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(ka0000)
【幻魂】これまでの経緯


更新情報(5月9日更新)
【幻魂】の過去のストーリーノベルを掲載しました。
【幻魂】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
「敵の気配は……?」
同行したハンターが周囲を警戒する。
無理もない、突然このような場所が現れたのだ。敵の罠と考えても仕方ない。
そこへフェンリルが口を挟む。
「大丈夫だ。ここは結界が張られている。余程強力な個体でなければ、ここには気付かないだろう」
結界が張られている。
その言葉でファリフはある事に気が付いた。
「結界という事は、ここにも大幻獣がいるの?」
「ああ、ナーランギの話なら『アイツ』がいるはずだ。できれば、会いたくは無かったが……」
フェンリルはため息をついた。
フェンリルの様子から本当に面倒そうな相手、という事が推察される。
フェンリルが会いたくない大幻獣とは一体――。
「あ、見て見て。黒い猫がいるよ」
同行したハンターが、声を上げる。
ハンターが指差す先に視線を送れば、岩の上にちょこんと座る黒猫が一匹。
端から見ても愛らしい猫に同行したハンターも愛でずにはいられない。
「おいで、猫ちゃん。迷子になっちゃったの?」
「ん?、迷子じゃないよ?。お仕事なの?。あははは」
同行したハンターの呼び掛けに応える黒猫。
予想外の回答に、ファリフ達は一瞬身構える。
「あら?、今度は敵扱い??
愛でたり、敵視したり、忙しいね?」
「やめろ、シャレーヌ。あまりこの人間達をからかうな」
「は?い」
フェンリルが言葉に黒猫は従う。
シャレーヌ――確か、ナーランギの話では黒い豊かな毛並みと、額に3つの宝石、2本の長い尻尾を持つ巨大な猫だったはずだ。
「フェンリル、あれがシャレーヌなの? ナーランギから聞いてた話と違うんだけど……」
ファリフはフェンリルへ向き直る。
そこへすかさず横槍を入れるシャレーヌ。
「宝石を狙う人間達が多くて、普通の黒猫に化けてたんだけどぉ?。
元に戻る方法を忘れちゃった! あははは」
暢気に笑うシャレーヌ。
自分の事に降り掛かっている問題なのだが、シャレーヌは他人事のように話している。
良く言えば自由奔放なのだが――。
「シャレーヌはこういう奴だ。まったく調子狂う奴だ」
呆れるフェンリル。
シャレーヌを見ていれば、その想いは分からなくもない。
「で、フェンリルはここへ何しにきたの?
大方、ナーランギから場所を聞いてきたんだろうけど?」
「ボク達、魂の道へ行きたいんだ」
ファリフは、訴えかける。
シバの抱えた想いと合わせてシャレーヌへぶつけるが、シャレーヌはやっぱり何処か他人事のように話す。
「へ?、魂の道へ行きたがる霊闘士なんていつ以来かな?。
ん?、昔過ぎて忘れちゃった?。あははは」
「シャレーヌ! ボクは真面目に……」
「いいよ、教えてあげる。あたしがここにいるのは魂の道への案内役だからだしぃ?」
シャレーヌは、あっけらかんと答える。
緊張感の無さに萎えてしまいそうになるが、ファリフは強い意志を持って望もうと自分に言い聞かせる。
「お願い。何処から行けばいいの?」
「まあ、待ってよ?。話には順番って物があるんだから?。
えっとね、あなた達はこの赤き大地に何カ所かある『魂の道』で『祖霊の欠片』っていうのを集めないといけないの?」
「祖霊の欠片……」
「そ、祖霊の欠片。
それを集めて一つにすれば霊闘士に眠る覚醒の促してくれるって訳ね?。それが『試練』で、昔から決まっているの?。
但し……魂の道はとーっても危険でぇ?。もしかしたら、死んじゃうかもしれないからぁ?。あははは」
死ぬかもしれない。
そんな危険な状況なはずなのに、シャレーヌが言うと何処か危険な感じが薄まっていく気がする。
「どうする? ファリフ」
同行したハンターがファリフへ問いかけた。
死の危険。
シバを見ていれば、それだけ危険な奥義である事は理解できる。
――だが。
如何に死の危険があったとしても、ファリフは後戻りできない。
歪虚を倒す為にも。
シバの残した想いを受け取る為にも。
「やるよ。ボク、祖霊の欠片を手に入れなければいけないんだ」
「へぇ?。それなりの覚悟はあるんだねぇ?。
他の魂の道は手分けして探索しても良いわよ。その時は、あたしの眷属である『ルピナ』が案内してくれるから?。
……あ、それからフェンリル。あなたはこの子の試練を手助けしちゃダメだから?」
「何故だ?」
不満そうなフェンリル。
それに対して、今度はシャレーヌが呆れる。
「当たり前でしょ? 試練を受けるのはこの子。
あなたが受ける訳じゃないし?、あなたの手助けで試練を達成したら意味ないでしょ?。あなたはここで待っていればいいから?」
案内人としてシャレーヌは、フェンリルの手助けを禁止する。
試練はあくまでもファリフが受けるべきものだ。
この試練を乗り越えて、初めてファリフは霊闘士奥義への道が拓ける。
「大丈夫だよ、フェンリル。ボクは必ずこの試練を成し遂げて見せる」
自信を持って答えるファリフ。
その言葉にフェンリルは、ファリフの成長を感じ取った。
本当に成長した。
人としても。戦士としても。
しかし、一方で成長過程で発生する『落とし穴』が心配だった。
(出会った頃に比べ、ファリフは成長した。それは喜ばしい事だ。
トリシュヴァーナ様からの大事な預かり物だが、いつの間にか情が移ってしまったか。
だが……)
浮かぶ言葉をフェンリルは無理矢理心の奥底へ押し込んだ。
ここで心配しても仕方ない。ファリフの危機を感じ取ったなら、駆けつければいい。試練よりもファリフの身が大事なのだから。
「行ってくるよ、フェンリル」
シャレーヌに連れられ、ファリフは奥へと進んでいく。
その後ろ姿をフェンリルはじっと見つめていた。
●
敵はハンターだけじゃない。人間に手を貸そうとしている大幻獣の存在も明らかにした。先日、青木自身も『幻獣の森での攻防』で痛感している。
それに対し、ハイルタイは笑みを浮かべる。
「傷を癒す為に静養していたが、鈍った体を叩き直すにはちょうど良いわ。
久しぶりの――狼狩りだ」
幻獣の森で祖霊の欠片を集めただけでは奥義を取得できないようだ。奥義を取得するには、さらに何かを行わなければならないようだが……。
「まじかよ。まあ、これで終わりとは思ってなかったけどよぉ」
岩井崎 旭(ka0234)は思わず肩を竦める。
そして、改めてシャレーヌという大幻獣が一筋縄ではいかない厄介な相手だという事に気付いた。
「こっからが『試練』の本番よぉ?。壁を乗り越えて覚醒できるかどうかは、あの子次第……とっても楽しみだね?」
シャレーヌは岩の上で黒い尻尾をパタパタさせている。
魂の道の案内人である為、これ以上ファリフに手を貸す事はできないのだろう。それでもファリフを気に入ったのか、今後のファリフに期待しているようにも見える。
「いずれにしても、この事実はファリフちゃんに伝えなければなりません」
八雲 奏(ka4074)はフェンリルに視線を送る。
ファリフはこの事実をまだ知らない。
問題は、この事実を知ったファリフがどのような行動を起こすかだが……。
「そうだろうな。ファリフが乗り越えねばならん試練だが、必ず成し遂げるだろう。
……では、俺もファリフと共に行くぞ」
シャレーヌに背を向けて歩き出すフェンリル。
これからどんな試練が待っていようと、フェンリルはファリフと共に行くだけ。
何があろうとも守り抜く。
それが使命であり、そして――。
「フェンリル……」
フェンリルの覚悟を感じ取ったのか、シャレーヌはフェンリルの背に声をかける。
その声に応える為、振り返って面倒そうな顔を見せるフェンリル。
「なんだ?」
「……何でも無いのぉ?。気を付けてねぇ?」
フェンリルの瞳には、いつもと変わらないシャレーヌの笑顔が映った。
しかし、ハイルタイの持つ戦力を投入後できれば話は別だ。
「……良かろう。儂の部下を貸してやる。儂が休んでいる間、しっかり働くが良い」
熟慮の末、ハイルタイは青木に戦力を貸すことにした。
できれば、今すぐに自らの手でハンター達を蹂躙してやりたい。だが、今までの戦いで蓄積したダメージを抱えたままで敵と対峙するのは愚策。ここは青木に戦力を削がせ、後から参戦する方がベストだ。
「儂は寝る。
……儂が行くまで、ちゃんと敵を遺しておけよ」
ハイルタイは、青木に釘を刺す。
あくまでも美味しい所を持って行くのは自分だと。
「ああ、分かってる」
そう返答した青木は、踵を返す。
ゆっくりと歩き出し、静かにほくそ笑んだ。
●
敵の指揮官も先日森を襲撃した青木燕太郎。今度は、ハイルタイが騎乗していた馬に跨がって姿を見せた。
「この大変な時に……。あの戦力が一斉に襲い掛かってきたら、結界は持たないぞ」
アルファス(ka3312)が険しい面持ちを浮かべる。
推察通り、敵が一斉に襲ってくればナーランギの結界は崩壊する。そうなれば、森に住む幻獣達は瞬く間にマテリアルを吸収されて死に絶えるだろう。
「そんな事はさせないよ!
