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【交酒】これまでの経緯


更新情報(7月6日更新)
過去の【交酒】ストーリーノベルを掲載しました。
【交酒2/23】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
「武徳、そろそろ休憩しませんか?」
「なりませぬ。詩天は儀式だけにあらず。
平時の時こそ、気を引き締めねば下に示しがつきませぬ」
黒狗城では九代目詩天の三条真美(kz0198)が各地の現状報告に耳を傾けていた。
先日発生した三条秋寿――否、初代詩天の三条仙秋が引き起こした事件は詩天各地に被害をもらたした。多くの符術士が誘拐された挙げ句、歪虚が跋扈したのだ。復興中だった事もあり、現状確認が最優先課題となっていた。
しかし――。
「事態が逼迫している事は分かります。ですが、ここまで時間をかけてやらなくても……」
「ならぬものは、ならぬ……でございます」
真美の言葉を遮るように、水野武徳(kz0196)は改めて休憩を拒否した。
現状確認が大切な事は分かるが、真美からすればもう何時間も入れ替わりで各地からの使者が報告に現れる。さすがの真美も精神的に疲れてきている。
「書面での報告は嫌だと申される故、各地を見聞した者を呼び寄せたのです。報告はまだまだ……」
「申し上げます。詩天様との謁見を望む者がございます」
今度は若い侍が武徳の言葉を遮る。
武徳はあからさまに不機嫌そうな顔を浮かべる。
「真美様はお忙しい。帰ってもらえ」
「はい。ですが……」
口ごもる若い侍を見て、真実はピンと来る。
長い話の武徳から逃れるチャンスと読んだのだ。真美すかさず若い侍へ助け船を出す。
「構いません。申して下さい」
「実は来たのは詩天の者ではありません」
「むっ、まさか幕府が今回の一件を知って動き出したのか?」
神妙な面持ちになる武徳。
しかし、若い侍の様子は変わらない。
「いえ。幕府の者ではありません。
西方の……外国人でございます」
●
「いやー、もう。初めまして」
ノールド・セッテントリオーネ。
西方から来た男は、そう名乗った。
何でも西方でも辺境と呼ばれる地域で自由都市同盟の商人を中心に商業を管理する事務所『ゴルドゲイル』の所長らしい。
「セイザ、でしたか。東方出身者がよくされる座り方ですよね?
何度来ても東方は発見に溢れてますねぇ」
ノールドはやってくるなりマイペースな態度で本題を切り出さない。
その余裕をもった態度に武徳は苛立たしさを露わにする。
「真美様はお忙しい中、特別にお会いする事にしたのだ。申し訳ないが本題に入っていただこう」
「はぁ、随分ご機嫌ナナメですね。
単刀直入に申し上げれば、この詩天の復興を支援させていただきたいのです」
「支援?」
「はい。詩天はまだまだ復興中。その最中に歪虚が襲撃を受けて大打撃です。これではいつまで経っても復興できません。そこで、僭越ながら私めがささやかな資金援助と物資調達を援助致します」 ノールドの提案は詩天への援助であった。
まだ海洋交易路が完全に開拓されている訳ではないが、覚醒者を通じて転移門から僅かでも物資は運び込める。人材支援を続けながら海洋交易路を確保した後はゴルドゲイルが支援を約束するという。
あまりにも都合の良い話だ。
それは真実でもすぐに気付く。
「望みは何でしょう?」
「ご理解が早くて助かります。交易できるようになりましたら、是非我がゴルドゲイルが支援する同盟商人をご贔屓にしていだけるだけで結構です」
ノールドは、笑顔を浮かべる。
早い話、援助するので詩天の名産品を同盟商人へ独占販売させろと言っているのだ。
東方の品々は西方で高額販売されている。詩天でも純米酒『詩天盛』を始め、香辛料など東方由来の品々がある。これらをいち早く西方へ運び売り捌けば莫大な利益が転がり込む。
まさに商人らしい発想だ。
だが、このまま押し込まれては交渉にならない。
「いや、申し出はありがたいがこれは詩天内での話故、初対面のノールド殿に甘える訳には……」
「いえいえ。困った方々を放っておくなど、同盟商人として名折れでございます。是非とも、微力ながら手伝わせていただきたいのです」
「そうは言っても詩天は幕府の手前……真美様、如何されましたか?」
上座に目を向ければ、ノールドの話に興味示しているようだ。その証拠に目をキラキラとさせて胸の高鳴りを感じている。
武徳は知っている。
この時の真美がとんでもない発言をする事を。
「武徳、私も西方へ行ってみたいです」
「ダメです」
ピシャリと一喝。
しかし、これで聞き分ける真美ではない。
「何故です? 未知なる物と触れる事は酔い事と言っていたではありませんか。あのハンター達がいた国に興味があるのです」
「そう申しましたが、危険すぎます。未知なる世界へ真美様を送るなど――某は心配にございます」
真美は幕府の陰陽寮に身を置いていた。そのため、天ノ都には行った事はある。
しかし、それより西に赴いた事はない。
三条家頭首といえど、未だ幼き子。
武徳の不安は無理もない。
「あのー。よろしいですか?」
二人のやり取りを見ていたノールドは、申し訳無さそうに挙手をする。
「何かな?」
「未知なる世界と申されてましたが、それは相手を知らないからになりません。知れば、未知なる世界では無くなります」
「あの、どういう事でしょうか?」
真美は恐る恐る聞いてみた。
「実は既にスメラギさんや連合軍の方々と調整を進めておりますが、東西交流の祭りを企画しています。
文化の交流を通してお互いを知れば、きっと怖くもなくなります。異文化の交流の第一歩です」
(なるほど……思った以上の狸だな)
ノールドの提案に武徳は、そう感じた。
東西交流を掲げれば、今の情勢で歓迎ムード。それどころか、東西の珍しい物を一目見ようと多くの人々が訪れる。言い換えれば、東西の品々を並べて展示会を開催するのだ。好評だった品を多く確保すれば、それだけで売上は変わってくる。
「如何です? 祭りを許可していただけるなら、復興支援と一緒にゴルドゲイルが協力致します」
「武徳……」
上目遣いで懇願する真美。
この目をされると武徳も弱い。
「いいでしょう。東西交流は致しましょう。但し、条件があります」
●
ノールドが西方へ帰った後。
「ようやく帰ったか。まったく面倒事を増やしおって」
自室で胡座をかく武徳。
詩天復興を急がねばならぬ時に、東西交流の話が持ち上がった。このイベントの支援もしなければならない上、西方へ行く真美の護衛を捜さねばならない。
「時に武徳殿。東西交流の祭りに付けた条件ですが……」
武徳の傍らにいた若き侍が問いを投げかけた。
武徳が出した条件は幾つかある。
東西交流の祭りは、海上交易路が確保されてから行う。
祭りは西方で行う。
真美が西方へ赴く際は護衛をつける。
「海上交易路が無ければ大量物資の輸送は難しいのは分かります。祭りを西方で行うのは、やはり真美様の希望ですか」
「それもある。真美様の見聞を広める意味でも必要になる。ハンターを護衛に付けねばならぬだろうな。
だが、その条件にはもう一つ理由あるぞ」
武徳は右手に握り込んだ胡桃を手の上で弄ぶ。
武徳が思案する時の癖だ。
「西方で開催すれば、わしらが西方へ赴く大義名分ができる。そこでわしらの商売相手を捜す。先日、詩天に帝国の商人がいたと聞いておる。彼らはノールドとは別のようだからな」
「武徳殿、ノールド殿と独占販売を約束されたのではありませんでしたか?」
「誰がそんな事を言った?
わしは『東西交流は致しましょう』と言っただけだ。独占販売を認めた記憶ないぞ」
武徳は堂々と言い放つ。
武徳はノールドに海路交易路を作らせた上で、交易の段になって王国や帝国などの商人とも商売を考えているようだ。
