていたのかもしれないが、忙しかった為に忘れているだけなのかもしれない。それであれば悲しい想い出になるのだが……。
「ひょっとしたら、こうしてクリムゾンウェストへ来た事がサンタさんのプレゼントだったりするかもしれないね」
まよいはそう言いながら、目の前にあったチキンへ手を伸ばす。
成り行きとはいえ、サルバトーレ・ロッソへ巻き込まれる形でクリムゾンウェストへ来た者達もいる。最初は異世界で戸惑ったりはしたが、この事件があったからこそ今こうしてクリムゾンウェスト出身のハンターとパーティを催す事ができる。
この出会いこそ、サンタのプレゼントだったのかもしれない。
まよいの一言に、ひりょも同調する。
「クリムゾンウェストへ来られたのが、サンタからのプレゼントか。
俺は元いた所では歯車の一部だった気がする。こちらへ来られて俺が俺でいられるようになった……。そう考えると、俺にとってもこれはサンタからのプレゼントだったのかもしれんな」
「何やらリアルブルーは大変そうですね。
……あ、あったかい。みたらし団子っ……おいし」
ルーネ・ルナ(ka6244)はひりょの言葉に耳を傾けながら、みたらし団子を堪能する。
聖輝節にみたらし団子もおかしい気がするが、誰かが持ち込んでくれたのだ。折角だからルナはたっぷり堪能させてもらうつもりだ。
「結構、感慨深い話をしていたのだが……」
「まあ、いいじゃないですか。今日は楽しいパーティです。楽しまないと損ですよ」
空いたグラスを下げながら、アリス・ブラックキャット(ka2914)がひりょをそっと励ます。
そう、今日は聖輝節のパーティ。
サンタからの贈られた『縁』というプレゼントに感謝しながら、今日という日を満喫した方が良い。
「そう、だよな。こんなパーティを来年も迎えられるようにしないとな」
ひりょは力強く頷いた。
●
一方、別のパーティではこんな話題で盛り上がっていた。
「知ってるか? リアルブルーでは黒いサンタってぇのがいるんだ」
近衛 惣助(ka0510)はビールを片手にそう呟いた。
こちらのパーティでは支給品のナッツやポテトチップス、干し肉などがテーブルの上に並べられており、聖輝節というより宴会というテイストが強い。それもそのはず、こちらは寂しい独身者が身を寄せ合う切ないパーティとなっている。
その中で聖輝節らしい箇所は、惣助が口にした『黒いサンタクロース』だ。
「黒いサンタ? それは一体どういう方でしょう?」
抜栓したデュニクスワインをグラスへ注ぎながら、ユナイテル・キングスコート(ka3458)は惣助へ聞き返した。
赤いサンタは良い子にプレゼントを配ると聞いた事がある。
一年間良い子にしていた褒美なのだが、黒いサンタは誰にどんなプレゼントをくれるのだろうか。
「それがな、黒いサンタは悪い子にプレゼントをくれるんだ」
「悪い子……?」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)が、振り返った。
シェリルの前にはおでんが入った鍋。右手にはチョコレートがあり、今にもおでんの中へ放り込もうとしている。
「ああ、黒いサンタは悪い子におしおきをするんだ。
悪い子に渡すプレゼントは石炭やジャガイモを贈るらしい。もっと悪い子には豚の臓物を部屋へぶちまける」
ビールジョッキを片手におでんを堪能する霧島 キララ(ka2263)。
キララの話では、黒いサンタが悪い子に嫌がらせのような事をする。
赤いサンタが善行を勧め、黒いサンタは悪行を諫める。
子供をしつける意味合いがサンタの伝説にはあるのだろう。
「部屋に豚の臓物……それは嫌ですね」
ユナイテルは支給品の肉を切ってテーブルの上の置いた。
仮に自分が朝起きたら部屋が豚の臓物塗れ……想像するだけでトラウマものである。
「でも、豚にじゃがいもに石炭だろ? それをプレゼントしてどうしろっていうんだ?」
宴会と聞いて大量のビールを持ち込んできたアニス・テスタロッサ(ka0141)。
確かに子供達にそんな物を渡して黒いサンタは何を期待しているのだろうか。
これに対して惣助が解説を入れる。
「それはリアルブルーでサンタ伝説の元になったドイツで子供の嫌いな物として……」