行こう、フェンリル!」
愛用の斧を握り締めて、フェンリルの背に乗るファリフ。
奥義の事は、後回しだ。
今は、この窮地から幻獣達を救わなければ??。
(迷うなよ、お嬢ちゃん。迷えば、一発で敵に飲まれるぞ。ま、万一の場合は俺がナイトとして支えればいい)
フェンリルは、地面を蹴って走り出した。
●魂の道(3月7日公開)
大幻獣「ナーランギ」からの情報では、エンシンケ洞穴の最深部に『魂の道』へ通じる道があるらしい。 スコール族のファリフ・スコール(kz0009)は、大幻獣『フェンリル』と共に現地へと急行する。 蛇の戦士シバ(kz0048)が残した『霊闘士の奥義』を求めて――。 「ここ、だよね……」 エンシンケ洞穴の最深部で発見した道を抜けたファリフは、小さな広場へ行き着いた。天井に開いた穴から太陽の光が差し込み、僅かではあるが草木が茂っている。 エンシンケ洞穴から来たと考えなければ比較的快適な空間だ。 だからこそ、この場所が異質に感じられる。 |
![]() ファリフ・スコール |
同行したハンターが周囲を警戒する。
無理もない、突然このような場所が現れたのだ。敵の罠と考えても仕方ない。
そこへフェンリルが口を挟む。
「大丈夫だ。ここは結界が張られている。余程強力な個体でなければ、ここには気付かないだろう」
結界が張られている。
その言葉でファリフはある事に気が付いた。
「結界という事は、ここにも大幻獣がいるの?」
「ああ、ナーランギの話なら『アイツ』がいるはずだ。できれば、会いたくは無かったが……」
フェンリルはため息をついた。
フェンリルの様子から本当に面倒そうな相手、という事が推察される。
フェンリルが会いたくない大幻獣とは一体――。
「あ、見て見て。黒い猫がいるよ」
同行したハンターが、声を上げる。
ハンターが指差す先に視線を送れば、岩の上にちょこんと座る黒猫が一匹。
端から見ても愛らしい猫に同行したハンターも愛でずにはいられない。
「おいで、猫ちゃん。迷子になっちゃったの?」
「ん?、迷子じゃないよ?。お仕事なの?。あははは」
同行したハンターの呼び掛けに応える黒猫。
予想外の回答に、ファリフ達は一瞬身構える。
「あら?、今度は敵扱い??
愛でたり、敵視したり、忙しいね?」
「やめろ、シャレーヌ。あまりこの人間達をからかうな」
「は?い」
フェンリルが言葉に黒猫は従う。
シャレーヌ――確か、ナーランギの話では黒い豊かな毛並みと、額に3つの宝石、2本の長い尻尾を持つ巨大な猫だったはずだ。
「フェンリル、あれがシャレーヌなの? ナーランギから聞いてた話と違うんだけど……」
ファリフはフェンリルへ向き直る。
そこへすかさず横槍を入れるシャレーヌ。
「宝石を狙う人間達が多くて、普通の黒猫に化けてたんだけどぉ?。
元に戻る方法を忘れちゃった! あははは」
暢気に笑うシャレーヌ。
自分の事に降り掛かっている問題なのだが、シャレーヌは他人事のように話している。
良く言えば自由奔放なのだが――。
「シャレーヌはこういう奴だ。まったく調子狂う奴だ」
呆れるフェンリル。
シャレーヌを見ていれば、その想いは分からなくもない。
「で、フェンリルはここへ何しにきたの?
大方、ナーランギから場所を聞いてきたんだろうけど?」
「ボク達、魂の道へ行きたいんだ」
ファリフは、訴えかける。
シバの抱えた想いと合わせてシャレーヌへぶつけるが、シャレーヌはやっぱり何処か他人事のように話す。
「へ?、魂の道へ行きたがる霊闘士なんていつ以来かな?。
ん?、昔過ぎて忘れちゃった?。あははは」
「シャレーヌ! ボクは真面目に……」
「いいよ、教えてあげる。あたしがここにいるのは魂の道への案内役だからだしぃ?」
シャレーヌは、あっけらかんと答える。
緊張感の無さに萎えてしまいそうになるが、ファリフは強い意志を持って望もうと自分に言い聞かせる。
「お願い。何処から行けばいいの?」
「まあ、待ってよ?。話には順番って物があるんだから?。
えっとね、あなた達はこの赤き大地に何カ所かある『魂の道』で『祖霊の欠片』っていうのを集めないといけないの?」
「祖霊の欠片……」
「そ、祖霊の欠片。
それを集めて一つにすれば霊闘士に眠る覚醒の促してくれるって訳ね?。それが『試練』で、昔から決まっているの?。
但し……魂の道はとーっても危険でぇ?。もしかしたら、死んじゃうかもしれないからぁ?。あははは」
死ぬかもしれない。
そんな危険な状況なはずなのに、シャレーヌが言うと何処か危険な感じが薄まっていく気がする。
「どうする? ファリフ」
同行したハンターがファリフへ問いかけた。
死の危険。
シバを見ていれば、それだけ危険な奥義である事は理解できる。
――だが。
如何に死の危険があったとしても、ファリフは後戻りできない。
歪虚を倒す為にも。
シバの残した想いを受け取る為にも。
「やるよ。ボク、祖霊の欠片を手に入れなければいけないんだ」
「へぇ?。それなりの覚悟はあるんだねぇ?。
他の魂の道は手分けして探索しても良いわよ。その時は、あたしの眷属である『ルピナ』が案内してくれるから?。
……あ、それからフェンリル。あなたはこの子の試練を手助けしちゃダメだから?」
「何故だ?」
不満そうなフェンリル。
それに対して、今度はシャレーヌが呆れる。
「当たり前でしょ? 試練を受けるのはこの子。
あなたが受ける訳じゃないし?、あなたの手助けで試練を達成したら意味ないでしょ?。あなたはここで待っていればいいから?」
案内人としてシャレーヌは、フェンリルの手助けを禁止する。
試練はあくまでもファリフが受けるべきものだ。
この試練を乗り越えて、初めてファリフは霊闘士奥義への道が拓ける。
「大丈夫だよ、フェンリル。ボクは必ずこの試練を成し遂げて見せる」
自信を持って答えるファリフ。
その言葉にフェンリルは、ファリフの成長を感じ取った。
本当に成長した。
人としても。戦士としても。
しかし、一方で成長過程で発生する『落とし穴』が心配だった。
(出会った頃に比べ、ファリフは成長した。それは喜ばしい事だ。
トリシュヴァーナ様からの大事な預かり物だが、いつの間にか情が移ってしまったか。
だが……)
浮かぶ言葉をフェンリルは無理矢理心の奥底へ押し込んだ。
ここで心配しても仕方ない。ファリフの危機を感じ取ったなら、駆けつければいい。試練よりもファリフの身が大事なのだから。
「行ってくるよ、フェンリル」
シャレーヌに連れられ、ファリフは奥へと進んでいく。
その後ろ姿をフェンリルはじっと見つめていた。
●
「何、『祖霊の欠片』だと?」 災厄の十三魔ハイルタイは、青木燕太郎(kz0166)の言葉に耳を疑った。 先日、城塞『ノアーラ・クンタウ』の攻防にて負傷したハイルタイは辺境北部で治癒に専念していた。負傷した事で人類への憎しみを増加させていたハイルタイに、青木は『祖霊の欠片』の情報を持ち込んだ。 『祖霊の欠片』は膨大なマテリアルを保有しており、大幻獣の持つマテリアルとは比較にならないという。 「ああ。それがあればそんな怪我など一瞬で治る。 ……いや、それ以上に強大な力が手に入る。その傷を付けた奴に復讐したいのだろう?」 「そうだ。儂をこんな目に遭わせた連中は、絶対に許さん! その祖霊の欠片とやら、儂がもらってやろう」 怒り狂うハイルタイ。 今までは怠けてばかりだったが、怒りを抑えきれない様子だ。ハンター達へ報復する為に本気を出して来るようだ。 「だが、問題も一つある。 祖霊の欠片がある魂の道に入ったのは、ハンターだけじゃない。大幻獣のフェンリルが目撃されている。そう簡単に手には入らないだろうな」 青木は祖霊の欠片入手に障害となりそうな存在を明示した。 |
![]() ハイルタイ ![]() 青木燕太郎 |
それに対し、ハイルタイは笑みを浮かべる。
「傷を癒す為に静養していたが、鈍った体を叩き直すにはちょうど良いわ。
久しぶりの――狼狩りだ」