「武徳殿、それは不義理では……」
「花押も無ければ書面もなしの口約束にしか過ぎん。後でボケたフリでもして貫き通すわい。まあ、復興中の詩天に売れる物が無ければ、奴も協力するしかないがな。これで資金をたんまり稼げば復興などあっという間じゃ。
それよりあのノールドという男に注意しろ。真美様を抱き込む恐れもある。それと幕府にも目を光らせておけ。蓄えた資金を理由付けて召し上げるかもしれん」
●思いと思惑
エトファリカ連邦国、天ノ都。
久しぶりに故郷に戻って来たスメラギ(kz0158)は、真っ直ぐに立花院 紫草(kz0126)の執務室を目指していた。
「紫草! 紫草はいるか!?」
「はい、こちらに。……おや。スメラギ様ではありませんか。お久しぶりです。わざわざ戻っていらして何事かありましたか?」
乱暴に開け放たれた扉に動じることなく、涼しい笑顔を返す紫草。
いつもと変わらぬ様子に苛立ちを覚えて……スメラギは紫草の襟首を掴む。
「……久しぶりに顔を合わせたというのに随分乱暴ですね」
「てめぇ何考えてやがる!」
「何を、とは何のことでしょう」
「見合いの話だよ! 九代目詩天と見合いってどういうことだ……!」
「おや。もうバレてしまいましたか」
「やっぱりお前の差し金かよ……!」
「それでわざわざ文句を言いに戻られたと?」
「当ったり前だろ! 今すぐやめさせろ!」
「残念ながらそれは出来ませんね」
「あんな小せえガキにこんな重大な将来のこと押し付けるとか馬鹿なのか!?」
力任せに紫草の胸を叩くスメラギ。この程度の攻撃、この男にとっては蚊が刺す程度だろうが……それでも。スメラギはその拳にありったけの怒りを込める。
「お前に言われたら、あいつ断れねえじゃねえか……! 何でお前らはいつもそうなんだよ! 弱い奴に苦しい選択を押し付けるのが正しい道だって言うならそんなものクソくらえだ!!」
「……言いたいことはそれだけですか?」
「何だとてめぇ……!」
「スメラギ様。政というのはそんなに甘いものではありません。国を脅かす敵は歪虚だけではないのです。綺麗ごとだけでは国土と民は守れないのですよ」
「お前が結婚して子を成せばいいだろ。そしたらお前の子に譲位してやるよ」
「だから貴方は頭が足りないと言うのです。そんなことしたら内乱が起きて国が滅びますよ」
「お前失礼じゃね!!?」
「……武家には代わりがいます。征夷大将軍は私でなくても構わない。ですが、貴方には……朝廷の長たる者に代わりはいないのです」
言葉を切る紫草。
――エトファリカの歴史は、一人の『帝』から始まる。
歪虚に追われ、故郷を失った東方の者達に土地と符術を分け与えた『帝』は、連邦制へ以降する前から存在した政府、『朝廷』の長として君臨した。
一方、急激に肥大化した武家という軍事力を監督する為、『幕府』という第二政府を新設する。
『陰陽寮』と呼ばれる符術師運用機関を抱え、今はもうないが……国防の要たる大結界『天ノ御柱』を維持する帝と、それを支える朝廷。
その朝廷から軍権――即ち武家四十八家門の運用を任された幕府は、最上位第一家門の長『征夷大将軍』と上位六家門により管理されている。
現在、立花院家が最上位第一家門の長であり、その当主である紫草が八代目征夷大将軍の座についているが……家門の順位というのは変動するものであり、立花院家が最上位を下りれば、自動的に征夷大将軍の座も第一位となった家門の長に譲られる。
その点、『帝』たるスメラギは違う。
黒龍の加護を得た国の結界の要であり、唯一絶対。揺らぐことのないもの。
エトファリカの武家四十八家門……『幕府』は『帝』の為に存在するべきなのだ。
とはいえ幕府も朝廷も、一枚岩とはいかないのが実情ではあった。
「この国を確固たるものにする為にも、世継ぎの問題は避けられない。もうそれが分からぬ歳でもないでしょう」
「だから見合いをしろってのかよ……!」
「そうです。貴方の嫡子を得る為ならどんなことでもしますよ、私は」
紫草の底冷えするような黒い瞳。
冗談でも何でもない。彼は本気なのだと知って、スメラギは言葉を無くす。
「分かったら西方にお戻りください。真美姫がまだいらっしゃるのでしょう。……見合いの日程は追って知らせます」
「……お前の思う通りにはさせねえからな。覚えてやがれ」
悔し紛れにもう一撃入れて、踵を返すスメラギ。その背を見送って、紫草はふむ……と考え込む。
「……思ったより早くバレてしまいましたね。まあいいでしょう。それでは覚悟を決めて戴く為にも予行練習と行きましょうか。……朱夏。朱夏はいますか?」
「はい。こちらに控えております」
「早速ですが、あの方に連絡を取ってください。その後は手筈通りに」
「かしこまりました」
腰を深く折り、席を辞する朱夏(kz0116)。窓の外を見て、紫草は呟く。
「申し訳ありませんが、この機会を利用させて戴きますよ……水野殿」
●話のウラガワ
辺境の地、ノアーラ・クンタウ要塞管理者にして帝国軍第一師団所属の兵長、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)との談話を終え、九代目詩天の三条 真美(kz0198)に合流するべくリゼリオにやって来た水野 武徳(kz0196)は予想外の事態に目を丸くした。
――東方と西方の異文化交流。ノールドや各国商人、さらにはハンター達の尽力で祭を行えるまでになったところまでは把握していた。
後は真美に今回の交流の主賓として祭に出て貰い、場を大きく盛り上げて西方、東方両特産品の売り上げに貢献すれば御の字だったはずなのに。
……何故、スメラギと真美の見合い話がまことしやかに囁かれた上、模擬結婚式開催などという事態になっているのだ?
「真美様。これは一体どういう事に御座いますか? 拙者が居らぬ間に何が……」
「あ、あの。武徳。それが……」
「それはわたくしから説明致しましょう」
口籠る真美の背後から現れた人物。見た目にも分かる上質な服に身を包んだ男性は、オーガスト・モノトーンと名乗った。
「真美様が西方の結婚式に興味を持たれたと伺いましてな。何でも、西方と東方は随分と結婚式の文化が違うとか。これは是非一度、各国の結婚式の違いというものをご覧いただけたらと思ったのです」
リゼリオでも屈指の大富豪であるモノトーン氏が全面協力し、リゼリオ郊外にある別荘を丸一日貸してくれると言う。
「ごめんなさい、武徳。確かに私も興味があるとは言ったのですが、こんなに大事になるとは思っていなくて……」
「いえ、此度の件はとある東方の貴人も興味を持たれておりましてな。我々としても是非協力せねばと思った次第でして。話に聞けば、東方帝と真美様は見合いのご予定があるとか。ご成婚の際は是非リゼリオで披露宴など行って戴きたいものですな!」
ガハハハハと豪快に笑うモノトーン氏。
青ざめる真美をなだめながら、武徳は考えを巡らせる。
降って湧いた模擬挙式。それに合わせるように出回った見合いの話。
東方の貴人というのは、まさか……!
「立花院殿、謀りおったな……」
唇を噛む武徳。微かに痛む胃を抱えて、虚空を睨みつけた。
「シルキーさん! 模擬挙式ですって! 一体どんな結婚式が見られるんでしょうねー!」
「ええ。楽しみですよね……♪ 実は私、結婚式もですけど同じくらいお料理も楽しみで……」
「あ。私もです」
「乙女の夢である結婚式を見ながらおいしいご飯を食べられるなんてすごい贅沢ですよね……!」
「おめかししていきましょうね!!」
きゃっきゃうふふと盛り上がるミリア・クロスフィールド(kz0012)とシルキー・アークライト(kz0013)。
審査員に任命された2人は東方側の事情など知る由もなく。心から模擬挙式を心待ちにしていた。
【交酒】プロローグノベル(5月19日公開)