「え? ホルモン焼きじゃないのか? おでんもいいけど、ホルモンもうまいぞ」
惣助の言葉を遮るように、エヴァンス・カルヴィ(ka0639)が口を挟む。
既に出来上がっていた肉鍋にキノコやネギを入れて味わっていたエヴァンス。酒も入ってご満悦の様子だ。
「あー、ホルモンか。ちょっと食べたいなぁ」
「ホルモン……いいな……」
ホルモンと聞いてキララとシェリルが脳裏にホルモンが焼かれる光景を思い浮かべる。
こうなるともう聖輝節の雰囲気は薄れていく。
「ちっ、こっちまで食べたくなってきたな。ちょっとホルモン買って来るわ」
惣助は宴会に花を添えるべく、肉屋へ向かって走り出した。
●
夜の帳が落ち、手足の先が冷たくなる頃。
街角には柄永 和沙(ka6481)の姿があった。
落ち着かない様子で髪を弄り、時折周辺を見渡している。
「リゼリオも結構人がいるなぁ。カップルも多いし……。
ま、まぁあたしは別に誰かを待っている訳じゃ無いけど……」
誰も聞いていない事を承知で独り言を呟く和沙。
『待っている訳じゃ無い』と否定はしているが、心の中ではある人物が現れる事を期待している。
しばしの沈黙の後――和沙の本音がちらりと漏れる。
「来ると、いいなぁ……」
「てっきり家族連ればかりだと思ったけど、結構カップルもいるなぁ」
和沙の背後から聞こえる男性の声。
一瞬、体を震わせる。
この声には聞き覚えがある。
恐る恐る振り返る和沙。
「……!? テ、テオ……!?」
「やあ」
和沙の前で優しい笑顔を浮かべるテオバルト・グリム(ka1824)。
一方、和沙の心臓は激しい鼓動。
突然背後から声をかけられただけでは、ここまで鼓動は激しくならない。
それは和沙にも分かっている。
「びっくりした……。いつから後ろにいたの?」
「ついさっきだよ。屋根の上から走ってきたぜ!」
ついさっき。
テオはそう言っている。という事は、和沙の独り言は聞かれている可能性は低い。
それなら良かった。
もし、テオに聞かれていたと思ったら顔から火が出る程恥ずかしい。
そう感じた和沙の緊張も自然と緩む。
「ついさっき、か。なら良かった……独り言を聞かれたかと思っちゃった」
「ん?」
「あ、いや……なんでもない。とりあえず、なんか見て回ってみる?」
和沙はテオを聖輝節のリゼリオ見物へと連れ出そうとする。
ここへ来る途中に準備されていた音楽パレードがそろそろ始まる時間だ。
今から待ってテオと二人で見るのも悪くない。
|
ケイ
夢路 まよい
鳳凰院ひりょ
ルーネ・ルナ
アリス・ブラックキャット
近衛 惣助
ユナイテル・キングスコート
シェリル・マイヤーズ
霧島 キララ
アニス・テスタロッサ
柄永 和沙
テオバルト・グリム
|
そう考えて歩き出そうとした和沙であったが、テオの顔には少々意地悪な笑みが浮かぶ。
「そうだな。来るかも分からない誰かを待つ和沙が誘ってくれるのだから、一緒に行かなきゃ罰が当たるかな?」
「!?」
来るかも分からない誰か――この言葉は和沙の独り言を聞いていなければ出てくるとは思えない。
つまり、テオは和沙の独り言をしっかり聞いていた事になる。
それが分かった瞬間、顔は一気に赤く染まる。
「き、聞いてたじゃん! 結局聞いているじゃん! バカ!」
恥ずかしさのあまり、両手を挙げてテオの胸を叩こうとする。
しかし、その手はテオに止められて胸に到達する事はない。
「何処だって一緒に行ってあげるよ。俺の場所は……ここだけだから」
「俺の居場所って……?」
和沙は叩こうとした腕を止めてテオの言葉に耳を傾ける。
声のトーンがいつもの違う事に気付いたからだ。
自然と和沙の頬にテオの息がかかる。
「和沙は意地悪だな。最後まで言わそうとするのだから。
俺の居場所は――和沙の隣だけです。
あ、それから……俺から離れて歩くのは、禁止だから」
「……!」
半ば予想はしていた言葉ではあったが、想像するのと実際耳にするのでは大違い。
恥ずかしさが最高潮に達した和沙。
テオに手を引かれながら、リゼリオ見物へと歩き出した。
様々な光景が存在する聖輝節。
平和な時間から生まれる楽しい光景。
すべてのハンターに良い聖輝節を――。