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●魂の道 エピローグ(3月25日公開)
「へぇ?、やるじゃない」 大幻獣『シャレーヌ』は、嬉しさの感情を込めて声を上げた。 スコール族の族長ファリフ・スコール(kz0009)の手には、一欠片の宝珠。 ハンターと共に魂の道を進み、ファリフは『祖霊の欠片』を手に入れる事ができたのだ。 「ボクだけの力じゃないよ。ハンターのみんながいなければ、手に入らなかったと思う」 ファリフは軽く振り返り、背後にいたバルバロス(ka2119)に視線を送る。 今回の結果もハンター達の尽力無ければ為し得なかっただろう。 そう思うだけで、ファリフはこれからの戦いも切り抜けていける気がした。 「謙遜する必要はない。お主は見事、試練を成し遂げたのだ」 バルバロスは腕を組み、ファリフの成長を感じ取っている。 それはフェンリルも同じだ。 「やるじゃないか、お嬢ちゃん。さすがトリシュ様が見初めた戦士だ」 ファリフの活躍に、フェンリルも満足げだ。 ファリフを戦士として認めた大幻獣『トリシュヴァーナ』。 その代理として、フェンリルはファリフと行動を共にしている。 ――トリシュヴァーナの目に狂いは無かった。 ファリフの活躍を見る度に、フェンリルは誰かに自慢したくなる。 だが、日々の生活においても自分の心の中にファリフに対する『別の感情』がある事もフェンリル自身気付いていた。 (……ダメだ。お嬢ちゃんはトリシュ様からの預かり物だ。 俺の認めた戦士じゃないんだ。いつかはトリシュ様にお返ししないといけない……) 「どうした、フェンリル?」 フェンリルの近くにいたシェリル・マイヤーズ(ka0509)が、フェンリルの異変に気付いた。 何かを思い悩む様子のため、気になったようだ。 「いや、何でも無い。それより祖霊の欠片を持って幻獣の森へ向かうのだろう?」 話を逸らすようにフェンリルは、幻獣の森へ向かうよう促した。 他の魂の道を攻略したハンター達は、手に入れた『祖霊の欠片』を持って幻獣の森へ集まる手筈となっていた。もしかしたら、ハンター達はフェンリルの帰りを待ち続けているかもしれない。 「あ! そうだった! ありがとう、シャレーヌ。ボクはもう行かなくちゃ!」 シャレーヌへの挨拶を終えると、ファリフは慌てて走り出した。 その後をアーシェ(ka6089)が追うように走り出す。 「ああ、待って……」 それに続くように他の者も走り出す。 ハンターや幻獣達がファリフの帰りを待つ幻獣の森へ――。 「はいは?い。またねぇ?。 ……って、もう行っちゃった。ほんと、元気な子なんだねぇ?」 ファリフの後を追う形でハンター達がシャレーヌの元を去る中、シャレーヌはフェンリルにそっと話し掛けた。 「気持ちは分からんでもない。お前と顔を合わさなくて済むのなら、俺だって走り出している」 「あ、ひっどーい。これでも女の子なんだぞぉ?」 「何百歳も生きていて『女の子』か。便利な言葉だな」 「傷付くなぁ?、もう。 ま、それよりあの子が奥義を修得できるかが楽しみだわぁ?」 「何? あの欠片を使えば奥義を使えるんじゃないのか?」 シャレーヌの言葉にフェンリルは聞き返した。 奥義を学ぶ為に祖霊の欠片を集めていたはずだ。 フェンリルの言葉に、シャレーヌは軽く鼻で笑う。 「あははは、お馬鹿さん。あたしは『祖霊の欠片が霊闘士に眠る覚醒を促してくれる』って言ったのよぉ?。覚醒の促進であって、祖霊の欠片だけで覚醒できるとは言ってないのぉ?。 ……あ、これはあの子に言っちゃダメだよぉ?。自分で気付かないと意味がないからぁ?」 お喋りなシャレーヌは、しれっと重要な事をフェンリルに告げた。 |
![]() ファリフ・スコール ![]() バルバロス ![]() シェリル・マイヤーズ ![]() アーシェ ![]() 岩井崎 旭 ![]() 八雲 奏 |
「まじかよ。まあ、これで終わりとは思ってなかったけどよぉ」
岩井崎 旭(ka0234)は思わず肩を竦める。
そして、改めてシャレーヌという大幻獣が一筋縄ではいかない厄介な相手だという事に気付いた。
「こっからが『試練』の本番よぉ?。壁を乗り越えて覚醒できるかどうかは、あの子次第……とっても楽しみだね?」
シャレーヌは岩の上で黒い尻尾をパタパタさせている。
魂の道の案内人である為、これ以上ファリフに手を貸す事はできないのだろう。それでもファリフを気に入ったのか、今後のファリフに期待しているようにも見える。
「いずれにしても、この事実はファリフちゃんに伝えなければなりません」
八雲 奏(ka4074)はフェンリルに視線を送る。
ファリフはこの事実をまだ知らない。
問題は、この事実を知ったファリフがどのような行動を起こすかだが……。
「そうだろうな。ファリフが乗り越えねばならん試練だが、必ず成し遂げるだろう。
……では、俺もファリフと共に行くぞ」
シャレーヌに背を向けて歩き出すフェンリル。
これからどんな試練が待っていようと、フェンリルはファリフと共に行くだけ。
何があろうとも守り抜く。
それが使命であり、そして――。
「フェンリル……」
フェンリルの覚悟を感じ取ったのか、シャレーヌはフェンリルの背に声をかける。
その声に応える為、振り返って面倒そうな顔を見せるフェンリル。
「なんだ?」
「……何でも無いのぉ?。気を付けてねぇ?」
フェンリルの瞳には、いつもと変わらないシャレーヌの笑顔が映った。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●幻獣の森 包囲される(3月30日公開)
災厄の十三魔の一人、ハイルタイは怒りに満ちていた。 連合軍との戦いで辛酸を舐めてばかりではなく、『魂の道』にてハンターから手痛い目に合わされていた。 怠惰の中でも比較的高位の存在であるが故に、我慢の限界は近付いていた。 「あの小童共め。一度ならず、二度三度と……」 「敵には幻獣も手を貸している。油断しない方がいい」 「油断などしておらぬわ!」 青木燕太郎(kz0166)の言葉に、怒気を孕んだ声をあげる。 怒りが冷静な判断を鈍らせ、物事を正しく計れなくなる。それは歪虚でも変わらない。 ――ならば。 「連中の居場所は予想がついてる」 「本当か!」 勢い良く振り返るハイルタイ。 青木はハイルタイからの期待を無視するかのように話を続ける。 「しかし、見たところこちらも万全の態勢とは言い難い。 戦力を貸してもらえれば俺が露払いをしてやろう。その間に力を蓄えるというのはどうだ?」 ハンター達の居場所はおそらく幻獣の森だ。 あそこは結界が貼られていて歪虚であっても簡単には侵入できない。先の戦いで青木もハンター達に邪魔されて森への侵入できなかった。 |
![]() ハイルタイ ![]() 青木燕太郎 |
「……良かろう。儂の部下を貸してやる。儂が休んでいる間、しっかり働くが良い」
熟慮の末、ハイルタイは青木に戦力を貸すことにした。
できれば、今すぐに自らの手でハンター達を蹂躙してやりたい。だが、今までの戦いで蓄積したダメージを抱えたままで敵と対峙するのは愚策。ここは青木に戦力を削がせ、後から参戦する方がベストだ。
「儂は寝る。
……儂が行くまで、ちゃんと敵を遺しておけよ」
ハイルタイは、青木に釘を刺す。
あくまでも美味しい所を持って行くのは自分だと。
「ああ、分かってる」
そう返答した青木は、踵を返す。
ゆっくりと歩き出し、静かにほくそ笑んだ。
●