三条真美

水野武徳
「なりませぬ。詩天は儀式だけにあらず。
平時の時こそ、気を引き締めねば下に示しがつきませぬ」
黒狗城では九代目詩天の三条真美(kz0198)が各地の現状報告に耳を傾けていた。
先日発生した三条秋寿――否、初代詩天の三条仙秋が引き起こした事件は詩天各地に被害をもらたした。多くの符術士が誘拐された挙げ句、歪虚が跋扈したのだ。復興中だった事もあり、現状確認が最優先課題となっていた。
しかし――。
「事態が逼迫している事は分かります。ですが、ここまで時間をかけてやらなくても……」
「ならぬものは、ならぬ……でございます」
真美の言葉を遮るように、水野武徳(kz0196)は改めて休憩を拒否した。
現状確認が大切な事は分かるが、真美からすればもう何時間も入れ替わりで各地からの使者が報告に現れる。さすがの真美も精神的に疲れてきている。
「書面での報告は嫌だと申される故、各地を見聞した者を呼び寄せたのです。報告はまだまだ……」
「申し上げます。詩天様との謁見を望む者がございます」
今度は若い侍が武徳の言葉を遮る。
武徳はあからさまに不機嫌そうな顔を浮かべる。
「真美様はお忙しい。帰ってもらえ」
「はい。ですが……」
口ごもる若い侍を見て、真実はピンと来る。
長い話の武徳から逃れるチャンスと読んだのだ。真美すかさず若い侍へ助け船を出す。
「構いません。申して下さい」
「実は来たのは詩天の者ではありません」
「むっ、まさか幕府が今回の一件を知って動き出したのか?」
神妙な面持ちになる武徳。
しかし、若い侍の様子は変わらない。
「いえ。幕府の者ではありません。
西方の……外国人でございます」
●
「いやー、もう。初めまして」
ノールド・セッテントリオーネ。
西方から来た男は、そう名乗った。
何でも西方でも辺境と呼ばれる地域で自由都市同盟の商人を中心に商業を管理する事務所『ゴルドゲイル』の所長らしい。
「セイザ、でしたか。東方出身者がよくされる座り方ですよね?
何度来ても東方は発見に溢れてますねぇ」
ノールドはやってくるなりマイペースな態度で本題を切り出さない。
その余裕をもった態度に武徳は苛立たしさを露わにする。
「真美様はお忙しい中、特別にお会いする事にしたのだ。申し訳ないが本題に入っていただこう」
「はぁ、随分ご機嫌ナナメですね。
単刀直入に申し上げれば、この詩天の復興を支援させていただきたいのです」
「支援?」
「はい。詩天はまだまだ復興中。その最中に歪虚が襲撃を受けて大打撃です。これではいつまで経っても復興できません。そこで、僭越ながら私めがささやかな資金援助と物資調達を援助致します」 ノールドの提案は詩天への援助であった。
まだ海洋交易路が完全に開拓されている訳ではないが、覚醒者を通じて転移門から僅かでも物資は運び込める。人材支援を続けながら海洋交易路を確保した後はゴルドゲイルが支援を約束するという。
あまりにも都合の良い話だ。
それは真実でもすぐに気付く。
「望みは何でしょう?」
「ご理解が早くて助かります。交易できるようになりましたら、是非我がゴルドゲイルが支援する同盟商人をご贔屓にしていだけるだけで結構です」
ノールドは、笑顔を浮かべる。
早い話、援助するので詩天の名産品を同盟商人へ独占販売させろと言っているのだ。
東方の品々は西方で高額販売されている。詩天でも純米酒『詩天盛』を始め、香辛料など東方由来の品々がある。これらをいち早く西方へ運び売り捌けば莫大な利益が転がり込む。
まさに商人らしい発想だ。
だが、このまま押し込まれては交渉にならない。
「いや、申し出はありがたいがこれは詩天内での話故、初対面のノールド殿に甘える訳には……」
「いえいえ。困った方々を放っておくなど、同盟商人として名折れでございます。是非とも、微力ながら手伝わせていただきたいのです」
「そうは言っても詩天は幕府の手前……真美様、如何されましたか?」
上座に目を向ければ、ノールドの話に興味示しているようだ。その証拠に目をキラキラとさせて胸の高鳴りを感じている。
武徳は知っている。
この時の真美がとんでもない発言をする事を。
「武徳、私も西方へ行ってみたいです」
「ダメです」
ピシャリと一喝。
しかし、これで聞き分ける真美ではない。
「何故です? 未知なる物と触れる事は酔い事と言っていたではありませんか。あのハンター達がいた国に興味があるのです」
「そう申しましたが、危険すぎます。未知なる世界へ真美様を送るなど――某は心配にございます」
真美は幕府の陰陽寮に身を置いていた。そのため、天ノ都には行った事はある。
しかし、それより西に赴いた事はない。
三条家頭首といえど、未だ幼き子。
武徳の不安は無理もない。
「あのー。よろしいですか?」
二人のやり取りを見ていたノールドは、申し訳無さそうに挙手をする。
「何かな?」
「未知なる世界と申されてましたが、それは相手を知らないからになりません。知れば、未知なる世界では無くなります」
「あの、どういう事でしょうか?」
真美は恐る恐る聞いてみた。
「実は既にスメラギさんや連合軍の方々と調整を進めておりますが、東西交流の祭りを企画しています。
文化の交流を通してお互いを知れば、きっと怖くもなくなります。異文化の交流の第一歩です」
(なるほど……思った以上の狸だな)
ノールドの提案に武徳は、そう感じた。
東西交流を掲げれば、今の情勢で歓迎ムード。それどころか、東西の珍しい物を一目見ようと多くの人々が訪れる。言い換えれば、東西の品々を並べて展示会を開催するのだ。好評だった品を多く確保すれば、それだけで売上は変わってくる。
「如何です? 祭りを許可していただけるなら、復興支援と一緒にゴルドゲイルが協力致します」
「武徳……」
上目遣いで懇願する真美。
この目をされると武徳も弱い。
「いいでしょう。東西交流は致しましょう。但し、条件があります」
●
ノールドが西方へ帰った後。
「ようやく帰ったか。まったく面倒事を増やしおって」
自室で胡座をかく武徳。
詩天復興を急がねばならぬ時に、東西交流の話が持ち上がった。このイベントの支援もしなければならない上、西方へ行く真美の護衛を捜さねばならない。
「時に武徳殿。東西交流の祭りに付けた条件ですが……」
武徳の傍らにいた若き侍が問いを投げかけた。
武徳が出した条件は幾つかある。
東西交流の祭りは、海上交易路が確保されてから行う。
祭りは西方で行う。
真美が西方へ赴く際は護衛をつける。
「海上交易路が無ければ大量物資の輸送は難しいのは分かります。祭りを西方で行うのは、やはり真美様の希望ですか」
「それもある。真美様の見聞を広める意味でも必要になる。ハンターを護衛に付けねばならぬだろうな。
だが、その条件にはもう一つ理由あるぞ」
武徳は右手に握り込んだ胡桃を手の上で弄ぶ。
武徳が思案する時の癖だ。
「西方で開催すれば、わしらが西方へ赴く大義名分ができる。そこでわしらの商売相手を捜す。先日、詩天に帝国の商人がいたと聞いておる。彼らはノールドとは別のようだからな」
「武徳殿、ノールド殿と独占販売を約束されたのではありませんでしたか?」
「誰がそんな事を言った?
わしは『東西交流は致しましょう』と言っただけだ。独占販売を認めた記憶ないぞ」
武徳は堂々と言い放つ。
武徳はノールドに海路交易路を作らせた上で、交易の段になって王国や帝国などの商人とも商売を考えているようだ。
「武徳殿、それは不義理では……」
「花押も無ければ書面もなしの口約束にしか過ぎん。後でボケたフリでもして貫き通すわい。まあ、復興中の詩天に売れる物が無ければ、奴も協力するしかないがな。これで資金をたんまり稼げば復興などあっという間じゃ。
それよりあのノールドという男に注意しろ。真美様を抱き込む恐れもある。それと幕府にも目を光らせておけ。蓄えた資金を理由付けて召し上げるかもしれん」
【交酒】ストーリーノベル「東西交流祭開催決定!」(5月23日公開)
辺境商業管理事務所『ゴルドゲイル』所長のノールド・セッテントリオーネは、今まさに死闘を繰り広げていた。
相手は歪虚?
否――相手は各種申請書類や報告書の山である。
「いやぁ、これは困りますねぇ」
思わず独り言を呟くノールド。
ノールドは転移門を使って詩天へ赴き、東西交流祭の開催を確約してきた。
西方と東方は歪虚という共通の敵で協力関係にあるが、文化面での交流は未だ進んではいない。これは対歪虚戦へ注力している事もあるが、海路や陸路が未だ整備されていない現状がある。
転移門での交易品搬送が難しいのは、商人にとって周知の事実だ。
覚醒者でなければ通り抜ける際に倒れてしまう上、ハンターズソサエティや連合軍のチェックが厳しいからだ。やはり、大量の交易品移送には海路や陸路の開拓が必須である。
そこでノールドは本国である自由都市同盟へ本格的な交易路開拓を打診。
さらに商人らしい『交渉術』を駆使して連合軍関係者へ根回しを行っていた。
交易路が開拓できれば、人や物資の移動が始まる。
それは各国にも大きな利益をもたらす上、対歪虚に必ず役立つ――。
正直、ノールド自身からすれば説得に使った言葉は『理想』に過ぎない。
それでも理想は人々に妄想と夢を与える。
それが交渉にとって必要不可欠な事は経験から熟知していた。
「その夢の結果が、この書類の山ですか」
ノールドは山の一番上にあった書類に手を伸ばす。
そこに書かれているのは『詩天交易品投資状況報告』と記載されている。
三条家軍師の水野 武徳(kz0196)より詩天投資の打診があったのだ。何せ、詩天は先日まで憤怒王を名乗る三条仙秋の登場で少なからず被害が発生していた。この状態で早急な交易品の増産は難しい、と武徳から連絡があったのだ。
交易品が無ければ、東西交流祭の意味が無い。
何せ、ノールドは東西交流祭の場を『東方交易品の見本市』にしようと考えていたのだ。珍しい東方の品々をノールドが押さえ、それを西方の人々に見せる事で購買意欲を引き出す。その後で大量販売を仕掛ければ、飛ぶように売れるのは間違いなしだ。
その為、ノールドは詩天へ投資を行う事にしたのだ。少しでも良い品を手に入れる為には多少の出費も止む無しだ。
「損して得取れ、とは言いますが……得が取れるといいんですけどねぇ。
会場はリゼリオが協力を申し出てくれたので良し。あとは……」
ノールドは新たな書類を手に取った。
そこにはハンターズソサエティへの上申書と書かれている。
ノールドは連合軍や各国商人と連携する間に、気付けば東西交流祭を成功させる重要なキーパーソンへと祭り上げられていた。
「ひぇぇ、こりゃ詩天のタヌキにしてやられましたかねぇ」
ノールドは頭を掻きながら、再び書類の山へと立ち向かっていった。
●
それから――数ヶ月の時間が経過した。
ノールドや各国商人、さらにはハンター達の尽力もあって東西交流祭の開催に漕ぎ着ける事ができた。
東方も西方も、この祭りには多くの期待を寄せている。
そして、誰よりも期待していた人物が西方の地へ始めて訪れる。
「わぁ、武徳! 見てくださいっ、西方の方が沢山いますよ!」
九代目詩天の三条真美(kz0198)は、屈託のない浮かべる。
転移門を潜って真美が到着したのは、辺境にある要塞『ノアーラ・クンタウ』。
目の前にはノアーラ・クンタウの街を行き交う人々の群れ。ハンター達は何度も見た事はあるが、これだけ多くの西方人を一度に沢山見たのは初めてであった。
「真美様、はしゃいではいけません。詩天の代表として我らはここへ参ったのです。恥ずかしくないよう……」
「あっ。そうですよね。私達は……ああっ! 武徳! あれは幻獣さんですよね? 幻獣さんがハンターさんと歩いてます!」
詩天のとしての心構えを諭そうとする武徳に神妙に耳を傾ける真美。
しかし、ハンターと共に依頼へ出発しようとしていたユキウサギに興奮し、臣下の話も聞こえなくなってしまう。
真美は元々大人びた子供ではあったが、年齢からすれば未だ幼さが抜けきらない年齢だ。
己の出生を国内外に公表してからというもの肩の荷が下りたのか、年相応の子供らしさが現れるようになっていた。
初めて見る光景に興奮を抑えられないのだろう。
「おやおや。ここまでお喜びいただけるとは、嬉しいですね」
「ん? お主は……」
いつの間にか武徳の傍らに居たのは、一人の優男。
帝国の軍服に身を包み、腰からレイピアを差している。武徳が見る限り、見掛けで判断してはいけないタイプの人間だ。
「失礼。私はこのノアーラ・クンタウを皇帝陛下から預かるヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032) と申します。お話はノールドさんから伺っています」
「わしは三条家家臣、水野武徳と申す。あそこに御座すのは……」
「九代目詩天、三条真美様ですよね?」