魂の道から戻ったファリフ・スコール(kz0009)。 手の中には砕かれた複数の宝石。 辺境各地に存在する魂の道からハンター達によって集められた『祖霊の欠片』。 この欠片を組み合わせれば、シバが示してくれた霊闘士の奥義が覚醒できるという。 「じゃあ、いくよ」 集まったハンターを見回したファリフは、欠片を一つ掴むと近くにあった欠片を繋ぎ合わせる。 すると、欠片同士が結合して境目が消えていく。 「……あ、くっついた」 オウガ(ka2124)が呟く。 その一言が切っ掛けになったのか、ファリフは次々と欠片を結合させていく。 ――そして。 「できた」 ファリフの手の中には、一つの宝珠が存在していた。 一つとなった祖霊の欠片は輝き出し、眩い光を放ち始める。 「これが……シバ様が追い求めた欠片の力?」 ミオレスカ(ka3496)ら周辺のハンター達の目が、欠片へ注がれる。 次の瞬間、強烈な光が放たれる。光はファリフとハンターの体を飲み込んで周囲へと広がっていく。 すべてが、純白の世界。 まるで、自分以外の誰もいなくなったかのような錯覚。 否??誰かがいる。 すぐ近くに、温もりを感じさせてくれる誰か。 でも、その誰かに触れる事はできない。 感覚で存在を感じ取れるだけ??。 「……終わったの?」 光が消えた頃、アイラ(ka3941)とファリフは周囲を見回した。 何も変わっていない、森の木々。 幻獣達も光に包まれる前と、何も変わらない。 「これで覚醒できたの?」 ファリフはそう言いながら、自分の体を見回した。 その様子を見てきた大幻獣『ナーランギ』がため息をついた。 「欠片が光る前と何も変わっておらん。何も感じぬ」 「……え?」 ナーランギの言葉に振り返るハンター。 ここでフェンリルが気まずそうに説明をする。 「祖霊の欠片は『覚醒を促すだけで、覚醒させるものじゃない』そうだ。 シャレーヌめ、わざと回りくどい言い回しをしたな」 「シャレーヌか。あれも変わらず気分屋のようだな」 不満げなフェンリルだが、ナーランギは変わらないシャレーヌに懐かしさを感じ取っている。 奥義取得の鍵であった祖霊の欠片の役目は終えたが、未だ奥義取得は成し得ていない。 「フェンリル、奥義を取得するにはどうすればいいの?」 と、ファリフ。 困り果てた顔を浮かべるファリフだが、フェンリルも子細を知っている訳ではない。 「すまない、お嬢ちゃん。この話は去り際にシャレーヌが言っていた話で詳しい事は俺も分からない」 「そっか」 「だが、シャレーヌは『自分で気付かないと意味が無い。壁を乗り越えて覚醒できるかは、お嬢ちゃん次第』とも言っていたぞ」 慰める様に優しく接するフェンリル。 「まあ、やる事はやっているんだ。たぶん、どうにかなるだろう」 ヴォルフガング・エーヴァルト(ka0139)は次なるタバコを咥えて、火を灯す。 どうにかなる根拠はないが、撒くべき種は蒔かれている。 後は、真実を見据えて突き進むのみ――。 しかしここで、フェンリルの言葉を途切れさせる事態が発生する。 「ナーランギ様、大変っス!」 「ツキウサギ、邪魔するな! 今、大事な話をして……その顔、良からぬ事が起こったか」 いきり立つフェンリルであったが、ツキウサギの顔色で異常事態を察知する。 「そうっス! 幻獣の森が歪虚に囲まれているっス!」 ツキウサギによれば、幻獣の森を包囲するように歪虚が取り囲んでいるらしい。 先日も幻獣の森が襲撃されているが、今回の敵戦力は膨れ上がっている。前回の比ではない規模だ。 |
![]() ファリフ・スコール ![]() オウガ ![]() ミオレスカ ![]() アイラ ![]() ヴォルフガング・エーヴァルト ![]() ツキウサギ ![]() アルファス |
「この大変な時に……。あの戦力が一斉に襲い掛かってきたら、結界は持たないぞ」
アルファス(ka3312)が険しい面持ちを浮かべる。
推察通り、敵が一斉に襲ってくればナーランギの結界は崩壊する。そうなれば、森に住む幻獣達は瞬く間にマテリアルを吸収されて死に絶えるだろう。
「そんな事はさせないよ!
行こう、フェンリル!」
愛用の斧を握り締めて、フェンリルの背に乗るファリフ。
奥義の事は、後回しだ。
今は、この窮地から幻獣達を救わなければ??。
(迷うなよ、お嬢ちゃん。迷えば、一発で敵に飲まれるぞ。ま、万一の場合は俺がナイトとして支えればいい)
フェンリルは、地面を蹴って走り出した。
(執筆:近藤豊)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●フェンリルの死(4月15日公開)
二つの叫びが届いた。
一つは我が眷属が心を砕き、想い、守護せんと走る。
一つは我が祝福が心を寄せ、想い、失われる恐れ。
衝撃は二つの想いを潰そうとしている。
目の前の衝撃に耐えられるかは分からぬ。
再び同胞の魂が彷徨うことなどあってはならぬ。
時は十分に我を癒した。
行こう。
眷属と祝福のもとへ。
●
「うわっ、何これ!? 耳と尻尾があるよ! どうなってるの!?」
「きっとそれが、霊闘士の『奥義』なのではないでしょうか」
アティ(ka2729)が優しく微笑み掛ける。
嘗て、彼女を導いた蛇の戦士がそうであった様に……膨大な正のマテリアルが、彼女に闘い抜くための『器』を与えていた。
そしてそれこそが、嘗て赤き大地の戦士達が失い、ファリフやハンターが試練を通して探し求めてきたもの……
『上出来だ……お嬢ちゃん』
フェンリルの声が、森全体から穏やかに響く。
『……俺の肉体は消えるが……俺達は、ずっと共にある。お嬢ちゃんには仲間も……
なあ、お前達。俺のファリフを頼んだぜ……』
「……フェンリル」
腕の中の友へと、視線を落とす。
フェンリルは、穏やかな表情で息絶えていた。
ファリフはその体を優しく撫でて立ち上がると、狼を模した自分の大頭巾で、盟友の亡骸を覆った。
「ずっと一緒だよ。君の魂は、僕が連れて行く」
再び、天空に歪虚の咆哮が響く。
しかし、もう誰も、その声を恐れはしない。
群衆の中に小さな舌打ちが聞こえると、先ほど騒ぎ立てていた数名が、霧のようにすっと姿を消した。
「……行こう。反撃開始だ」
●
●
一生懸命積み上げた防衛力を、圧倒的な戦力差をもって蹂躙する。森に侵入されて幻獣のマテリアルが奪われていく光景を目にした彼らは、自分達の無力さに絶望。歪虚に抵抗しようとする気力を根こそぎ奪う事ができる。
「そうか! そこまで考えておったか。ここで頑張っておけば、その後面倒な戦いも減るのなら大歓迎だ」
青木の案に納得したハイルタイは、ご満悦だ。
ここで頑張れば、面倒事が少しでも減る。それに気付いたハイルタイは、珍しく開戦を待ち望んでいるようだ。
(こちらの計画が大きく狂わないよう、ここで頑張って貰わないとな……あの人間達には)
青木は、広角を上げて軽く笑みを浮かべた。
●
「……また騒がしいのが来たな」
ロックイーターと呼ばれる巨亀に体を巻き付ける大蛇『ナーランギ』。
その眼前に現れたのは、巨大な狼――体躯はフェンリルよりも大きく、三つの首を持つ狼だ。明らかに普通の幻獣とは異なるオーラを醸し出している。
「騒がしいとは相変わらず無礼な言いぐさだ。久しぶりの再会だというのに……」
「我は再会を望んでおらぬ。このよう事態でなければ顔を合わせたくなかった、トリシュヴァーナよ」
ナーランギの眼前にいるこの巨大な狼こそ、ファリフを戦士として認めた大幻獣『トリシュヴァーナ』である。
フェンリルは元々このトリシュヴァーナの眷属であり、傷を癒す間だけフェンリルがファリフを守る役目を負っていた。
「そう言うな。これでも負傷した体に鞭を打って駆けつけたのだ。スコール族の族長の為に、な」
「……それだけではあるまい。
歪虚王も動き出した状況を、我慢できなくなったのだろう。歪虚に強い憎しみを抱えるそなたは……」
「…………」
ナーランギの指摘に、トリシュヴァーナは沈黙をもって答えた。
事実、トリシュヴァーナは群れから離れて治療に専念。住処を何度も変えて身を潜めていたのだが、北伐や歪虚王の進軍などで辺境が騒がしくなり始めた。
何より、憎き怠惰の歪虚王が辺境の地を闊歩している事が許せない。
仲間達を次々と手にかけていったあの怠惰の歪虚王を、この手で屠らなければ……。
「トリシュ」
大幻獣らの沈黙を終わらせるかのように、ファリフが息を切らせて駆け寄ってきた。