武徳の言葉を遮って、ヴェルナーは真美の名前を口にした。
この瞬間、武徳はヴェルナーを警戒した。
紹介する前に真美の名を知っていたのであれば、既に三条家の情報を掴んでいる可能性がある。だとすれば、すべてを承知で接触してきた事になる。
しかし、警戒心を表情には出さず、武徳は話を続ける。
「左様、あちらが真美様にござる」
「とても利発そうな方です。私も是非、お近づきにさせていただきたいです」
ヴェルナーの一言に武徳は一瞬、顔をしかめた。
早々に話を切り替えたいと考えた武徳は、東西交流祭の話題をぶつけてみた。
「ところで、ヴェルナー殿。ノールド殿が進めていた東西交流祭についてだが……」
「ええ。リゼリオに交易品が次々と運び込まれていますよ。食料や香辛料、それにお酒も多くあるようですね」
ヴェルナーの言う通り、東西交流祭の為に西方及び東方各地から様々な食料品や酒類が持ち込まれている。
これはノールドが今回の交流祭を食文化に据える事にした為だ。食文化を通してお互いを知るのが間違いない、という言い分だ。だが、本当は長期輸送可能な交易品も交流祭に持ち込む事で早く確実に売り捌くのが狙いだ。
「うむ。我が詩天は、良い水源がある。その水と米を使って作られた酒は東方中にも知られておりましてな。特に銘酒と名高い『詩天盛』はお薦めですぞ」
「それは楽しみですねぇ。
私もできれば武徳さんともゆっくりお話を伺いたいのです。帝国には良質の紅茶がありましてね」
「ほう、確かそれは西方の茶でしたな」
「ええ。東西交流祭の準備についてお話もありますし……」
ヴェルナーは、武徳を茶会へと誘う。
だが、武徳からすればそれがあくまでも表向きである事は明白だった。
大人達が腹の探り合いをする中、真美は目の前に居たユキウサギへ暢気に話し掛ける。
「幻獣さん、私に西方の事を教えてくれませんか?」
●
ヴェルナーに見送られた真美と武徳は、東西交流祭の会場となるリゼリオを訪れた。
詩天からの交易品をチェックする事が目的であったが、現場となるリゼリオの様子を視察する意味も持っていた。
「ふむ、実に活気ある街だ。行き交う人々に覇気がある。これは大切な事じゃ」
武徳はリゼリオの街並みを見て感心する。
リゼリオに住む人は、平穏な毎日を送っている。
まるで歪虚がこの世には存在していないのではないか。そう思わせるような空気があったのだ。だからこそ、この町の人々はとても活気に満ちあふれているのだろう。
「武徳、こっちに行ってみましょう!」
「真美様、勝手に歩かれては困ります。迷子になったらどうするのです」
「いいから早く!」
真美に急かされて赴くと、そこにはリゼリオの街角に立つ一つの屋台であった。
見れば、串に細長く丸い何かを焼いているようだ。
「武徳、これは何です?」
「はて? 店主、失礼だがこれは何か?」
「え、ソーセージだけど……見た事ないのか。なら、試食してみるかい?」
そこには串に刺さったソーセージが、火に焙られて肉汁を滴らせている。
詩天では鳥のつみれ団子は見る事はできても、肉の挽肉を調味料と和えてケーシングで整形したソーセージなんて代物は存在しない。まだ幼い真美も、エトファリカ連邦国から出た事もない武徳にとっては初めての体験だ。
「あの。食べてみたいのですが……」
「真美様、お待ちを。ここは拙者が毒味を」
「え。今まで毒味なんてしたことないじゃないですか」
半ば、強引に真美を力で押さえつけるようにして武徳はソーセージの欠片を口へ放り込む。
次の瞬間、熱と共に溶ける肉の脂が口いっぱいに広がる。
同時に脂と共に流れ出た旨味が、舌の上で溶けていく。
「おお! こ、これは……まさに美味。美 味 い ぞぉぉぉぉ!!!」
「え! 武徳ばっかりズルいです! 私も、私も!」
「ああ、慌てなくてもまだあるから」
店主からソーセージを受け取った真美。いただきます、と一礼してから肉の欠片を口へ放り込む。
鳥には異なる肉の味に、驚嘆を隠せない。
「……なんでしょう、これ。食べた事無い味ですね」
「う、うむ。恐るべし、西方。かような食材を隠し持っておったとは。これは詩天から運び込んだ食材を今一度確認せねばなりますまい」
驚きを隠せない二人。
ソーセージ一本で大騒ぎする状況なのだから、西方の食材に触れた際にはどうなってしまうのであろうか。
そんな二人の隣でソーセージ屋の店主が、困った顔で二人を見つめる。
「あのー。結局、ソーセージは買ってくれるんですか?」
●
聖輝節以来、再び冒険都市リゼリオに慌ただしさが帰ってきた。
歪虚との戦いに疲れた者もいるだろう。
平穏な日々に浸りたい者もいるだろう。
そんな多くの人達に送る新たなるイベント――それが東西交流祭である。
リゼリオに一堂に集う、西方と東方の食材や酒。
この日は東方も西方もお互いうまい物を食べ、酒を飲んで平和を謳歌する。
本祭である大酒宴までには今しばらくの時間が必要であるが、既に待ちきれない者達が食材を持ち寄ってリゼリオで酒盛りを始めている。
酒を酌み交わし、垣根を越えよう。
新たなる戦いへ向かう為に――。
相手は歪虚?
否――相手は各種申請書類や報告書の山である。
「いやぁ、これは困りますねぇ」
思わず独り言を呟くノールド。
ノールドは転移門を使って詩天へ赴き、東西交流祭の開催を確約してきた。
西方と東方は歪虚という共通の敵で協力関係にあるが、文化面での交流は未だ進んではいない。これは対歪虚戦へ注力している事もあるが、海路や陸路が未だ整備されていない現状がある。
転移門での交易品搬送が難しいのは、商人にとって周知の事実だ。
覚醒者でなければ通り抜ける際に倒れてしまう上、ハンターズソサエティや連合軍のチェックが厳しいからだ。やはり、大量の交易品移送には海路や陸路の開拓が必須である。
そこでノールドは本国である自由都市同盟へ本格的な交易路開拓を打診。
さらに商人らしい『交渉術』を駆使して連合軍関係者へ根回しを行っていた。
交易路が開拓できれば、人や物資の移動が始まる。
それは各国にも大きな利益をもたらす上、対歪虚に必ず役立つ――。
正直、ノールド自身からすれば説得に使った言葉は『理想』に過ぎない。
それでも理想は人々に妄想と夢を与える。
それが交渉にとって必要不可欠な事は経験から熟知していた。
「その夢の結果が、この書類の山ですか」
ノールドは山の一番上にあった書類に手を伸ばす。
そこに書かれているのは『詩天交易品投資状況報告』と記載されている。

水野 武徳
交易品が無ければ、東西交流祭の意味が無い。
何せ、ノールドは東西交流祭の場を『東方交易品の見本市』にしようと考えていたのだ。珍しい東方の品々をノールドが押さえ、それを西方の人々に見せる事で購買意欲を引き出す。その後で大量販売を仕掛ければ、飛ぶように売れるのは間違いなしだ。
その為、ノールドは詩天へ投資を行う事にしたのだ。少しでも良い品を手に入れる為には多少の出費も止む無しだ。
「損して得取れ、とは言いますが……得が取れるといいんですけどねぇ。
会場はリゼリオが協力を申し出てくれたので良し。あとは……」
ノールドは新たな書類を手に取った。
そこにはハンターズソサエティへの上申書と書かれている。
ノールドは連合軍や各国商人と連携する間に、気付けば東西交流祭を成功させる重要なキーパーソンへと祭り上げられていた。
「ひぇぇ、こりゃ詩天のタヌキにしてやられましたかねぇ」
ノールドは頭を掻きながら、再び書類の山へと立ち向かっていった。
●
それから――数ヶ月の時間が経過した。
ノールドや各国商人、さらにはハンター達の尽力もあって東西交流祭の開催に漕ぎ着ける事ができた。
東方も西方も、この祭りには多くの期待を寄せている。
そして、誰よりも期待していた人物が西方の地へ始めて訪れる。
「わぁ、武徳! 見てくださいっ、西方の方が沢山いますよ!」
九代目詩天の三条真美(kz0198)は、屈託のない浮かべる。