振り返りファリフの姿を見るトリシュヴァーナ。
「……フェンリルは逝ったか」
「うん」
静かに俯くファリフ。
「悲嘆にくれるのは構わない。だが、ここで立ち止まっている暇はあるまい」
「そうだけど……」
トリシュヴァーナの言葉に、ファリフは少々不満を抱く。
フェンリルが倒れたばかりにも関わらず、トリシュヴァーナは後悔や悲嘆を抱く事無く毅然としている。眷属であったにも関わらず、このような態度を取るのは如何なものか――。
「不満そうだな」
「正直、少しね」
「ここで悲しみに暮れるのは勝手だが、それで事態が好転するとは思えない。むしろ、悪化するだろう。何より、あやつが許さないだろうな」
「誰が?」
首を傾げるファリフ。
一呼吸置いた後、トリシュヴァーナはその者の名を口にする。
「そなたの中にいる――フェンリルが。
感じるぞ。そなたの中に我が眷属の気配を」
トリシュヴァーナはファリフの中にフェンリルの存在を感じ取っていた。
霊闘士に大幻獣の魂が祖霊として宿る事など、聞いた事もなかった。
フェンリルはそれ程までにファリフに心を寄せていたのか。
否、それだけではない。ファリフという少女が大精霊の加護を受けた存在だからこそ為し得たのかもしれない。
ならば――。
「ふふ、さすがは私が認めた戦士だけはある」
一人笑みを浮かべるトリシュヴァーナ。
意味が分からず、ファリフは数歩後退りしてしまう。
「えーと……トリシュヴァーナと付き合っていくのは……ちょっと大変そうだね、ナーランギ」
「うむ。だが、味方となれば心強い。
それより、我はもう何百年ぶりに目にしたぞ。霊闘士の覚醒した力を……」
「ボクもまだこの力で何ができるのか分からないけど……でも、やらないといけないんだよね」
ファリフは森の外へ視線を投げかけた。
一度は撃退したが、歪虚は再びこの森へ現れる。
災厄の十三魔の一人、ハイルタイ。
そして――青木燕太郎。
彼らはまた、この地を襲ってくる。
「ファリフよ。再びこの森を守ってくれぬか。
そなたら人間の力を、貸して欲しい」
ナーランギは、正式にファリフへ協力を願い出た。
ナーランギが人間であるファリフに助けを求めた事があっただろうか。
「不安を抱いているのか?
それは無用だ。この大幻獣トリシュヴァーナが誇りにかけてその不安を打ち払ってやろう。
ファリフ・スコール――スコール族族長の責務を誇りをもって果たすが良い」
いつの間にかファリフの傍らには、トリシュヴァーナが立っていた。
ついこの間までは、横にはフェンリルが居た。
だが、その日はもう帰っては来ない。
――でも、寂しさは無い。
フェンリルも、すぐ側にいるのだから。
「今度こそ、この森を守ってみせるよ。ハンターのみんなと一緒に」
一つは我が眷属が心を砕き、想い、守護せんと走る。
一つは我が祝福が心を寄せ、想い、失われる恐れ。
衝撃は二つの想いを潰そうとしている。
目の前の衝撃に耐えられるかは分からぬ。
再び同胞の魂が彷徨うことなどあってはならぬ。
時は十分に我を癒した。
行こう。
眷属と祝福のもとへ。
●
森は、震えていた。 空にこだまするのは、怠惰より出ずる歪虚達の唸り。 夥しい数の声は共鳴し、歪な旋律となって、太古より幻獣を守ってきた木々を、草花を、冷たく揺する。 まるで、森そのものを、何処かへと誘うように……。 「フェンリルッ! お願い……しっかりして、目を閉じちゃダメだッ!」 ファリフ=スコール(kz0009)は、血溜まりに横たわるフェンリルに縋り付き、零れ落ちる魂を呼び止める。 幻獣フェンリルは、盟友ファリフを守らんと歪虚の毒牙をその身に受けた。そこに人も幻獣もなく、ただ赤き大地を、その明日を担う友を、守らんとして。 「……っ」 蒼き幻狼が、掠れた声を絞り出す。それは最早人間の言葉ではなかったが、ただ、穏やかな響きであった。 「ファリフ様、いけません。敵の包囲が狭まっています」 セツナ・ウリヤノヴァ(ka5645)が、周囲に耳を澄ませながらファリフへと叫ぶ。 「まずいぞ。もう幻獣の森の結界も限界が近い。長くは持たないぞ」 オウガ(ka2124)の顔色にも焦りが見える。 一度はハンター達が押し返した歪虚の軍勢だったが、ハンター達が一時撤退した事に気付いて再び幻獣の森へ侵攻してきたのだ。 「……なるべく皆で固まって、円陣を作って。迎え討って、敵の攻撃が緩んだ瞬間に押し返せば……」 ファリフは、努めて冷静に判断を下した。 族長として、戦士として、然るべき判断を。 だが、今や彼我の戦力差が圧倒的である事は、その場の誰にも明らか。 怠惰の軍勢は、その真骨頂たる『力と数』によって勝負を決めようと仕掛けてきた。 ……その勢いを、果たして迎え撃てるか。 あの、暴威を。 「なぁ、一旦退いたほうが良くないか」 ファリフを取り巻く者達の中から、ぽつりと言葉が発せられる。 続いて、別の声。 「そうだな。今ここで死んじまったら、何にもならない」 「少々お待ち下さい。性急な判断は、事態を混乱させます。 何より、この場で踏み留まらなければ幻獣の森に更なる被害が及びます」 ジョージ・ユニクス(ka0442)が周囲へ冷静さを促す。 しかし、一度流れ始めた水はそう簡単に止まらない。 「無謀な戦いはするべきじゃない。ここは逃げて、連合軍とか他のハンターと合流しようぜ」 それは、その声は、波の様に、伝播する。 「聖地だって放棄したんだぜ。いま幻獣の森にこだわる理由はなんだ、ファリフ?」 まるで、甘い囁きのように、呼び掛ける…… 「また取り戻せばいいじゃないか……今まで、そうして、来たように」 『ダメだッ!』 ――――ほんの刹那、すべての音が消え去る程に。 ファリフは、激昂した。剛く、高らかに。 「だから僕達は、勝てなかったんだ……いま、やっと、判ったよ」 ずっと心に問いかけてきた。 なぜ、故郷が奪われたのか。 なぜ、誇りが踏みにじられたのか。 なぜ、仲間を失ってきたのか。 本当にすべきだったことは、何か。 今、胸に抱くは、その問いへの答え。 「逃げるなんて、あり得ないよ。 ここで逃げたら、また次があるなんて考えたら、怠惰のやり方に屈する事になる。 僕達自身の魂が、怠惰に染められちゃう。 戦うんだ。今、ここで抗って、怠惰の奴らに教えてやるんだ! 赤き大地の戦士は、誰にも跪かない、って! 僕達はあいつらとは違う、力と魂を……命を掛けて生きれるんだって!」 ファリフは凛と声を張り上げて宣言する。 スコールの血脈の長として、赤き大地の戦士として。 ――! 瞬間、ファリフの身体が、眩い銀色の輝きを纏った。 体からあふれる膨大な正のマテリアルが光となり、やがて、色と形を創っていく。 「ファリフさん……一体、それは……」 目を見開くUisca Amhran(ka0754)。 今やファリフの姿は、ただの少女のそれではなかった。 頭からは狼の耳を生やし、腰には長い尾を揺らし、鋭い牙と爪を輝かせる。 「ほう。まあ、コスプレにしちゃ出来すぎだな。特にその耳と尻尾は」 ファリフの姿にヴァイス(ka0364)は、思っていた言葉を口に出した。 ファリフに生えた狼の耳や尻尾は、偽物には見えない。その証拠にファリフの尻尾は猫のように動いている。 滑稽なのは、自身の姿を未だ理解していないファリフだろう。 「え? なに? みんな、どうしたの?」 「あの、頭の耳と尻尾を触ってみれば分かると思います」 十色 エニア(ka0370)の言葉に促され、ファリフは自分の頭と腰の方へ手を伸ばす。 すると――。 |
![]() フェンリル ![]() ファリフ・スコール ![]() セツナ・ウリヤノヴァ ![]() オウガ ![]() ジョージ・ユニクス ![]() Uisca Amhran ![]() ヴァイス ![]() 十色 エニア ![]() アティ |
「きっとそれが、霊闘士の『奥義』なのではないでしょうか」
アティ(ka2729)が優しく微笑み掛ける。