三条真美

ヴェルナー・ブロスフェルト
目の前にはノアーラ・クンタウの街を行き交う人々の群れ。ハンター達は何度も見た事はあるが、これだけ多くの西方人を一度に沢山見たのは初めてであった。
「真美様、はしゃいではいけません。詩天の代表として我らはここへ参ったのです。恥ずかしくないよう……」
「あっ。そうですよね。私達は……ああっ! 武徳! あれは幻獣さんですよね? 幻獣さんがハンターさんと歩いてます!」
詩天のとしての心構えを諭そうとする武徳に神妙に耳を傾ける真美。
しかし、ハンターと共に依頼へ出発しようとしていたユキウサギに興奮し、臣下の話も聞こえなくなってしまう。
真美は元々大人びた子供ではあったが、年齢からすれば未だ幼さが抜けきらない年齢だ。
己の出生を国内外に公表してからというもの肩の荷が下りたのか、年相応の子供らしさが現れるようになっていた。
初めて見る光景に興奮を抑えられないのだろう。
「おやおや。ここまでお喜びいただけるとは、嬉しいですね」
「ん? お主は……」
いつの間にか武徳の傍らに居たのは、一人の優男。
帝国の軍服に身を包み、腰からレイピアを差している。武徳が見る限り、見掛けで判断してはいけないタイプの人間だ。
「失礼。私はこのノアーラ・クンタウを皇帝陛下から預かるヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032) と申します。お話はノールドさんから伺っています」
「わしは三条家家臣、水野武徳と申す。あそこに御座すのは……」
「九代目詩天、三条真美様ですよね?」
武徳の言葉を遮って、ヴェルナーは真美の名前を口にした。
この瞬間、武徳はヴェルナーを警戒した。
紹介する前に真美の名を知っていたのであれば、既に三条家の情報を掴んでいる可能性がある。だとすれば、すべてを承知で接触してきた事になる。
しかし、警戒心を表情には出さず、武徳は話を続ける。
「左様、あちらが真美様にござる」
「とても利発そうな方です。私も是非、お近づきにさせていただきたいです」
ヴェルナーの一言に武徳は一瞬、顔をしかめた。
早々に話を切り替えたいと考えた武徳は、東西交流祭の話題をぶつけてみた。
「ところで、ヴェルナー殿。ノールド殿が進めていた東西交流祭についてだが……」
「ええ。リゼリオに交易品が次々と運び込まれていますよ。食料や香辛料、それにお酒も多くあるようですね」
ヴェルナーの言う通り、東西交流祭の為に西方及び東方各地から様々な食料品や酒類が持ち込まれている。
これはノールドが今回の交流祭を食文化に据える事にした為だ。食文化を通してお互いを知るのが間違いない、という言い分だ。だが、本当は長期輸送可能な交易品も交流祭に持ち込む事で早く確実に売り捌くのが狙いだ。
「うむ。我が詩天は、良い水源がある。その水と米を使って作られた酒は東方中にも知られておりましてな。特に銘酒と名高い『詩天盛』はお薦めですぞ」
「それは楽しみですねぇ。
私もできれば武徳さんともゆっくりお話を伺いたいのです。帝国には良質の紅茶がありましてね」
「ほう、確かそれは西方の茶でしたな」
「ええ。東西交流祭の準備についてお話もありますし……」
ヴェルナーは、武徳を茶会へと誘う。
だが、武徳からすればそれがあくまでも表向きである事は明白だった。
大人達が腹の探り合いをする中、真美は目の前に居たユキウサギへ暢気に話し掛ける。
「幻獣さん、私に西方の事を教えてくれませんか?」
●
ヴェルナーに見送られた真美と武徳は、東西交流祭の会場となるリゼリオを訪れた。
詩天からの交易品をチェックする事が目的であったが、現場となるリゼリオの様子を視察する意味も持っていた。
「ふむ、実に活気ある街だ。行き交う人々に覇気がある。これは大切な事じゃ」
武徳はリゼリオの街並みを見て感心する。
リゼリオに住む人は、平穏な毎日を送っている。
まるで歪虚がこの世には存在していないのではないか。そう思わせるような空気があったのだ。だからこそ、この町の人々はとても活気に満ちあふれているのだろう。
「武徳、こっちに行ってみましょう!」
「真美様、勝手に歩かれては困ります。迷子になったらどうするのです」
「いいから早く!」
真美に急かされて赴くと、そこにはリゼリオの街角に立つ一つの屋台であった。
見れば、串に細長く丸い何かを焼いているようだ。
「武徳、これは何です?」
「はて? 店主、失礼だがこれは何か?」
「え、ソーセージだけど……見た事ないのか。なら、試食してみるかい?」
そこには串に刺さったソーセージが、火に焙られて肉汁を滴らせている。
詩天では鳥のつみれ団子は見る事はできても、肉の挽肉を調味料と和えてケーシングで整形したソーセージなんて代物は存在しない。まだ幼い真美も、エトファリカ連邦国から出た事もない武徳にとっては初めての体験だ。
「あの。食べてみたいのですが……」
「真美様、お待ちを。ここは拙者が毒味を」
「え。今まで毒味なんてしたことないじゃないですか」
半ば、強引に真美を力で押さえつけるようにして武徳はソーセージの欠片を口へ放り込む。
次の瞬間、熱と共に溶ける肉の脂が口いっぱいに広がる。
同時に脂と共に流れ出た旨味が、舌の上で溶けていく。
「おお! こ、これは……まさに美味。美 味 い ぞぉぉぉぉ!!!」
「え! 武徳ばっかりズルいです! 私も、私も!」
「ああ、慌てなくてもまだあるから」
店主からソーセージを受け取った真美。いただきます、と一礼してから肉の欠片を口へ放り込む。
鳥には異なる肉の味に、驚嘆を隠せない。
「……なんでしょう、これ。食べた事無い味ですね」
「う、うむ。恐るべし、西方。かような食材を隠し持っておったとは。これは詩天から運び込んだ食材を今一度確認せねばなりますまい」
驚きを隠せない二人。
ソーセージ一本で大騒ぎする状況なのだから、西方の食材に触れた際にはどうなってしまうのであろうか。
そんな二人の隣でソーセージ屋の店主が、困った顔で二人を見つめる。
「あのー。結局、ソーセージは買ってくれるんですか?」
●
聖輝節以来、再び冒険都市リゼリオに慌ただしさが帰ってきた。
歪虚との戦いに疲れた者もいるだろう。
平穏な日々に浸りたい者もいるだろう。
そんな多くの人達に送る新たなるイベント――それが東西交流祭である。
リゼリオに一堂に集う、西方と東方の食材や酒。
この日は東方も西方もお互いうまい物を食べ、酒を飲んで平和を謳歌する。
本祭である大酒宴までには今しばらくの時間が必要であるが、既に待ちきれない者達が食材を持ち寄ってリゼリオで酒盛りを始めている。
酒を酌み交わし、垣根を越えよう。
新たなる戦いへ向かう為に――。
【交酒】ストーリーノベル「交差する事情」(6月15日公開)

スメラギ

立花院 紫草
エトファリカ連邦国、天ノ都。
久しぶりに故郷に戻って来たスメラギ(kz0158)は、真っ直ぐに立花院 紫草(kz0126)の執務室を目指していた。
「紫草! 紫草はいるか!?」
「はい、こちらに。……おや。スメラギ様ではありませんか。お久しぶりです。わざわざ戻っていらして何事かありましたか?」
乱暴に開け放たれた扉に動じることなく、涼しい笑顔を返す紫草。
いつもと変わらぬ様子に苛立ちを覚えて……スメラギは紫草の襟首を掴む。
「……久しぶりに顔を合わせたというのに随分乱暴ですね」
「てめぇ何考えてやがる!」
「何を、とは何のことでしょう」
「見合いの話だよ! 九代目詩天と見合いってどういうことだ……!」
「おや。もうバレてしまいましたか」
「やっぱりお前の差し金かよ……!」
「それでわざわざ文句を言いに戻られたと?」
「当ったり前だろ! 今すぐやめさせろ!」
「残念ながらそれは出来ませんね」
「あんな小せえガキにこんな重大な将来のこと押し付けるとか馬鹿なのか!?」
力任せに紫草の胸を叩くスメラギ。この程度の攻撃、この男にとっては蚊が刺す程度だろうが……それでも。スメラギはその拳にありったけの怒りを込める。
「お前に言われたら、あいつ断れねえじゃねえか……! 何でお前らはいつもそうなんだよ! 弱い奴に苦しい選択を押し付けるのが正しい道だって言うならそんなものクソくらえだ!!」
「……言いたいことはそれだけですか?」
「何だとてめぇ……!」
「スメラギ様。政というのはそんなに甘いものではありません。国を脅かす敵は歪虚だけではないのです。綺麗ごとだけでは国土と民は守れないのですよ」
「お前が結婚して子を成せばいいだろ。そしたらお前の子に譲位してやるよ」
「だから貴方は頭が足りないと言うのです。そんなことしたら内乱が起きて国が滅びますよ」
「お前失礼じゃね!!?」
「……武家には代わりがいます。征夷大将軍は私でなくても構わない。ですが、貴方には……朝廷の長たる者に代わりはいないのです」

――エトファリカの歴史は、一人の『帝』から始まる。
歪虚に追われ、故郷を失った東方の者達に土地と符術を分け与えた『帝』は、連邦制へ以降する前から存在した政府、『朝廷』の長として君臨した。
一方、急激に肥大化した武家という軍事力を監督する為、『幕府』という第二政府を新設する。
『陰陽寮』と呼ばれる符術師運用機関を抱え、今はもうないが……国防の要たる大結界『天ノ御柱』を維持する帝と、それを支える朝廷。
その朝廷から軍権――即ち武家四十八家門の運用を任された幕府は、最上位第一家門の長『征夷大将軍』と上位六家門により管理されている。
現在、立花院家が最上位第一家門の長であり、その当主である紫草が八代目征夷大将軍の座についているが……家門の順位というのは変動するものであり、立花院家が最上位を下りれば、自動的に征夷大将軍の座も第一位となった家門の長に譲られる。
その点、『帝』たるスメラギは違う。
黒龍の加護を得た国の結界の要であり、唯一絶対。揺らぐことのないもの。
エトファリカの武家四十八家門……『幕府』は『帝』の為に存在するべきなのだ。
とはいえ幕府も朝廷も、一枚岩とはいかないのが実情ではあった。
「この国を確固たるものにする為にも、世継ぎの問題は避けられない。もうそれが分からぬ歳でもないでしょう」
「だから見合いをしろってのかよ……!」
「そうです。貴方の嫡子を得る為ならどんなことでもしますよ、私は」
紫草の底冷えするような黒い瞳。

朱夏

ヴェルナー・ブロスフェルト

三条 真美

水野 武徳

ミリア・クロスフィールド

シルキー・アークライト
「分かったら西方にお戻りください。真美姫がまだいらっしゃるのでしょう。……見合いの日程は追って知らせます」
「……お前の思う通りにはさせねえからな。覚えてやがれ」
悔し紛れにもう一撃入れて、踵を返すスメラギ。その背を見送って、紫草はふむ……と考え込む。
「……思ったより早くバレてしまいましたね。まあいいでしょう。それでは覚悟を決めて戴く為にも予行練習と行きましょうか。……朱夏。朱夏はいますか?」
「はい。こちらに控えております」
「早速ですが、あの方に連絡を取ってください。その後は手筈通りに」
「かしこまりました」
腰を深く折り、席を辞する朱夏(kz0116)。窓の外を見て、紫草は呟く。
「申し訳ありませんが、この機会を利用させて戴きますよ……水野殿」
●話のウラガワ
辺境の地、ノアーラ・クンタウ要塞管理者にして帝国軍第一師団所属の兵長、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)との談話を終え、九代目詩天の三条 真美(kz0198)に合流するべくリゼリオにやって来た水野 武徳(kz0196)は予想外の事態に目を丸くした。
――東方と西方の異文化交流。ノールドや各国商人、さらにはハンター達の尽力で祭を行えるまでになったところまでは把握していた。
後は真美に今回の交流の主賓として祭に出て貰い、場を大きく盛り上げて西方、東方両特産品の売り上げに貢献すれば御の字だったはずなのに。
……何故、スメラギと真美の見合い話がまことしやかに囁かれた上、模擬結婚式開催などという事態になっているのだ?
「真美様。これは一体どういう事に御座いますか? 拙者が居らぬ間に何が……」
「あ、あの。武徳。それが……」
「それはわたくしから説明致しましょう」
口籠る真美の背後から現れた人物。見た目にも分かる上質な服に身を包んだ男性は、オーガスト・モノトーンと名乗った。
「真美様が西方の結婚式に興味を持たれたと伺いましてな。何でも、西方と東方は随分と結婚式の文化が違うとか。これは是非一度、各国の結婚式の違いというものをご覧いただけたらと思ったのです」
リゼリオでも屈指の大富豪であるモノトーン氏が全面協力し、リゼリオ郊外にある別荘を丸一日貸してくれると言う。
「ごめんなさい、武徳。確かに私も興味があるとは言ったのですが、こんなに大事になるとは思っていなくて……」
「いえ、此度の件はとある東方の貴人も興味を持たれておりましてな。我々としても是非協力せねばと思った次第でして。話に聞けば、東方帝と真美様は見合いのご予定があるとか。ご成婚の際は是非リゼリオで披露宴など行って戴きたいものですな!」
ガハハハハと豪快に笑うモノトーン氏。
青ざめる真美をなだめながら、武徳は考えを巡らせる。
降って湧いた模擬挙式。それに合わせるように出回った見合いの話。
東方の貴人というのは、まさか……!
「立花院殿、謀りおったな……」
唇を噛む武徳。微かに痛む胃を抱えて、虚空を睨みつけた。
「シルキーさん! 模擬挙式ですって! 一体どんな結婚式が見られるんでしょうねー!」
「ええ。楽しみですよね……♪ 実は私、結婚式もですけど同じくらいお料理も楽しみで……」
「あ。私もです」
「乙女の夢である結婚式を見ながらおいしいご飯を食べられるなんてすごい贅沢ですよね……!」
「おめかししていきましょうね!!」
きゃっきゃうふふと盛り上がるミリア・クロスフィールド(kz0012)とシルキー・アークライト(kz0013)。
審査員に任命された2人は東方側の事情など知る由もなく。心から模擬挙式を心待ちにしていた。