嘗て、彼女を導いた蛇の戦士がそうであった様に……膨大な正のマテリアルが、彼女に闘い抜くための『器』を与えていた。
そしてそれこそが、嘗て赤き大地の戦士達が失い、ファリフやハンターが試練を通して探し求めてきたもの……
『上出来だ……お嬢ちゃん』
フェンリルの声が、森全体から穏やかに響く。
『……俺の肉体は消えるが……俺達は、ずっと共にある。お嬢ちゃんには仲間も……
なあ、お前達。俺のファリフを頼んだぜ……』
「……フェンリル」
腕の中の友へと、視線を落とす。
フェンリルは、穏やかな表情で息絶えていた。
ファリフはその体を優しく撫でて立ち上がると、狼を模した自分の大頭巾で、盟友の亡骸を覆った。
「ずっと一緒だよ。君の魂は、僕が連れて行く」
再び、天空に歪虚の咆哮が響く。
しかし、もう誰も、その声を恐れはしない。
群衆の中に小さな舌打ちが聞こえると、先ほど騒ぎ立てていた数名が、霧のようにすっと姿を消した。
「……行こう。反撃開始だ」
●
静かに闘志が灯るファリフの瞳は、炎のような朱に染まっている。 肌も褐色の肌から白い肌に顔を中心に全体に隈取のような模様が浮かんでいる。 「まるで……フェンリルのようだな」 ザレム・アズール(ka0878)が口にした言葉は、周囲に居たハンター達も思い浮かんだものだ。 文字通りファリフにフェンリルが乗り移ったかのような姿――これが霊闘士の新たな力なのだろうか。 「ファリフ!」 叫んだのはスコール族長補佐、カオン・スコールであった。ファリフがちらりと、カオンの方を向くと、彼女の視線はファリフのお腹。 「また光ってる!」 ハンターの一人が叫び声をあげると、ファリフは「トリシュヴァーナ……?」と呟く。 瞬間、ファリフの視界が影に覆われてしまう。 視界の暗さにファリフが顔を上げると、そこにいたものにファリフ達はなぜ気づかなかったのか。 それが速すぎたのかも判断がつかなかった。 ファリフ達の前へ優雅さすら覚えてしまうほどに滑らかにゆっくりと降りる所作。 その姿は赤と金を混ぜた燃えるような赤い毛並みに緑の瞳の三つ首の獣だ。 歪虚ではないとファリフは本能で感じ取った。 「我が祝福の子……ファリフよ」 前面の首より厳かな声が響く。 「トリシュ……なのかい」 じっと見つめるファリフにトリシュヴァーナは「そうだ」と肯定する。 ファリフにはスコール族に伝わる伝説の刺青を持つ。大幻獣トリシュヴァーナの祝福と言われるもの。 その祝福を与えた存在が、今此処で邂逅した。 「これが、大幻獣『トリシュヴァーナ』なのですね」 サクラ・エルフリード(ka2598)は、トリシュヴァーナの噂を耳にしていた。 かつてナルガンド塔の試練でファリフを一人前の戦士と認めて力を貸す事にした大幻獣。 フェンリルの主にして、眷属を率いる存在。トリシュヴァーナを前にするだけで、他の幻獣とは異なる雰囲気を漂わせている。 「トリシュ、フェンリルが……」 「……委細、承知している。ナーランギの所へ来るがよい。先に行く」 言葉を遮り、跳躍したトリシュヴァーナ。 言葉通りであれば、向かう先はナーランギの下だろう。 「三首の狼……他ではお目にかかれない幻獣のようですね」 幻獣王チューダと異なる威風堂々としたトリシュヴァーナの佇まいに、ソフィ・アナセン(ka0556)は興味を抱いたようだ。 ファリフに力を貸すというトリシュヴァーナが参戦してくれるならば、とても心強い。 一方、この事態を冷静に分析する者もいる。 「なるほど。霊闘士の力とトリシュヴァーナが戦力に加わるのであれば……この仕事も多少は楽になりそうだ」 フェイル・シャーデンフロイデ(ka4808)は連合軍側の戦力を値踏みしていた。 ファリフと同じように他の霊闘士も祖霊の欠片を得ているなら、奥義を取得している可能性は高い。 仮に他の霊闘士が奥義に目覚めて歪虚へ立ち向かえば――そう考えるだけで、フェイルに狂気的な笑みが浮かぶ。 「ファリフさん、ナーランギの所へ向かわなくて良いのですか?」 「……ああ、そうだった!」 アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)の言葉で、目的を思い出すファリフ。 いつまでもここで待つ訳にもいかない。 ファリフは駆け足で走り出す。 「みんな、ごめん! すぐに戻るから」 「ああ、こっちは俺達に任せろ。すぐに歪虚を叩き出せるよう準備を進めておいてやる」 自信に満ちたアーサー・ホーガン(ka0471)は、ファリフをそっと送り出す。 新たなる力を手に入れたファリフを前に大幻獣達が驚く様を想像しながら――。 |
![]() ザレム・アズール ![]() サクラ・エルフリード ![]() ソフィ・アナセン ![]() フェイル・シャーデンフロイデ ![]() アデリシア=R=エルミナゥ ![]() アーサー・ホーガン |
●
「ふん! いつまで待たせるのだ!」 災厄の十三魔の一人、ハイルタイは幻獣の森にて苛立っていた。 先の戦闘で青木に貸した愛馬は倒され、止む無く徒歩でやってきたのだが――未だに幻獣の森を取り囲むばかりで青木は進軍を指示していないからだ。 「そういきり立つな。力任せに倒すばかりじゃダメだ。心を折らなければ、連中は何度でも立ち上がって来る」 「心を折る?」 青木の言葉の意図を、ハイルタイは理解できなかった。 今までは力任せの進軍や遠距離から弓を射る事が多かった。それは歪虚としての能力が非常に高く、策を弄する必要がなかったからだ。その為にハンター達がハイルタイの動きを読んで重傷を負わせる事が可能となっていた。 「これだけの圧倒的な戦力差だ。一方的に叩けばあっさり敵を潰せる。だが、潰れた雑草は逞しく何度でも葉を茂らせる――根を断たなければ、な」 「どうするつもりだ?」 「奴らは現状で出来うる万全の準備を整えて防衛するはずだ。 懸命に準備して積み上げた防衛戦力を、こちらの戦力で完膚なきまでに叩き潰す。そうすれば、奴らは自分の無力さを呪いながらプライドも粉々に砕ける」 青木は、あくまでもハンターと幻獣に森を守る準備を徹底させるつもりだ。 |
![]() ハイルタイ ![]() 青木燕太郎 |
「そうか! そこまで考えておったか。ここで頑張っておけば、その後面倒な戦いも減るのなら大歓迎だ」
青木の案に納得したハイルタイは、ご満悦だ。
ここで頑張れば、面倒事が少しでも減る。それに気付いたハイルタイは、珍しく開戦を待ち望んでいるようだ。
(こちらの計画が大きく狂わないよう、ここで頑張って貰わないとな……あの人間達には)
青木は、広角を上げて軽く笑みを浮かべた。
●
「……また騒がしいのが来たな」
ロックイーターと呼ばれる巨亀に体を巻き付ける大蛇『ナーランギ』。
その眼前に現れたのは、巨大な狼――体躯はフェンリルよりも大きく、三つの首を持つ狼だ。明らかに普通の幻獣とは異なるオーラを醸し出している。
「騒がしいとは相変わらず無礼な言いぐさだ。久しぶりの再会だというのに……」
「我は再会を望んでおらぬ。このよう事態でなければ顔を合わせたくなかった、トリシュヴァーナよ」
ナーランギの眼前にいるこの巨大な狼こそ、ファリフを戦士として認めた大幻獣『トリシュヴァーナ』である。
フェンリルは元々このトリシュヴァーナの眷属であり、傷を癒す間だけフェンリルがファリフを守る役目を負っていた。
「そう言うな。これでも負傷した体に鞭を打って駆けつけたのだ。スコール族の族長の為に、な」
「……それだけではあるまい。
歪虚王も動き出した状況を、我慢できなくなったのだろう。歪虚に強い憎しみを抱えるそなたは……」
「…………」
ナーランギの指摘に、トリシュヴァーナは沈黙をもって答えた。
事実、トリシュヴァーナは群れから離れて治療に専念。住処を何度も変えて身を潜めていたのだが、北伐や歪虚王の進軍などで辺境が騒がしくなり始めた。
何より、憎き怠惰の歪虚王が辺境の地を闊歩している事が許せない。
仲間達を次々と手にかけていったあの怠惰の歪虚王を、この手で屠らなければ……。
「トリシュ」
大幻獣らの沈黙を終わらせるかのように、ファリフが息を切らせて駆け寄ってきた。
振り返りファリフの姿を見るトリシュヴァーナ。
「……フェンリルは逝ったか」
「うん」
静かに俯くファリフ。
「悲嘆にくれるのは構わない。だが、ここで立ち止まっている暇はあるまい」
「そうだけど……」
トリシュヴァーナの言葉に、ファリフは少々不満を抱く。
フェンリルが倒れたばかりにも関わらず、トリシュヴァーナは後悔や悲嘆を抱く事無く毅然としている。眷属であったにも関わらず、このような態度を取るのは如何なものか――。
「不満そうだな」
「正直、少しね」
「ここで悲しみに暮れるのは勝手だが、それで事態が好転するとは思えない。むしろ、悪化するだろう。何より、あやつが許さないだろうな」
「誰が?」
首を傾げるファリフ。
一呼吸置いた後、トリシュヴァーナはその者の名を口にする。
「そなたの中にいる――フェンリルが。
感じるぞ。そなたの中に我が眷属の気配を」
トリシュヴァーナはファリフの中にフェンリルの存在を感じ取っていた。
霊闘士に大幻獣の魂が祖霊として宿る事など、聞いた事もなかった。
フェンリルはそれ程までにファリフに心を寄せていたのか。
否、それだけではない。ファリフという少女が大精霊の加護を受けた存在だからこそ為し得たのかもしれない。
ならば――。
「ふふ、さすがは私が認めた戦士だけはある」
一人笑みを浮かべるトリシュヴァーナ。
意味が分からず、ファリフは数歩後退りしてしまう。
「えーと……トリシュヴァーナと付き合っていくのは……ちょっと大変そうだね、ナーランギ」
「うむ。だが、味方となれば心強い。
それより、我はもう何百年ぶりに目にしたぞ。霊闘士の覚醒した力を……」
「ボクもまだこの力で何ができるのか分からないけど……でも、やらないといけないんだよね」
ファリフは森の外へ視線を投げかけた。
一度は撃退したが、歪虚は再びこの森へ現れる。
災厄の十三魔の一人、ハイルタイ。
そして――青木燕太郎。
彼らはまた、この地を襲ってくる。
「ファリフよ。再びこの森を守ってくれぬか。
そなたら人間の力を、貸して欲しい」
ナーランギは、正式にファリフへ協力を願い出た。
ナーランギが人間であるファリフに助けを求めた事があっただろうか。
「不安を抱いているのか?
それは無用だ。この大幻獣トリシュヴァーナが誇りにかけてその不安を打ち払ってやろう。
ファリフ・スコール――スコール族族長の責務を誇りをもって果たすが良い」
いつの間にかファリフの傍らには、トリシュヴァーナが立っていた。
ついこの間までは、横にはフェンリルが居た。
だが、その日はもう帰っては来ない。
――でも、寂しさは無い。
フェンリルも、すぐ側にいるのだから。
「今度こそ、この森を守ってみせるよ。ハンターのみんなと一緒に」
【幻魂】遠い記憶
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●遠い記憶 1(3月25日公開)
その男は一族の誰よりも強かった。
その強さは文武に渡り、常人を遥かに超えていた。
その素養は努力では至らないレベルの才能を秘め……『天才』という言葉は、彼のような人物を指すのだ、と。
一族の誰しもが思っていた。
事実、その男の戦いぶりは無駄がなく、素晴らしいものだった。
人間との戦いはもちろん、歪虚との戦いにおいても一度も敗走はなく、個人戦であれば不敗を誇っていた。
もちろん、戦い方を仲間達に伝授したこともある。
が、戦術も、戦い方も……誰一人として実践できた者はいなかった。
簡単に出来るはずのことが、何故出来ないのか……。
「これを出来るのはお前だけだ」
「普通の人間には到底無理なこと」
「お前は特別なんだよ」
投げ掛けられる賛辞と羨望。
――超越した能力は過剰な自信へと繋がり、一族の者との乖離を生んだ。
それゆえに、彼は独りだった。友と呼べる者もただ一人だけ。
しかし、その男は友を嫌っていた。
大した力も持たぬのに、一族の者はやたらと友を持て囃す。
友はいつも、人の輪の中心で笑っていて――。
自分の方が強く賢いのに。
誰しも賛辞の言葉を向けるのに。
言葉だけだ。それ以上はない。
何故、誰も認めようとしない。
己の方がよほど一族の役に立っているというのに――。
「……お前の強さは皆知っているよ。私の息子もお前のように強くなりたいと言っていた。ただな……力を持たぬ者の気持ちというのも、理解すべきだと思うぞ」
「何故だ? 儂を理解せぬ者達を理解してやる義理はなかろう」
「人は、独りでは生きていけないのだよ。人を思いやり、支えあってこそだ。それが一族の安全と反映に繋がる。……ハイルタイ。賢いお前なら分かるだろう?」
「くだらんな。所詮、弱い者達は群れたがるのか……」
――その男は、常に孤独で。
一族の誰かに理解されることも、誰かを理解することもなかった。
その強さは文武に渡り、常人を遥かに超えていた。
その素養は努力では至らないレベルの才能を秘め……『天才』という言葉は、彼のような人物を指すのだ、と。
一族の誰しもが思っていた。
事実、その男の戦いぶりは無駄がなく、素晴らしいものだった。
人間との戦いはもちろん、歪虚との戦いにおいても一度も敗走はなく、個人戦であれば不敗を誇っていた。
もちろん、戦い方を仲間達に伝授したこともある。
が、戦術も、戦い方も……誰一人として実践できた者はいなかった。
簡単に出来るはずのことが、何故出来ないのか……。
「これを出来るのはお前だけだ」
「普通の人間には到底無理なこと」
「お前は特別なんだよ」
投げ掛けられる賛辞と羨望。
――超越した能力は過剰な自信へと繋がり、一族の者との乖離を生んだ。
それゆえに、彼は独りだった。友と呼べる者もただ一人だけ。
しかし、その男は友を嫌っていた。
大した力も持たぬのに、一族の者はやたらと友を持て囃す。
友はいつも、人の輪の中心で笑っていて――。
自分の方が強く賢いのに。
誰しも賛辞の言葉を向けるのに。
言葉だけだ。それ以上はない。
何故、誰も認めようとしない。
己の方がよほど一族の役に立っているというのに――。
「……お前の強さは皆知っているよ。私の息子もお前のように強くなりたいと言っていた。ただな……力を持たぬ者の気持ちというのも、理解すべきだと思うぞ」
「何故だ? 儂を理解せぬ者達を理解してやる義理はなかろう」
「人は、独りでは生きていけないのだよ。人を思いやり、支えあってこそだ。それが一族の安全と反映に繋がる。……ハイルタイ。賢いお前なら分かるだろう?」
「くだらんな。所詮、弱い者達は群れたがるのか……」
――その男は、常に孤独で。
一族の誰かに理解されることも、誰かを理解することもなかった。
●遠い記憶 2(3月30日公開)
その頃、辺境は未曾有の危機に陥っていた。
辺境北部、および東部から歪虚が大挙として押し寄せ、赤き大地は汚染され、多くの部族の生きる土地が奪われ……。
同時に、男の一族の族長が歪虚との戦いによる後遺症を理由に退位を宣言。
早急に次代の族長の選出をしなければならぬ事態となっていた。
――その男は野心を持っていた。否、信念と言うべきだろうか。
己が族長の地位に就き、指揮官の位置に立ち、赤き大地に蔓延る歪虚を一掃する。
その為の作戦は、既に男の中に出来上がっていた。
友は一族自体の強化を唱えていたが、己の考案した作戦を実行すれば、その必要もなく、最低限の兵と労力で実行できる。
その作戦の説明を幾度となく行ったが、一族の中でそれを理解するものは誰一人としていなかった。
「難しい」
「無理だ」
「そんなことできっこない」
繰り返される否定の言葉。
そんな中、一人だけ、その作戦に理解と興味を示した者がいた。
それは蛇の戦士――シバ族の、最後の生き残り。
「……お前は聡い。その作戦が実行できれば、確かに大分有利にことが進められるじゃろう。……だが、残念ながら、今の辺境にお前の考えを理解できるものはおらぬ。お前は少し、生まれるのが早すぎたのやもしれぬな」
どこか悲しげな蛇の戦士の言葉。
蛇の戦士自身も、蒼の世界から得たという戦略を話してくれたことがあった。
それは確かに未完成な部分もあった。が、実践できれば間違いなく勝てる、素晴らしい案だった。
だが、スコールの長も、己の一族も、その考えを一蹴した。
勝てるとわかっているのに、何故実行しない。
変化を嫌い、昔のやり方を頑なに守り続ける。
それが仲間達の命を無駄に散らしていると、何故気付かないのか――。
だからこそ、彼は『族長』になりたかった。
誰も己のことを理解しようとしない。
一人だったとしても、己が善戦すれば作戦の有用性に気付いて貰える。
一族を思い、立案していることも、理解して貰える。
族長になりさえすれば――沢山の命を、守ることができる。
そう信じて。そう願って。ただ一人前線に立ち、戦い続けていた。
彼なりに、一族の繁栄を願っていたのだ。
――あの時までは。
辺境北部、および東部から歪虚が大挙として押し寄せ、赤き大地は汚染され、多くの部族の生きる土地が奪われ……。
同時に、男の一族の族長が歪虚との戦いによる後遺症を理由に退位を宣言。
早急に次代の族長の選出をしなければならぬ事態となっていた。
――その男は野心を持っていた。否、信念と言うべきだろうか。
己が族長の地位に就き、指揮官の位置に立ち、赤き大地に蔓延る歪虚を一掃する。
その為の作戦は、既に男の中に出来上がっていた。
友は一族自体の強化を唱えていたが、己の考案した作戦を実行すれば、その必要もなく、最低限の兵と労力で実行できる。
その作戦の説明を幾度となく行ったが、一族の中でそれを理解するものは誰一人としていなかった。
「難しい」
「無理だ」
「そんなことできっこない」
繰り返される否定の言葉。
そんな中、一人だけ、その作戦に理解と興味を示した者がいた。
それは蛇の戦士――シバ族の、最後の生き残り。
「……お前は聡い。その作戦が実行できれば、確かに大分有利にことが進められるじゃろう。……だが、残念ながら、今の辺境にお前の考えを理解できるものはおらぬ。お前は少し、生まれるのが早すぎたのやもしれぬな」
どこか悲しげな蛇の戦士の言葉。
蛇の戦士自身も、蒼の世界から得たという戦略を話してくれたことがあった。
それは確かに未完成な部分もあった。が、実践できれば間違いなく勝てる、素晴らしい案だった。
だが、スコールの長も、己の一族も、その考えを一蹴した。
勝てるとわかっているのに、何故実行しない。
変化を嫌い、昔のやり方を頑なに守り続ける。
それが仲間達の命を無駄に散らしていると、何故気付かないのか――。
だからこそ、彼は『族長』になりたかった。
誰も己のことを理解しようとしない。
一人だったとしても、己が善戦すれば作戦の有用性に気付いて貰える。
一族を思い、立案していることも、理解して貰える。
族長になりさえすれば――沢山の命を、守ることができる。
そう信じて。そう願って。ただ一人前線に立ち、戦い続けていた。
彼なりに、一族の繁栄を願っていたのだ。
――あの時までは。
●遠い記憶 3(4月15日公開)
そして、族長を選出する日がやってきた。
結果は……族長として選ばれたのは、男の唯一の友。
ほぼ一族の総意で、異を唱えることすら許されなかった。
信念を抱えた男の野望は、見事に打ち砕かれたのだ。
友には確かに『仲間』と呼ばれるものが多かった。
いつでも、誰かに囲まれていた。
――それでも。
己の思いを、戦いに向かう信念を、誰かが理解してくれると思っていたのに。
結局は、誰も見ていなかったというのか――。
必死になっていたのは自分だけ。とんだお笑い草だ。
そして、族長となった友は、スコール族や他の辺境部族達を纏め上げ連合軍を編成し、軍の強化案と、歪虚の軍勢に反撃に転じる作戦を打ち出した。
その作戦は、無駄が多く犠牲が多く出ると分かりきっているのに。
それを、何度も訴えたのに。
皆が賛同し、友を持て囃した。
――男は失望した。
文句を言わずに戦い続けたのは、一族のことを思ってのことだ。
一族の者達は弱く、自分がいなければ満足に歪虚と戦えもしないくせに。
このままでは滅びを待つだけなのに。
己を理解しようともせず、己の望みを全て先んじて奪い、信念を砕いた友や一族の者達に興醒めした。
どうせ何をやっても、何も変わらない。
何をやっても無駄なのだ。
己を理解せぬ者達の為に、一生懸命やるなど馬鹿馬鹿しい――。
そんな虚無感に囚われて行った。
……その果てに男は、全てを呪うようになった。
信念が強かったからこそ、絶望も深かったのだ。
友も、己を理解せぬ一族の者達も、赤き大地も全て無くなってしまえばいい――。
どうせ皆滅びるのなら、苦しまずに逝くがいい。
それが、儂のかけてやれる最後の情だ……。
そんな思いを抱えて歪虚に通じ、連合軍の情報と、己の持ちうる知識全てを渡した。
――その結果、反攻作戦は失敗。
戦地となったベスタハにおいて、オイマト族族長を含む主だった面々を含む多くの戦士が戦場に倒れ、屍の山を築き――そして、オイマト族は先祖から伝わってきた故郷の一つを捨てる結果となった。
信念に生き、信念を失い、裏切りという業を背負った男。
その名は、ハイルタイ。
――歪虚に仲間達を売った男は『怠惰』に魅入られ、『災厄の十三魔』と呼ばれる存在となった。
そしてこの事件は、『ベスタハの悲劇』と呼ばれ、オイマト族が引き起こした辺境の災禍として語り継がれることとなる。
結果は……族長として選ばれたのは、男の唯一の友。
ほぼ一族の総意で、異を唱えることすら許されなかった。
信念を抱えた男の野望は、見事に打ち砕かれたのだ。
友には確かに『仲間』と呼ばれるものが多かった。
いつでも、誰かに囲まれていた。
――それでも。
己の思いを、戦いに向かう信念を、誰かが理解してくれると思っていたのに。
結局は、誰も見ていなかったというのか――。
必死になっていたのは自分だけ。とんだお笑い草だ。
そして、族長となった友は、スコール族や他の辺境部族達を纏め上げ連合軍を編成し、軍の強化案と、歪虚の軍勢に反撃に転じる作戦を打ち出した。
その作戦は、無駄が多く犠牲が多く出ると分かりきっているのに。
それを、何度も訴えたのに。
皆が賛同し、友を持て囃した。
――男は失望した。
文句を言わずに戦い続けたのは、一族のことを思ってのことだ。
一族の者達は弱く、自分がいなければ満足に歪虚と戦えもしないくせに。
このままでは滅びを待つだけなのに。
己を理解しようともせず、己の望みを全て先んじて奪い、信念を砕いた友や一族の者達に興醒めした。
どうせ何をやっても、何も変わらない。
何をやっても無駄なのだ。
己を理解せぬ者達の為に、一生懸命やるなど馬鹿馬鹿しい――。
そんな虚無感に囚われて行った。
……その果てに男は、全てを呪うようになった。
信念が強かったからこそ、絶望も深かったのだ。
友も、己を理解せぬ一族の者達も、赤き大地も全て無くなってしまえばいい――。
どうせ皆滅びるのなら、苦しまずに逝くがいい。
それが、儂のかけてやれる最後の情だ……。
そんな思いを抱えて歪虚に通じ、連合軍の情報と、己の持ちうる知識全てを渡した。
――その結果、反攻作戦は失敗。
戦地となったベスタハにおいて、オイマト族族長を含む主だった面々を含む多くの戦士が戦場に倒れ、屍の山を築き――そして、オイマト族は先祖から伝わってきた故郷の一つを捨てる結果となった。
信念に生き、信念を失い、裏切りという業を背負った男。
その名は、ハイルタイ。
――歪虚に仲間達を売った男は『怠惰』に魅入られ、『災厄の十三魔』と呼ばれる存在となった。
そしてこの事件は、『ベスタハの悲劇』と呼ばれ、オイマト族が引き起こした辺境の災禍として語り継がれることとなる。